小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第1部・第8話:俺様王と小悪魔系救世主

第5章

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 その翌日もまた、ルカ達は各々支援活動に向かった。
 当初に比べれば、街もいくらか落ち着いて来ている。ベリンダを始めとした力のある魔法使いによって、公共施設や交通機関等が元通りに修復され、併せて人力による一般の住居の修繕工事も進み始めた。
 昨日までの間に、迷子の大半は保護者の元に返されたが、残念ながら親の死亡が確認されたり、怪我を負って長期の入院が必要なケースもあり、その場合は適切な保護者が見付からなければ、そのまま正エドゥアルト教会本部の孤児院に収容されることになる。
 ルカは引き続き、そういった子供達のケアを任されていた。彼らにも何かやりがいをと考え、公共の病院が満床まんしょうであるために、入院できるまで教会本部で過ごすことになった負傷者達に食事を運ぶお手伝いなどしていたのだが、それでも子供に出来ることはそう多くはない。
 その中でルカは、ハーフェルの町での成功譚を思い出し、子供達にペーパーフラワー作りを勧めてみることにした。これなら簡単だし、殺風景な場所に留まることを余儀なくされた負傷者――特にお年寄りなどは、子供の手作りを喜んでくれるかもしれないと思ったからだ。
 ベリンダを通して、ルカの希望は即座に叶えられ、王宮の部屋にはカラフルな薄紙と糸が一通り揃えられた。
 早速子供達に提案してみよう――そう考えていたはずなのに、一式全てを部屋に忘れてきてしまったのは、国王との思わぬ第三種接近遭遇による混乱のため、と言い逃れたいところだが、さすがに難しいか。
「しまったー」と後悔を口にするルカの説明を聞き、幸いにも子供達は、造花作りに興味を持ってくれたらしい。この頃には既に、元々本部の孤児院に収容されていた子供達とも仲良くなっていたこともあって、彼らも一緒に手伝わせて欲しいと言う。そして、ルカ自身、いつまでもヴェスティアに留まれる身の上ではない。
 そんな訳で、ルカはやってきた道を引き返した。ネイトが傍に居れば、ルカを1人にさせるようなことはしなかっただろうが、生憎あいにくと彼は交代で重症患者の治癒に当たっている。つい今しがた別れたばかりで「忘れ物しちゃったから取りに帰るのついてきて~」とは、とても言いづらい。もはや通い慣れた道でもあり、ルカは自信を持って王宮にトンボ返りしたのだが。

『ルカ、そっちじゃねぇぞ。さっきの階段まで戻れ』
「えっ、嘘、ごめん!」
 フードの中からレフの冷静な指摘を受けて、ルカは慌てて方向転換した。
 復興支援に尽力する斥候隊せっこうたいメンバーは、既に特例として王宮通用口の出入りは自由に行える。その上何かと目立つ一行は、今ではほとんど顔パスのような状況だ。
 もはや顔見知りになった衛兵の案内を、当然のような顔をして断ったルカだったが、レフが居なければまたしても迷子になるところだったらしい。
「ちょっと、あなた!」
 ふわりと優しいバラの香りが鼻先を掠めたと思ったところで、凛とした声に呼び止められる。驚いて振り返ると、見覚えのある美女が侍女を従え、キッとこちらを見据えていた。
 ――ローザリンデ様!!
 目の覚めるようなコバルトブルーのドレスを身に纏った美しい公爵令嬢の姿に、ルカはほわんと見惚れてしまう。
 とはいえ、昨日の初対面でバッチリ嫌われてしまったらしいのも事実だ。何を言われるのかと構えるルカに、ローザリンデは美しい眉を少しだけひそめた。
「あなた……先程から同じところを歩き回っているようですけど、まさか迷子ではないですわよね?」
 どうやら、アワアワしているところを見かねて、声を掛けてくれたらしい。健全な男子として、好みの女性に情けないところを晒すのは気が引けたが、隠せるものでもあるまい。
「す、すみません。迷子です……」
 素直に認めたルカに、ローザリンデは「呆れた」と小さく息をついた。どっぷりヘコんだルカを尻目に、くるりと踵を返したかと思うと、チラリと視線を寄越す。
「お部屋に戻りたいのでしょう? ついていらっしゃい」
「は、はい!」
 一瞬面食らったルカだったが、反射的にローザリンデの言葉に従った。自分よりも背の高い女性に先導されながら、胸にジワジワと喜びが涌いてくる。
 ローザリンデにとって、ルカはアデルバートとの時間を邪魔する存在だったはずだ。しかし彼女はどうやら、困っている人を放っておけないタイプらしい。
 ――素敵すぎる!!
 綺麗なお姉さんに親切にして貰って、ルカは浮かれた。ローザリンデの歩みに迷いはなく、王宮の構造に詳しいことに加えて、ルカ達斥候隊に割り当てられた部屋がどこであるのかも、理解しているようだ。公爵といえば、王族に次ぐ身分のはずだし、その辺りはさすがというところか。
 感心しながら、ルカはふと、ローザリンデから薫る、甘い香りに気を止めた。昨日からバラの残り香には気付いていたが、よくあるものとは少し違う気がする。
「このバラの香り、ローザリンデ様の香水ですよね?」
 思い切って話し掛けてみると、ローザリンデは興味を引かれた様子もなく、「ええ」と応える。
「普通のバラよりも、ちょっと優しい感じがします」
「……あら」
 めげずに話し続けた甲斐あってか、ローザリンデは歩き始めてから初めて、ルカに視線を向けた。その表情には誇らしげな色が浮かんでいる。
「アデルバート様のために、特別に調合させた物よ」
「陛下はバラがお好きなんですか?」
 反応があったことを喜びながらも、ルカはキョトンと聞き返した。
 確かに、自分専用のバラ園を持っているくらいだから、アデルバートはバラ好きなのかもしれない。だが、昨日招かれたサンルームには、他の花々も均等に植えられていたし、特に花好きといった印象もないのだが。
 ルカの疑問に、ローザリンデは少しだけ考え込む様子を見せる。
「あれだけバラ園を大事にしてらっしゃるんだもの。そのはずよ」
 ではローザリンデは、アデルバートの好みに合わせるために、敢えてバラの香りを身に纏っているということだ。恋する乙女の考えそうなこと――自分好みの美女であるだけに、ルカには余計に眩しく見える。
「でも、わたくし本当は、バラの強い香りがあまり得意ではないの。だから、大好きなスズランやスイセンの甘い香りを混ぜて、少し薄めているのよ」
 豪奢な造りの階段を先導しながら、ローザリンデは少しだけイタズラっぽく微笑んだ。キツすぎないバラの香りは、ローザリンデの嗜好を取り入れた特注品であり、すべてはアデルバートの好みに合わせるための努力ということらしい。
 「そうだったんですね~」などと当たり障りのない相槌を打ちながら、ルカは心の中で声を限りに叫んだ。
 ――可愛い! このひとめちゃくちゃ可愛いんですけど!!
 思いがけなくも、優しくて可愛らしい一面を知って、ルカはすっかり「ベルトホルト公爵令嬢し」になっていた。
 ローザリンデの方でも、幾らかルカにほだされて来たのか、部屋まで連れていってくれただけでなく、そのまま通用門に一番近い入り口まで案内してくれる。
 その間の会話で、彼女のアデルバートへの純粋な恋心は、充分過ぎるほど理解できた。ローザリンデが欲しいのは王妃の座などではなく、アデルバートの心なのだろう。少しだけ残念な気持ちもあるけれど、真っ直ぐな想いに和まされるのも事実だ。

 東の端のエントランスで、ルカはペコリと頭を下げた。
「お二人とも、ありがとうございました!」
 笑顔で手を振って、王宮の前庭に飛び出していく。
 残されたローザリンデとその侍女は、一瞬ポカンとして互いを見詰めた。どうやら予言の子供は、黙って主人に付き従っただけの侍女にも、ご丁寧に礼を寄越したらしい。
 その心遣いが微笑ましく感じられて、2人は揃って小さく吹き出した。

                  ●

「子供にもやりがいを、か。考えたな」
 カウチに寝そべるアデルバートは、そう言って感心したように薄く微笑んだ。
 夜着らしい真っ青なガウンを纏ったしどけない姿には、大人の男の色気のようなものが溢れている。
「……」
 横たわる国王の前に座らされたルカは、気恥ずかしさと気まずさの両方から、身を固くした。
 フードの中ではいつものように、ぬいぐるみ体のレフが「何かあった時」に備えて、スチロール製の目を光らせている。
 ――その日の夕食後、アデルバートに呼び出されたのは、ルカだけだった。「就寝前の自由時間の話し相手になれ」とのことだが、当然ながら仲間達は騒然とした。
「危険だから行くべきじゃない」とユージーンに両肩を掴まれ、ジェイクは「それは本当に『就寝前』か……!?」などと恐ろしい形相で恐ろしいことを呟き、ネイトが「権力を笠に着るとは……!」と歯噛みする横で、「ベリンダ先生の前で、そんな無体はなさらないと思うが……」とフィンレーが困惑する。
 ルカとしては、アデルバートの傍に上がるのは極力遠慮したい。何か失敗してしまわないかと気が気でないし、普通に恐れ多いからだ。けれど、王宮にお世話になっている身で、国王の召還に応じないわけにもいかないだろう。
 最終的には、ベリンダがフィンレーの言を保証してくれたことと、ぬいぐるみ体で怪しまれずにどこまでもルカについていけるレフに、すべてを託すということで、話は落ち着いた。
『『『『頼んだぞ、レフ!』』』』
『言われるまでもねぇよ』
 何だかんだで、レフは斥候隊内に不動のポジションを築いているようだ。
 問われるままに、今日1日の出来事を話して聞かせながら、自分の中で何となく、アデルバートに対する印象が変わり始めていることに、ルカは不思議な感覚を覚えていた。
 ――思っていたよりは話しやすい、かな?
 国王という立場や俺様然とした態度に萎縮してしまっているだけで、アデルバート本人が苦手とまでは思わない。
 闇雲に怯えることもないのかな、と思い立って、ルカは「そう言えば」と、この日初めて自分からアデルバートに話を振ってみた。
「今日は、ローザリンデ様にお会いしました?」
「――いや」
 ルカの意図を図りかねた様子で、アデルバートが小さく首を横に振る。
 どうやらあれからローザリンデは、彼に会っては貰えなかったようだ。推しへの感謝を込めて、ルカは昼間彼女に道案内をして貰ったことを話した。
「綺麗なだけじゃなくて、とっても親切な方でしたよ!」
 アデルバートを振り返り、ローザリンデがいかに優しくて素晴らしい女性かを力説する。気持ち身を乗り出した、それはルカなりのエールでもあったのだが、アデルバートはわずかに眉根を寄せた。
「そなたは随分とベルトホルト公爵令嬢に肩入れするのだな」
 何だか面白くなさそうな反応に、ルカは自分のプッシュ推し活が不発に終わったことを悟った。それどころかアデルバートは、「そなたは城内を1人で出歩くべきではないな。案内役を付けるようにするか」などと、ルカにとっては不名誉極まりない対策を練り始めている。
 ――違う、そうじゃなくて!
「……もっと優しくしてあげればいいのに」
 拗ねたように呟いたのは、自分好みの女性に愛されるひとへの羨望もあったのに違いない。
「その気もないのに優しくなどせぬわ」
 小さなぼやきに答えが返ってきたことに驚きながらも、ルカはアデルバートの様子をチラリと窺った。機嫌を損ねた風はない。
「あんなに美人なのに……」
 グズグズと続けたのは、ルカの中にアデルバートに対して、既に「これくらいなら怒られないだろう」という基準が出来上がっているためだ。美女に愛されることを羨ましがるだけの子供を罰するほど、彼の度量は小さくない。
 するとアデルバートは身を起こし、ルカの瞳を覗き込むように、凄味のある美貌を近付けてきた。
 ニヤリと唇の端を歪めて笑うのには、ルカの反応を楽しむ意図があったのに違いない。
「――我はどちらかというと、可愛らしいのが好みだ」
「!」
 悔しいけれど、ルカのイケメン耐性はまったく出来上がってはいなかった。
 やっぱりか! てゆーか顔近い! このイケメンめ! と、心中で激しくツッコミを入れるものの、実際は何一つ言葉にならず、白くて滑らかな頬は、熟れた桃のように赤く染まる。
「ぼ、僕の周りの人達は、逆恨みされないように気を付けてるみたいです……!」
「ほぅ?」
 ユージーンやジェイクを引き合いにしたルカの忠告を、アデルバートは羞恥からくる、苦し紛れの言い訳のように思っているらしい。
 ――違う、僕は綺麗な女のひとが好きなんだってば!!
 フードの中で、レフがジタバタと暴れだした。
 それに気付くよりも先に、ルカの反応に気を良くしたらしいアデルバートは、満足げな表情を浮かべる。チラリと時計(もちろん動力は魔石ませき)に目を向け、小さく肩を竦めた。
「今夜はこれで解放してやる。ベリンダの機嫌を損ねる訳にはいかぬからな」
「…………はい……」
 ってどういうことですか? とは聞けなかった。
 アデルバートもそれ以上は語らず、傍らに置いたベルを鳴らして、側仕えの者を呼ぶ。

 果たしてルカは、ベリンダの予想通り、彼女の威光のお陰で無事に解放された。
 精神的に疲れてしまったこともあり、帰還を喜ぶ仲間達に断ってから、早々にシャワールームに向かう。
 しかし、その場に残されたレフが「危なくもう少して飛び出すところだったぜ」とアデルバートへの不信感を伝えてしまったことで、シャワー後も仲間達の質問責めに耐えなければならなくなったのだった。
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