小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第6話:小悪魔は笑う

第3章

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 ――何か大事なことを忘れているような気がする。
 そんな、うっすらとした喪失感を抱えながらも、瑠佳るかは日々の生活を謳歌していた。
 家庭環境は良好そのもの、高校生活は学力、交友関係両面において及第点(得意科目もあれば苦手科目もあり、相対的に平均程度の成績は維持している、といったところ)であり、不安を感じる暇もない。
 そんなある日の午後、世界史の授業中。
 中世ヨーロッパ史を解説する教科書を眺めていた瑠佳は、ふと、ある絵に目を留めた。描かれているのは、騎士の姿だ。といっても、絵画的な勇壮なものではなく、簡素化された、どこか滑稽なイラスト調のものである。
 まるでトランプのような図柄に、なぜか瑠佳は引き付けられた。
 ――実際は、これよりもっとずっとカッコイイ気がするんだけど。
 そう、例えば、だ。留具の周りに精緻な刺繍の施された、肩章付きの上衣の裾を翻して歩く姿は颯爽としており、背に愛用の武器を背負っていたり、白馬を駆る姿は街の少女達の憧れの的であったり……。
 をぼんやりと思い描いていた瑠佳は、教師の声にハッと顔を上げた。
鈴宮すずみや、どうした?」
 気付けば、クラス中の視線が瑠佳に集中している。騎士のイメージを膨らませるあまり、教師の注意を引いてしまったらしい。
「すいません、騎士ってもっとカッコイイのかなって思ってたんで」
 咄嗟に照れ笑いで誤魔化した瑠佳に、クラスメイトからはクスクスと忍び笑いが漏れる。隣の席の友人などは「中2かよ」と遠慮のない調子でツッこんできた。
 確かに、「騎士」という称号や階級には、中世の史実の存在よりも、それをモチーフにしたファンタジーのキャラクター的な意味合いが強い。
 これが30代前半の男性教諭の指導欲を刺激したようで、「お、いいとこ突いてくれたな~」と、嬉々として余談が始まった。
「お前らもゲームとか漫画とかの影響で、騎士って聞いたらなんかカッコ良さげなイメージ持ってるだろうけどな、実際は甲冑着て馬に乗って戦ってるだけじゃ、騎士とは名乗れないんだぞ。あと、一人の女性を命を懸けて守るとか愛すとかいうのは、もう騎馬戦なんかが主流じゃなくなった時代の奴らだからな。他にやることないんだよ、アイツら」
「それはいいけど、さすがにこの絵はないわー」
 気安さで人気のある、少々くたびれた教師の偏った熱弁に対し、女子生徒の一人が言い放った一言で、事態にはしっかりとオチは付いた。お陰で、授業中にぼんやりしていたことを叱られずに済んだ瑠佳は、クラスメイト達と一緒に肩を揺らして無邪気に笑う。
 しかしその裏では、何となく釈然としないものを感じていた。自分の知っている騎士や戦士はこんなものではない、という強い意識が、はっきりと胸の中にわだかまっているのだ。
 けれど、自分に騎士や戦士の知り合いなど居るはずもないことは、だった。

                  ●

 ベッドサイドに腰を下ろし、目覚めないルカの愛らしく整った顔を、沈痛な面持ちで眺めていたジェイクは、ふと思い立って顔を上げた。
 ルカの足元には、スプリングに沈み込むようにして、成獣体のレフが寝そべっている。猛獣とはいえネコ科動物特有のが可愛らしくもあり、また、片時も主の傍を離れようとしない従順さがいじらしくもあって、ジェイクはこんな時だというのに、ほんの少しだけ口元を緩めた。
 ルームサービスを勧める気になったのは、気晴らしにでもなればと思ってのことだ。
「肉料理でも頼んでやろうか?」
 ジェイクの唐突な提案に、レフはこちらへ向かって、わずかに頭を持ち上げた。しかし、何度か瞳を瞬かせた後、気乗りしない風にプイと顔を背けてしまう。
『……いらねえ』
 そのまま無視をするようなこともなく、不貞腐れたような思念波がポツリと返された。またしてもルカの異変に気付けなかった自身への怒りを押し殺すことで、今は精一杯なのだろう。
 元より無理強いなどするつもりもないジェイクは、小さく息をついた。
 ユージーンはベリンダの補佐に向かい、ネイトも自室へ籠ってしまった。ルカの非常時に私用で席を外すとは思えないため、彼もまた独自で解呪の方法を探っているのだろう。
 残ったフィンレーに、ルカの付き添いを申し出たのは、ジェイクの方だった。専門知識はないが、それでも家族の急病時の看護等の経験がある分、平民出の自分の方が場慣れしているはずだと考えたからだ。もちろん、ルカの傍を離れたくなかったこともある。
 少しだけ悔しそうな表情を見せたフィンレーは、それでも買い出しの役を快く引き受けた。親友のルカが心配なのは彼も同じだろうが、優秀で善良な領主の息子は、ジェイクの言い分をもっともだと思ってくれたのに違いない。
 ルカの様子には何の変化もなく、ただ愛らしい人形のように、昏々と眠り続けている。シングルルームの作りはどれも同じはずなのに、ルカという主の精彩を欠いた部屋は、それだけでひどく寒々しく感じられた。
 ジェイクがベッドサイドを離れられずにいるのは、こんな寂しい場所にルカを一人では置いておけないという理由が一番大きい。
 そこへ、控えめなノックが聞こえてきた。ジェイクが「はい」と応えるのと同時に、静かにドアを開けて入って来たのはフィンレーだ。左腕に携帯用の食料の入った紙袋を抱え、右手には青い花の小振りなブーケを提げている。
 買い出しから戻り、そのままこの部屋へ直行してきたらしいフィンレーは、ひとまず荷物をサイドテーブルの上に置いてから、ベッドに近付いてきた。レフとジェイクの視線が見守る中、おずおずと花束を差し出す。
「その、匂いくらいは、伝わるんじゃないかと思ってさ」
 それは、ルカとフィンレーの、思い出の花だった。二人が幼い頃から駆け回って遊んだ、領主館りょうしゅやかたの庭に咲いている、名も知らぬ可憐な青い花。
 この生まれながらの貴公子は、ルカの五感を刺激する方法はないかと考えて、甘い香りのする見舞いの花に辿り着いたのだろう。
 ――ああ、そうだ。ルカは確かに生きていて、規則的な呼吸を繰り返している。フィンレーの意図したとおり、嗅覚が覚醒に繋がらないとも言い切れない。
「――枕元に飾っておいてやろう」
 当然のようにフィンレーから花束を受け取って、ジェイクは立ち上がった。薄く笑ってから、ベッドサイドの椅子を、きっと花など活けたこともないであろう貴族の子弟に譲り、花瓶になるものを探しにいく。
 ――希望を捨ててはいけない。
 魔法の使えない二人と一頭は、自身の無力感と戦いながらも、必死でルカの無事を祈っていた。
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