小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第1部・第8話:俺様王と小悪魔系救世主

第2章

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    斥候隊せっこうたいに割り当てられた部屋は、5階建ての王宮の、3階の東の端に位置する、廊下を挟んで向かい合う2部屋だった。
 とはいえ、どちらも居間を中心として、周囲を取り巻くように3つの寝室と浴室までを備えた、豪華で広大なスペースである。調度から小物まで、生活に必要なものはすべて揃えられており、万が一滞在が長期間に及んでも、困ることは何もなさそうだ。
 話し合いの結果、王宮正面側の部屋をベリンダ、ルカ(+レフ)、ユージーンの3人が、反対側をジェイク、ネイト、フィンレーで使用することに決まった。ベリンダが女性であることを考慮し、同居している家族で纏めたようなものだが、部屋割りで揉めることにならなかったのは、幸いだったと言える。
 荷ほどきを終えた一行は、ベリンダ達の部屋に集まり、豪華な昼食を摂った。各自の行動や報告も兼ねて、食事の時間は出来るだけ一緒に過ごすと決めたためである。
「――やれやれ、到着早々に、大騒動だったな」
 食後のお茶を提供され、給仕達が出て行ってから、ジェイクがようやく人心地ついた様子で苦笑を漏らした。同意の声がそれぞれに上がり、ルカもまた芳醇な液体を飲み込んでから、ホッと息をつく。
「ホントだよ、いきなり戦闘になるとは思ってなかったからさ」
「そうね、よく頑張ったわ」
 向かいの席に着いたベリンダが、労わるようににこりと微笑む。頑張ったのはみんなの方で、ルカはレフのお陰で何とか格好がついたという形だが、この場の誰もそんな風には考えていないらしい。パーティーの中で唯一、圧倒的に戦闘向きでないルカは、無事に生き残ることが最優先だ。それが、『予言の子供』としての存在意義でなく、純粋なルカへの好意からの共通認識であることが、とてもありがたい。

元々、聖エドゥアルト祭終了後、早いうちに王都へつことは決まっていた。翌日ではあまりに余裕がないことを考慮し、期日を二日後の午前と決め、ベリンダの通信魔法で王宮へ連絡したところ、「10の刻(午前10時)から任命式及び出立式を執り行うため、9の刻には王宮へ入って欲しい」との返信があった。ハーフェルの町の人々には、大々的な見送りは辞退させてもらうことで話はついていたため、落ち着いて準備が出来ると思っていたのだが。
『――何だか、嫌な予感がするの』
 早朝、起きてくるなり、ベリンダは美しい顔を蒼褪めさせてそう言った。何事か問い質ただしてみても、彼女にもよくわからないらしい。
 しかし、黄金のベリンダの直感を疑う者はいなかった。旅立つに当たって、ハーフェルには充分な結界を敷いている。となれば、何事か起こるのは王都の方かもしれない。
 メンバーの中で唯一、離れた街に住むフィンレーは、万が一のためにとベリンダ邸に前泊しており、また、それぞれ家族や孤児院の子供達との湿っぽい別れを嫌ったジェイクとネイトが、予定よりも随分早くやって来たこともあって、ベリンダは出立時間を大幅に早める決意をした。
 一行が王都の危機に迅速に駆け付けられたのには、こうした経緯があったのである。

「――先生」
 カップをソーサーに戻してから、ユージーンがベリンダに向き直る。顔立ちの美しさと優雅な所作が相俟あいまって、王宮の一室というシチュエーションにも、まったく見劣りするところがない。
「やはり、魔王軍に任命式の情報が漏れていたと考えるべきでしょうか」
「ええ。おそらく、ね」
 弟子の質問に、ベリンダは簡潔に答えた。魔王復活からこれまで、王都への直接攻撃は行われていない。それが、斥候隊の任命式が執り行われる日の早朝に、突然起こった。偶然と呼ぶには、あまりに出来過ぎている。
「私達の出立で、王都全体が浮足立っているところを、敢えて狙ったんでしょう」
 だとすれば、やはり、何というか――底意地の悪い考え方だと思う。魔王の人となりをよく知る祖母の推測に、ルカは苦々しいものを感じずにいられない。
 右隣の席に着いたフィンレーが、ルカの足元に向かって「レフ」と呼び掛けた。こちらもユージーンに負けず劣らず、王宮という場所に難なく馴染んでいる。呆れるくらいの「王子様」ぶりだ――まあ、彼だけは正真正銘の貴族ではあるのだが。
 レフは、肉料理の盛られたトレーから顔を上げて、「あ?」と一応の返事を寄越した。基本がぬいぐるみの彼は、たぶん食事など必要とはしないはずだが、曲がりなりにもライオンであるためか、好んで肉料理を食べたがるところがある。今も、特別に取り分けて貰った牛肉のソテーを堪能中だ。
「お前、以前、ルカにおかしな動物のにおいが付いてたって言ったよな?」
 不遜な態度には構わず、フィンレーはオスライオンに問い掛けた。
 確かに、実体化を果たしたレフに言われたことがある。「ルカ、俺以外の動物ヤツに触ったろ? 変なにおい付いてんぞ。てか、何だコイツ」とか何とか。しかし、ルカは犬猫の類いが嫌いではないので、見掛け次第割とよく手を出してしまっている自覚もあるため、いつ頃のことだったか、判然としない。
 もぐもぐと口を動かしながら、レフはこくこくと頷いた。
『ああ。何だかよくわかんねぇけど、嫌な臭いがしたぜ』
 フィンレーの話題に乗ったのは、意外にもネイトだった。「そうですね」と同意を示し、一度喉を潤してから、見解を口にする。
「動物に変身した魔王の手先が、ルカに近付くことがないとは言い切れません」
 魔王の目はいつ何時、どこに潜んでいるかわからない。何度も注意されてきたことだ。しかし、頭で理解はしていても、実生活に活かすとなると、すべてを疑うことになりそうで、なかなかに難しい。
『俺が居るんだから、俺以外の動物に触らなくてもいいいだろ』
 レフの思念波には、少しだけ面白くなさそうな色が混ざっている。何だか可愛く思えて来て、ルカは思わずほっこりしてしまった。猫飼いが外で他の猫と遊んできた後みたいだ。
「何にしても、王都が片付かないことには、落ち着いて出発も出来ないわ。まずは復興支援の方を、手分けして頑張りましょう」
 ベリンダの迷いのない声音に、仲間達は「はい」と声を揃えて首肯した。ほっこりするまま、レフのたてがみを撫でていたルカも、慌てて居住まいを正す。
 そして一行は、これからの動きについて話し合った。それぞれの適性から考えて、ジェイクとフィンレーは、騎士団と共に、瓦礫の撤去や街道整備等の土木支援を。癒しや浄化に特化したネイトは、エドゥアルト教本部と連携する形で、負傷者の治療に当たる。各種の魔法に通じたベリンダとユージーンは、建築物の修繕等をメインに、マルチに対応していくことになるだろう。
 一番危険が少なそうだという理由で、ルカはネイトと共に、救護施設へ赴くことになった。レフはもちろん、ぬいぐるみ体でルカのお供だ。
「言うまでもないでしょうが、ルカのこと、くれぐれもよろしく」
 ユージーンが、妙に含みを持たせたような口調で、保護者のような念を押す。
 するとネイトは、にこりと笑って切り捨てた。
「ええ、本当に無用な忠告ですよ。私がルカを危険な目に遭わせるはずがないでしょう」
 向かい合って座った2人がバチバチに火花を散らす様子に、ルカは地味に怯え、フィンレーは「一番危険なのはアンタだろ」と小声で呟く。
「国王の態度も気になるな――やたらとルカのことを見ていた」
「「「それだ!」」」
 睨み合う男達と、それにツッコミを入れる男を止めたのは、ジェイクの低い一言だった。
 謁見の間、アデルバートの視線が何度かルカをかすめた――当然ながら、彼らはそれに気付いており、何とも言えない気分を味わっていたのだ。
「え、やっぱ僕、なんか失礼なことした?」
 睨まれたりだとか、アデルバートの表情に、これといった感情の起伏も窺えなかったために、ルカとしては偶然ではないかとも思っていた。けれど、仲間が全員揃って気になったというなら、知らぬうちに何事か仕出かしてしまっていたのかもしれない……。
 助けを求めるように見詰めた祖母は、楽しそうにウフフと微笑んでいる。
「いや、たぶん、そういうことじゃないとは思うが……」
 相変わらずの親友の鈍感ぶりに、フィンレーは小さく苦笑を漏らした。ユージーン達が好き勝手に、ルカに気を付けるよう諭すのを聞き流しながら、少し考え込むようなそぶりを見せる。
「確かに、気を付けるに越したことはないかもな」
「!」
 フィンレーの言に、ベリンダ以外の全員が、ギョッとした様子で振り返る。「いや、じゃねえって……」と、やや疲れたように吐き出してから、フィンレーはつい先日、ラインベルク王国の社交界を震撼させた事件の顛末について、簡単に語った。
 これによると、ふた月ほど前、プレトリオス州の領主・クロイツェル伯爵に、公金横領の嫌疑が掛かった。手口は悪質で、豊かなラインベルク王国内にあって、領民は飢える寸前のところまで追い詰められていたらしい。近隣に伯爵家に味方する者はおらず、他国へ亡命しようと企てたこの貴族はあえなく捕まり、家門断絶の厳しい処断を受けた。アデルバート2世は、横領で得た金品で肥え太った者達を、一人たりとも許しはしなかったのである。
 いくらルカ達に気安いとはいえ、フィンレーもまた貴族の一員であり、上流階級の出来事に無関心ではいられない。一族の中には老人や若いご婦人もいたはずだが、皆揃って家財を没収され、庶民に身を落として、縁者を頼り落ち延びるしかなかったようだ。
 家門の取り潰しは苛烈な処断だが、プレトリオス州の領民達が舐めてきた辛酸しんさんを思えば、命があるだけ幸運だったのかもしれない。
 フィンレーの話に、ベリンダまでが神妙な表情で聞き入っている。
「陛下は厳しい方だと聞いている。気を付けろよ、ルカ」
 忠告で締め括ったフィンレーに、ルカは恐怖を振り払うように小さく首を横に振った。本人は無意識らしい愛くるしい仕草に、場の空気が一気に和む。
 ――しかし。
「王様、なんか怖そうだったし、個人的に関わることはないから大丈夫だよ」
「「「………………」」」
 レフもいるしね、と、食事を終え膝に纏わりつくライオンを愛おしげに撫でるルカに、全員が逆に心配になったのは、言うまでもない。
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