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第2部・第4話:無敵の聖獣

第4章

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 お気に入りのルカを構い倒して気の済んだアデルバートとの通信を終え、ルカは1人フロントへ向かった。食事は基本、宿の食堂で摂ることになるが、個別に部屋へ運んでもらうことも可能とのことなので、レフのための肉料理をお願いしに行ったのだ。
 当然ながら、本体がぬいぐるみであるレフに、食事は必要ない。しかし、ライオンとしての本能がそうさせるのか、肉食を摂りたがる傾向にある。食べたものがどこへいくのか原理は不明だが、言ってみればご褒美のようなものだ。
『………………』
 わずかな時間とはいえ、ルカに置いていかれたレフは、ぬいぐるみ体のままデスクの上で、むっつりと押し黙っていた。
 そこへ、ジェイクがベリンダを訪ねてきた。旅装を解いた彼は、折り畳まれた冊子を手にしている。
「ベリンダさん、時刻表借りてきたぜ」
 言いながら差し出したのは、船便の行き先と時刻を纏めた冊子らしい。ビルタヴァへ向かう最短ルートを割り出すために、チェックインと同時に宿へ申し出ていたものが、たまたまジェイクがフロントを通り掛かった時に返却された。それを、そのまま持ってきてくれたのだそうだ。
「明日の出立まで持ってて構わないそうだ」
「ありがとう、助かるわ」
 古代魔法文字で書かれた書物に目を通していたベリンダは、立ち上がってジェイクを労った。勤勉な彼が、予定より早く宿に入れた日は、欠かさず鍛練を行っていることを知っていたからである。武器を持たず軽装である今日は、走り込みでもするつもりでいるのだろう。
 立ち去ろうとしたジェイクが、ぽつんと座り込むレフの姿に気付いた。彼が口を開くよりも先に、ベリンダが微苦笑を浮かべる。
「さっきまで、陛下と通信をしていたからよ」
「――ああ」
 納得したように頷いて、ジェイクは室内に足を踏み入れた。デスクに近付き、宥めるようにレフのたてがみをポンポンと撫で付ける。
「あの方の『可愛いもの好き』にも、困ったもんだな」
 さては、アデルバートにルカ共々可愛がられ、機嫌を損ねているのだろうと、ジェイクは踏んだらしい。ベリンダも想像しているように、それは事実だった。
 アデルバートは、ルカに好意を抱く周囲の男達に対しては、基本辛辣だ。ほとんど過激派といっていいユージーンやネイトなど、個人としての能力以外は、何一つ認めていない。
 そんな中で、ルカにべったりのレフにのみ寛大なのは、「所詮は可愛いぬいぐるみよ」としか思われていないようで、気分が悪いのだ。
 ――今日も、魔物との戦闘後、街に入るためにぬいぐるみ体に戻っていたせいで、わざわざ魔石通信に駆り出されて、嫌な思いをした。
 とまぁ、レフの不機嫌の理由がアデルバートであることは事実なのだが――ゴツい手で撫で回されながら言われても、説得力はない。
『――テメェもだろ』
 首がもげたらどうしてくれるつもりだ、と、レフはジト目で唸った。目の前のこの男が、国王に負けず劣らず「可愛いもの好き」であることくらい、仲間内なら誰でも知っている。
 老若男女、どの目から見ても可愛らしいルカを愛おしみ、隙あらば、ぬいぐるみ体の自分を可愛がろうとしてくる。人間体でいると、あからさまに早く元に戻って欲しそうなところも、あの国王とそっくりだ。
「まぁな」
 ジェイクは声を立てて笑った。強がらずに素直に認められるところは、美点と言えなくもない。
 ――しかし、レフはジェイクがあまり好きではなかった。
 性格は斥候隊せっこうたいメンバーの中ではマシな方だし、ルカからの信頼も理解できる。フィンレーとジェイクに関しては、少なくとも自分への悪意は感じられないので、側に居られるのが不快ということもない。
 レフがジェイクの存在を認められないのは、ただ一つ。人間体をとった時の自分と張るレベルの体格を持っていることだ。そのお陰でレフとジェイクは、非常事態にルカを抱えて運ぶ等、役割が被ることが多い。
 ルカのために生まれ、ルカのために存在するレフに取って、これは由々しき事態だった。
 更に気に掛かるのは、最近のこの男に、妙な「吹っ切れた感」があることだ。これまでにも増して、ルカに対して馴れ馴れしい気がする――それこそ、あの魔法使い見倣みならいや、クソ神父のように!
 そこまで考えて、レフはハッと顔を上げた。ルカの戻るのが、やけに遅いような気がする。3階から1階のフロントに出向くのに、これほど時間が掛かるだろうか……。
「……!」
 ルカを探しに行くのと同時に、ジェイクの手から逃れる意味もあって、レフはポフンと音を立てて人間体をとった。手載りサイズの可愛らしいオスライオンのぬいぐるみが、突如として浅黒い肌の野性的な成人男性に変わり、ジェイクは心底残念そうに、てのひらをグッと握り締める。
 フン、と一つ鼻を鳴らして、レフはするりと部屋を抜け出した。

 ルカの匂いを辿りながら1階へ降り、宿のエントランスへ向かう。
 つい先日も被・誘拐騒ぎを起こしているので、1人で外出するとは思えないが、傍に居ないと心配でたまらない。
 すると、ルカのものを含めた、数人の笑い声が聞こえてきた。また誰かに可愛がられているのかと、半ば苦笑気味に考えたところで、レフの目に衝撃的な光景が飛び込んでくる。
「!!」
 ルカは、エントランスホールで、宿の飼い犬と戯れていた。到着時に、初対面にも関わらずルカに纏わり付き、必死に尻尾を振って構われたがった、茶色い毛並みの大型犬だ。
 動物の勘か、ぬいぐるみ状態でもレフが力のある存在であることは理解できたらしく、睨み付けてやったらスゴスゴ引き下がったくせに。自分の居ない間にルカに遊んでもらおうとは、生意気なヤツだ。
 ――あの野郎!!
 怒りに突き動かされるまま飛び出し掛けて、レフはふと足を止めた。
 無様にも腹を見せて転げ回る大型犬、これを撫で回すルカは、とても楽しそうだ。ライオン体のレフを撫でてくれる時と同じ、優しくて愛らしい、穏やかな表情をしている。
 ――俺が、ルカに他の動物のにおいが付くのを嫌がることを、知っているのに。
「……」
 レフは無意識に、階段の影に身を潜めた。ルカの傍らには、騎士ナイト気取りのユージーンが、ぴったりと付き添っている。
 自分も連れずに不用心な、と思う一方で、レフの心に忍び込んできたのは、自身の存在意義への疑問だった。
 ――ルカにとって、レフ自分とはいったい何なのだろう……。

 ルカの膝に乗り上げるようにしながら、嬉しげにペロペロと顔を嘗めていた、毛足の長い大型犬――名前はドミニク――が、ビクリと動きを止めた。
「どうしたの?」
 笑顔のままドミニクの視線を追うと、玄関のドアがゆっくりと閉まるところだった。誰かが出ていった直後のようだが、彼のご主人か知人ででもあったのだろうか。
 扉に設置されたベルの涼やかな余韻を聞きながら、ルカは小さく首を傾げた。
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