上 下
68 / 121
第2部・第3話:戦士覚醒

第7章

しおりを挟む
 予定通り、その日のうちに山賊達は、一人残らず憲兵けんぺいに連行された。
 翌日改めて拠点の捜索が行われ、近隣の町から奪われた多くの物品が押収された。被害届と照らし合わせて、速やかに持ち主の元へと返却される見込みだという。
 幸か不幸か、ルカ以外に囚われていた者は一人もなかった。しかし、実際に彼らに攫われた女性や子供は存在するため、今後は売買ルートからの捜索が行われるそうだ。
 ベリンダは被害者の家族に、かつてルカを失った自分の姿を重ねていたのに違いない。「必ずご家族の元へ帰して差し上げてくださいね」と、両手を取って懇願された憲兵隊長は、頬を染めながら「お任せください!」と意気軒高に胸を叩いた。他の憲兵達も概ね同じような反応だったので、そう悪い結果にはならないものと思われる。
 憂いのなくなったサハス村の住人達は、その日も総出で山道の復旧に当たった。ベリンダとユージーンの魔法も加えた作業は迅速を極め、陽の落ちる頃にはすべての街道が通行可能となる。併せて、再度村祭りのための買い出しが行われた。翌日には出立する斥候隊せっこうたいの予定に合わせて、村長の権限で祭りの日程が早められたためである。

 村祭りは盛大を極めた。
 元々は村の発足を記念する行事だったらしいが、無法者達に脅かされる心配もなくなった今、集った村人達は皆一様に、溢れんばかりの笑顔を浮かべている。広場には軽快な音楽が鳴り響き、人々は大いに歌って踊った。テーブルには種々の飲料や、女性達が競うように腕を振るった、様々な郷土料理が並んでいる。
「――」
 元気なお婆さんに手を取られ、楽しそうにクルクルと舞い踊るルカの姿に、ジェイクは眼を細めた。容姿が愛らしいだけでなく、気質の素直なルカの周囲は、いつも笑顔で溢れている。これを守るのが己の役目だと自身を戒めつつも、自然と口元が緩んでしまうのは、彼の魅力のなせる業なのかもしれない。
 広場の隅で、ジェイクは一人、ノンアルコールの果実酒のグラスを傾けていた。酒類が苦手という訳ではないが、昼前には出立の予定になっている。酔って戦闘に支障を来すようでは本末転倒だ。
 こういう時、ルカのパートナーの座を巡って争いそうな仲間達はというと、意外にも村の女性達と踊ることを優先しているようだった。貴族であるフィンレーは女性のエスコートには慣れているようだし、ネイトはそもそも信徒の懐に入り込む術に長けている。ユージーン辺りは、ルカに近付きたがる「可愛い(或いは年下の)男の子好きな女性」を、自らに引き付けようとする狙いがあるのではないだろうか。
 長年の付き合いからそんな風に考えていたジェイクの元へ、二コラがやってきた。元々寡黙で、進んで女性に話し掛けるようなタイプでもないジェイクは、これまで誰とも踊っていない。遠巻きに様子を窺われているのは気付いていたが、自分から慣れないことをしようとも思わないので、場の雰囲気を楽しむに留めていたのだ。
 そんなジェイクに向かって、二コラはこれまでになく、はっきりとした意志の感じられる顔付きで、「ジェイクさん」と呼び掛けた。
「私と踊ってください……その、に」
「!」
 何かを決意したような彼女の真意が理解できて、ジェイクはハッと目を見開いた。このダンスを最後に、自分のことはきっぱり諦めるということらしい。
 恋する乙女の覚悟を汲み取って、ジェイクはふと口元を緩めた。妹のような年頃の娘の、可愛らしい願いだ。無碍むげにする理由もないだろう。
「――わかった」
 了承のしるしとして差し出した手に、小さなてのひらが重ねられる。
 そのまま二人は、広場の端でダンスの輪に加わった。武骨なエスコートにも、二コラは嬉しそうに微笑んでいる。
 「すまない」と、ジェイクは改めて謝罪した。
「あんたがどうって訳じゃないんだ。でも俺は、ルカの傍を離れようとは思わないし、アイツを守る役目を、誰かに譲る気もないんだよ」
 二コラは優しい目をして、「はい」と小さく頷いた。失恋が、彼女を少しだけ大人の女性に近付けたのだろうか。昨日までより幾分か綺麗に見える。
「頑張ってくださいね」
「――ああ」
 答えながらも、賢明なジェイクはふと、自分のルカに対する想いと、彼女が応援すると言うが、別な感情を指しているのではないかと考えた。
 これまでずっと、ルカのことを実の弟のように可愛がってきたつもりだった。しかし、今になってみれば、この感情はシェリルや二コラに対する庇護欲とは、明らかに一線を画している。二人だけの時間を持てたことに喜び、理解が得られないことに傷付き、彼が自分のためを思って行動してくれたことが、何より嬉しい――
 ――なんだ。
 色んなことが腑に落ちたような気がして、ジェイクは苦い笑いを口元に浮かべた。その幸せそうな、それでいて切なそうな柔らかい表情に、二コラが思わず頬を赤らめる。
 自分でも知らなかった感情を、自分に好意を持ってくれた年下の女性に気付かされて、ジェイクはいよいよ腹を括った。
 これまで以上に面倒な相手は増えるだろうが、要はだ。
「ありがとうな――色々と」
 感謝の言葉に、二コラはきょとんと目を瞬かせた。吹っ切れたような清々しい男の眼差しに、二コラの恋心は慈愛の念に昇華されていく。
 秘密を共有する仲間のような打ち解けた気持ちで、二人は曲が終わるまで踊り続けた。


 小さな女の子と踊った後、さすがに少し疲れてしまったルカは、いそいそと料理の並んだテーブルに近付いた。
 食用花エディブルフラワーを使ったスイーツが、目にも鮮やかだ。ルカのことを特に気に入ってくれていた、二コラの叔母さん特製という、乾燥パンジーの載った綺麗なサブレにかじりつく。視線を感じて顔を上げると、広場の反対側で夫の世話を焼く、当の叔母さんと目が合った。「美味しいよ!」との意味合いで親指を立てて見せると、夫婦共々嬉しそうに同じポーズを返してくれる。
 そのままルカは、広場をザッと見渡した。仲間達はそれぞれ、村人とのダンスや談話に加わっている。こういう時、実は一番人気なのは、祖母のベリンダだった。青年からご老人まで、美しいベリンダには誘いの手が途切れることはない。孫としては、何だか誇らしい気持ちだ。
 同系色のスミレのサブレに手を伸ばしながら、ルカは二コラと踊るジェイクに気付いた。彼女には申し訳ないけれど、ジェイクが斥候隊から離れるようなことにならずに済んで、正直ホッとしている。せめて今だけは、最後のダンスを思い切り楽しんでほしいというのは、傲慢だろうか。
 ――父親の方は、まだ望みを捨ててないみたいだけど。
 ソワソワと中途半端な笑顔を浮かべて娘達の様子を窺う村長の弟の姿に、ルカは思わず苦笑した。今回の騒動の原因となった人物だが、彼のお陰でちょっとした罪悪感が紛れたのは、素直にありがたい。
 ――そこでルカは、テーブルの斜め後方、半ば茂みに埋もれるような場所から、こちらを見詰める人影に気付いた。
 濡れたような長めの黒髪に、色素の薄い白い肌。ほっそりとした体躯を、白いシャツと黒いパンツで覆っている。気持ち吊り上がった大きな瞳が印象的な、田舎には稀なタイプの美少年だ。
「――そんな所で、どうしたの?」
「!」
 声を掛けると、少年はビクリと肩を震わせた。まさかルカに話し掛けられるとは、夢にも思っていなかったような驚きぶりだ。
 こんな綺麗な子が何処にいたんだろう、と思いながらも、同世代に見える気安さから、ルカはちょこちょこと距離を詰める。
「こっち来て、一緒に食べよう」
「あ、いや……」
 慌てた様子で口籠るのを、半ば強引に広場に引き摺り出すと、その拍子に少年の首元で、チョーカーに付いた紫色の石がキラリと光った。
「ホラ。綺麗だし、すっごく美味しいよ!」
「あ、ありがと……」
 ルカの勢いに気圧されるように、少年はホウセンカの載ったサブレを手に取った。小さな口でかじりつき、「美味しい……」と控えめに呟く。その様子を、ルカが自分の手柄のように喜んでいると、子供達がドッと駆け寄ってくる。
「ルカ兄ちゃん、踊ろー!」
「!!」
 またしても肩を震わせた少年の手を、ルカは取った。彼にどんな事情があるか知らないが、せっかくのお祭りなのだ。みんなで楽しまなければ意義に反する。
 ルカと少年は、そのまま子供達と輪になって、グルグルと踊り始めた。
 大人達も微笑ましい様子に、目を細めている。
 最初は戸惑いがちだった少年が、いつの間にかうっすらと笑みを浮かべているのに気付いて、ルカもまた弾けるように微笑んだ。


第2部・第3話 END
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

処理中です...