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第2部・第5話:勇者と囚われの乙女
第8章
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大蛇と共に、ルカとフィンレーの消えた、レスタド山中腹の湖のほとりにて。
恐慌状態を脱した黄金のベリンダ以下の斥候隊員達は、山頂へ続く道を塞ぐように広がる湖を調べていた。
敵が蛇であることを考えれば、水と無関係ということもあるまい。実際に、ベリンダが索敵に用いる魔法で作り出した「糸」を垂らしてみても、いずれかの水深で対象を見失ったように進めなくなってしまう。となれば、そこから先は別な空間に繋がっている可能性が高い。大蛇がそちらへ還ったのであれば、湖に向かって一斉攻撃を仕掛けてやろうか……。
口には出さずとも、全員が揃って同じことを考えた時、麓へ続く小道から、可憐な声が掛けられた。
「――ベリンダ様!!」
緩く波打つ金色の髪をなびかせて、駆け上がってくるのはカリスタだ。無事に家族の元へ送り返したはずの生贄の少女の必死な姿に、斥候隊は驚愕した。
「どうして」
息を切らすカリスタを抱え込んだベリンダは、彼女の背後からやって来た集団を目に、瞬時に状況を理解する。彼らの持つランタンのお陰で、辺りは一気に明るくなった。
「ベリンダ様、これはいったいどういうことですか!」
周囲の惨状にうろたえる人々を掻き分けて、代表がベリンダに詰め寄る。巨大な蛇と斥候隊の格闘した広場は、あちこちで岩盤が捲れ上がり、わずかな木々も根こそぎ打ち倒されているような有り様だ。大蛇の尾の一撃を受けた祠に至っては、完全に倒壊してしまっている。
「邪魔立てはなさらぬよう、お願いしたはずですが!?」
代表は居丈高に詰問を重ねた。ベリンダの素性を知らされたらしい民達は、どちらに付けばよいのかわからない様子で、おどおどと視線を彷徨わせている。
「――お静かに」
低く、しかし確実にドスの効いた声で制止したのは、ネイトだった。口元に人差し指を充てる彼はいつも通り笑顔を浮かべているが、その目は一切笑っていない。
「貴方には、はぐらかされはしましたが、お願いなどされた覚えはありませんよ」
目の前でルカを連れ去られ、怒りに震えるネイトは、はっきりと嫌味を口にした。誇張を指摘された代表は言葉に詰まり、人々の疑惑の視線を黙殺するしかない。
「今はそれどころではないんです」
冷静沈着なユージーンに、イラついたようにピシャリと吐き捨てられ、代表は尚も食い下がろうとした。黙っていられない何かがあるのかもしれないが、これがレフの逆鱗に触れてしまう。
『うるせぇっつってんだろ! 噛み殺されてえのか!!』
闇から突如姿を現したかのように見えた雄ライオンに吠え掛かられ、後退ったのは代表だけではなかった。彼らの文化では、獅子は神聖な動物であり、力の象徴でもある。これが人語を発したのだから、恐れるなという方が無理な話だ。
「――レフ」
目の前で主人であるルカを連れ去られた憤りのまま、人々に飛び掛からんばかりのレフを諫めたのはジェイクだった。鬣を撫でる彼の精悍な表情は、苦悩の淵に沈んでいるかのようだ。
「……ルカは?」
代表と斥候隊との応酬を黙って見ていたカリスタが、白い面をスッと蒼褪めさせた。見上げたベリンダの美しい顔が苦しげに歪められ、震えながら息を呑む。切れ長の瞳に、自分の代わりにルカを犠牲にしてしまったことへの後悔が、大粒の涙となって浮かび上がった――その時。
「――!!」
突如として、湖の中心部から青白い光の柱が立ち上がった。驚愕の視線が集中する中、それは見る間に直径を膨らませ、やがて水面全体をドーム状に覆い尽くす。
光の幕が消えた次の瞬間、湖水の色に輝く水面に立っていたのは、ルカとフィンレー、そして、半人半蛇の青年の姿だった。
「――ルカ! ……フィンレー!!」
誰からともなく歓声を上げて、斥候隊は仲間の元へ駆け寄った。異形の姿におののく人々を尻目に、カリスタも一行へ加わる。
しっかりとルカを抱き締めてから、ベリンダは孫の滑らかな頬を両手で包み込んだ。
「良かった、顔をよく見せて?」
祖母の長い睫毛がうっすらと濡れていることに気付いて、ルカは心配をかけてしまったことを心から申し訳なく思った。と同時に、若く美しいベリンダに至近距離で見詰められるのは、思春期の少年としては、やはり少し照れる――今でも。
「心配かけてごめんね」
謝罪を口にしたルカの背を、ユージーンがベリンダごと抱き締めてきた。よほど感極まってでもいるのだろうかと考える間もなく、ジェイク、ネイトと続いて、一緒に攫われていたはずのフィンレーまでが加わり、ルカを中心とした円陣が出来上がってしまう。右膝には、ライオン体のレフが、ゴチンゴチンと頭を擦り付けて来ており、この様子を泣き笑いのカリスタが見守っていた。
仲間からの手厚い歓迎を受けて、ルカは無事に帰還できたことを実感する。
「――こちらは?」
ややあって、ベリンダが尤もな問いを口にした。全員がハッとしたように、半人半蛇の青年を仰ぎ見る。
仲間たち全員から可愛がられる様子を物珍しげに観察されていたことに気付いて、ルカは少しだけ頬を赤らめた。
そして改めて、真実を伝えるために、言明する。
「蛇神の、メルヒオール様だよ」
「――まあ、何てこと……!」
ベリンダが息を呑んだ。先程ルカとフィンレーが感じたように、彼女もまた、今のメルヒオールの纏う神聖な氣を感じ取ったのだろう。万物の理を熟知した黄金のベリンダには、それだけで充分だったようだ。
「ご無礼の程、どうかお許しくださいませ」
躊躇うことなく膝を着いたベリンダに、ルカ達も倣った。さては大蛇の本性かと訝しんでいた街の人々も、慌てたように頭を垂れる。
青褪めた表情で立ち竦んでいるのは、街の代表と、その親戚筋の者達だけだった。メルヒオールの冷たい視線に晒され、それぞれが顔を背けるようにして、形だけ膝を着く。
頃合いを見計らって、立ち上がったのはフィンレーだ。メルヒオールから授かった宝剣を抜き、人々の前に高く掲げる。
「――聞け、ビルダヴァの民達よ!」
その声は、まるで民衆を導く為政者の演説のように、人々の耳朶を打った。
意識を逸らすことを許さない、よく通る明瞭な音声で、フィンレーは理路整然と、150年前の真相を語る。
最初は何事かと目を見開いていた人々の顔は、話が佳境に入るにつれて、徐々に強張っていった。糾弾される側の代表一族は、目に見えて小さく縮こまっている。
メルヒオールから聞いた事の顛末を語り終えたフィンレーは、高らかに締め括った。
「すべては当時の代表一族が、自らの罪を隠蔽するために作り上げた虚言だ。メルヒオール様は生贄など、端から求めておられない。だが、知らぬこととはいえ、疑うことなくこれに加担し、神を魔物と貶め、同胞を犠牲にしてきたのは紛うかたなき皆の罪。潔くこれを認め、許しを乞う以外に道はない!」
そうしてフィンレーは、長剣を両手で捧げるようにして、片膝を着いた。メルヒオールに向かい、騎士として剣士として、最上級の礼を取る。
「私も貴方に刃を向けた。彼らとともに、自らの罪を伏して詫びる」
彼がビルダヴァの民の側に立ち、共に神に許しを乞う姿勢を見せたことは、居合わせたすべての人々――メルヒオールにも、正しく伝わったようだ。フィンレーと共に蛇神に歯向かった斥候隊と、カリスタに続き、ビルダヴァの民達は恐れ入った様子で、次々と叩頭していく。
代表の親戚筋の者達は、互いの様子を探るように、チラチラと視線を交わし合っていた。やがて代表が観念した様子で、崩れ落ちるように地に伏し「申し訳ございませんでした」と叫んだのを皮切りに、先を争うようにして謝罪を口にする。
メルヒオールは静かに視線を巡らし、最後にルカとフィンレーをチラリと見遣った。痛みを堪えるように口元を引き結び、やがて一言、迷える民達に神託をくれる。
『――受け入れよう』
寛大な蛇神はそれだけを言い置いて、湖へと姿を消した。
「どういうことだ」
メルヒオールの残した波紋が消える頃、民の中から声が上がった。
座り込んだままの代表が、ビクリと肩を震わせる。それを合図にしたかのように、謂れのない連帯責任を負わされてきたビルダヴァの住民達は、一斉に指導者達に向かって非難を浴びせ始めた。
「すっとみんなを騙してたのか!?」
「崇めるべき神を魔物だなんて!」
追及の声に、代表とその一族達には黙り込むしかない。そしてその沈黙が、人々の怒りと憎悪を一層煽り立てた。気の荒い者は既に、代表達の胸倉を掴んでいる。
「おやめなさい」というベリンダの一喝で、一瞬だけ場は鎮まった。けれど、今にも私刑の始まりそうな、不穏な空気までを消し去ることは出来ない。
これは違う、と、ルカは思った。
確かに悪いのは代表一族だ。種を撒いたのは先祖であっても、子々孫々に渡り、住民達を騙して支配者の地位に留まり続けたのは事実であり、非難されるべきことだと思う。――だが。
「生贄に全部を押し付けて、状況を改善しようとしなかったのは、みんな同じじゃないか!」
堪らず、ルカは叫んでいた。
責任の重さは違っても、ビルダヴァの住民全員に、反省すべき点はある。代表達の責任を追及して怒りをぶつけるよりも先に、やるべきことがあるのではないか。
「メルヒオール様にはみんなで謝った。次はカリスタと、その家族にも謝れ!」
ルカの渾身の訴えを受けて、住民達はハッとした様子で口を噤んだ。個人の責任から目を逸らすように、気まずげに視線を泳がせる者もいる。
怒りに震えるルカの手に、そっと触れてきたのはフィンレーだった。見上げると、親友は「お前の言い分を支持する」と言わんばかりに、力強く微笑んでくれる。ベリンダもまた、優しい瞳でルカを見守ってくれていた――が、当のカリスタは、瞳を閉じて小さく首を横に振る。
「卑怯だったのはみんな同じよ。私だって、選ばれたのが私以外の誰かだったら、怖くて何も出来なかったと思う」
「カリスタ……」
それ以上は言葉にならなくて、ルカは胸を詰まらせた。闇色のドレスを纏う、生贄になるはずだった少女は、まるで夜の女神のように、美しく神々しい。
被害者でありながら、自身の罪を受け入れるカリスタの発言に、女性が一人泣き崩れた。堰を切ったように、人々の間から啜り泣きが漏れ始める。
「すまねぇ」
最初に言ったのは、この街に来た日、通りでルカ達に胡乱な眼差しを向け、カリスタに嫌味を言われて逃げた、あの老人だった。
「俺の孫娘が選ばれなかったことで、安心しちまってたんだ。申し訳ねえ」
「怖かったでしょう……ごめんね」
「アンタの家族も、どれだけ哀しかったことか」
「もう、生贄なんて出さなくていいんだな」
張り詰めていたものが切れたように、住民達は揃って謝罪を口にした。カリスタとその家族、そしてこれまで長年に渡って、生贄として捧げられてきた被害者達の境遇を我が身に置き換えれば、これほどの絶望と恐怖はないと、改めて思い知ったのだろう。
ボロボロと大粒の涙を零しながら、カリスタはそれでも「うん」と笑って見せた。
「ありがとう。ベリンダ様達のお陰で無事だったから、許してあげるわ」
気丈にも軽口で応じてから、カリスタはルカ達に向かって、大輪の花が開くような美しい微笑みをくれた。
斥候隊一同もまた、互いの健闘を称えるように笑みを交わし合う。
「良かった――……」
安心するのと同時に、ドッと疲れが押し寄せてきて、ルカはその場に腰を下ろした。過保護な仲間達が我先にと、面倒を見るべく集まってくる。
結局ベリンダに回復魔法を掛けて貰いながらルカは、止まっていたこの街の時間がようやく動き出したのだ、漠然と思った。
恐慌状態を脱した黄金のベリンダ以下の斥候隊員達は、山頂へ続く道を塞ぐように広がる湖を調べていた。
敵が蛇であることを考えれば、水と無関係ということもあるまい。実際に、ベリンダが索敵に用いる魔法で作り出した「糸」を垂らしてみても、いずれかの水深で対象を見失ったように進めなくなってしまう。となれば、そこから先は別な空間に繋がっている可能性が高い。大蛇がそちらへ還ったのであれば、湖に向かって一斉攻撃を仕掛けてやろうか……。
口には出さずとも、全員が揃って同じことを考えた時、麓へ続く小道から、可憐な声が掛けられた。
「――ベリンダ様!!」
緩く波打つ金色の髪をなびかせて、駆け上がってくるのはカリスタだ。無事に家族の元へ送り返したはずの生贄の少女の必死な姿に、斥候隊は驚愕した。
「どうして」
息を切らすカリスタを抱え込んだベリンダは、彼女の背後からやって来た集団を目に、瞬時に状況を理解する。彼らの持つランタンのお陰で、辺りは一気に明るくなった。
「ベリンダ様、これはいったいどういうことですか!」
周囲の惨状にうろたえる人々を掻き分けて、代表がベリンダに詰め寄る。巨大な蛇と斥候隊の格闘した広場は、あちこちで岩盤が捲れ上がり、わずかな木々も根こそぎ打ち倒されているような有り様だ。大蛇の尾の一撃を受けた祠に至っては、完全に倒壊してしまっている。
「邪魔立てはなさらぬよう、お願いしたはずですが!?」
代表は居丈高に詰問を重ねた。ベリンダの素性を知らされたらしい民達は、どちらに付けばよいのかわからない様子で、おどおどと視線を彷徨わせている。
「――お静かに」
低く、しかし確実にドスの効いた声で制止したのは、ネイトだった。口元に人差し指を充てる彼はいつも通り笑顔を浮かべているが、その目は一切笑っていない。
「貴方には、はぐらかされはしましたが、お願いなどされた覚えはありませんよ」
目の前でルカを連れ去られ、怒りに震えるネイトは、はっきりと嫌味を口にした。誇張を指摘された代表は言葉に詰まり、人々の疑惑の視線を黙殺するしかない。
「今はそれどころではないんです」
冷静沈着なユージーンに、イラついたようにピシャリと吐き捨てられ、代表は尚も食い下がろうとした。黙っていられない何かがあるのかもしれないが、これがレフの逆鱗に触れてしまう。
『うるせぇっつってんだろ! 噛み殺されてえのか!!』
闇から突如姿を現したかのように見えた雄ライオンに吠え掛かられ、後退ったのは代表だけではなかった。彼らの文化では、獅子は神聖な動物であり、力の象徴でもある。これが人語を発したのだから、恐れるなという方が無理な話だ。
「――レフ」
目の前で主人であるルカを連れ去られた憤りのまま、人々に飛び掛からんばかりのレフを諫めたのはジェイクだった。鬣を撫でる彼の精悍な表情は、苦悩の淵に沈んでいるかのようだ。
「……ルカは?」
代表と斥候隊との応酬を黙って見ていたカリスタが、白い面をスッと蒼褪めさせた。見上げたベリンダの美しい顔が苦しげに歪められ、震えながら息を呑む。切れ長の瞳に、自分の代わりにルカを犠牲にしてしまったことへの後悔が、大粒の涙となって浮かび上がった――その時。
「――!!」
突如として、湖の中心部から青白い光の柱が立ち上がった。驚愕の視線が集中する中、それは見る間に直径を膨らませ、やがて水面全体をドーム状に覆い尽くす。
光の幕が消えた次の瞬間、湖水の色に輝く水面に立っていたのは、ルカとフィンレー、そして、半人半蛇の青年の姿だった。
「――ルカ! ……フィンレー!!」
誰からともなく歓声を上げて、斥候隊は仲間の元へ駆け寄った。異形の姿におののく人々を尻目に、カリスタも一行へ加わる。
しっかりとルカを抱き締めてから、ベリンダは孫の滑らかな頬を両手で包み込んだ。
「良かった、顔をよく見せて?」
祖母の長い睫毛がうっすらと濡れていることに気付いて、ルカは心配をかけてしまったことを心から申し訳なく思った。と同時に、若く美しいベリンダに至近距離で見詰められるのは、思春期の少年としては、やはり少し照れる――今でも。
「心配かけてごめんね」
謝罪を口にしたルカの背を、ユージーンがベリンダごと抱き締めてきた。よほど感極まってでもいるのだろうかと考える間もなく、ジェイク、ネイトと続いて、一緒に攫われていたはずのフィンレーまでが加わり、ルカを中心とした円陣が出来上がってしまう。右膝には、ライオン体のレフが、ゴチンゴチンと頭を擦り付けて来ており、この様子を泣き笑いのカリスタが見守っていた。
仲間からの手厚い歓迎を受けて、ルカは無事に帰還できたことを実感する。
「――こちらは?」
ややあって、ベリンダが尤もな問いを口にした。全員がハッとしたように、半人半蛇の青年を仰ぎ見る。
仲間たち全員から可愛がられる様子を物珍しげに観察されていたことに気付いて、ルカは少しだけ頬を赤らめた。
そして改めて、真実を伝えるために、言明する。
「蛇神の、メルヒオール様だよ」
「――まあ、何てこと……!」
ベリンダが息を呑んだ。先程ルカとフィンレーが感じたように、彼女もまた、今のメルヒオールの纏う神聖な氣を感じ取ったのだろう。万物の理を熟知した黄金のベリンダには、それだけで充分だったようだ。
「ご無礼の程、どうかお許しくださいませ」
躊躇うことなく膝を着いたベリンダに、ルカ達も倣った。さては大蛇の本性かと訝しんでいた街の人々も、慌てたように頭を垂れる。
青褪めた表情で立ち竦んでいるのは、街の代表と、その親戚筋の者達だけだった。メルヒオールの冷たい視線に晒され、それぞれが顔を背けるようにして、形だけ膝を着く。
頃合いを見計らって、立ち上がったのはフィンレーだ。メルヒオールから授かった宝剣を抜き、人々の前に高く掲げる。
「――聞け、ビルダヴァの民達よ!」
その声は、まるで民衆を導く為政者の演説のように、人々の耳朶を打った。
意識を逸らすことを許さない、よく通る明瞭な音声で、フィンレーは理路整然と、150年前の真相を語る。
最初は何事かと目を見開いていた人々の顔は、話が佳境に入るにつれて、徐々に強張っていった。糾弾される側の代表一族は、目に見えて小さく縮こまっている。
メルヒオールから聞いた事の顛末を語り終えたフィンレーは、高らかに締め括った。
「すべては当時の代表一族が、自らの罪を隠蔽するために作り上げた虚言だ。メルヒオール様は生贄など、端から求めておられない。だが、知らぬこととはいえ、疑うことなくこれに加担し、神を魔物と貶め、同胞を犠牲にしてきたのは紛うかたなき皆の罪。潔くこれを認め、許しを乞う以外に道はない!」
そうしてフィンレーは、長剣を両手で捧げるようにして、片膝を着いた。メルヒオールに向かい、騎士として剣士として、最上級の礼を取る。
「私も貴方に刃を向けた。彼らとともに、自らの罪を伏して詫びる」
彼がビルダヴァの民の側に立ち、共に神に許しを乞う姿勢を見せたことは、居合わせたすべての人々――メルヒオールにも、正しく伝わったようだ。フィンレーと共に蛇神に歯向かった斥候隊と、カリスタに続き、ビルダヴァの民達は恐れ入った様子で、次々と叩頭していく。
代表の親戚筋の者達は、互いの様子を探るように、チラチラと視線を交わし合っていた。やがて代表が観念した様子で、崩れ落ちるように地に伏し「申し訳ございませんでした」と叫んだのを皮切りに、先を争うようにして謝罪を口にする。
メルヒオールは静かに視線を巡らし、最後にルカとフィンレーをチラリと見遣った。痛みを堪えるように口元を引き結び、やがて一言、迷える民達に神託をくれる。
『――受け入れよう』
寛大な蛇神はそれだけを言い置いて、湖へと姿を消した。
「どういうことだ」
メルヒオールの残した波紋が消える頃、民の中から声が上がった。
座り込んだままの代表が、ビクリと肩を震わせる。それを合図にしたかのように、謂れのない連帯責任を負わされてきたビルダヴァの住民達は、一斉に指導者達に向かって非難を浴びせ始めた。
「すっとみんなを騙してたのか!?」
「崇めるべき神を魔物だなんて!」
追及の声に、代表とその一族達には黙り込むしかない。そしてその沈黙が、人々の怒りと憎悪を一層煽り立てた。気の荒い者は既に、代表達の胸倉を掴んでいる。
「おやめなさい」というベリンダの一喝で、一瞬だけ場は鎮まった。けれど、今にも私刑の始まりそうな、不穏な空気までを消し去ることは出来ない。
これは違う、と、ルカは思った。
確かに悪いのは代表一族だ。種を撒いたのは先祖であっても、子々孫々に渡り、住民達を騙して支配者の地位に留まり続けたのは事実であり、非難されるべきことだと思う。――だが。
「生贄に全部を押し付けて、状況を改善しようとしなかったのは、みんな同じじゃないか!」
堪らず、ルカは叫んでいた。
責任の重さは違っても、ビルダヴァの住民全員に、反省すべき点はある。代表達の責任を追及して怒りをぶつけるよりも先に、やるべきことがあるのではないか。
「メルヒオール様にはみんなで謝った。次はカリスタと、その家族にも謝れ!」
ルカの渾身の訴えを受けて、住民達はハッとした様子で口を噤んだ。個人の責任から目を逸らすように、気まずげに視線を泳がせる者もいる。
怒りに震えるルカの手に、そっと触れてきたのはフィンレーだった。見上げると、親友は「お前の言い分を支持する」と言わんばかりに、力強く微笑んでくれる。ベリンダもまた、優しい瞳でルカを見守ってくれていた――が、当のカリスタは、瞳を閉じて小さく首を横に振る。
「卑怯だったのはみんな同じよ。私だって、選ばれたのが私以外の誰かだったら、怖くて何も出来なかったと思う」
「カリスタ……」
それ以上は言葉にならなくて、ルカは胸を詰まらせた。闇色のドレスを纏う、生贄になるはずだった少女は、まるで夜の女神のように、美しく神々しい。
被害者でありながら、自身の罪を受け入れるカリスタの発言に、女性が一人泣き崩れた。堰を切ったように、人々の間から啜り泣きが漏れ始める。
「すまねぇ」
最初に言ったのは、この街に来た日、通りでルカ達に胡乱な眼差しを向け、カリスタに嫌味を言われて逃げた、あの老人だった。
「俺の孫娘が選ばれなかったことで、安心しちまってたんだ。申し訳ねえ」
「怖かったでしょう……ごめんね」
「アンタの家族も、どれだけ哀しかったことか」
「もう、生贄なんて出さなくていいんだな」
張り詰めていたものが切れたように、住民達は揃って謝罪を口にした。カリスタとその家族、そしてこれまで長年に渡って、生贄として捧げられてきた被害者達の境遇を我が身に置き換えれば、これほどの絶望と恐怖はないと、改めて思い知ったのだろう。
ボロボロと大粒の涙を零しながら、カリスタはそれでも「うん」と笑って見せた。
「ありがとう。ベリンダ様達のお陰で無事だったから、許してあげるわ」
気丈にも軽口で応じてから、カリスタはルカ達に向かって、大輪の花が開くような美しい微笑みをくれた。
斥候隊一同もまた、互いの健闘を称えるように笑みを交わし合う。
「良かった――……」
安心するのと同時に、ドッと疲れが押し寄せてきて、ルカはその場に腰を下ろした。過保護な仲間達が我先にと、面倒を見るべく集まってくる。
結局ベリンダに回復魔法を掛けて貰いながらルカは、止まっていたこの街の時間がようやく動き出したのだ、漠然と思った。
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※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。
※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。
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【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中
きよひ
BL
ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。
カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。
家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。
そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。
この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。
※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳)
※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。
※同性婚が認められている世界観です。
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魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
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