小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第3話:戦士覚醒

第2章

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 問題は早々に起こった。
 サハス村に到着し、山賊の手から村人を救ったお礼と歓迎の宴が催される中、現村長の弟と紹介された壮年の男性が満面の笑みを湛え、ジェイクに向かって言い放ったのだ――「ぜひとも、我が娘を貴方様の妻に」と。
 これには、さすがの斥候隊一同も仰天した。娘というのはもちろん、ジェイクに窮地を救われ、恐らくは一目惚れをした、あの若い女性だ。名前を二コラといい、年齢は今年で18。薬剤店の跡取りであり、20歳のジェイクとは、釣り合いが取れていると言えなくもない。
 しかし、娘が好意を示し、ここまでのジェイクの態度や人柄を評価したとしても、二人がほとんど初対面であることに変わりはない。これまでに訪れた町でも、娘や姪を通して斥候隊せっこうたいよしみを結びたいと露骨に画策する者もないではなかったが、ここまでストレートな求婚というのも珍しい。あのネイトですら、興味深げに事態の成り行きを見守っている。
「――今は、任務の途中ですので」
 いち早く衝撃から脱したらしいジェイクが、やんわりと拒絶を口にした。父親の側で恥ずかしそうに俯いていた二コラが、ショックを受けたように顔を上げる。宥めるように横から肩を抱いたのは、先程の年配の女性だ。彼女は村長の妹であり、二コラから見て叔母に当たるらしい。危険の伴う村の行事の買い出しに村長一族が加わっていたとは、見上げた奉仕精神だ。
 話が分かりそうだった二人に比べ、二コラの父親には、おいそれと引き下がる様子はない。
「無事にお役目を果たされてからで構いません。まずは婚約だけでも」
 ジェイク側の事情は一切考慮に入れられていなさそうな言い分に、ルカは少々衝撃を受けた。ジェイクほどの男性が、故郷の町に恋人や婚約者を残してきているという可能性について、まったく考えが及ばないものだろうか――いや、実際には居ないのだが、居てもおかしくないくらい人気があったのは事実なのだ。それでなくとも、結婚とは、それまで全く関わりのなかった家同士が縁を結ぶもの。花嫁側の意向のみで決められて良いはずはない。何よりジェイクの意思はどこへ行ってしまうのか。ユージーンやフィンレーも、僅かに眉をひそめている。
「先のことまでは考えられません」
 武骨なジェイクなりに、二コラの心情を考慮してのことなのだろう、彼は「お断りだ」とは言わないように、無難な逃げ道を探しているようだ。とはいえ、これはジェイクに限らず、斥候隊全員の総意でもある。無事に戻れるかどうかの保障もない旅のさなかに、初対面の娘の将来まで背負えるものではない。
「娘に不服がおありでしょうか」
 ジェイクを困らせている張本人が、困ったように眉根を寄せた。村長の弟の暴走に、集まった村人達にも、困惑した空気が流れている。彼らも最初こそ、村娘と魔王斥候隊員との婚礼が叶うなら、これほどめでたいことはないと浮かれていた様子だったが、ジェイクの拒絶を受けてなお食い下がる父親の姿に、逆に村全体がベリンダや王宮の不興を買ってしまうのではないかと、恐れ始めているようだ。
 「そういう訳では」と言葉を濁すしかないジェイクに、ルカははっきりと憤りを感じてしまった。もちろん、ジェイクにではなく、二コラの父親に対して、だ。
 決して口数が多い訳ではないが、誠実で嘘を嫌う真っ直ぐなジェイクを、こんな風に追い詰めるなんて。不服も何も、さっき出会ったばかりで、二人はお互いのことを何も知らない。かといって、こういった手合いは「では互いをよく知る為にも、娘をお傍に~」とか言い出すに決まっているのだ。それこそ、ユージーンのストーカーのお姉さんのように!
 そこで、ルカの想いを代弁するかのように割り込んでくれたのは、美しく頼もしい、祖母のベリンダだった。
「斥候隊員とはいっても、ご家族からお預かりした、大事なご子息でもありますのよ。旅先で勝手に縁談を纏める訳には参りませんわ」
 言う必要のない「わたくしが」には、ルカが期待した以上の効果があった。これ以上強引にこの縁談を進めることは、この黄金のベリンダが許さない――その意図を正確に察した村長は、「あまりご無理を言うものじゃない」と弱り切った様子で弟を制し、本人も「失礼を致しました」と取り敢えず引き下がる。
 そこからは、ベリンダと村長、その妹が中心となって場を繋ぎ、何とか事態は収束した。
 目に見えて落ち込んだ様子で席を立った二コラの後ろ姿を、ジェイクが何とも言えない表情で見送る。
 幼馴染みに降って湧いた縁談に、ルカの心は落ち着きをなくし、いつまでもざわざわと波打っていた。

                  ●

 観光地でもない小さな村に宿はないため、斥候隊は村長の家の離れに宿泊することになった。
 母屋と庭を挟んで隣接する平屋家屋は、元々村外からの客人をもてなすための施設として使用されているらしく、必要な設備はすべて揃っている。大所帯を想定した造りではないため寝室は一つ、ここにベリンダとルカ(+レフ)が入り、四人の仲間達はリビングに寝具を持ち込んでもらっての雑魚寝スタイルだ。とはいえ、空間を贅沢に使ったリビングには、布団を4枚敷いてもなお充分な余裕があり、窮屈さは感じない。正直ルカとしては、そっちでみんなと一緒に寝るのも修学旅行みたいで楽しそうだな、と思わないでもなかったのだが、口を開く前にベリンダから「ルカはダメよ」と笑顔で釘を指されてしまった。
 祖母の意図はいまいちよくわからなかったが、何となく反論しない方が良いような気がしたので、おとなしく従うことにする。
 寝室に入り、荷物を下ろすのと同時に、ケープのフードから、ぬいぐるみ体のレフが飛び出した。そのままちょこんとベッド側のサイドボードに鎮座するのを見て、ルカは条件反射のように、柔らかいたてがみを撫で回す。可愛らしいオスライオンのぬいぐるみは、一層可愛らしく瞳を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「――あのおじさん、随分しつこかったね」
 荷物をほどきながら思わず口走ってしまったのは、やはり先程の出来事が気に掛かっていたためだ。
「自分を守ってくれる人」として、ジェイクを斥候隊に誘ったのはルカである。これを了承し、自分の意思でルカを守ると約束してくれたジェイクの気持ちが、早々に変わってしまうようなことはないだろう。彼が言った通り、今は任務の途中でもある。責任感の強い彼ならば、たとえ旅のさなかに運命の出会いが訪れたとしても、使命を投げ出すような真似はしないはずだ。
 それでも、強引に相手を押し付けられている姿を見ると、何とも言えない気分になってくる。
 「そうねぇ」と、指先で軽やかに魔法を操り、自分好みの場所に私物を整えたベリンダが頷いた。
「田舎には、『他所から来た、強く優秀な男性の遺伝子』を欲しがる所もあるのよ」
 決め付けるのを憚るような祖母の分析に、しかしルカは、ああ、と納得してしまった。
 小さなコミュニティの中で婚姻と出産を繰り返していると、どうしてもその集団の血は濃くなっていく。これが遺伝子疾患の増加に繋がるのは、らしい。そのため地域によっては、たとえ行きずりの関係であったとしても、優れた男の「種」を得て、優秀で丈夫な子供を産み育てることを良しとする風習もあるのだそうだ。
 現代社会で育ったルカにとっては前時代的な考え方としか思えないし、ベリンダの言い様から、こちらの世界でも、あまり常識的には好まれない因習なのだろう。
 結婚を迫る二コラの父親が、子孫繁栄のために、我が娘を旅の戦士に差し出そうとしているとまでは思わない。
 しかし、それを加味しなくても、彼らにとってジェイクは打って付けの相手だと言える。背は高く逞しく、その体格を裏切らない体術を備え、容貌は精悍で清潔感があり、人格は真面目で誠実。これに加えて、実家は安定した稼業を持っており、今は国王肝煎きもいりの魔王軍斥候隊員と来れば、庶民の娘の結婚相手としては申し分ない。
 それがジェイクに対する高評価の裏返しだとしても、やっぱり嫌な気持ちになってしまうのは、そこに彼の意思が介在していないからだった。ジェイクが二コラに好意を持っているのならいざ知らず、そうでない現状で結婚だなんだと騒ぎ立てるのは、まるで幼馴染みを種馬扱いされているようで、気分が悪い。
「――何にしても、この村は早く離れるに越したことはないわね」
 ベリンダが眉をひそめたまま笑ったのは、「魔物と伝説の武器」の伝承の残る街の調査を考えてのことか、それとも、ルカの気持ちに配慮してくれたからなのだろうか。
 ――おばあちゃんのことだから、きっとどちらも正解なんだろうな。
 偉大な祖母への尊敬の念を新たにしながら、ルカは「そうだね」と勢いを付けてケープを脱ぎ去った。ルカとしても、我儘わがままを言わせてもらえるなら、今ジェイクが居なくなるだなんて、考えたくもないことだ。
「ジェイクも気まずいだろうし!」
 とは言いつつ、申し訳ないが、ルカ自身も、あまり長くこの村に留まりたいとは思えなかった。
 ――となれば。
「まずは、山賊をどうにかしないと」
 こうなってくると、先程逃がしてしまったのが惜しまれる。状況がわからなかったための措置だったが、情けなど掛けずに全員捕まえておけば良かった。とはいえ、悔やんでも仕方がない。みんなで協力して、やるべきことを一つずつ片付けていくだけだ。
「なんか、『世直し旅』って感じになって来たなぁ」
 ――まるで、近所のお爺さんが好んで観ていた時代劇みたいだ。
 ルカの言い様が的を射ていておかしかったのか、ベリンダは「そうね」と鈴を転がすような声音で笑った。
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