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第2部・第3話:戦士覚醒
第7章
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予定通り、その日のうちに山賊達は、一人残らず憲兵に連行された。
翌日改めて拠点の捜索が行われ、近隣の町から奪われた多くの物品が押収された。被害届と照らし合わせて、速やかに持ち主の元へと返却される見込みだという。
幸か不幸か、ルカ以外に囚われていた者は一人もなかった。しかし、実際に彼らに攫われた女性や子供は存在するため、今後は売買ルートからの捜索が行われるそうだ。
ベリンダは被害者の家族に、かつてルカを失った自分の姿を重ねていたのに違いない。「必ずご家族の元へ帰して差し上げてくださいね」と、両手を取って懇願された憲兵隊長は、頬を染めながら「お任せください!」と意気軒高に胸を叩いた。他の憲兵達も概ね同じような反応だったので、そう悪い結果にはならないものと思われる。
憂いのなくなったサハス村の住人達は、その日も総出で山道の復旧に当たった。ベリンダとユージーンの魔法も加えた作業は迅速を極め、陽の落ちる頃にはすべての街道が通行可能となる。併せて、再度村祭りのための買い出しが行われた。翌日には出立する斥候隊の予定に合わせて、村長の権限で祭りの日程が早められたためである。
村祭りは盛大を極めた。
元々は村の発足を記念する行事だったらしいが、無法者達に脅かされる心配もなくなった今、集った村人達は皆一様に、溢れんばかりの笑顔を浮かべている。広場には軽快な音楽が鳴り響き、人々は大いに歌って踊った。テーブルには種々の飲料や、女性達が競うように腕を振るった、様々な郷土料理が並んでいる。
「――」
元気なお婆さんに手を取られ、楽しそうにクルクルと舞い踊るルカの姿に、ジェイクは眼を細めた。容姿が愛らしいだけでなく、気質の素直なルカの周囲は、いつも笑顔で溢れている。これを守るのが己の役目だと自身を戒めつつも、自然と口元が緩んでしまうのは、彼の魅力のなせる業なのかもしれない。
広場の隅で、ジェイクは一人、ノンアルコールの果実酒のグラスを傾けていた。酒類が苦手という訳ではないが、昼前には出立の予定になっている。酔って戦闘に支障を来すようでは本末転倒だ。
こういう時、ルカのパートナーの座を巡って争いそうな仲間達はというと、意外にも村の女性達と踊ることを優先しているようだった。貴族であるフィンレーは女性のエスコートには慣れているようだし、ネイトはそもそも信徒の懐に入り込む術に長けている。ユージーン辺りは、ルカに近付きたがる「可愛い(或いは年下の)男の子好きな女性」を、自らに引き付けようとする狙いがあるのではないだろうか。
長年の付き合いからそんな風に考えていたジェイクの元へ、二コラがやってきた。元々寡黙で、進んで女性に話し掛けるようなタイプでもないジェイクは、これまで誰とも踊っていない。遠巻きに様子を窺われているのは気付いていたが、自分から慣れないことをしようとも思わないので、場の雰囲気を楽しむに留めていたのだ。
そんなジェイクに向かって、二コラはこれまでになく、はっきりとした意志の感じられる顔付きで、「ジェイクさん」と呼び掛けた。
「私と踊ってください……その、最後の思い出に」
「!」
何かを決意したような彼女の真意が理解できて、ジェイクはハッと目を見開いた。このダンスを最後に、自分のことはきっぱり諦めるということらしい。
恋する乙女の覚悟を汲み取って、ジェイクはふと口元を緩めた。妹のような年頃の娘の、可愛らしい願いだ。無碍にする理由もないだろう。
「――わかった」
了承のしるしとして差し出した手に、小さな掌が重ねられる。
そのまま二人は、広場の端でダンスの輪に加わった。武骨なエスコートにも、二コラは嬉しそうに微笑んでいる。
「すまない」と、ジェイクは改めて謝罪した。
「あんたがどうって訳じゃないんだ。でも俺は、ルカの傍を離れようとは思わないし、アイツを守る役目を、誰かに譲る気もないんだよ」
二コラは優しい目をして、「はい」と小さく頷いた。失恋が、彼女を少しだけ大人の女性に近付けたのだろうか。昨日までより幾分か綺麗に見える。
「頑張ってくださいね」
「――ああ」
答えながらも、賢明なジェイクはふと、自分のルカに対する想いと、彼女が応援すると言う自分からルカへの想いが、別な感情を指しているのではないかと考えた。
これまでずっと、ルカのことを実の弟のように可愛がってきたつもりだった。しかし、今になってみれば、この感情はシェリルや二コラに対する庇護欲とは、明らかに一線を画している。二人だけの時間を持てたことに喜び、理解が得られないことに傷付き、彼が自分のためを思って行動してくれたことが、何より嬉しい――
――なんだ。
色んなことが腑に落ちたような気がして、ジェイクは苦い笑いを口元に浮かべた。その幸せそうな、それでいて切なそうな柔らかい表情に、二コラが思わず頬を赤らめる。
自分でも知らなかった感情を、自分に好意を持ってくれた年下の女性に気付かされて、ジェイクはいよいよ腹を括った。
これまで以上に面倒な相手は増えるだろうが、要はルカの気持ち次第だ。
「ありがとうな――色々と」
感謝の言葉に、二コラはきょとんと目を瞬かせた。吹っ切れたような清々しい男の眼差しに、二コラの恋心は慈愛の念に昇華されていく。
秘密を共有する仲間のような打ち解けた気持ちで、二人は曲が終わるまで踊り続けた。
小さな女の子と踊った後、さすがに少し疲れてしまったルカは、いそいそと料理の並んだテーブルに近付いた。
食用花を使ったスイーツが、目にも鮮やかだ。ルカのことを特に気に入ってくれていた、二コラの叔母さん特製という、乾燥パンジーの載った綺麗なサブレにかじりつく。視線を感じて顔を上げると、広場の反対側で夫の世話を焼く、当の叔母さんと目が合った。「美味しいよ!」との意味合いで親指を立てて見せると、夫婦共々嬉しそうに同じポーズを返してくれる。
そのままルカは、広場をザッと見渡した。仲間達はそれぞれ、村人とのダンスや談話に加わっている。こういう時、実は一番人気なのは、祖母のベリンダだった。青年からご老人まで、美しいベリンダには誘いの手が途切れることはない。孫としては、何だか誇らしい気持ちだ。
同系色のスミレのサブレに手を伸ばしながら、ルカは二コラと踊るジェイクに気付いた。彼女には申し訳ないけれど、ジェイクが斥候隊から離れるようなことにならずに済んで、正直ホッとしている。せめて今だけは、最後のダンスを思い切り楽しんでほしいというのは、傲慢だろうか。
――父親の方は、まだ望みを捨ててないみたいだけど。
ソワソワと中途半端な笑顔を浮かべて娘達の様子を窺う村長の弟の姿に、ルカは思わず苦笑した。今回の騒動の原因となった人物だが、彼のお陰でちょっとした罪悪感が紛れたのは、素直にありがたい。
――そこでルカは、テーブルの斜め後方、半ば茂みに埋もれるような場所から、こちらを見詰める人影に気付いた。
濡れたような長めの黒髪に、色素の薄い白い肌。ほっそりとした体躯を、白いシャツと黒いパンツで覆っている。気持ち吊り上がった大きな瞳が印象的な、田舎には稀なタイプの美少年だ。
「――そんな所で、どうしたの?」
「!」
声を掛けると、少年はビクリと肩を震わせた。まさかルカに話し掛けられるとは、夢にも思っていなかったような驚きぶりだ。
こんな綺麗な子が何処にいたんだろう、と思いながらも、同世代に見える気安さから、ルカはちょこちょこと距離を詰める。
「こっち来て、一緒に食べよう」
「あ、いや……」
慌てた様子で口籠るのを、半ば強引に広場に引き摺り出すと、その拍子に少年の首元で、チョーカーに付いた紫色の石がキラリと光った。
「ホラ。綺麗だし、すっごく美味しいよ!」
「あ、ありがと……」
ルカの勢いに気圧されるように、少年はホウセンカの載ったサブレを手に取った。小さな口でかじりつき、「美味しい……」と控えめに呟く。その様子を、ルカが自分の手柄のように喜んでいると、子供達がドッと駆け寄ってくる。
「ルカ兄ちゃん、踊ろー!」
「!!」
またしても肩を震わせた少年の手を、ルカは取った。彼にどんな事情があるか知らないが、せっかくのお祭りなのだ。みんなで楽しまなければ意義に反する。
ルカと少年は、そのまま子供達と輪になって、グルグルと踊り始めた。
大人達も微笑ましい様子に、目を細めている。
最初は戸惑いがちだった少年が、いつの間にかうっすらと笑みを浮かべているのに気付いて、ルカもまた弾けるように微笑んだ。
第2部・第3話 END
翌日改めて拠点の捜索が行われ、近隣の町から奪われた多くの物品が押収された。被害届と照らし合わせて、速やかに持ち主の元へと返却される見込みだという。
幸か不幸か、ルカ以外に囚われていた者は一人もなかった。しかし、実際に彼らに攫われた女性や子供は存在するため、今後は売買ルートからの捜索が行われるそうだ。
ベリンダは被害者の家族に、かつてルカを失った自分の姿を重ねていたのに違いない。「必ずご家族の元へ帰して差し上げてくださいね」と、両手を取って懇願された憲兵隊長は、頬を染めながら「お任せください!」と意気軒高に胸を叩いた。他の憲兵達も概ね同じような反応だったので、そう悪い結果にはならないものと思われる。
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村祭りは盛大を極めた。
元々は村の発足を記念する行事だったらしいが、無法者達に脅かされる心配もなくなった今、集った村人達は皆一様に、溢れんばかりの笑顔を浮かべている。広場には軽快な音楽が鳴り響き、人々は大いに歌って踊った。テーブルには種々の飲料や、女性達が競うように腕を振るった、様々な郷土料理が並んでいる。
「――」
元気なお婆さんに手を取られ、楽しそうにクルクルと舞い踊るルカの姿に、ジェイクは眼を細めた。容姿が愛らしいだけでなく、気質の素直なルカの周囲は、いつも笑顔で溢れている。これを守るのが己の役目だと自身を戒めつつも、自然と口元が緩んでしまうのは、彼の魅力のなせる業なのかもしれない。
広場の隅で、ジェイクは一人、ノンアルコールの果実酒のグラスを傾けていた。酒類が苦手という訳ではないが、昼前には出立の予定になっている。酔って戦闘に支障を来すようでは本末転倒だ。
こういう時、ルカのパートナーの座を巡って争いそうな仲間達はというと、意外にも村の女性達と踊ることを優先しているようだった。貴族であるフィンレーは女性のエスコートには慣れているようだし、ネイトはそもそも信徒の懐に入り込む術に長けている。ユージーン辺りは、ルカに近付きたがる「可愛い(或いは年下の)男の子好きな女性」を、自らに引き付けようとする狙いがあるのではないだろうか。
長年の付き合いからそんな風に考えていたジェイクの元へ、二コラがやってきた。元々寡黙で、進んで女性に話し掛けるようなタイプでもないジェイクは、これまで誰とも踊っていない。遠巻きに様子を窺われているのは気付いていたが、自分から慣れないことをしようとも思わないので、場の雰囲気を楽しむに留めていたのだ。
そんなジェイクに向かって、二コラはこれまでになく、はっきりとした意志の感じられる顔付きで、「ジェイクさん」と呼び掛けた。
「私と踊ってください……その、最後の思い出に」
「!」
何かを決意したような彼女の真意が理解できて、ジェイクはハッと目を見開いた。このダンスを最後に、自分のことはきっぱり諦めるということらしい。
恋する乙女の覚悟を汲み取って、ジェイクはふと口元を緩めた。妹のような年頃の娘の、可愛らしい願いだ。無碍にする理由もないだろう。
「――わかった」
了承のしるしとして差し出した手に、小さな掌が重ねられる。
そのまま二人は、広場の端でダンスの輪に加わった。武骨なエスコートにも、二コラは嬉しそうに微笑んでいる。
「すまない」と、ジェイクは改めて謝罪した。
「あんたがどうって訳じゃないんだ。でも俺は、ルカの傍を離れようとは思わないし、アイツを守る役目を、誰かに譲る気もないんだよ」
二コラは優しい目をして、「はい」と小さく頷いた。失恋が、彼女を少しだけ大人の女性に近付けたのだろうか。昨日までより幾分か綺麗に見える。
「頑張ってくださいね」
「――ああ」
答えながらも、賢明なジェイクはふと、自分のルカに対する想いと、彼女が応援すると言う自分からルカへの想いが、別な感情を指しているのではないかと考えた。
これまでずっと、ルカのことを実の弟のように可愛がってきたつもりだった。しかし、今になってみれば、この感情はシェリルや二コラに対する庇護欲とは、明らかに一線を画している。二人だけの時間を持てたことに喜び、理解が得られないことに傷付き、彼が自分のためを思って行動してくれたことが、何より嬉しい――
――なんだ。
色んなことが腑に落ちたような気がして、ジェイクは苦い笑いを口元に浮かべた。その幸せそうな、それでいて切なそうな柔らかい表情に、二コラが思わず頬を赤らめる。
自分でも知らなかった感情を、自分に好意を持ってくれた年下の女性に気付かされて、ジェイクはいよいよ腹を括った。
これまで以上に面倒な相手は増えるだろうが、要はルカの気持ち次第だ。
「ありがとうな――色々と」
感謝の言葉に、二コラはきょとんと目を瞬かせた。吹っ切れたような清々しい男の眼差しに、二コラの恋心は慈愛の念に昇華されていく。
秘密を共有する仲間のような打ち解けた気持ちで、二人は曲が終わるまで踊り続けた。
小さな女の子と踊った後、さすがに少し疲れてしまったルカは、いそいそと料理の並んだテーブルに近付いた。
食用花を使ったスイーツが、目にも鮮やかだ。ルカのことを特に気に入ってくれていた、二コラの叔母さん特製という、乾燥パンジーの載った綺麗なサブレにかじりつく。視線を感じて顔を上げると、広場の反対側で夫の世話を焼く、当の叔母さんと目が合った。「美味しいよ!」との意味合いで親指を立てて見せると、夫婦共々嬉しそうに同じポーズを返してくれる。
そのままルカは、広場をザッと見渡した。仲間達はそれぞれ、村人とのダンスや談話に加わっている。こういう時、実は一番人気なのは、祖母のベリンダだった。青年からご老人まで、美しいベリンダには誘いの手が途切れることはない。孫としては、何だか誇らしい気持ちだ。
同系色のスミレのサブレに手を伸ばしながら、ルカは二コラと踊るジェイクに気付いた。彼女には申し訳ないけれど、ジェイクが斥候隊から離れるようなことにならずに済んで、正直ホッとしている。せめて今だけは、最後のダンスを思い切り楽しんでほしいというのは、傲慢だろうか。
――父親の方は、まだ望みを捨ててないみたいだけど。
ソワソワと中途半端な笑顔を浮かべて娘達の様子を窺う村長の弟の姿に、ルカは思わず苦笑した。今回の騒動の原因となった人物だが、彼のお陰でちょっとした罪悪感が紛れたのは、素直にありがたい。
――そこでルカは、テーブルの斜め後方、半ば茂みに埋もれるような場所から、こちらを見詰める人影に気付いた。
濡れたような長めの黒髪に、色素の薄い白い肌。ほっそりとした体躯を、白いシャツと黒いパンツで覆っている。気持ち吊り上がった大きな瞳が印象的な、田舎には稀なタイプの美少年だ。
「――そんな所で、どうしたの?」
「!」
声を掛けると、少年はビクリと肩を震わせた。まさかルカに話し掛けられるとは、夢にも思っていなかったような驚きぶりだ。
こんな綺麗な子が何処にいたんだろう、と思いながらも、同世代に見える気安さから、ルカはちょこちょこと距離を詰める。
「こっち来て、一緒に食べよう」
「あ、いや……」
慌てた様子で口籠るのを、半ば強引に広場に引き摺り出すと、その拍子に少年の首元で、チョーカーに付いた紫色の石がキラリと光った。
「ホラ。綺麗だし、すっごく美味しいよ!」
「あ、ありがと……」
ルカの勢いに気圧されるように、少年はホウセンカの載ったサブレを手に取った。小さな口でかじりつき、「美味しい……」と控えめに呟く。その様子を、ルカが自分の手柄のように喜んでいると、子供達がドッと駆け寄ってくる。
「ルカ兄ちゃん、踊ろー!」
「!!」
またしても肩を震わせた少年の手を、ルカは取った。彼にどんな事情があるか知らないが、せっかくのお祭りなのだ。みんなで楽しまなければ意義に反する。
ルカと少年は、そのまま子供達と輪になって、グルグルと踊り始めた。
大人達も微笑ましい様子に、目を細めている。
最初は戸惑いがちだった少年が、いつの間にかうっすらと笑みを浮かべているのに気付いて、ルカもまた弾けるように微笑んだ。
第2部・第3話 END
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