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第2部・第1話:最強の召喚士

第3章

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 転移魔法を使って各種材料を集めてきたベリンダは、そのまま宿の部屋に籠って、結界石の作成に入った。
 埋設に適した場所の選定には、村の有志の案内を得たユージーンが向かい、これにフィンレーも同行する。戦術を学問として学んできた経験を買われ、村の防御態勢についてのアドバイスを求められたためらしい。
 ルカの元に留まる気満々だったネイトは、信心深いお年寄りや主婦の皆さんに乞われて、即席のミサを開くことになったようだ。デルヴェ村に教会はなく、礼拝には隣町まで出向く必要があるため、「この機会に偉い神父様のお説教が聞きたい」とのことらしい。一見朗らかな好青年風のネイトは、ハーフェルの町でもしっかりと住民の支持を集めていたが、旅に出てからの二週間弱で、ルカは彼が年配の主婦層に特に受けが良いことを初めて知った。
 残ったルカとジェイクは、昼食のお礼にと宿の手伝いを買って出たのだが――当然ながら、二人の「出来ること」には差があり過ぎる。高身長で筋肉質、立派な体格に見合うだけの力のあるジェイクは、店主の親父さんと、本格的な納屋の補修を行うことになった。
 一方で、小柄で華奢、顔だけでなく体格まで含めて少女と見間違われることすらあるルカは、ぬいぐるみ体のレフをパーカーのフードに潜ませた状態で、中庭の草むしりをしている――その、店主の息子の、ヒューゴと共に。
「…………」
 午後の陽射しの降り注ぐ中、スコップで花壇脇に蔓延はびこる雑草の根元を掘り返しながら、ルカはチラリと背後を振り返った。
 ヒューゴはルカに背を向けたまま、黙々と地面を掃き清めている。
 ――気まずい。
 紛らわしい恰好をしていた訳でもないのに女の子と間違われてしまった、言ってみれば被害者はルカの方だが、ヒューゴもまたその勘違いを人前で揶揄われて、恥ずかしい思いをしている。不本意とはいえ、ルカにとってはある意味慣れっこになっていることであっても、多感な14歳の少年には、屈辱的ですらあったかもしれない。
 どう考えても、今の自分達は何のフォローもなく二人きりにされていい関係ではないはずだ。もしかしたら彼の家族は、ヒューゴがルカと仲良くなりたがっているとでも思っているのだろうか。
 しゃがんだ体勢のまま、ルカが小さく肩を落とすのと同時に、ヒューゴがポツリと呟く。
「――何で俺が」
 不貞腐れた口調からは、やはり「女の子と間違えてしまった年上の男」と一緒に居なければならないことへの、不満が感じられる。
 ルカだって、もう少し逞しくさえあれば、ジェイクと一緒に力仕事の手伝いが出来たはずなのに。
「ごめん。僕、あんまり出来ることないからさ」
 何となく謝罪を口にしてしまったルカを振り返り、ヒューゴは面白くもなさそうに「何だよソレ」と吐き捨てた。
「それでも『予言の子供』かよ。……あっちの兄ちゃんはカッケーよな。ガタイ良いし、いかにも強そうな感じでさ」
 称賛の対象はジェイクだろう。少々わざとらしい物言いには、ルカに対する当て付けが多分に含まれているようだ。
 だが、確かにジェイクは、ハーフェルでも少年達の憧れの的だった。凛々しくて誠実、体格にも恵まれ、何より強い。それに引き換え――
「……そうだよね。僕やっぱり、頼りないとしか思えないよね……」
 引き抜いた雑草の根に絡み付いた土を振り落としながら、ルカは愛らしい顔立ちに自嘲の笑みを浮かべた。ヒューゴがハッとした様子で口を噤むのに気付けなかったのは、視線を上げることが出来なかったからだ。
 斥候せっこうの旅に出ても、仲間達のように人の役に立てないルカは、ただ「可愛い」という一点で、すべてを許されてしまっている気がする。「予言の子供」などという、大層な肩書きを持っているだけ。ハーフェルに居た時とおんなじだ。これではよくないと思っているのに、何も変えられない。
 ――アデルバート様が気に掛けてくれるのだって、きっとペット感覚なんだよね。
 結び付けて考えたのは、先程の魔石ませき通信での会話が念頭にあったためだろう。「仔ウサギ」などと呼ばれ、「可愛いのが好み」と言われたことを、ルカは額面通りに受け取ってしまっている。
 実際のところ、アデルバートに限らず、ルカをよく知る者達は、可愛らしい外見のみならず、内面の配慮や細やかさを含めて評価してくれているはずだ。しかし、顔以外に取り柄がないと、己の非力さにどっぷりと落ち込むルカには、思いもよらないことだった。
 首の後ろから、ぬいぐるみ体のレフの短い前足が伸びて来て、チョイチョイと頬に触れる。宥めるような可愛らしい仕草に、ルカは知らぬ間に詰めていた息を、ホッと吐き出した。
 両手が汚れてしまっていることもあり、応えるようにレフのたてがみに頬を擦り付ける。――やっぱり、は優しい。
「――ごめん」
 ささくれだった心がほっこりするのと、ルカの反応に怯んだヒューゴが謝罪を口にしたのは、ほとんど同時だった。
 驚いて顔を上げるが、ヒューゴはバツが悪そうに、明後日の方を向いている。
「アンタも、色々あるよな。勝手に期待してんのは俺達の方なのに……」
「!」
 多感な少年は、ルカの漏らした一言で、置かれた立場や心情を察してくれたらしい。元々、誰に言われなくてもこうして進んで家の手伝いをするような、優しい子なのだ。これまでのキツイ態度も、女の子と間違えてしまったことが恥ずかしくて、八つ当たりしていただけだったのかもしれない。
 素直な謝罪がありがたくて申し訳なくて、ルカは「ううん」と首を横に振った。
「……でも、ありがとな!」
 ヒューゴと二人、そこで初めてお互いの顔を見て、照れ臭そうに笑い合う。
 ――良い奴じゃん!
 空気が和んだベストタイミングで、勝手口のドアが開いた。女将さんが「休憩にしましょ」と声を掛けて来る。
 その後ろから、長身をわずかに屈めるようにして、ジェイクも顔を覗かせた。どうやら納屋の補修も一段落したらしい。
「陽射しが強い。ルカ、早く中に入れ」
 相変わらずの過保護ぶりに苦笑しながら、ルカは立ち上がった。簡単に周囲を片付け、ヒューゴと共に屋内に戻る。
「――わ!」
 ――と、そこでルカは、地面から突き出た石に足を取られて、バランスを崩した。立て直そうともがいたものの、見事に失敗し、ある程度の軽症と痛みを覚悟する。
 しかし、衝撃はやって来ず、代わりに暖かくて張りのあるに背中から受け止められた。瞬時にライオン体を取ったレフが、身体の下に潜り込んでくれたらしい。
『大丈夫か?』
「うん、ありがと。ごめんね」
 ルカの全体重などものともしない、逞しいオスライオンは、ぬいぐるみ体の時と同じように、思念波で語り掛けて来る。ぶっきらぼうな口調は、それでいてとても優しい。
 生まれる前に魔王に追い遣られた世界で、姉が作ってくれたライオンのぬいぐるみは、ルカと共に世界を越えた。そして今、ぬいぐるみと雄ライオン、成人男性の姿を自在に操りながら、こうしてルカを見守っていてくれている。
「……すげー……!」
 初めて見る本物のライオンに感動した様子で、ヒューゴが目を見開いた。ほうきを取り落としたことにも気付かず、テンションをブチ上げ始める。
「え、え、嘘だろ。アンタ、ぬいぐるみ連れてた訳じゃないのか!」
「いや、それはさすがに……」
 そりゃそう思われますよねー! と、半ば自棄気味に考えながら、ルカはレフの身体を撫でた。ヒューゴの辛辣な態度の裏には、「男のくせにぬいぐるみなんか持ち歩いてんじゃねえよ」という蔑みもあったのだろう。
 雄ライオンはヒューゴに向かって、不機嫌そうに牙を剥く。
『うるせぇガキだな』
 舌打ちまでセットなのはきっと、先程のヒューゴが恥ずかしさを隠すために、ルカに意地悪なことを言ったせいだ。
 根が素直らしいヒューゴは、慌てたように「あ、ごめん」と肩を竦ませる。しかし、すぐに明るい表情で、ルカを見返してきた。
「でも、すごいじゃん!」
 明らかに自分に向かって発せられた言葉に、ルカは「うーん」と困ったように首を傾ける。
「すごいのは僕じゃなくてレフだからね」
 ぬいぐるみから実体化するレフを、まるで使役するかのように見られるお陰で、ルカは世間から「聖獣使い」と思われているフシがある。けれど、本当に凄いのは、ルカを想ってくれる姉の一念と、それを自分の意思と定めたレフ、そしてこれらを具現化させた、祖母ベリンダの魔力だ。ルカはその恩恵に預かっているに過ぎない。
 エヘヘと苦い笑いを返したところで、ジェイクが再度声を掛けに来た。レフが雄ライオン姿を取っていることに驚き、慌てた様子でこちらに向かってくる。
「……」
 過保護な幼馴染みに事情を説明するルカは、ヒューゴの戸惑ったような視線に気付くことはなかった。
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