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第2部・第2話:美貌の悪魔
第6章
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「『ルカ!!』」
木造家屋の扉を蹴倒して乗り込んできたのは、ライオン体のレフと、ほとんど振り落とされそうになりながらも、鬣を必死に掴んでその背に跨がったユージーンだった。
そこで、黒く禍々しいオーラに纏わりつかれながら倒れ伏すルカと、表情をなくして佇むゲオルグ老人、更には悪氣の塊のような白豹の姿を見付け、一人と一匹は愕然と両目を見開く。
魔力を用いてルカの部屋に忍び込んだ人物は、ご丁寧にレフにも眠りの魔法を掛けていた。駆け付けたベリンダがこれを解除し、飛び起きたレフは事態に逆上。ルカの匂いを追って駆け出すのを、すんでのところでユージーンが鬣を捉え、無理やり背中に飛び乗ったという訳だ。見知らぬ土地での追跡に関しては、レフの鼻以上に役に立つものはない。
レフの背から滑り降りたユージーンは、取り乱しそうになるのを何とか堪えながら、状況の把握に努める。
町の青年から、ゲオルグが木彫り職人であることを聞いた時から何となく予想してはいたが、やはり。奇矯な言動も、見ず知らずの自分を「悪魔」と決め付けたことも、彼自身が家に持ち込んだ、悪氣の渦付きの木材に原因があったのだろう。
――そしてルカは、明らかに死の呪いに取り憑かれている。
『てめぇら!!』
思念波と共に、ガラス窓が震えるほどの咆哮を上げて、レフはゲオルグに飛び掛かった。老人の身体をルカから引き離すように突き飛ばして、そのまま白い豹に躍り掛かる。
神の使いを騙る獣もまた、牙を剥いてレフを迎え撃った。
「ルカ……!」
ライオンと豹、二体の獣が争う中を、ユージーンはルカの元へ駆け寄った。抱き上げた小さな身体には精気が感じられず、ゾッと背筋を粟立てる。
ルカが拐われたことを報告する際、ゲオルグ老人への疑惑も伝えてあるため、ベリンダも仲間と共に追って到着するはずだが、果たして間に合うだろうか。それほどに、ルカの衰弱は著しい。一刻も早く、浄化を施す必要があるというのに、なぜ自分はよりにもよって、浄化が苦手なのだろう。他の魔法は何でもすぐに習得出来たのに、ああ、自分では力不足であることだけは、はっきりと理解できてしまう。
「――!!」
ユージーンを軽い恐慌状態から引き戻したのは、恐ろしい獣の叫び声だった。最悪の事態を想像して顔を上げたユージーンの視界に、百獣の王が白豹の左腿に食らい付く様子が飛び込んでくる。
レフは苦しむ豹を、全身を使って背後の壁に叩き付けた。そして再度、最初に彼に突き飛ばされた時のまま、ぐったりと戸棚に凭れたゲオルグ老人に向き直る。
大事な者を傷付けられ、怒りに任せて飛び掛かろうとするのを止めたのは、弱々しい声だった。
「……レフ、ダメだよ……」
ユージーンの腕の中、黒い霧を纏ったままのルカが、うっすらと目を開けている。
「ルカ!」
「その人、操られてるだけなんだ……」
苦しげな呼吸を繰り返しながらも、ルカは心の傷につけこまれただけのゲオルグ老人を害することのないよう、レフを制止する。
そしてその一方で、自分の身体を抱くユージーンの腕に、自分の手を重ねてきた。
ルカはこんな時まで、ユージーンとゲオルグの心配をしているのだ。
――ああ、なんて子だろう!!
「ルカ……!」
ユージーンは華奢な身体を、取り縋るように掻き抱いた。
絶対に失いたくない。必ず助けなければ。
大きな感情が奔流となって、ユージーンの体内を駆け巡る。
次の瞬間、それは爆発的なエネルギーを伴って、一気に体外に排出された。
「!!」
ルカに纏わり付いた呪詛の霧が、瞬く間に祓い清められる。
ゲオルグ老人の口からは、悪氣の塊がごぼりと吐き出された。
そして、エドゥアルトの騎獣を騙る白い豹は、塗り替えられるように全身を黒く染めた後、レフの爪を掻い潜るように姿を変えた。鴉に変化し、開け放たれたままの扉から、辛くも逃げ去っていく。
――浄化のみを不得手としてきた魔法士見倣いのユージーンは、ルカへの想いを引き金として、ついにその能力を完全に開花させたのである。
ルカの制止を受けたレフは、苦し紛れに人間体を取った。
「――ッ、クソが!!」
黄金の豊かな頭髪を結い上げた、浅黒い肌にライダース姿の青年は、正気を取り戻したゲオルグ老人の胸元を掴み上げ、一発拳を叩き込む。
老体に無体を働いたことに違いはないが、ライオンの姿で噛み付けば失血死の可能性もあることを考えれば、彼なりの譲歩なのだろう。人間体での殴打であれば、恐らくは重症程度で済むはずだ。
ソファにゲオルグの身体を投げ出し、レフはルカに取り縋った。
「殺してねえ! 殺してねえぞ、ルカ……!」
悲痛な叫びはルカの指示を守ったことを主張するものだったが、そこには、まんまと敵の術中に嵌まり、大切なルカを危険な目に遭わせたことへの後悔が滲んでいる。
「……大丈夫だよ。ユージーンが助けてくれたから」
「……ッ……」
レフを安心させるように微笑むルカの小さな身体を、ユージーンは強く抱き締めた。
木造家屋の扉を蹴倒して乗り込んできたのは、ライオン体のレフと、ほとんど振り落とされそうになりながらも、鬣を必死に掴んでその背に跨がったユージーンだった。
そこで、黒く禍々しいオーラに纏わりつかれながら倒れ伏すルカと、表情をなくして佇むゲオルグ老人、更には悪氣の塊のような白豹の姿を見付け、一人と一匹は愕然と両目を見開く。
魔力を用いてルカの部屋に忍び込んだ人物は、ご丁寧にレフにも眠りの魔法を掛けていた。駆け付けたベリンダがこれを解除し、飛び起きたレフは事態に逆上。ルカの匂いを追って駆け出すのを、すんでのところでユージーンが鬣を捉え、無理やり背中に飛び乗ったという訳だ。見知らぬ土地での追跡に関しては、レフの鼻以上に役に立つものはない。
レフの背から滑り降りたユージーンは、取り乱しそうになるのを何とか堪えながら、状況の把握に努める。
町の青年から、ゲオルグが木彫り職人であることを聞いた時から何となく予想してはいたが、やはり。奇矯な言動も、見ず知らずの自分を「悪魔」と決め付けたことも、彼自身が家に持ち込んだ、悪氣の渦付きの木材に原因があったのだろう。
――そしてルカは、明らかに死の呪いに取り憑かれている。
『てめぇら!!』
思念波と共に、ガラス窓が震えるほどの咆哮を上げて、レフはゲオルグに飛び掛かった。老人の身体をルカから引き離すように突き飛ばして、そのまま白い豹に躍り掛かる。
神の使いを騙る獣もまた、牙を剥いてレフを迎え撃った。
「ルカ……!」
ライオンと豹、二体の獣が争う中を、ユージーンはルカの元へ駆け寄った。抱き上げた小さな身体には精気が感じられず、ゾッと背筋を粟立てる。
ルカが拐われたことを報告する際、ゲオルグ老人への疑惑も伝えてあるため、ベリンダも仲間と共に追って到着するはずだが、果たして間に合うだろうか。それほどに、ルカの衰弱は著しい。一刻も早く、浄化を施す必要があるというのに、なぜ自分はよりにもよって、浄化が苦手なのだろう。他の魔法は何でもすぐに習得出来たのに、ああ、自分では力不足であることだけは、はっきりと理解できてしまう。
「――!!」
ユージーンを軽い恐慌状態から引き戻したのは、恐ろしい獣の叫び声だった。最悪の事態を想像して顔を上げたユージーンの視界に、百獣の王が白豹の左腿に食らい付く様子が飛び込んでくる。
レフは苦しむ豹を、全身を使って背後の壁に叩き付けた。そして再度、最初に彼に突き飛ばされた時のまま、ぐったりと戸棚に凭れたゲオルグ老人に向き直る。
大事な者を傷付けられ、怒りに任せて飛び掛かろうとするのを止めたのは、弱々しい声だった。
「……レフ、ダメだよ……」
ユージーンの腕の中、黒い霧を纏ったままのルカが、うっすらと目を開けている。
「ルカ!」
「その人、操られてるだけなんだ……」
苦しげな呼吸を繰り返しながらも、ルカは心の傷につけこまれただけのゲオルグ老人を害することのないよう、レフを制止する。
そしてその一方で、自分の身体を抱くユージーンの腕に、自分の手を重ねてきた。
ルカはこんな時まで、ユージーンとゲオルグの心配をしているのだ。
――ああ、なんて子だろう!!
「ルカ……!」
ユージーンは華奢な身体を、取り縋るように掻き抱いた。
絶対に失いたくない。必ず助けなければ。
大きな感情が奔流となって、ユージーンの体内を駆け巡る。
次の瞬間、それは爆発的なエネルギーを伴って、一気に体外に排出された。
「!!」
ルカに纏わり付いた呪詛の霧が、瞬く間に祓い清められる。
ゲオルグ老人の口からは、悪氣の塊がごぼりと吐き出された。
そして、エドゥアルトの騎獣を騙る白い豹は、塗り替えられるように全身を黒く染めた後、レフの爪を掻い潜るように姿を変えた。鴉に変化し、開け放たれたままの扉から、辛くも逃げ去っていく。
――浄化のみを不得手としてきた魔法士見倣いのユージーンは、ルカへの想いを引き金として、ついにその能力を完全に開花させたのである。
ルカの制止を受けたレフは、苦し紛れに人間体を取った。
「――ッ、クソが!!」
黄金の豊かな頭髪を結い上げた、浅黒い肌にライダース姿の青年は、正気を取り戻したゲオルグ老人の胸元を掴み上げ、一発拳を叩き込む。
老体に無体を働いたことに違いはないが、ライオンの姿で噛み付けば失血死の可能性もあることを考えれば、彼なりの譲歩なのだろう。人間体での殴打であれば、恐らくは重症程度で済むはずだ。
ソファにゲオルグの身体を投げ出し、レフはルカに取り縋った。
「殺してねえ! 殺してねえぞ、ルカ……!」
悲痛な叫びはルカの指示を守ったことを主張するものだったが、そこには、まんまと敵の術中に嵌まり、大切なルカを危険な目に遭わせたことへの後悔が滲んでいる。
「……大丈夫だよ。ユージーンが助けてくれたから」
「……ッ……」
レフを安心させるように微笑むルカの小さな身体を、ユージーンは強く抱き締めた。
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