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第2部・第5話:勇者と囚われの乙女
第2章
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食堂を出たところで、斥候隊一行はこれからについて話し合っていた。
宿屋がないというからには、野宿はやむを得ない。これまでの道のりでも、うまく街に辿り着けなかった時などにこういった機会はあったし、ベリンダの魔法のお陰でそれなりに快適に過ごさせてもらってきた。今回は、曲がりなりにもオアシスの中に入れているのだし、野宿自体はさほど苦にはならないだろう。――だが。
「問題は調査の方ですね」
溜め息混じりのユージーンの呟きに、ルカも含めた全員がこくりと頷く。
話を聞こうにも、住民達には取り付く島もない。今も、見慣れない一行を、通行人が不躾な目付きで射るように眺めていく。
ベリンダの魔法で暗示をかけて、強制的に口を割らせることも不可能ではないようだが、大魔法使いとしては、これは極力避けたいことであるらしい。
「やっぱり、身分を明かして、街の代表者に話を聞くしかないかしらね――」
ベリンダが何かに気付いたように言葉を飲み込むのと、気配に敏いユージーンとフィンレーが振り返るのは、ほとんど同時だった。
慌てて顔を上げたルカの視界に飛び込んできたのは、先程の美人フロアスタッフだ。乾いた熱風に、解いた豊かな金髪がキラキラとなびいている。どうやら、先程の呼び出しは、勤務時間の終了を伝えるためのものであったらしい。
「――どうしてこんな街に来たの? 特に栄えている訳でもないのに」
美しい顔を強張らせたまま、少女は一行に向かって近付いてきた。誰もが斥候隊を避けて通る中、この街で初めて質問を投げ掛けられたことに、ルカはひっそりと驚く。
「この街は余所者を嫌うのよ」
「そうみたいだね」
代表して、肩を竦めて見せたのはユージーンだった。彼がこんな風に矢面に立つのは、師であるベリンダの手を煩わせたくない時と、相手の目にルカを触れさせたくない時と決まっている。ルカを庇うように(或いは少女の目からルカを隠すように)前に出たのが、その証拠だ。
しかし当のルカはというと、少女の凛とした声音に「声までキレイとかある?」と一人テンションを上げていた。気付いたレフがフードの中で、ルカのうなじにゴチンと額をぶつけて来る――何て可愛い抗議だろう、あーあー痛くない痛くない!
密かな攻防に気付くはずもなく、少女はくるりと踵を返した。え、もう行っちゃうの? と残念に思う間もなく振り返り、一行を促す。
「――ついてきて。宿はないけど、以前民泊をしていたヨハネスさんなら、空いている家を貸してくれるはずよ」
「え、紹介してくれるの?」
驚いて声を上げたルカを、少女はこの時、はっきりと見詰めてきた。僅かに瞠目し、瞬きを繰り返したのは、女の子だと思われていたためではないと思いたい。
その願いが通じたのか、少女はルカについての感想を口にすることなく、当然と言わんばかりの息をついた。
「女性がいるのに、野宿はあんまりでしょ」
どうやらベリンダを気遣ってくれてのことだったらしい。こちらの素性も知らないのに、親切なことだ。
これにはベリンダも、「まぁ」と長い睫毛を瞬かせる。
「ありがとう。優しいのね」
ベリンダの渾身の微笑みを受けて、美少女は照れた様子でサッと頬を染めた。慌てたように胸の前で両手を振りながら、ごにょごにょと言い訳を口にする。
「いえ、あの、もう何年も前に商売はやめているし、あんまりキレイでもないと思うんで、期待しないでください」
そうしていると、ハッキリとした顔立ちに特有のキツイ印象が弱まり、とても可愛らしい。何より、年上への礼儀もきちんとしているところに、好感が持てた。
――良い子なんだろうな。
微笑ましく見守るルカや、そんなルカを注視する男達には気付かず、少女は一行を誘導するべく、前方に向き直った。
その途端、またしても大地がぐらりと揺れる。
束の間年頃の娘らしく華やいだ少女の顔が、仮面を被るように暗く沈んでしまったのは、果たして地震のせいだけだったのか、ルカにはわからなかった。
●
改めて「カリスタ」と名乗った美少女の言う通り、ヨハネス氏は比較的温厚に斥候隊一行を労った後、空いていた一軒家を宿として提供してくれた。
長く締め切られていた窓を開けて風を通し、最低限の住環境を整え、調理不要の簡単な食材を買い込み、携帯している寝袋に包まって休息を取る。
そして翌朝、一行は身分を明かして、ビルダヴァの街の代表者に面会を求めた。ヨハネス氏から聞き出した代表の自宅は、寂れた街中の目抜き通りの外れに位置する、それなりの豪邸だ。石と砂で創られた家屋の周囲には格子が巡らされ、門扉には警備まで控えている。
慣れた様子で門前払いを食わせようとした門番は、「魔王軍斥候隊」「代表者は黄金のベリンダ」のフレーズに震え上がった。
数分後、丁重に通された応接間は、異国情緒に満たされていた。絨毯やタペストリー、調度品のどれをとっても、いかにも「オアシスの交易都市の有力者の家」といった趣があるが、街の暗い雰囲気を考えれば、いささか滑稽にも感じられる。
「ようこそお越しくださいました」
さほど間を置くことなく現れた代表は、慇懃な態度で一行に頭を下げた。住民達のリーダーを務めるだけあって、一見したところ立派な人物のようには見える。が、あまり好印象を抱けないのは、酷薄そうな顔立ちのせいだろうか。細身の体格も相俟って、研ぎ澄ましたナイフのような冷たさを感じてしまう。
「――街を脅かしているという、魔物について伺いたいのです」
ベリンダの言葉に、代表はわずかに眉間に皺を寄せた。彼女の発言の真意が魔物そのものではなく、言外に忍ばせた「生贄」に込められていることは明白だったからだろう。
ベリンダの隣で、ふかふかのソファに身を埋めながら、ルカは代表の行動をジッと見詰める。
ややあって、代表は重たい口を開いた。
曰く、町の西方、レスタド山頂に棲みついた魔物は、大地と水に干渉することの出来る大蛇であるらしい。生贄を要求するのが20年に一度である理由はわからないが、それ以外の時期も、いたずらに地震を起こしたり旱魃を招いたりと、人々の生活を蝕んでいる。殊に20年の周期が近付く辺りでの荒ぶり様は凄まじく、この土地の気候は安定しないのが常だった。
「――なぜ大蛇のせいだと?」
短く聞き返したベリンダに、代表は虚を突かれたような表情を浮かべた。魔物の被害を訴える話の最中に、そんな質問をされるとは夢にも思っていなかったのだろう。
蛇は地を這うものであり、竜と同一視される場合には水を司るとされるだけに、信憑性はある。
しかしベリンダの指摘通り、一連の地震と天候不順が大蛇の引き起こしたものであるという、明確な証拠もない。
「それは」と言い澱んだ代表の背中を押すかのように、またしても大地がぐらぐらと揺れる。その地震は小規模なものだったが、体感時間は比較的長かった。
「街では、昔からそう伝えられています」
揺れが収まるのを見計らって、代表はきっぱりと言い切った。要領を得ているようで、その実何の根拠もない答弁だとルカは思った。
レスタド山の山頂には、どんな旱魃の年にも豊富な水を湛えた湖があり、大蛇はここを住処とすると共に、伝説の宝剣を隠し護っている。言い伝えでは、この剣に秘められた強大な魔力が、彼の大蛇の力を増幅させているのだ、とも。
前回の生贄を送ってから8年。今年は住民達言うところの「当たり年」ではない。だが、ここ一年というもの、満足な降水は得られず、絶えず地震が頻発している――まるで大蛇が生贄を欲する前兆のように。
嫌な予感を覚えながら、ルカは代表の話に聞き入っていた。この地に入ってからの不穏な空気から、仲間達もルカと同じことを考え、一様に緊張している様子が窺える。
「我々は予定を早め、明日にも再び『儀式』を執り行う予定です」
「!」
恐ろしい宣告に、ルカはグッと奥歯を噛み締めた。街に漂う暗い影の原因は、これだったのだろう。オアシスでの暮らしを守るため、仲間の誰か一人を犠牲に差し出すという凄惨な行為が、今また繰り返されようとしているのだ。
一貫して「余所者が知ることではない」という態度を崩さない代表が、敢えてベリンダ達斥候隊に、儀式の決行を知らせたのは、邪魔をするなと釘を刺されたのに違いない。
「私どもで調べて参りますので、少しお待ちになっていただけませんこと?」
ベリンダがわずかに身を乗り出した。それが祖母の焦りを如実に表しているようで、事態の深刻さを感じさせる。
大魔法使いの申し出に、代表はしかし、きっぱりと首を横に振った。
「新月は明日の夜です。申し訳ないが、そんな余裕はありません」
頑なな態度は、もはや狂信者のようだった。決して「生贄」とは口にせず、「儀式」と言い換える。自分が生まれてもいない頃の失敗を理由にか、大蛇を討伐しようともせず、また天候不順や地震の原因を調べようともせずに、諾々と生贄を捧げ続ける――これを「慣習」としてしまった時点で、もはや生贄は「大蛇の要求」ではなくなっているというのに。
薄気味の悪さに、ルカは密かに背筋を震わせた。儀式とやらが新月の夜を選んで行われるというのも、被害者の悲惨な末路を目撃したくないためなのではないかとさえ思えてくる。
「――では、次の犠牲者は決まっていますの?」
ベリンダの言い様に、代表は露骨に顔をしかめた。彼女の悪意を疑ったためだろうが、祖母の気性をよく知るルカは、咄嗟にベリンダの手を取る――黄金のベリンダは、この「儀式」における生贄を「犠牲者」と憐れみ、悲しんでいるだけなのだ。
正しいのは貴女であり、何も間違ってはいない。少なくとも自分はそう思っている――温もりを通して、ルカの想いは正確に伝わったようで、ベリンダはチラリと優しい目配せをくれた。
重たい空気の中、世にも麗しい祖母と孫の姿に、仲間達はわずかに心を和ませたようだ。
――しかし、次に代表の放った無情な宣告に、斥候隊一同は愕然とさせられることになる。
「儀式を行うのは、村はずれの農家の娘、カリスタです」
宿屋がないというからには、野宿はやむを得ない。これまでの道のりでも、うまく街に辿り着けなかった時などにこういった機会はあったし、ベリンダの魔法のお陰でそれなりに快適に過ごさせてもらってきた。今回は、曲がりなりにもオアシスの中に入れているのだし、野宿自体はさほど苦にはならないだろう。――だが。
「問題は調査の方ですね」
溜め息混じりのユージーンの呟きに、ルカも含めた全員がこくりと頷く。
話を聞こうにも、住民達には取り付く島もない。今も、見慣れない一行を、通行人が不躾な目付きで射るように眺めていく。
ベリンダの魔法で暗示をかけて、強制的に口を割らせることも不可能ではないようだが、大魔法使いとしては、これは極力避けたいことであるらしい。
「やっぱり、身分を明かして、街の代表者に話を聞くしかないかしらね――」
ベリンダが何かに気付いたように言葉を飲み込むのと、気配に敏いユージーンとフィンレーが振り返るのは、ほとんど同時だった。
慌てて顔を上げたルカの視界に飛び込んできたのは、先程の美人フロアスタッフだ。乾いた熱風に、解いた豊かな金髪がキラキラとなびいている。どうやら、先程の呼び出しは、勤務時間の終了を伝えるためのものであったらしい。
「――どうしてこんな街に来たの? 特に栄えている訳でもないのに」
美しい顔を強張らせたまま、少女は一行に向かって近付いてきた。誰もが斥候隊を避けて通る中、この街で初めて質問を投げ掛けられたことに、ルカはひっそりと驚く。
「この街は余所者を嫌うのよ」
「そうみたいだね」
代表して、肩を竦めて見せたのはユージーンだった。彼がこんな風に矢面に立つのは、師であるベリンダの手を煩わせたくない時と、相手の目にルカを触れさせたくない時と決まっている。ルカを庇うように(或いは少女の目からルカを隠すように)前に出たのが、その証拠だ。
しかし当のルカはというと、少女の凛とした声音に「声までキレイとかある?」と一人テンションを上げていた。気付いたレフがフードの中で、ルカのうなじにゴチンと額をぶつけて来る――何て可愛い抗議だろう、あーあー痛くない痛くない!
密かな攻防に気付くはずもなく、少女はくるりと踵を返した。え、もう行っちゃうの? と残念に思う間もなく振り返り、一行を促す。
「――ついてきて。宿はないけど、以前民泊をしていたヨハネスさんなら、空いている家を貸してくれるはずよ」
「え、紹介してくれるの?」
驚いて声を上げたルカを、少女はこの時、はっきりと見詰めてきた。僅かに瞠目し、瞬きを繰り返したのは、女の子だと思われていたためではないと思いたい。
その願いが通じたのか、少女はルカについての感想を口にすることなく、当然と言わんばかりの息をついた。
「女性がいるのに、野宿はあんまりでしょ」
どうやらベリンダを気遣ってくれてのことだったらしい。こちらの素性も知らないのに、親切なことだ。
これにはベリンダも、「まぁ」と長い睫毛を瞬かせる。
「ありがとう。優しいのね」
ベリンダの渾身の微笑みを受けて、美少女は照れた様子でサッと頬を染めた。慌てたように胸の前で両手を振りながら、ごにょごにょと言い訳を口にする。
「いえ、あの、もう何年も前に商売はやめているし、あんまりキレイでもないと思うんで、期待しないでください」
そうしていると、ハッキリとした顔立ちに特有のキツイ印象が弱まり、とても可愛らしい。何より、年上への礼儀もきちんとしているところに、好感が持てた。
――良い子なんだろうな。
微笑ましく見守るルカや、そんなルカを注視する男達には気付かず、少女は一行を誘導するべく、前方に向き直った。
その途端、またしても大地がぐらりと揺れる。
束の間年頃の娘らしく華やいだ少女の顔が、仮面を被るように暗く沈んでしまったのは、果たして地震のせいだけだったのか、ルカにはわからなかった。
●
改めて「カリスタ」と名乗った美少女の言う通り、ヨハネス氏は比較的温厚に斥候隊一行を労った後、空いていた一軒家を宿として提供してくれた。
長く締め切られていた窓を開けて風を通し、最低限の住環境を整え、調理不要の簡単な食材を買い込み、携帯している寝袋に包まって休息を取る。
そして翌朝、一行は身分を明かして、ビルダヴァの街の代表者に面会を求めた。ヨハネス氏から聞き出した代表の自宅は、寂れた街中の目抜き通りの外れに位置する、それなりの豪邸だ。石と砂で創られた家屋の周囲には格子が巡らされ、門扉には警備まで控えている。
慣れた様子で門前払いを食わせようとした門番は、「魔王軍斥候隊」「代表者は黄金のベリンダ」のフレーズに震え上がった。
数分後、丁重に通された応接間は、異国情緒に満たされていた。絨毯やタペストリー、調度品のどれをとっても、いかにも「オアシスの交易都市の有力者の家」といった趣があるが、街の暗い雰囲気を考えれば、いささか滑稽にも感じられる。
「ようこそお越しくださいました」
さほど間を置くことなく現れた代表は、慇懃な態度で一行に頭を下げた。住民達のリーダーを務めるだけあって、一見したところ立派な人物のようには見える。が、あまり好印象を抱けないのは、酷薄そうな顔立ちのせいだろうか。細身の体格も相俟って、研ぎ澄ましたナイフのような冷たさを感じてしまう。
「――街を脅かしているという、魔物について伺いたいのです」
ベリンダの言葉に、代表はわずかに眉間に皺を寄せた。彼女の発言の真意が魔物そのものではなく、言外に忍ばせた「生贄」に込められていることは明白だったからだろう。
ベリンダの隣で、ふかふかのソファに身を埋めながら、ルカは代表の行動をジッと見詰める。
ややあって、代表は重たい口を開いた。
曰く、町の西方、レスタド山頂に棲みついた魔物は、大地と水に干渉することの出来る大蛇であるらしい。生贄を要求するのが20年に一度である理由はわからないが、それ以外の時期も、いたずらに地震を起こしたり旱魃を招いたりと、人々の生活を蝕んでいる。殊に20年の周期が近付く辺りでの荒ぶり様は凄まじく、この土地の気候は安定しないのが常だった。
「――なぜ大蛇のせいだと?」
短く聞き返したベリンダに、代表は虚を突かれたような表情を浮かべた。魔物の被害を訴える話の最中に、そんな質問をされるとは夢にも思っていなかったのだろう。
蛇は地を這うものであり、竜と同一視される場合には水を司るとされるだけに、信憑性はある。
しかしベリンダの指摘通り、一連の地震と天候不順が大蛇の引き起こしたものであるという、明確な証拠もない。
「それは」と言い澱んだ代表の背中を押すかのように、またしても大地がぐらぐらと揺れる。その地震は小規模なものだったが、体感時間は比較的長かった。
「街では、昔からそう伝えられています」
揺れが収まるのを見計らって、代表はきっぱりと言い切った。要領を得ているようで、その実何の根拠もない答弁だとルカは思った。
レスタド山の山頂には、どんな旱魃の年にも豊富な水を湛えた湖があり、大蛇はここを住処とすると共に、伝説の宝剣を隠し護っている。言い伝えでは、この剣に秘められた強大な魔力が、彼の大蛇の力を増幅させているのだ、とも。
前回の生贄を送ってから8年。今年は住民達言うところの「当たり年」ではない。だが、ここ一年というもの、満足な降水は得られず、絶えず地震が頻発している――まるで大蛇が生贄を欲する前兆のように。
嫌な予感を覚えながら、ルカは代表の話に聞き入っていた。この地に入ってからの不穏な空気から、仲間達もルカと同じことを考え、一様に緊張している様子が窺える。
「我々は予定を早め、明日にも再び『儀式』を執り行う予定です」
「!」
恐ろしい宣告に、ルカはグッと奥歯を噛み締めた。街に漂う暗い影の原因は、これだったのだろう。オアシスでの暮らしを守るため、仲間の誰か一人を犠牲に差し出すという凄惨な行為が、今また繰り返されようとしているのだ。
一貫して「余所者が知ることではない」という態度を崩さない代表が、敢えてベリンダ達斥候隊に、儀式の決行を知らせたのは、邪魔をするなと釘を刺されたのに違いない。
「私どもで調べて参りますので、少しお待ちになっていただけませんこと?」
ベリンダがわずかに身を乗り出した。それが祖母の焦りを如実に表しているようで、事態の深刻さを感じさせる。
大魔法使いの申し出に、代表はしかし、きっぱりと首を横に振った。
「新月は明日の夜です。申し訳ないが、そんな余裕はありません」
頑なな態度は、もはや狂信者のようだった。決して「生贄」とは口にせず、「儀式」と言い換える。自分が生まれてもいない頃の失敗を理由にか、大蛇を討伐しようともせず、また天候不順や地震の原因を調べようともせずに、諾々と生贄を捧げ続ける――これを「慣習」としてしまった時点で、もはや生贄は「大蛇の要求」ではなくなっているというのに。
薄気味の悪さに、ルカは密かに背筋を震わせた。儀式とやらが新月の夜を選んで行われるというのも、被害者の悲惨な末路を目撃したくないためなのではないかとさえ思えてくる。
「――では、次の犠牲者は決まっていますの?」
ベリンダの言い様に、代表は露骨に顔をしかめた。彼女の悪意を疑ったためだろうが、祖母の気性をよく知るルカは、咄嗟にベリンダの手を取る――黄金のベリンダは、この「儀式」における生贄を「犠牲者」と憐れみ、悲しんでいるだけなのだ。
正しいのは貴女であり、何も間違ってはいない。少なくとも自分はそう思っている――温もりを通して、ルカの想いは正確に伝わったようで、ベリンダはチラリと優しい目配せをくれた。
重たい空気の中、世にも麗しい祖母と孫の姿に、仲間達はわずかに心を和ませたようだ。
――しかし、次に代表の放った無情な宣告に、斥候隊一同は愕然とさせられることになる。
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