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第1部・第8話:俺様王と小悪魔系救世主
第4章
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翌日の午後。
前日と同じように、正エドゥアルト教会本部で子供達のお世話をしていたルカは、近衛騎士の一人に呼び止められた。国王アデルバートの私的な茶会に、祖母のベリンダ共々招待されたのだという。
「昨夜の今日」のことであり、やっぱり何か失礼があって叱責を受けるのかと怯えたルカだったが、騎士団の用意してくれた馬車は上等な代物で、罪ある者が載せられるにはあまりに豪華すぎる。「何かあったらオレが助けてやるから」と背中のレフに励まされながら、混乱したまま王宮まで戻ったルカは、懇談の場であるらしいサンルーム前に祖母の姿を見掛け、安堵から思わず走り寄った。
「おばあちゃん!」
「まぁルカ」
子供の頃のようにギュッと抱き付かれて、驚いた様子のベリンダの声は、喜びに満ちている。優しく抱き締め返され、見上げた美しい笑顔の先に、わずかに瞳を見開いたアデルバートの凄みのある美貌を見止めて、ルカはびくりと身を固くした。慌てて祖母から離れ、「すみません」と非礼を詫びる。ベリンダも一緒に謝ってくれたが、それはいかにも形だけといった調子で、「うちの孫は可愛いでしょう!?」と言わんばかりだ。アデルバートとその近習、ルカをここまで案内してくれた騎士までが、毒気を抜かれた様子で吹き出し、一気に空気が緩んだ。
「――『予言の子供』は場を和ませる天才、とは聞いていたが……」
アデルバートが苦笑混じりに呟いたのは、今朝の時点で既に、前日の教団本部での振る舞いが、彼の元まで届いていることを意味している。急な会談は、これに興味を持たれたが故なのだが、取り敢えず照れたり緊張したりを繰り返しているルカには知る由もない。取り敢えずは怒られなくて良かった。
アデルバートの目配せで、精緻な装飾の施された扉の横に控えた衛兵達が、サンルームを開放する。
別な声が飛び込んできたのは、その瞬間だった。
「陛下……!」
鈴を転がすような声と共に、豪華で艶やかなドレスを纏った女性が、アデルバートに取り縋る。
ルカが驚いたのは、その女性がとても美しい姿をしていたからだ。少しキツめのパッチリとした瞳に、通った鼻筋、小さめの唇。ふんわりとした豊かな赤毛と、メリハリのある白い肌に、紫色のドレスがよく映えている。
ベリンダの健康的な美貌とは違って、より女性らしさを強調したような、圧倒的な華やかさ――わかりやすく言うなら、「ルカ好みの綺麗なお姉さん」だ。
後でベリンダに聞いたところによると、このお姉様はローザリンデ・ベルトホルト公爵令嬢。アデルバートに夢中で、彼に近付くために、父親の地位を利用して、頻繁に王宮に出入りしているらしい。
ベルトホルト公爵令嬢は、アデルバート以外の誰の姿も目に入らない様子で、彼の腕に親しげに纏わり付いた。
「陛下、今日のご休憩は、わたくしとご一緒していただけるはずですわ」
鼻に掛かった甘えるような声に、アデルバートが感情を揺さぶられる様子はない。なんて羨ましい……ではなく、ルカにしてみれば、王様相手によくあんな態度取れるな、貴族のお嬢様なら平気なのかな、というのが正直な印象だった。アデルバートのようなタイプには、こういったアピールは逆効果のように思える。
案の定、アデルバートはピシャリと言い放った。
「そなたが勝手に言い出したことだ。我は承知しておらぬ」
「!」
ビックリするような冷たい声に、唖然としたのはルカの方だった。こんな美人に信じられない。
どうやら、ローザリンデはアデルバートに近付きたい一心で、強引に彼の休憩時間を独占する計画を立てたらしい。しかしアデルバートは空いた時間を、黄金のベリンダと予言の子供との会談に割くことに決めた。業を煮やして迎えに来たローザリンデと、今こうして鉢合わせている、という状況のようだ。
ベリンダを始めとした周囲の者達は、さりげなく視線を反らして、貴人2人の揉め事をやり過ごしている。内心の動揺をうまく隠せないルカは、ただアワアワと狼狽えるしかない。
「――ですが!」
ローザリンデは尚も食い下がろうとした。彼女がアデルバートに本気なのかどうかはわからないが、うまいやり方でなかったのは間違いない。
ローザリンデを視界から追い出し、前方を見据えたアデルバートは、威圧的な口調で宣言した。
「我は黄金のベリンダから、救援活動の報告を受けるのだ。邪魔はするな」
「……失礼を、致しました」
それ以上は何も言い返せず、ローザリンデは優雅な所作で礼を取った。用は済んだとばかりに、アデルバートはサンルームに入室していく。
その姿を見送ってから、ローザリンデは顔を上げた。キッとキツい視線でベリンダとルカを睨み付けてから、くるりと踵を返す。
――美人に嫌われた!!
ルカは絶望の眼差しで、遠ざかる美女の華奢な背中を見詰めていた。
彼女とどうにかなりたいと願ったわけではないが、それでも、好意を持った相手に嫌われるのはつらい。
――というか、好かれたい人には嫌われるって、僕なんか悪いことした!? 「魔王の呪い」って、ホントはこっちなんじゃないの!?
心中密かに滂沱の涙を流して絶叫するルカの鼻先を、バラの香水の残り香が掠めていった。
明るい陽射しの降り注ぐサンルームには、色とりどりの花々が咲き乱れている。
昨夜見たバラ園も立派なものだったが、こちらは多種多様な植物が整然と配置され、見る者の目を楽しませてくれるようだ。チョロチョロと水の流れるような音がするのは、人工的な小川が造られているためらしい。
「――よくやってくれているようだな」
近習達を控えさせ、見事な装飾のテーブルに着いたアデルバートは、ベリンダ達の復興支援活動について、まずは称賛を述べた。ルカのことだけでなく、他の仲間達のそれぞれの場所での動向についても、報告を受けているらしい。
「皆立派な若者達ですわ」
いかにも高価そうな趣味の良いティーカップを手に、ベリンダは優雅に微笑んだ。さすがは歴史に名を刻む高名な大魔法使い、若い頃から求められて何度も登城しており、アデルバートとは幼い頃からの付き合いでもあるために、彼女に気後れするところは何もない。
しかしながら、その孫であるルカは、先程からアデルバートの一挙一動に緊張しっぱなしだ。最初の紅茶の一口こそ、「美味しい!」と味わう余裕もあったが、凄みのある美貌にチラリと射竦められて以降は、出されたスイーツに手も出せぬまま、へらりと愛想笑いを浮かべるしかない。
――なんで僕まで呼び出されたんだろう?
用件がベルトホルト公爵令嬢に告げたとおりなら、ベリンダだけで事足りるはずだ。なぜこんな場所で、多大なストレスを抱え込んでいるのだろう?
報告が一段落したところで、ベリンダが「恐れながら」と小首を傾げた。
「わたくしの孫が、何か失礼を致しまして?」
「……!」
祖母のド直球の質問に、ルカはヒェッと声にならない悲鳴を上げる。
するとアデルバートは、事も無げに肩を竦めて見せた。
「なに。我のバラ園に、小ウサギが1匹迷い込んだだけのことよ」
「!」
その言い様に、ルカはキョトンと瞳を瞬かせた。小ウサギとは恐らくルカの事だ。アデルバートには昨夜同様、それを咎めるような素振りはない。怯えずとも良い、と暗に言ってくれているのだろう。
ホッとするのと同時に、ルカは祖母の心遣いにも感謝した。アデルバートの視線に晒されるたびに緊張するルカを案じて、敢えてハッキリと話題にしてくれたのに違いない。
ベリンダはカップをソーサーに戻し、やや芝居掛かった仕草で首を横に振った。
「お好みは変わってませんのね、陛下。さぞかし愛らしいウサギだったことでしょう!」
やれやれと言わんばかりの口調には、妙な含みがあるように聞こえる。
当のアデルバートは涼しい顔で、雅やかにカップを口に含んだ。
もしかすると、アデルバートはジェイクと同じで、意外と可愛いもの好きなのかもしれない。そういえば、昨夜も猫を可愛がっていた。今も会話の合間、時折、ルカの服のフードの中からじっとりとした目付きで様子を窺う、ぬいぐるみ体のレフに、興味深げな視線が注がれているようだ――尤もこれは、ぬいぐるみを持ち歩くなど、16歳の少年としては随分子供っぽい嗜好だと、勘違いされているせいかもしれない。
その上での「小ウサギ扱い」だとすれば、健全な青少年であるルカとしては、少々複雑ではある。
そんなルカの心中など忖度することもなく、アデルバートは小さく息をついた。
「この様子ならば、長くそなたらを引き留めることにもなるまい」
「……あの」
恐る恐るにでも自分から話し掛けてみる気になったのは、お茶会などという私的な場に、悪意でなくお呼ばれしていることがわかった以上、直接話し掛けることがそのまま不敬に当たることもないだろうと判断したためだ。
思った通り、アデルバートのみならず、ベリンダからも促すような視線を向けられ、ルカは思い切って先を続けた。
「あの、陛下は、お疲れなんじゃないんですか?」
たどたどしい敬語が微笑ましく感じられでもしたのか、アデルバートの凄味が幾分か和らぐ。
「何故?」
「あ、えっと。昨夜、あまりお顔の色が優れないように見えたので……月明かりのせいかもしれませんけど」
カップを置き、気持ち上目使いで、昨晩感じたままを告げる。
今のアデルバートに疲労の影は見えない。しかし、月光に照らされた夕べの彼は、輝くような美貌が些か精彩を欠いていたように思えた。30を越えたばかりの王を年寄り扱いする気はないが、空いた時間は自身の休息に充ててくれた方が、国民としてはありがたい、ような気がする。
ルカの指摘に、アデルバートは「確かに」と頷いた。
「執務は常に立て込んではいるが……案ずるな。普段接する機会のない者との懇談も、充分息抜きになる。――まぁ、相手にもよるがな」
最後に付け足された言葉に、ルカはふと、先程キツい視線を投げ付けて去っていった、ベルトホルト公爵令嬢の姿を思い浮かべた。恐らくアデルバートにも、その意図があったのは間違いない。色んな意味で複雑な気分になってしまって、ルカは2人に気付かれないよう、小さく息を吐き出した。
しかしながら、ルカのこの心遣いは、いたくアデルバートのお気に召すものだったらしい。
「野ウサギのように怯えていたかと思えば、我の様子を見定めておったとは」
ふ、と笑みを深めて、アデルバートはルカを見詰めてきた。迫力のある美貌に射竦められて、ルカは思わずサッと頬を染めてしまう。
「気に入ったぞ」
アデルバートは楽しげに笑いながら、高らかに宣言した。黄金のベリンダは、その先に続く言葉を予見したかのように、形の良い唇を弓なりに吊り上げている。
「そなたには特別に、我の名を呼ぶ名誉を与えてやろうではないか」
「……………………あ、ハイ」
そうしてルカは、自分ではなぜいきなりアデルバートの新密度が爆上がりしたのかわからないまま、今後私的な場では彼のことを「アデルバート様」と呼ぶよう、厳命されてしまったのである。
まったく手をつけられなかったスイーツ類は、その後、一式丸ごと部屋に届けられていた。
前日と同じように、正エドゥアルト教会本部で子供達のお世話をしていたルカは、近衛騎士の一人に呼び止められた。国王アデルバートの私的な茶会に、祖母のベリンダ共々招待されたのだという。
「昨夜の今日」のことであり、やっぱり何か失礼があって叱責を受けるのかと怯えたルカだったが、騎士団の用意してくれた馬車は上等な代物で、罪ある者が載せられるにはあまりに豪華すぎる。「何かあったらオレが助けてやるから」と背中のレフに励まされながら、混乱したまま王宮まで戻ったルカは、懇談の場であるらしいサンルーム前に祖母の姿を見掛け、安堵から思わず走り寄った。
「おばあちゃん!」
「まぁルカ」
子供の頃のようにギュッと抱き付かれて、驚いた様子のベリンダの声は、喜びに満ちている。優しく抱き締め返され、見上げた美しい笑顔の先に、わずかに瞳を見開いたアデルバートの凄みのある美貌を見止めて、ルカはびくりと身を固くした。慌てて祖母から離れ、「すみません」と非礼を詫びる。ベリンダも一緒に謝ってくれたが、それはいかにも形だけといった調子で、「うちの孫は可愛いでしょう!?」と言わんばかりだ。アデルバートとその近習、ルカをここまで案内してくれた騎士までが、毒気を抜かれた様子で吹き出し、一気に空気が緩んだ。
「――『予言の子供』は場を和ませる天才、とは聞いていたが……」
アデルバートが苦笑混じりに呟いたのは、今朝の時点で既に、前日の教団本部での振る舞いが、彼の元まで届いていることを意味している。急な会談は、これに興味を持たれたが故なのだが、取り敢えず照れたり緊張したりを繰り返しているルカには知る由もない。取り敢えずは怒られなくて良かった。
アデルバートの目配せで、精緻な装飾の施された扉の横に控えた衛兵達が、サンルームを開放する。
別な声が飛び込んできたのは、その瞬間だった。
「陛下……!」
鈴を転がすような声と共に、豪華で艶やかなドレスを纏った女性が、アデルバートに取り縋る。
ルカが驚いたのは、その女性がとても美しい姿をしていたからだ。少しキツめのパッチリとした瞳に、通った鼻筋、小さめの唇。ふんわりとした豊かな赤毛と、メリハリのある白い肌に、紫色のドレスがよく映えている。
ベリンダの健康的な美貌とは違って、より女性らしさを強調したような、圧倒的な華やかさ――わかりやすく言うなら、「ルカ好みの綺麗なお姉さん」だ。
後でベリンダに聞いたところによると、このお姉様はローザリンデ・ベルトホルト公爵令嬢。アデルバートに夢中で、彼に近付くために、父親の地位を利用して、頻繁に王宮に出入りしているらしい。
ベルトホルト公爵令嬢は、アデルバート以外の誰の姿も目に入らない様子で、彼の腕に親しげに纏わり付いた。
「陛下、今日のご休憩は、わたくしとご一緒していただけるはずですわ」
鼻に掛かった甘えるような声に、アデルバートが感情を揺さぶられる様子はない。なんて羨ましい……ではなく、ルカにしてみれば、王様相手によくあんな態度取れるな、貴族のお嬢様なら平気なのかな、というのが正直な印象だった。アデルバートのようなタイプには、こういったアピールは逆効果のように思える。
案の定、アデルバートはピシャリと言い放った。
「そなたが勝手に言い出したことだ。我は承知しておらぬ」
「!」
ビックリするような冷たい声に、唖然としたのはルカの方だった。こんな美人に信じられない。
どうやら、ローザリンデはアデルバートに近付きたい一心で、強引に彼の休憩時間を独占する計画を立てたらしい。しかしアデルバートは空いた時間を、黄金のベリンダと予言の子供との会談に割くことに決めた。業を煮やして迎えに来たローザリンデと、今こうして鉢合わせている、という状況のようだ。
ベリンダを始めとした周囲の者達は、さりげなく視線を反らして、貴人2人の揉め事をやり過ごしている。内心の動揺をうまく隠せないルカは、ただアワアワと狼狽えるしかない。
「――ですが!」
ローザリンデは尚も食い下がろうとした。彼女がアデルバートに本気なのかどうかはわからないが、うまいやり方でなかったのは間違いない。
ローザリンデを視界から追い出し、前方を見据えたアデルバートは、威圧的な口調で宣言した。
「我は黄金のベリンダから、救援活動の報告を受けるのだ。邪魔はするな」
「……失礼を、致しました」
それ以上は何も言い返せず、ローザリンデは優雅な所作で礼を取った。用は済んだとばかりに、アデルバートはサンルームに入室していく。
その姿を見送ってから、ローザリンデは顔を上げた。キッとキツい視線でベリンダとルカを睨み付けてから、くるりと踵を返す。
――美人に嫌われた!!
ルカは絶望の眼差しで、遠ざかる美女の華奢な背中を見詰めていた。
彼女とどうにかなりたいと願ったわけではないが、それでも、好意を持った相手に嫌われるのはつらい。
――というか、好かれたい人には嫌われるって、僕なんか悪いことした!? 「魔王の呪い」って、ホントはこっちなんじゃないの!?
心中密かに滂沱の涙を流して絶叫するルカの鼻先を、バラの香水の残り香が掠めていった。
明るい陽射しの降り注ぐサンルームには、色とりどりの花々が咲き乱れている。
昨夜見たバラ園も立派なものだったが、こちらは多種多様な植物が整然と配置され、見る者の目を楽しませてくれるようだ。チョロチョロと水の流れるような音がするのは、人工的な小川が造られているためらしい。
「――よくやってくれているようだな」
近習達を控えさせ、見事な装飾のテーブルに着いたアデルバートは、ベリンダ達の復興支援活動について、まずは称賛を述べた。ルカのことだけでなく、他の仲間達のそれぞれの場所での動向についても、報告を受けているらしい。
「皆立派な若者達ですわ」
いかにも高価そうな趣味の良いティーカップを手に、ベリンダは優雅に微笑んだ。さすがは歴史に名を刻む高名な大魔法使い、若い頃から求められて何度も登城しており、アデルバートとは幼い頃からの付き合いでもあるために、彼女に気後れするところは何もない。
しかしながら、その孫であるルカは、先程からアデルバートの一挙一動に緊張しっぱなしだ。最初の紅茶の一口こそ、「美味しい!」と味わう余裕もあったが、凄みのある美貌にチラリと射竦められて以降は、出されたスイーツに手も出せぬまま、へらりと愛想笑いを浮かべるしかない。
――なんで僕まで呼び出されたんだろう?
用件がベルトホルト公爵令嬢に告げたとおりなら、ベリンダだけで事足りるはずだ。なぜこんな場所で、多大なストレスを抱え込んでいるのだろう?
報告が一段落したところで、ベリンダが「恐れながら」と小首を傾げた。
「わたくしの孫が、何か失礼を致しまして?」
「……!」
祖母のド直球の質問に、ルカはヒェッと声にならない悲鳴を上げる。
するとアデルバートは、事も無げに肩を竦めて見せた。
「なに。我のバラ園に、小ウサギが1匹迷い込んだだけのことよ」
「!」
その言い様に、ルカはキョトンと瞳を瞬かせた。小ウサギとは恐らくルカの事だ。アデルバートには昨夜同様、それを咎めるような素振りはない。怯えずとも良い、と暗に言ってくれているのだろう。
ホッとするのと同時に、ルカは祖母の心遣いにも感謝した。アデルバートの視線に晒されるたびに緊張するルカを案じて、敢えてハッキリと話題にしてくれたのに違いない。
ベリンダはカップをソーサーに戻し、やや芝居掛かった仕草で首を横に振った。
「お好みは変わってませんのね、陛下。さぞかし愛らしいウサギだったことでしょう!」
やれやれと言わんばかりの口調には、妙な含みがあるように聞こえる。
当のアデルバートは涼しい顔で、雅やかにカップを口に含んだ。
もしかすると、アデルバートはジェイクと同じで、意外と可愛いもの好きなのかもしれない。そういえば、昨夜も猫を可愛がっていた。今も会話の合間、時折、ルカの服のフードの中からじっとりとした目付きで様子を窺う、ぬいぐるみ体のレフに、興味深げな視線が注がれているようだ――尤もこれは、ぬいぐるみを持ち歩くなど、16歳の少年としては随分子供っぽい嗜好だと、勘違いされているせいかもしれない。
その上での「小ウサギ扱い」だとすれば、健全な青少年であるルカとしては、少々複雑ではある。
そんなルカの心中など忖度することもなく、アデルバートは小さく息をついた。
「この様子ならば、長くそなたらを引き留めることにもなるまい」
「……あの」
恐る恐るにでも自分から話し掛けてみる気になったのは、お茶会などという私的な場に、悪意でなくお呼ばれしていることがわかった以上、直接話し掛けることがそのまま不敬に当たることもないだろうと判断したためだ。
思った通り、アデルバートのみならず、ベリンダからも促すような視線を向けられ、ルカは思い切って先を続けた。
「あの、陛下は、お疲れなんじゃないんですか?」
たどたどしい敬語が微笑ましく感じられでもしたのか、アデルバートの凄味が幾分か和らぐ。
「何故?」
「あ、えっと。昨夜、あまりお顔の色が優れないように見えたので……月明かりのせいかもしれませんけど」
カップを置き、気持ち上目使いで、昨晩感じたままを告げる。
今のアデルバートに疲労の影は見えない。しかし、月光に照らされた夕べの彼は、輝くような美貌が些か精彩を欠いていたように思えた。30を越えたばかりの王を年寄り扱いする気はないが、空いた時間は自身の休息に充ててくれた方が、国民としてはありがたい、ような気がする。
ルカの指摘に、アデルバートは「確かに」と頷いた。
「執務は常に立て込んではいるが……案ずるな。普段接する機会のない者との懇談も、充分息抜きになる。――まぁ、相手にもよるがな」
最後に付け足された言葉に、ルカはふと、先程キツい視線を投げ付けて去っていった、ベルトホルト公爵令嬢の姿を思い浮かべた。恐らくアデルバートにも、その意図があったのは間違いない。色んな意味で複雑な気分になってしまって、ルカは2人に気付かれないよう、小さく息を吐き出した。
しかしながら、ルカのこの心遣いは、いたくアデルバートのお気に召すものだったらしい。
「野ウサギのように怯えていたかと思えば、我の様子を見定めておったとは」
ふ、と笑みを深めて、アデルバートはルカを見詰めてきた。迫力のある美貌に射竦められて、ルカは思わずサッと頬を染めてしまう。
「気に入ったぞ」
アデルバートは楽しげに笑いながら、高らかに宣言した。黄金のベリンダは、その先に続く言葉を予見したかのように、形の良い唇を弓なりに吊り上げている。
「そなたには特別に、我の名を呼ぶ名誉を与えてやろうではないか」
「……………………あ、ハイ」
そうしてルカは、自分ではなぜいきなりアデルバートの新密度が爆上がりしたのかわからないまま、今後私的な場では彼のことを「アデルバート様」と呼ぶよう、厳命されてしまったのである。
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ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
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