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第1部・第8話:俺様王と小悪魔系救世主
第8章
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本来の日程から、遅れること一週間。
ラインベルク王国、王都ヴェスティアの王宮では、魔王斥候隊の任命式、及び出立式が、盛大に執り行われた。
黄金のベリンダこと、大魔法使いベリンダ・ミドルトン。
その孫にして、魔王を倒す『予言の子供』、ルカ・フェアリーベル。
二人を支えるのは、ベリンダの愛弟子、ユージーン・バトラー。剣士フィンレー・アクセル・ボールドウィン。正エドゥアルト教会の司祭、ナサニエル・ベイリー。格闘家ジェイク・エヴァンズの四名。
元々国家の期待を背負って結集した彼らは、魔王軍の襲撃から王都を救ったことと、その復興支援での尽力により、民衆の支持を一層強固なものにしていた。
出立する彼らの勇姿を一目見ようと押し掛けた人々で、沿道は埋め尽くされている。
王宮の庭に出た黄金のベリンダ一行は、大きな歓声に迎えられた。
正面の大通りに向かって敷かれた赤い絨毯の両脇には、帯剣した騎士達が居並んでいる。
『必ず無事で戻れ』。
式典ののち、アデルバートに声を掛けられた時のことを思い出して、ルカはふと王宮を振り仰いだ。
今は3階のテラスに佇み、悠然とこちらを見下ろすアデルバート2世は、ルカの頬に触れ、間近に瞳を覗き込んで笑った。凄味のある美貌に射竦められたルカは、羞恥に頬を染めて狼狽えつつ「ハイ」と答えるしかなかったのだが、その様子を仲間達が、それはそれは嫌そうに睨み付けていたことには気付いていない。
王宮前には、王都住まいの有力貴族達が詰め掛けていた。大半が、予言の子供と、ベリンダ子飼いの斥候隊員の姿を見ておこうとの興味本位であるのは間違いない。
しかし、物見遊山気分の貴族の中に、ローザリンデ・ベルトホルト公爵令嬢の姿を見付けて、ルカはハッと目を見開いた。白地に青の装飾を施したドレス姿は、今日も輝くばかりに美しい。
ルカの視線に気付いたローザリンデは、並んで立つ紳士――恐らくは父親のベルトホルト公爵共々、優雅な礼で応えてくれた。ルカが彼らの減刑を訴えたことを、どこからか聞き及んだのだろう。
何にせよ、アデルバートは約束通り、ベルトホルト家への厳罰を解いてくれたということだ。
――良かった!
喜びに突き動かされるまま、ルカはローザリンデに向かって大きく手を振った。わずかに面食らった様子のローザリンデは、それでも微苦笑を浮かべて、小さく手を振り返してくれる。
それから思い立って、ルカはアデルバートにも手を振ってみた。昨夜までの交流からみるに、彼には意外と子供っぽいところがある。ローザリンデに手を振る姿を見られているなら、「我には振らなかったな」などと言われかねない、というのが理由だ。しかし、いよいよの出立に、ルカ自身少しだけ気が大きくなっていたことも無関係ではなかった。
アデルバート2世が予言の子供に手を振り返すのを見て、貴族達がわずかにどよめく。
一連の様子を眺めていたユージーンが、胸を押さえて深い息を吐いた。美しい容貌も相俟って、悲劇を演じる舞台俳優のようにも見える。
「どうした?」
堂々たる体躯に戦斧を担いだジェイクが、凛々しい眉をひそめた。幼馴染みであるだけに、自然界の万物と語り合う魔法使いの感覚には、一目置くところがあるのだ。
苦痛を堪えるように、整った顔を歪めて、ユージーンは答えた。
「……悪寒がする」
「大丈夫か?」
気遣わしげに聞いたのは、貴公子然とした軍服風の装いに、長剣を背負ったフィンレーだ。決して仲が良い訳ではないけれど、仲間を思いやる真っ直ぐな気性が、いかにも彼らしい。
するとネイトが、「それは大変」と大仰に驚いて見せた。派手さはないが、品良く整った顔に、穏やかな笑みを浮かべて言い放つ。
「大事を取って、あなたは王都に残りますか?」
暗に、「ルカに近付く者は一人でも少ない方が良い」との提案に、ユージーンは敬語も忘れた様子で「ふざけるな」と即座に噛み付いた。
言い争う若者達を眺めながら、黄金のベリンダは美しい眉根を寄せて、困ったように微笑む。
「仲が良いわねぇ」
「だよね!」
祖母の婉曲表現に、ルカはコクコクと頷いた。一周回って、だけどね! という注釈は、ひとまず飲み込む。
『……』
羽織ったローブのフードの中、今日もピタリとルカに寄り添ったぬいぐるみ体のレフだけは、男達の騒動などどうでも良さそうに、主のぬくもりを享受している。
その頃、王宮3階の豪奢なテラスでは、ユージーンの悪寒の原因が、満足げに微笑んでいた。
ローザリンデに手を振った後、自分に向かって両手を振るルカの、なんと愛らしかったことか。
あどけない様子を思い返しながら、アデルバート2世は、「決めたぞ」と、側近くに控えた近習に宣言した。
「――予言の子供を、我の小姓として召し抱える」
レッドカーペットに足を踏み出した途端、勇ましいファンファーレが鳴り響く。
騎士達が一斉に剣を掲げた。
はなむけの花びらが舞う中を、斥候隊は出立していく。
沿道の人々の中に、正エドゥアルト教会の司祭達に連れられた、見知った子供達の姿を見付けて、ルカは大きく手を振った。
彼らの笑顔を守るためにも、ルカは魔王と戦わなければならない。
帰郷後にどんなゴタゴタが待ち受けているのか、考えもつかない無自覚な小悪魔は、少年らしく、未知の冒険に胸を高鳴らせていた。
第8話 END/第1部 完
ラインベルク王国、王都ヴェスティアの王宮では、魔王斥候隊の任命式、及び出立式が、盛大に執り行われた。
黄金のベリンダこと、大魔法使いベリンダ・ミドルトン。
その孫にして、魔王を倒す『予言の子供』、ルカ・フェアリーベル。
二人を支えるのは、ベリンダの愛弟子、ユージーン・バトラー。剣士フィンレー・アクセル・ボールドウィン。正エドゥアルト教会の司祭、ナサニエル・ベイリー。格闘家ジェイク・エヴァンズの四名。
元々国家の期待を背負って結集した彼らは、魔王軍の襲撃から王都を救ったことと、その復興支援での尽力により、民衆の支持を一層強固なものにしていた。
出立する彼らの勇姿を一目見ようと押し掛けた人々で、沿道は埋め尽くされている。
王宮の庭に出た黄金のベリンダ一行は、大きな歓声に迎えられた。
正面の大通りに向かって敷かれた赤い絨毯の両脇には、帯剣した騎士達が居並んでいる。
『必ず無事で戻れ』。
式典ののち、アデルバートに声を掛けられた時のことを思い出して、ルカはふと王宮を振り仰いだ。
今は3階のテラスに佇み、悠然とこちらを見下ろすアデルバート2世は、ルカの頬に触れ、間近に瞳を覗き込んで笑った。凄味のある美貌に射竦められたルカは、羞恥に頬を染めて狼狽えつつ「ハイ」と答えるしかなかったのだが、その様子を仲間達が、それはそれは嫌そうに睨み付けていたことには気付いていない。
王宮前には、王都住まいの有力貴族達が詰め掛けていた。大半が、予言の子供と、ベリンダ子飼いの斥候隊員の姿を見ておこうとの興味本位であるのは間違いない。
しかし、物見遊山気分の貴族の中に、ローザリンデ・ベルトホルト公爵令嬢の姿を見付けて、ルカはハッと目を見開いた。白地に青の装飾を施したドレス姿は、今日も輝くばかりに美しい。
ルカの視線に気付いたローザリンデは、並んで立つ紳士――恐らくは父親のベルトホルト公爵共々、優雅な礼で応えてくれた。ルカが彼らの減刑を訴えたことを、どこからか聞き及んだのだろう。
何にせよ、アデルバートは約束通り、ベルトホルト家への厳罰を解いてくれたということだ。
――良かった!
喜びに突き動かされるまま、ルカはローザリンデに向かって大きく手を振った。わずかに面食らった様子のローザリンデは、それでも微苦笑を浮かべて、小さく手を振り返してくれる。
それから思い立って、ルカはアデルバートにも手を振ってみた。昨夜までの交流からみるに、彼には意外と子供っぽいところがある。ローザリンデに手を振る姿を見られているなら、「我には振らなかったな」などと言われかねない、というのが理由だ。しかし、いよいよの出立に、ルカ自身少しだけ気が大きくなっていたことも無関係ではなかった。
アデルバート2世が予言の子供に手を振り返すのを見て、貴族達がわずかにどよめく。
一連の様子を眺めていたユージーンが、胸を押さえて深い息を吐いた。美しい容貌も相俟って、悲劇を演じる舞台俳優のようにも見える。
「どうした?」
堂々たる体躯に戦斧を担いだジェイクが、凛々しい眉をひそめた。幼馴染みであるだけに、自然界の万物と語り合う魔法使いの感覚には、一目置くところがあるのだ。
苦痛を堪えるように、整った顔を歪めて、ユージーンは答えた。
「……悪寒がする」
「大丈夫か?」
気遣わしげに聞いたのは、貴公子然とした軍服風の装いに、長剣を背負ったフィンレーだ。決して仲が良い訳ではないけれど、仲間を思いやる真っ直ぐな気性が、いかにも彼らしい。
するとネイトが、「それは大変」と大仰に驚いて見せた。派手さはないが、品良く整った顔に、穏やかな笑みを浮かべて言い放つ。
「大事を取って、あなたは王都に残りますか?」
暗に、「ルカに近付く者は一人でも少ない方が良い」との提案に、ユージーンは敬語も忘れた様子で「ふざけるな」と即座に噛み付いた。
言い争う若者達を眺めながら、黄金のベリンダは美しい眉根を寄せて、困ったように微笑む。
「仲が良いわねぇ」
「だよね!」
祖母の婉曲表現に、ルカはコクコクと頷いた。一周回って、だけどね! という注釈は、ひとまず飲み込む。
『……』
羽織ったローブのフードの中、今日もピタリとルカに寄り添ったぬいぐるみ体のレフだけは、男達の騒動などどうでも良さそうに、主のぬくもりを享受している。
その頃、王宮3階の豪奢なテラスでは、ユージーンの悪寒の原因が、満足げに微笑んでいた。
ローザリンデに手を振った後、自分に向かって両手を振るルカの、なんと愛らしかったことか。
あどけない様子を思い返しながら、アデルバート2世は、「決めたぞ」と、側近くに控えた近習に宣言した。
「――予言の子供を、我の小姓として召し抱える」
レッドカーペットに足を踏み出した途端、勇ましいファンファーレが鳴り響く。
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彼らの笑顔を守るためにも、ルカは魔王と戦わなければならない。
帰郷後にどんなゴタゴタが待ち受けているのか、考えもつかない無自覚な小悪魔は、少年らしく、未知の冒険に胸を高鳴らせていた。
第8話 END/第1部 完
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