62 / 121
第2部・第3話:戦士覚醒
第1章
しおりを挟む
山の中の一本道を、牛に牽かれた荷車がゆっくりと登っていく。
荷台のほとんどが食料品で埋まっているのは、酒宴か祭事の準備のためだろうか。近隣の街に、不足品の買い出しに出掛けた帰り道のようにも見える。
荷物と一緒に荷台の後方で揺られているのは、年配の女性と、ふんわりとした髪を編み込んで一つに纏めた若い娘だった。酒瓶の入ったケースを両脇から支えている二人の表情は、緊張に強張っている。任務のレベルに不釣り合いな気の張り様だが、それはこの部隊の編制そのものも同様だった。
馭者一人、荷台の女性二人に加えて、その周囲をぐるりと取り巻くのは、20代から30代前半の屈強な男性ばかりが七名。いずれも農具や棍棒等、武器になりそうなものを手にしている。ちょっと隣町まで買い出しに、というには、明らかに過剰な装備だ。
軽口ひとつ叩くことなく、全員が気を張り詰めている理由は、やがて知れた。峠を越え、荷車が緩やかな坂道を下り始めた刹那、背後から襲撃を受けたのだ。それぞれに武器を手にした男ばかりの集団が、下卑た嬌声を上げながら一行に襲い掛かる。男達は必死に応戦し、馭者は牛に鞭打ったが、牛車はそもそも速度に優れた乗り物ではない。数に勝る襲撃者達は、わらわらと荷車に追い縋り、馭者を引き摺り降ろしてしまった。
荷台の女性達が、我と仲間の不運を嘆き、硬く身を寄せ合った、その時。
――ドン、と雷のようなものが地面に落ちて、その場に居合わせた全員が、ハッとしたように動きを止めた。そこへ声もなく斬り込んできたのは、長剣を手にした細身の剣士と、巨大な戦斧を構えた逞しい戦士の二人。彼らは手慣れた様子で、次々と襲撃者達の武器を的確に弾き飛ばしていく。
更に後方から、魔法の支援が加わった。魔導書を手にした青年が何事か詠唱するのと同時に、襲撃者達の幾人かが耐えかねたように武器を投げ出す。その掌が赤く腫れあがっているところを見ると、火炎魔法を掛けられたのだろう。
更にその背後では、聖職者のキャソックを身に纏った青年が、右の掌を中空に翳していた。そこからこぼれる薄緑色のオーラは、絶えず彼の仲間達に降り注ぎ、恐れを知らぬ奮闘ぶりの後押しをしていることは明らかだ。
形勢不利と見た襲撃者達――特に末端の者の中には、取り落とした武器を拾おうともせず、じりじりと後退する者まで現れ始めた。
彼らの戦意を完全に喪失させたのは、キャソック姿の神父に守られていた、小柄な少年だった。
一歩進み出た少年は、両手を揃えて何かを掲げるような所作を見せる。と同時に、その掌の中から黄金の獅子が躍り出て、地も震えんばかりの咆哮を上げた。
鋭い牙と爪を持つ、大型の肉食獣――話のみに聞くライオンの姿を目の当たりに、襲撃者達はとうとう、蜘蛛の子を散らすように逃亡を始める。
しかし、中の一人が最後に、悪人ならではの気概を見せた。奪えなかった荷物の代わりにとでも言うつもりか、呆然と事態の成り行きを見守っていた荷台の上の娘に手を伸ばしたのである。
娘が悲鳴を上げ、年配の女性は離れていく温もりに色をなくす。
腕を引かれ、宙に投げ出された娘の反対側の手を掴んだのは、戦斧を振るう戦士だった。娘の身体に負荷が掛からないよう、それ以上手を引くようなことはせず、反動を利用して腕の中に抱え込む。武器と娘、両手が塞がった状態で、自分に向かって倒れ込んできた男の横腹に、強烈な蹴りをお見舞いした。
地面に投げ出された男は、両脇を仲間達に抱えられながら、無様に逃げ去っていく。
「怪我はないか」と、戦士が娘の顔を覗き込んだ。
怯えていた娘は、強い力で自分を引き寄せた、逞しい青年の精悍な顔立ちを見上げて、「はい」と頬を染める。
そこへ、突如として黄金の光が湧き上がった。戦士達には、驚く様子もない。
やがて光は、美しい女性の像を結んで消えた。オレンジ色の豊かで明るい髪に、同色の瞳。大きな帽子と纏ったローブは濃いネイビーであるにも関わらず、まるで女神のような神々しい姿に、娘も含めた荷車の一行は思わず息を呑む。
美しい女性はそっと細い首を巡らし、華奢な少年を見止めて、愛おしげに微笑んだ。
弾かれたように少年――ルカは、祖母の胸に飛び込む。
「――おばあちゃん!」
若い女性に最も似つかわしくない呼び掛けに、荷車の一行が揃って目を剥いたのは言うまでもない――
ラインベルク王国、ウィットフォード州、サハス。
高地栽培の農作物で細々と生計を立てている、山あいの小さな村だ。とはいえ、決して貧しい訳ではなく、食料自給率は優に70パーセントを越えており、不足分を近隣の自治体との取引で賄っている、それなりに豊かな土地である。
地方の小さな町村に至るまで、最低限度の生活が保障されているのは、国王アデルバート2世の治世の賜物――という話は、今は置いておくとして。
「まさか、黄金のベリンダ様と、斥候隊の皆様に助けていただけるなんて!」
「何とお礼を申し上げたらいいのか……!」
襲撃を受ける前とは打って変わって、荷車の一団は、皆一様に饒舌になっていた。極度の緊張状態から解放されただけでなく、あの黄金のベリンダ率いる魔王斥候隊に命を救われたとあって、全員が感動に打ち震えている。
彼らはサハス村から、近日開催される村祭りのための買い出しに出掛けた一団だという。主に、村では作れないアルコール等嗜好品の補充を終えて戻るところだったらしい。「お礼をさせて欲しいので、ぜひ村へお越しください」という流れは、まあいつものことだ。
「彼らはいったい何者ですの?」
荷車の左側を、ルカと共に並んで歩きながら、ベリンダが聞いた。「宜しかったら村祭りにもぜひ参加していってください」などと、束の間明るく輝いていた村人達の表情が、一斉に曇る。
ルカの視線を受けて、荷台に着いた年配の女性が、困ったように首を横に振った。
「――山賊なんです」
「山賊!?」
これはまた現実離れした名称が出てきたものだ。現代日本で育ったルカが思わず声を上げてしまったのも、仕方のないことだろう。
村人達が口々に語ったところによると、元々彼らはそれぞれ、近隣の町で悪事を働いて回る、小悪党のようなものだったらしい。これがいつの間にか徒党を組んで、小さな集団になった。リーダーはそれなりに知恵が回るらしく、魔王復活の影響で魔物の出現が増えたことを逆手に取って、近隣の町村に対し、「街道を行く時、守ってやるから見返りを寄越せ」と、法外な報酬を要求し始めた。断れば住民が襲われたり、最悪の場合は子供や女性を攫って売り飛ばしたりすることもあるのだという。
サハス村はまさに、住民一致でこの横暴を突っぱねた村の一つなのだそうだ。土地の憲兵も人数に限りがあり、すべての町や村を絶えず警戒することも出来ずに、いたちごっこを繰り返している状況らしい。
「だからこそ、買い出しには不釣り合いな人数で、武器も所持していたんですが、皆様に会わなければどうなっていたか……」
「……ッ……」
酒類の入ったケースを間に挟み、ご婦人とは反対側に座った娘が、小さく肩を竦ませた。一歩間違えば、彼女自身も攫われるところだったのだから無理もない。
ここで珍しい反応を見せたのは、荷車の後方に着いたジェイクだった。ルカの視線を追い、娘の青ざめた表情に気付いて、労わるように声を掛ける。
「――大丈夫か?」
「……はい。ありがとうございます……」
途端に娘の頬は薔薇色に染まった。居合わせた全員が、ジェイクへの好意を察するほど、それは顕著な変化だった。
サハス村の一同が娘の恋心を微笑ましく見守る一方で、斥候隊メンバーには、「またか」といった、微妙なムードが漂っている。多様な能力を有し、色々なタイプの二枚目の揃った魔王軍斥候隊は、どこへ行っても女性達の熱い支持を受けた。特に、繰り返す日常に倦んだタイプの女性は、「旅の美青年との恋」というシチュエーションに酔う傾向が強いようで、一目惚れからの猛烈なアプローチに発展するケースは少なくない。
――そう、もちろんルカだって、先程早々に、黄金のベリンダと「予言の子供」に荷台の席を譲ろうとしてくれた目の前のおば様に対して、「女性の席を奪うなんて真似はしません!」と言い切って、涙も流さんばかりに喜ばせたばかりだ――尤もこれは、戦闘時にほとんど役に立っていない自分が率先して楽をすることに抵抗があったため、おば様に恥をかかせずに断る方向を模索した末の、苦肉の策、というヤツだったのだが。
「今回はジェイクか」と身も蓋もないことを考えながら前方に向き直ると、隣を歩くベリンダと目が合った。無言のまま小さく肩を竦められて、ルカは同意を示すように、何度も頷いて見せる。
サハス村は元々、斥候隊の進行ルートに組み込まれてはいたのだ。とはいえ、あくまで通過点の一つであり、立ち寄る予定を組んでいた訳ではない。
しかし、昨日滞在した町で、一行はある地域に伝わる「魔物と伝説の武器」についての噂を耳にした。強力な武器は人類にとっての財産だが、これにまつわる不穏な背景を知ってしまったからには、捨て置く訳にもいかない。そちらの調査を優先すべきではないかとの話になって、急遽ベリンダが単独で、更なる聞き込みと偵察に向かった。その間ルカ達は峠の店で休憩をさせて貰っていたのだが――サハス村の買い出し隊が山賊に襲われたのは、ベリンダ不在の、まさにこの時のことだったのだ。
こうなってしまえば、捨て置けないのはサハス村も同じ。山賊の横行が魔物の増加に起因するなら、この芽を断つのも斥候隊の使命だ。問題の地域に向かうには大きく迂回することになるが、それもまた旅に付き物のハプニングだろう。あちらには差し当たっての緊急性が認められないこともある。
「仕方ないね」と、祖母とアイコンタクトを交わして、ルカは何となく荷台を振り返った。村祭りの日まで斥候隊をこの地に留められないかと、あれやこれやと盛り上がる村人達の中で、荷台の娘は近くを歩くジェイクにチラチラと視線を送っている。
「――!」
ルカの視線に気付いたジェイクが優しく微笑んだ。精悍な顔に浮かぶ柔和な笑みは、そのギャップと相俟って、故郷の女性達を数多虜にしてきたものだ。
ジェイクの視線を辿った娘と、ルカの目がばちりと合う。娘は恥ずかしそうに小さく頭を下げ、ルカも微苦笑混じりに会釈を返した。
――山賊以外の揉め事が起こらなければいいけど。
村人達が先を争うようにして主張する祭りの話に心動かされながらも、ルカはぼんやりとそんなことを考えていた。
荷台のほとんどが食料品で埋まっているのは、酒宴か祭事の準備のためだろうか。近隣の街に、不足品の買い出しに出掛けた帰り道のようにも見える。
荷物と一緒に荷台の後方で揺られているのは、年配の女性と、ふんわりとした髪を編み込んで一つに纏めた若い娘だった。酒瓶の入ったケースを両脇から支えている二人の表情は、緊張に強張っている。任務のレベルに不釣り合いな気の張り様だが、それはこの部隊の編制そのものも同様だった。
馭者一人、荷台の女性二人に加えて、その周囲をぐるりと取り巻くのは、20代から30代前半の屈強な男性ばかりが七名。いずれも農具や棍棒等、武器になりそうなものを手にしている。ちょっと隣町まで買い出しに、というには、明らかに過剰な装備だ。
軽口ひとつ叩くことなく、全員が気を張り詰めている理由は、やがて知れた。峠を越え、荷車が緩やかな坂道を下り始めた刹那、背後から襲撃を受けたのだ。それぞれに武器を手にした男ばかりの集団が、下卑た嬌声を上げながら一行に襲い掛かる。男達は必死に応戦し、馭者は牛に鞭打ったが、牛車はそもそも速度に優れた乗り物ではない。数に勝る襲撃者達は、わらわらと荷車に追い縋り、馭者を引き摺り降ろしてしまった。
荷台の女性達が、我と仲間の不運を嘆き、硬く身を寄せ合った、その時。
――ドン、と雷のようなものが地面に落ちて、その場に居合わせた全員が、ハッとしたように動きを止めた。そこへ声もなく斬り込んできたのは、長剣を手にした細身の剣士と、巨大な戦斧を構えた逞しい戦士の二人。彼らは手慣れた様子で、次々と襲撃者達の武器を的確に弾き飛ばしていく。
更に後方から、魔法の支援が加わった。魔導書を手にした青年が何事か詠唱するのと同時に、襲撃者達の幾人かが耐えかねたように武器を投げ出す。その掌が赤く腫れあがっているところを見ると、火炎魔法を掛けられたのだろう。
更にその背後では、聖職者のキャソックを身に纏った青年が、右の掌を中空に翳していた。そこからこぼれる薄緑色のオーラは、絶えず彼の仲間達に降り注ぎ、恐れを知らぬ奮闘ぶりの後押しをしていることは明らかだ。
形勢不利と見た襲撃者達――特に末端の者の中には、取り落とした武器を拾おうともせず、じりじりと後退する者まで現れ始めた。
彼らの戦意を完全に喪失させたのは、キャソック姿の神父に守られていた、小柄な少年だった。
一歩進み出た少年は、両手を揃えて何かを掲げるような所作を見せる。と同時に、その掌の中から黄金の獅子が躍り出て、地も震えんばかりの咆哮を上げた。
鋭い牙と爪を持つ、大型の肉食獣――話のみに聞くライオンの姿を目の当たりに、襲撃者達はとうとう、蜘蛛の子を散らすように逃亡を始める。
しかし、中の一人が最後に、悪人ならではの気概を見せた。奪えなかった荷物の代わりにとでも言うつもりか、呆然と事態の成り行きを見守っていた荷台の上の娘に手を伸ばしたのである。
娘が悲鳴を上げ、年配の女性は離れていく温もりに色をなくす。
腕を引かれ、宙に投げ出された娘の反対側の手を掴んだのは、戦斧を振るう戦士だった。娘の身体に負荷が掛からないよう、それ以上手を引くようなことはせず、反動を利用して腕の中に抱え込む。武器と娘、両手が塞がった状態で、自分に向かって倒れ込んできた男の横腹に、強烈な蹴りをお見舞いした。
地面に投げ出された男は、両脇を仲間達に抱えられながら、無様に逃げ去っていく。
「怪我はないか」と、戦士が娘の顔を覗き込んだ。
怯えていた娘は、強い力で自分を引き寄せた、逞しい青年の精悍な顔立ちを見上げて、「はい」と頬を染める。
そこへ、突如として黄金の光が湧き上がった。戦士達には、驚く様子もない。
やがて光は、美しい女性の像を結んで消えた。オレンジ色の豊かで明るい髪に、同色の瞳。大きな帽子と纏ったローブは濃いネイビーであるにも関わらず、まるで女神のような神々しい姿に、娘も含めた荷車の一行は思わず息を呑む。
美しい女性はそっと細い首を巡らし、華奢な少年を見止めて、愛おしげに微笑んだ。
弾かれたように少年――ルカは、祖母の胸に飛び込む。
「――おばあちゃん!」
若い女性に最も似つかわしくない呼び掛けに、荷車の一行が揃って目を剥いたのは言うまでもない――
ラインベルク王国、ウィットフォード州、サハス。
高地栽培の農作物で細々と生計を立てている、山あいの小さな村だ。とはいえ、決して貧しい訳ではなく、食料自給率は優に70パーセントを越えており、不足分を近隣の自治体との取引で賄っている、それなりに豊かな土地である。
地方の小さな町村に至るまで、最低限度の生活が保障されているのは、国王アデルバート2世の治世の賜物――という話は、今は置いておくとして。
「まさか、黄金のベリンダ様と、斥候隊の皆様に助けていただけるなんて!」
「何とお礼を申し上げたらいいのか……!」
襲撃を受ける前とは打って変わって、荷車の一団は、皆一様に饒舌になっていた。極度の緊張状態から解放されただけでなく、あの黄金のベリンダ率いる魔王斥候隊に命を救われたとあって、全員が感動に打ち震えている。
彼らはサハス村から、近日開催される村祭りのための買い出しに出掛けた一団だという。主に、村では作れないアルコール等嗜好品の補充を終えて戻るところだったらしい。「お礼をさせて欲しいので、ぜひ村へお越しください」という流れは、まあいつものことだ。
「彼らはいったい何者ですの?」
荷車の左側を、ルカと共に並んで歩きながら、ベリンダが聞いた。「宜しかったら村祭りにもぜひ参加していってください」などと、束の間明るく輝いていた村人達の表情が、一斉に曇る。
ルカの視線を受けて、荷台に着いた年配の女性が、困ったように首を横に振った。
「――山賊なんです」
「山賊!?」
これはまた現実離れした名称が出てきたものだ。現代日本で育ったルカが思わず声を上げてしまったのも、仕方のないことだろう。
村人達が口々に語ったところによると、元々彼らはそれぞれ、近隣の町で悪事を働いて回る、小悪党のようなものだったらしい。これがいつの間にか徒党を組んで、小さな集団になった。リーダーはそれなりに知恵が回るらしく、魔王復活の影響で魔物の出現が増えたことを逆手に取って、近隣の町村に対し、「街道を行く時、守ってやるから見返りを寄越せ」と、法外な報酬を要求し始めた。断れば住民が襲われたり、最悪の場合は子供や女性を攫って売り飛ばしたりすることもあるのだという。
サハス村はまさに、住民一致でこの横暴を突っぱねた村の一つなのだそうだ。土地の憲兵も人数に限りがあり、すべての町や村を絶えず警戒することも出来ずに、いたちごっこを繰り返している状況らしい。
「だからこそ、買い出しには不釣り合いな人数で、武器も所持していたんですが、皆様に会わなければどうなっていたか……」
「……ッ……」
酒類の入ったケースを間に挟み、ご婦人とは反対側に座った娘が、小さく肩を竦ませた。一歩間違えば、彼女自身も攫われるところだったのだから無理もない。
ここで珍しい反応を見せたのは、荷車の後方に着いたジェイクだった。ルカの視線を追い、娘の青ざめた表情に気付いて、労わるように声を掛ける。
「――大丈夫か?」
「……はい。ありがとうございます……」
途端に娘の頬は薔薇色に染まった。居合わせた全員が、ジェイクへの好意を察するほど、それは顕著な変化だった。
サハス村の一同が娘の恋心を微笑ましく見守る一方で、斥候隊メンバーには、「またか」といった、微妙なムードが漂っている。多様な能力を有し、色々なタイプの二枚目の揃った魔王軍斥候隊は、どこへ行っても女性達の熱い支持を受けた。特に、繰り返す日常に倦んだタイプの女性は、「旅の美青年との恋」というシチュエーションに酔う傾向が強いようで、一目惚れからの猛烈なアプローチに発展するケースは少なくない。
――そう、もちろんルカだって、先程早々に、黄金のベリンダと「予言の子供」に荷台の席を譲ろうとしてくれた目の前のおば様に対して、「女性の席を奪うなんて真似はしません!」と言い切って、涙も流さんばかりに喜ばせたばかりだ――尤もこれは、戦闘時にほとんど役に立っていない自分が率先して楽をすることに抵抗があったため、おば様に恥をかかせずに断る方向を模索した末の、苦肉の策、というヤツだったのだが。
「今回はジェイクか」と身も蓋もないことを考えながら前方に向き直ると、隣を歩くベリンダと目が合った。無言のまま小さく肩を竦められて、ルカは同意を示すように、何度も頷いて見せる。
サハス村は元々、斥候隊の進行ルートに組み込まれてはいたのだ。とはいえ、あくまで通過点の一つであり、立ち寄る予定を組んでいた訳ではない。
しかし、昨日滞在した町で、一行はある地域に伝わる「魔物と伝説の武器」についての噂を耳にした。強力な武器は人類にとっての財産だが、これにまつわる不穏な背景を知ってしまったからには、捨て置く訳にもいかない。そちらの調査を優先すべきではないかとの話になって、急遽ベリンダが単独で、更なる聞き込みと偵察に向かった。その間ルカ達は峠の店で休憩をさせて貰っていたのだが――サハス村の買い出し隊が山賊に襲われたのは、ベリンダ不在の、まさにこの時のことだったのだ。
こうなってしまえば、捨て置けないのはサハス村も同じ。山賊の横行が魔物の増加に起因するなら、この芽を断つのも斥候隊の使命だ。問題の地域に向かうには大きく迂回することになるが、それもまた旅に付き物のハプニングだろう。あちらには差し当たっての緊急性が認められないこともある。
「仕方ないね」と、祖母とアイコンタクトを交わして、ルカは何となく荷台を振り返った。村祭りの日まで斥候隊をこの地に留められないかと、あれやこれやと盛り上がる村人達の中で、荷台の娘は近くを歩くジェイクにチラチラと視線を送っている。
「――!」
ルカの視線に気付いたジェイクが優しく微笑んだ。精悍な顔に浮かぶ柔和な笑みは、そのギャップと相俟って、故郷の女性達を数多虜にしてきたものだ。
ジェイクの視線を辿った娘と、ルカの目がばちりと合う。娘は恥ずかしそうに小さく頭を下げ、ルカも微苦笑混じりに会釈を返した。
――山賊以外の揉め事が起こらなければいいけど。
村人達が先を争うようにして主張する祭りの話に心動かされながらも、ルカはぼんやりとそんなことを考えていた。
1
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
花の聖女として異世界に召喚されたオレ
135
BL
オレ、花屋敷コガネ、十八歳。
大学の友だち数人と旅行に行くために家の門を出たらいきなりキラキラした場所に召喚されてしまった。
なんだなんだとビックリしていたら突然、
「君との婚約を破棄させてもらう」
なんて声が聞こえた。
なんだって?
ちょっとオバカな主人公が聖女として召喚され、なんだかんだ国を救う話。
※更新は気紛れです。
ちょこちょこ手直ししながら更新します。
異世界転生したのに弱いってどういうことだよ
めがてん
BL
俺――須藤美陽はその日、大きな悲しみの中に居た。
ある日突然、一番大切な親友兼恋人であった男を事故で亡くしたからだ。
恋人の葬式に参列した後、誰も居ない公園で悲しみに暮れていたその時――俺は突然眩い光に包まれた。
あまりに眩しいその光に思わず目を瞑り――次に目を開けたら。
「あうううーーー!!?(俺、赤ちゃんになってるーーー!!?)」
――何故か赤ちゃんになっていた。
突然赤ちゃんになってしまった俺は、どうやら魔法とかあるファンタジー世界に転生したらしいが……
この新しい体、滅茶苦茶病弱だし正直ファンタジー世界を楽しむどころじゃなかった。
突然異世界に転生してしまった俺(病弱)、これから一体どうなっちゃうんだよーーー!
***
作者の性癖を詰め込んだ作品です
病気表現とかあるので注意してください
BL要素は薄めです
書き溜めが尽きたので更新休止中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる