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第1部・第6話:ユージーン
第2章
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翌日。
ルカはもう一人の幼馴染み、ジェイクを訪ねて、麓の町に降りた。
ジェイクは薬剤店の跡取り息子だが、一介の薬屋で終わるにはもったいないほどの、武道の腕前を持っている。無口だが責任感に溢れ、人望も厚く――何より、ルカに甘い。斥候隊には不可欠な人材であったのと同時に、彼はユージーンの親友とも呼べる存在だった。ルカがユージーンについての相談を持ち掛けるのは、ある意味では当然のことと言える。
「――どう思う?」
川縁に降りる石階段に腰掛けて、ルカは下の段に座るジェイクに問い掛けた。
ジェイクの実家、エヴァンズ薬剤店の裏手は小川に面しており、気持ちの良い風の吹き抜けるこの場所は、彼ら幼馴染みが好んで集う場所でもある。いつものように突然訪ねてきたルカを、エヴァンズ家の人々は歓迎してくれ、倉庫の整理をしていたジェイクに休憩を取らせるという名目で、送り出してくれたのだった。
普段は見上げるばかりの長身の幼馴染みを見下ろすというのは、なかなか新鮮で、こんな事態だというのに、ちょっとだけワクワクさせられる。
「どう、ってもなぁ……」
小首を傾げられたジェイクは、溜め息混じりに呟いた。精悍な顔立ちには、戸惑うような色が浮かんでいる。
ジェイクとしては、ユージーンの不審な態度について、思い当たることがない訳ではないようだ。しかし、この件に関して、当のルカが何を考えているのか図りかねているところもあり、迂闊なことも言いづらい、という心境らしい。
そんなこととは知らないルカは、ジェイクの困惑を額面通りに受け取り、少なからずショックを受けていた。
2つの世界を行き来していたルカと違って、ジェイクとユージーンは、こちらでずっと一緒に育ってきたような間柄だ。そのジェイクにも心当たりがない、或いは秘密にしているのだとしたら、やはり恋愛問題なのかもしれない……。
「ジェイクにもわからないかぁ……」
複雑そうなジェイクの表情には気付かず、ルカは遠くを見るようにして、川面に視線を移した。良く晴れた午後の陽射しを受けて、流れる水はキラキラと輝いている。
出逢った頃のユージーンは、線も細くて、それこそ美少年という言葉に相応しい姿をしていた。可愛い可愛いと愛でられながらも、積極的に少年達の輪に加わり、時にはイタズラも楽しむルカは、気性も含めて周囲に愛される子供だったが、それとは真逆の位置にいたのがユージーンだ。幼い頃に家族を失ったユージーンには、隠しきれない影のようなものがあり、これが生来の美しさに、浮世離れした印象を加えてしまっていたのだろう。
そのせいで嫌な思いをすることもあったようだが、成長するにつれて男性らしさを増したユージーンは、今では誰もが振り向く絶世の美青年だ。これまで恋愛絡みの話は聞いたことがなかったけれど、ユージーンが望むなら、大抵の相手は喜んで彼の手を取るだろう。
ユージーンはずっとルカに優しかったし、今も変わらず世話を焼いてくれている。
でも、ルカよりももっと、大事にしたいひとが現れたら、どうなるのだろう……。
「……僕、ユージーンは傍に居てくれて当たり前だと、どっかで思っちゃってたんだよね」
「それもなんかショックでさ」と拗ねたようにぼやいたルカに、ジェイクがはたと動きを止める。何かに気付いた様子で、男らしい顔立ちを驚愕に歪めた。
「……お前、もしかして……」
「? どうかした?」
小さな呟きはせせらぎに紛れて、ルカにははっきりと届かない。聞き返したルカのキョトンとした大きな瞳に、ジェイクはすべてを悟ったかのように奥歯を噛み締めた。
「――いや」
答える声には、少しだけ不機嫌そうな色が滲んでいる。
他人の心の機微に敏い方ではないが、ジェイクにはユージーンが落ち込んでいる理由についての心当たりがあった――そう、あの美しい幼馴染みは、態度がおかしいというよりも、ただ単にヘコんでいるのだ。
そして、今また賢明なジェイクは、本人よりも先に、ルカの思い込みに気付かされた。
ユージーンを介して知り合ったとはいえ、ジェイクにはルカの幼馴染みとして、自分もそれなりの関係だという自負がある。それなのに、ルカからユージーンへの無意識の信頼を見せ付けられたようで、ちょっと悔しかったようだ。
天然全開で、可愛らしく瞳を瞬かせるルカに、ジェイクはやや憮然としたまま、ぼそりと答える。
「――直接本人に聞いてやれ」
ジェイクの複雑な胸中には気付くことなく、ルカは「やっぱりそれしかないかぁ」と溜め息をついた。
ルカはもう一人の幼馴染み、ジェイクを訪ねて、麓の町に降りた。
ジェイクは薬剤店の跡取り息子だが、一介の薬屋で終わるにはもったいないほどの、武道の腕前を持っている。無口だが責任感に溢れ、人望も厚く――何より、ルカに甘い。斥候隊には不可欠な人材であったのと同時に、彼はユージーンの親友とも呼べる存在だった。ルカがユージーンについての相談を持ち掛けるのは、ある意味では当然のことと言える。
「――どう思う?」
川縁に降りる石階段に腰掛けて、ルカは下の段に座るジェイクに問い掛けた。
ジェイクの実家、エヴァンズ薬剤店の裏手は小川に面しており、気持ちの良い風の吹き抜けるこの場所は、彼ら幼馴染みが好んで集う場所でもある。いつものように突然訪ねてきたルカを、エヴァンズ家の人々は歓迎してくれ、倉庫の整理をしていたジェイクに休憩を取らせるという名目で、送り出してくれたのだった。
普段は見上げるばかりの長身の幼馴染みを見下ろすというのは、なかなか新鮮で、こんな事態だというのに、ちょっとだけワクワクさせられる。
「どう、ってもなぁ……」
小首を傾げられたジェイクは、溜め息混じりに呟いた。精悍な顔立ちには、戸惑うような色が浮かんでいる。
ジェイクとしては、ユージーンの不審な態度について、思い当たることがない訳ではないようだ。しかし、この件に関して、当のルカが何を考えているのか図りかねているところもあり、迂闊なことも言いづらい、という心境らしい。
そんなこととは知らないルカは、ジェイクの困惑を額面通りに受け取り、少なからずショックを受けていた。
2つの世界を行き来していたルカと違って、ジェイクとユージーンは、こちらでずっと一緒に育ってきたような間柄だ。そのジェイクにも心当たりがない、或いは秘密にしているのだとしたら、やはり恋愛問題なのかもしれない……。
「ジェイクにもわからないかぁ……」
複雑そうなジェイクの表情には気付かず、ルカは遠くを見るようにして、川面に視線を移した。良く晴れた午後の陽射しを受けて、流れる水はキラキラと輝いている。
出逢った頃のユージーンは、線も細くて、それこそ美少年という言葉に相応しい姿をしていた。可愛い可愛いと愛でられながらも、積極的に少年達の輪に加わり、時にはイタズラも楽しむルカは、気性も含めて周囲に愛される子供だったが、それとは真逆の位置にいたのがユージーンだ。幼い頃に家族を失ったユージーンには、隠しきれない影のようなものがあり、これが生来の美しさに、浮世離れした印象を加えてしまっていたのだろう。
そのせいで嫌な思いをすることもあったようだが、成長するにつれて男性らしさを増したユージーンは、今では誰もが振り向く絶世の美青年だ。これまで恋愛絡みの話は聞いたことがなかったけれど、ユージーンが望むなら、大抵の相手は喜んで彼の手を取るだろう。
ユージーンはずっとルカに優しかったし、今も変わらず世話を焼いてくれている。
でも、ルカよりももっと、大事にしたいひとが現れたら、どうなるのだろう……。
「……僕、ユージーンは傍に居てくれて当たり前だと、どっかで思っちゃってたんだよね」
「それもなんかショックでさ」と拗ねたようにぼやいたルカに、ジェイクがはたと動きを止める。何かに気付いた様子で、男らしい顔立ちを驚愕に歪めた。
「……お前、もしかして……」
「? どうかした?」
小さな呟きはせせらぎに紛れて、ルカにははっきりと届かない。聞き返したルカのキョトンとした大きな瞳に、ジェイクはすべてを悟ったかのように奥歯を噛み締めた。
「――いや」
答える声には、少しだけ不機嫌そうな色が滲んでいる。
他人の心の機微に敏い方ではないが、ジェイクにはユージーンが落ち込んでいる理由についての心当たりがあった――そう、あの美しい幼馴染みは、態度がおかしいというよりも、ただ単にヘコんでいるのだ。
そして、今また賢明なジェイクは、本人よりも先に、ルカの思い込みに気付かされた。
ユージーンを介して知り合ったとはいえ、ジェイクにはルカの幼馴染みとして、自分もそれなりの関係だという自負がある。それなのに、ルカからユージーンへの無意識の信頼を見せ付けられたようで、ちょっと悔しかったようだ。
天然全開で、可愛らしく瞳を瞬かせるルカに、ジェイクはやや憮然としたまま、ぼそりと答える。
「――直接本人に聞いてやれ」
ジェイクの複雑な胸中には気付くことなく、ルカは「やっぱりそれしかないかぁ」と溜め息をついた。
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