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第2部・第4話:無敵の聖獣
第6章
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翌日。
ポート・ヘレナからサウスホーフ州へ向かう直行便は午後からの一便のみとのことで、街中での必要物資の補給を終えた魔王軍斥候隊一行は、再度街を見下ろす街道の丘にやって来ていた。
魔物の大群を退けてから丸一日と経っておらず、一帯には赤錆びた色の魔石が数多く散らばっている。昨日は街に宿を取ることの方が優先であったために放置したが、魔石は魔物の属性に近い効力を発揮するものも多く、それなりに希少価値は高い。このプテラノドン様の魔物達も、火炎攻撃を繰り出す種族であったことから、その核も炎を生み出す作用があることは間違いなかった。火や灯りは人々の生活に直結する道具であり、いくらか回収しておけば、ルカ達のような魔法適性のない者にとっても、何かしら役に立つこともあるだろう――そう踏んでのことだったが、幸いにもあの後ここを通り掛かった旅人は少ないようで、無駄足にはならずに済みそうだ。
それぞれが荷物にならない程度に手分けして拾い集めていると、ふと陽射しが翳った。
「――!」
ルカの傍で、ルカのためにと人間体を取り、いそいそと魔石を拾い集めていたレフは、チッと舌を鳴らす。
一行の振り仰いだ先には、またしてもあの翼竜一家が羽ばたいていた――きっと、ポート・ヘレナの街には、大騒動が巻き起こっていることだろう。
――しかし、心の広いレフは、闇雲に吠え掛かったりはしなかった。
「どうしたの!?」
全員の疑問を代弁する形で、彼らと親しいルカが尋ねる。昨日の今日で、ベリンダも怒りはしないだろうが、やはり彼女の言う通り、生態系の埒外に存在する強大な生物は、安易に文明社会に近付かない方が良いはずだ。
斥候隊一行の疑念を受けて、しかし翼竜一家は、実に頼もしい言葉をくれた。
『困ったことがあったら呼んで。力になりたいんだ』
まだまだ小柄なフェロールが弾むような思念波を発するのを受けて、巨大な父竜が僅かに大きな目を細める。
『魔王と戦うならば、それなりの戦力が必要になろう』
『ルカはフェロールの恩人だもの』
一回り身体の小さな母竜の思念波を受けて、ルカはパッと明るい表情を浮かべた。ルカに恩義を感じる一家は、共に魔王軍と戦ってくれると言っている。斥候隊にとっては、願ってもない申し出だ。
「ホント!? ありがとう!!」
いいよね? と振り返ったルカに、ベリンダを始めとした斥候隊メンバーは、驚愕の眼差しを注いだ。凍り付いた表情はしかし、やがて一様に微苦笑に変わっていく。
――これがルカだ。本来は人間と交わらない、不可思議の存在であるドラゴンですら、味方に付けてしまった。これ以上ない、強力な援軍を。
もしかしたら、この人としての魅力こそが、ルカが「予言の子供」たる所以なのかもしれない。
「ルカを守ってくれる存在なら、誰だって大歓迎よ」
ベリンダの許可を得て、ルカは「やった!」と小さく飛び上がった。
その可愛らしさに仲間達が笑み崩れる横で、フェロールがレフをちらりと一瞥する。
『そっちの聖獣サンは、どうだか知らないけど』
どうやら、昨日の邂逅時、レフが不満げだったことに気付いていたらしい。含みのある視線には、ルカの守護聖獣という役割に対する羨望も見え隠れしているようだ。
――小賢しいヤツめ。
レフは、ふん、と鼻で笑った。フェロールのみならず、周囲の男達に対して見せ付けるように、ルカの肩を抱き寄せる。
「お前らがルカの役に立ちたいってんなら勝手にしろよ、俺には関係ねえ。俺はルカの物だし、ルカも俺の物だからな!」
断言したレフに、仲間達とフェロールから、不穏な気配が漂い始める。ルカが怯えるように、そしてどこか恥ずかしそうに、「そ、それはちょっと違うというか、誤解招かない?」と目を泳がせていたが、レフには大した問題ではなかった。何しろ他の者達とは、ルカを見守ってきた年季が違う。
――ルカの「愛」を受けた、レフは今まさに、無敵状態だった。
○ ● ○
暗い色の布の幾重にも垂れ下がった、果ての見えぬ空間にて。
吸い込む息が肺さえも凍らせるかと思われるほどの、冷え切った緊張感の中、これをものともせず、凛とした声が響き渡った。
「黄金のベリンダの、弟子如きにやられたクセに!」
胸元と袖口にたっぷりとしたレースをあしらった白いシャツと、黒いパンツを身に纏った少年が、真っ黒な髪を振り乱しながら主張する。気持ち吊り上がった大きな瞳が印象的な、美しい少年だ。
彼の子供じみた訴えを一笑に付したのは、黒のロングテールコートを纏った、こちらも黒髪の美青年――冷酷に微笑むのは、魔王麾下のヘルムートである。流れるような所作には違和感もなく、どうやらユージーンに祓われた際に負った傷はすっかり癒えたようだ。
小馬鹿にするように鼻で笑ったヘルムートは、少年に向かって「カイン」と呼び掛けた。
「エディブルフラワーのサブレが美味しかったです、なんて報告を上げるような無能に、言われる筋合いはありませんよ」
露骨な嘲笑に、カインが「何だと!」と食って掛かる。互いの失態を罵り合う二人は、黒曜石の玉座から放たれる呆れ返ったような溜め息に、ハッと息を呑んだ。
「――黙れ」
怒りに満ちた低い声が発されるのと、側近達が跪くのは、ほとんど同時だった。
再び場を、刺すような静寂が満たす。命令通り口を噤んだ側近達を無慈悲に睥睨してから、魔王は美しい口許をニヤリと歪めた。
――面白い。
元より、配下の失敗など、取るに足らない些末な出来事だ。成功すれば良し、そうでなくとも、暇潰し程度にはなろう。己を斃すなどという大層な予言を受けて生まれた子供だ、あまりあっさりと片付いてしまってはつまらない。
そもそも、黄金のベリンダ一人とても、17年前に直接死闘を繰り広げた仲だ。己以外の余人を以て、これを打ち倒せるはずもない。「予言の子供」も含めた両者の歩みを本気で止めたければ、自らが出向く以外に道はないことも理解している。
――それまでは、さて、何をして揶揄ってやろうか。
邪悪な企みに思考を遊ばせながら、魔王は一言「下がれ」とのみ呟いた。
第2部・第4話 END
ポート・ヘレナからサウスホーフ州へ向かう直行便は午後からの一便のみとのことで、街中での必要物資の補給を終えた魔王軍斥候隊一行は、再度街を見下ろす街道の丘にやって来ていた。
魔物の大群を退けてから丸一日と経っておらず、一帯には赤錆びた色の魔石が数多く散らばっている。昨日は街に宿を取ることの方が優先であったために放置したが、魔石は魔物の属性に近い効力を発揮するものも多く、それなりに希少価値は高い。このプテラノドン様の魔物達も、火炎攻撃を繰り出す種族であったことから、その核も炎を生み出す作用があることは間違いなかった。火や灯りは人々の生活に直結する道具であり、いくらか回収しておけば、ルカ達のような魔法適性のない者にとっても、何かしら役に立つこともあるだろう――そう踏んでのことだったが、幸いにもあの後ここを通り掛かった旅人は少ないようで、無駄足にはならずに済みそうだ。
それぞれが荷物にならない程度に手分けして拾い集めていると、ふと陽射しが翳った。
「――!」
ルカの傍で、ルカのためにと人間体を取り、いそいそと魔石を拾い集めていたレフは、チッと舌を鳴らす。
一行の振り仰いだ先には、またしてもあの翼竜一家が羽ばたいていた――きっと、ポート・ヘレナの街には、大騒動が巻き起こっていることだろう。
――しかし、心の広いレフは、闇雲に吠え掛かったりはしなかった。
「どうしたの!?」
全員の疑問を代弁する形で、彼らと親しいルカが尋ねる。昨日の今日で、ベリンダも怒りはしないだろうが、やはり彼女の言う通り、生態系の埒外に存在する強大な生物は、安易に文明社会に近付かない方が良いはずだ。
斥候隊一行の疑念を受けて、しかし翼竜一家は、実に頼もしい言葉をくれた。
『困ったことがあったら呼んで。力になりたいんだ』
まだまだ小柄なフェロールが弾むような思念波を発するのを受けて、巨大な父竜が僅かに大きな目を細める。
『魔王と戦うならば、それなりの戦力が必要になろう』
『ルカはフェロールの恩人だもの』
一回り身体の小さな母竜の思念波を受けて、ルカはパッと明るい表情を浮かべた。ルカに恩義を感じる一家は、共に魔王軍と戦ってくれると言っている。斥候隊にとっては、願ってもない申し出だ。
「ホント!? ありがとう!!」
いいよね? と振り返ったルカに、ベリンダを始めとした斥候隊メンバーは、驚愕の眼差しを注いだ。凍り付いた表情はしかし、やがて一様に微苦笑に変わっていく。
――これがルカだ。本来は人間と交わらない、不可思議の存在であるドラゴンですら、味方に付けてしまった。これ以上ない、強力な援軍を。
もしかしたら、この人としての魅力こそが、ルカが「予言の子供」たる所以なのかもしれない。
「ルカを守ってくれる存在なら、誰だって大歓迎よ」
ベリンダの許可を得て、ルカは「やった!」と小さく飛び上がった。
その可愛らしさに仲間達が笑み崩れる横で、フェロールがレフをちらりと一瞥する。
『そっちの聖獣サンは、どうだか知らないけど』
どうやら、昨日の邂逅時、レフが不満げだったことに気付いていたらしい。含みのある視線には、ルカの守護聖獣という役割に対する羨望も見え隠れしているようだ。
――小賢しいヤツめ。
レフは、ふん、と鼻で笑った。フェロールのみならず、周囲の男達に対して見せ付けるように、ルカの肩を抱き寄せる。
「お前らがルカの役に立ちたいってんなら勝手にしろよ、俺には関係ねえ。俺はルカの物だし、ルカも俺の物だからな!」
断言したレフに、仲間達とフェロールから、不穏な気配が漂い始める。ルカが怯えるように、そしてどこか恥ずかしそうに、「そ、それはちょっと違うというか、誤解招かない?」と目を泳がせていたが、レフには大した問題ではなかった。何しろ他の者達とは、ルカを見守ってきた年季が違う。
――ルカの「愛」を受けた、レフは今まさに、無敵状態だった。
○ ● ○
暗い色の布の幾重にも垂れ下がった、果ての見えぬ空間にて。
吸い込む息が肺さえも凍らせるかと思われるほどの、冷え切った緊張感の中、これをものともせず、凛とした声が響き渡った。
「黄金のベリンダの、弟子如きにやられたクセに!」
胸元と袖口にたっぷりとしたレースをあしらった白いシャツと、黒いパンツを身に纏った少年が、真っ黒な髪を振り乱しながら主張する。気持ち吊り上がった大きな瞳が印象的な、美しい少年だ。
彼の子供じみた訴えを一笑に付したのは、黒のロングテールコートを纏った、こちらも黒髪の美青年――冷酷に微笑むのは、魔王麾下のヘルムートである。流れるような所作には違和感もなく、どうやらユージーンに祓われた際に負った傷はすっかり癒えたようだ。
小馬鹿にするように鼻で笑ったヘルムートは、少年に向かって「カイン」と呼び掛けた。
「エディブルフラワーのサブレが美味しかったです、なんて報告を上げるような無能に、言われる筋合いはありませんよ」
露骨な嘲笑に、カインが「何だと!」と食って掛かる。互いの失態を罵り合う二人は、黒曜石の玉座から放たれる呆れ返ったような溜め息に、ハッと息を呑んだ。
「――黙れ」
怒りに満ちた低い声が発されるのと、側近達が跪くのは、ほとんど同時だった。
再び場を、刺すような静寂が満たす。命令通り口を噤んだ側近達を無慈悲に睥睨してから、魔王は美しい口許をニヤリと歪めた。
――面白い。
元より、配下の失敗など、取るに足らない些末な出来事だ。成功すれば良し、そうでなくとも、暇潰し程度にはなろう。己を斃すなどという大層な予言を受けて生まれた子供だ、あまりあっさりと片付いてしまってはつまらない。
そもそも、黄金のベリンダ一人とても、17年前に直接死闘を繰り広げた仲だ。己以外の余人を以て、これを打ち倒せるはずもない。「予言の子供」も含めた両者の歩みを本気で止めたければ、自らが出向く以外に道はないことも理解している。
――それまでは、さて、何をして揶揄ってやろうか。
邪悪な企みに思考を遊ばせながら、魔王は一言「下がれ」とのみ呟いた。
第2部・第4話 END
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