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第1部・第3話:ジェイク
第5章
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澄みきった青い空を、1羽の白い鳥が飛んでいく。
庭に植えられた大きなポールベリーの樹は、幹の中ほどが強く湾曲しており、よじ登れば普段と違った目線で周囲の景色を楽しむことが出来る、天然の遊具だ。
小さな頃からこの場所がお気に入りだったルカは、生命力旺盛な大樹にもたれて、大空に鳥の描く軌跡を見るともなく追っていた。
祖母は町の名士からの個人的な依頼を受けて、魔法遺物の修理に当たっている。ユージーンも補佐として同席するからには、これが今日の修業であり課題ということになるのだろう。
1人手持ち無沙汰のルカは、お腹の上に雄ライオンのぬいぐるみ・レフを載せて、虫干しの真っ最中だ。大事な姉からの贈り物が日焼けで色褪せてしまわないか心配だったが、祖母が魔法での修繕を保証してくれたので、ひとまずは心置きなく屋外に連れ出している。
木々の向こうに鳥の姿が消え、ルカは何度めかの溜め息をついた。腹部が上下するのに合わせて、レフも大きく位置を変える。転げ落ちないように支える手で、そのまま触り心地の良い鬣を撫で回しながら、反省の波にどっぷりと嵌り込んでいく。
――ジェイクに嫌な態度を取ってしまった。
昨日1日を拗ねたまま過ごしたルカだったが、一晩開けたら、残っていたのは後悔だけだった。そもそもは斥候隊への加入を勧める予定だったのに、彼を怒らせてどうするというのだ。
しかも、偉そうに「話を聞いてやれ」と言いながら、自分こそ話を打ち切って帰ってきてしまった。こんなことでは、子供扱いされても仕方がない。まったく情けない話だ。
謝りに行くべきだろうか。でも。
こんな自問自答を、朝からずっと繰り返している。
「!」
不意に足音が聞こえた気がして、ルカは上半身を起こした。麓の町から続く一本道に姿を現したのは、ジェイクその人である。一瞬ドキリと心臓を高鳴らせたルカだったが、精悍な顔が気まずげな微苦笑を浮かべていることに気付き、胸を撫で下ろす。取り敢えず、怒ってはいないようだ――良かった。
「よう」といつものように挨拶を交わしてから、ジェイクは大きな身体には不釣り合いな、可愛らしくラッピングされた小さな箱を、ルカに手渡してきた。
「シェリルからだ。お見舞いのお礼だとさ」
「えっ、いいの? 何だろ」
「白桃のタルトだ」
どうやらお手製のスイーツらしい。わざわざ用意してくれるからには、怪我の方も順調に回復していると思われる。ジェイクがこうして店を空けられていることからも、シェリルは既に店番程度には復帰を果たしているのだろう。「動かないでいたら身体が鈍るわ」などと言っている姿が容易に想像できて微笑ましい。
「ありがと……」
お礼を言いながら、ルカは箱を受け取ろうとした。その腹部から、既に不安定な状態で何とか留まっていたレフが、コロリと転がり落ちる。
「!」
反応したのは、やはりジェイクが先だった。咄嗟にルカの両手の間にタルトの箱を落とし、レフの落下地点に素早く掌を差し伸べる。何という俊敏さだろう。
「……」
両手でレフを掲げ持ち、ジッと凝視するジェイクに、慌てたのはルカだ。いくら幼馴染みとはいえ、さすがに「この歳になってぬいぐるみを持ち歩いているイタいヤツ」だと思われるのは恥ずかしすぎる。
しかしジェイクは、感触を楽しむようにレフの身体をうにうにと揉み込んだだけで、何も言わずにルカの手に返してくれた。そのままいつも通り頭を撫でられながら、ルカは「ジェイクが可愛いもの好きで助かった」と冷や汗をかいていたのだが、実際のところ彼が口許を緩めていたのは、『ルカ✕レフ=可愛いもの2乗』を間近で眺めて満足したためだった。
鬣を整えたレフを、タルトの箱と共に安定の良い場所に並べて置いてから、ルカは改めてジェイクに向き直る。
「あの、昨日はごめんね」
謝罪を口にした途端、それを阻むかのように、ジェイクの大きな掌が眼前に翳された。驚いて見上げると、ジェイクが申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「いや、俺の方こそ、悪かった――さすがに、過保護が過ぎたな」
「!」
瞳を瞬かせるルカに向かって、ジェイクはこれまでの、ルカの自主性を無視するような接し方を詫びてきた。
「俺は……まぁ、お前もわかってるとは思うが、お前のことを可愛いと思ってる。でも、だからって、必要以上に庇うのは間違ってるよな」
「………………」
確かにわかってはいたが、面と向かって言われるのは照れる。照れるし、何だか他人に聞かれると、ものすごく気まずい気もする。
――でも、ジェイクが自分を1人の男として認めてくれたような気がして、ちょっと嬉しい。
ルカの謝罪を拒んだのは翼竜の話を聞かせた時と同じでも、彼の心持ちがまったく違っているのは明らかだ。
「ジェイクはちゃんとしてるんだから、僕の分まで責任を負う必要はないんだよ」
格好をつけて偉そうに言ってみると、ジェイクはまぜっかえすかのように、ルカの頭を軽く小突いた。まったく痛くはなかったし、彼の表情はルカの心中を見通したかのように、優しく微笑んでいる。
「――全部お前の言う通りだよ」
小突いた箇所をやんわりと撫でてから、ジェイクが言葉を継いだ。
「俺は、自分の力を試してみたいとは思ってる。でも、家族や町のことを言い訳にして、挑戦することから逃げてただけだった」
「ジェイク……」
ある程度は予想していたものの、ジェイク自身の口から聞かされた本音に、ルカは胸を詰まらせた。ジェイクほどの人物であっても、知らない場所、広い世界には恐怖を覚えるものなのだ。自分の力が通用しなかった時のことを考えて、足が竦むこともあるのだろう。
力を持つ者としての義務感と、そこから逃げ出したくなる焦燥とに、ジェイクは身動きが取れなくなっていた。
――だが、きっと今は違う。自身の弱さを受け入れられた今なら、彼にとって正しい選択が出来るはずだ。
ルカの期待に応えるかのように、ジェイクは「昨日さ」と笑みを深める。
「家族に言ってみたんだよ、次に改めて魔王討伐隊の募集が掛かったら、志願したいと思ってるって」
「えっ!」
「そしたら、『いつ言ってくれるのかと思ってた』だってよ」
「……」
こっちは決死の覚悟で言い出したつもりだったんだがな、と肩を揺らすジェイクの精悍な顔は、どこまでも晴れやかだ。長年の胸の痞えが取れたのだから、それも当然なのかもしれない。
町の少年達の憧れ、強くて勇敢なジェイク。彼と出逢ったのは、ルカが9歳の時だった。こちらの世界でその頃近くにいた子供といえば、ユージーンのみ。どこまでも優しい彼に対して、子供らしく腕白でもあったジェイクと遊ぶのは、まったく別の意味でとても楽しかった。だからルカは無理をして、彼にトラウマ級のショックを植え付けてしまったけれど、後から祖母に聞いた話では、ジェイクは倒れたルカを、泣きながら背負って帰ってくれたのだそうだ。だからルカの、ジェイクに対する信頼は、一度も揺らいだことはない。
ずっとずっと、頼りになるお兄さんであり、自分よりも大人だと思い込んでいたジェイクも、ルカと同じように、悩んで、迷っていた。
何かしなければと考えあぐねていたのは、自分だけではなかったのだ。
「――ねえ、ジェイク。僕と一緒に、斥候隊に入ろうよ」
共感に突き動かされるまま、ルカは言った。ジェイクは驚いた風もなく、黙って話を聞いてくれる様子だ。
ここでルカはようやく、先日からずっと話したかったことを伝えることができた。祖母から斥候隊への加入を正式に認めてもらったこと。ただしそれには条件があって、戦う力のないルカを守ってくれる人を、3人連れて来なければならないということ。何より、この条件を満たすのは、ジェイクを置いて他には居ないと思っていること。
「……わかった」
ルカの願いを静かに聞いていたジェイクは、力強く頷いた。
その瞳には、最早一片の迷いもない。
「お前が魔王を倒す予言を受けて生まれたというなら、俺がお前を守ってやる。それが力を持って生まれた俺の義務であり、今の俺が何より望むことだ」
誠実な視線に射貫かれて、ルカは感動に身を震わせた。自信に満ちた宣言には、まるで彼こそが伝説の勇者かのような貫禄がある。
「……ジェイク……!」
――もう、カッコ良すぎるだろ!!
一番望んでいた回答を引き出せたことで、ルカは喜びを堪えきれず、思わずジェイクに抱き付いた。急に大樹から飛び降りてきたルカに驚いたジェイクは、それでもしっかりと抱き留めてくれる。
――こうしてルカは、祖母の条件の第一をクリアしたのだった。
「公子サマにも感謝しないとだな」
「フィンレー?」
ジェイクの口から思いも掛けない形で親友の名前が漏れて、ルカは小首を傾げた。
ポールベリーの幹に並んで腰掛け、ルカは祖母達よりも一足お先に、シェリルからのお返しを堪能させていただいている。彼女が魔物に襲われる遠因にもなった、元パティシエールのお婆さんから教わったレシピで作られたものだそうで、確かにとても美味しい。
小さな口でスイーツを頬張るルカの姿が小動物じみて可愛らしいとでも思っているのか、ジェイクは口許を隠すようにして、ひっそりと微笑んだ。
昨日の邂逅の顛末を聞かされ、ルカもまた顔を綻ばせる。
「そっか、フィンレーが……」
フィンレーには、まだ斥候隊結成についての詳細は報せていない。父であるボールドウィン卿から何らかの連絡は受けているかもしれないが、ベリンダの意図を知っているのは、現状ルカとユージーン、ジェイクのみだ。
事情を知らないはずのフィンレーがジェイクに苦言を呈したというなら、それは斥候隊へのスカウトに対するアシストではなく、ただ純粋にルカを想ってくれてのことに違いない。
「フィンレーって、ホント良いヤツなんだよね!」
親友の気遣いと、それを幼馴染みが認めてくれたことが嬉しくて、ルカはニコニコと笑み崩れたまま、タルトを最後まで食べきった。ユージーンもシェリルのお見舞いに行こうかと話していたところではあるし、お礼と感想を伝えるにはちょうど良い機会だ。
「……?」
ふと沈黙が気になって、ルカは顔を上げた。ジェイクはなぜか、考え込むような様子を見せている。
ルカが彼の名を呼ぶよりも、ジェイクが真っ直ぐにルカを見据える方が早かった。
「お前に変な虫が付かないように見張るのも、俺の役目だからな」
「は?」
真面目な顔で宣言された内容が理解できず、ルカはポカンと口を開けた。
変な虫ってフィンレーのこと? 普通に友達なんだけど? 男同士でも変な虫とか言うの?
――というか、さっき過保護は卒業するとか言ってなかったっけ!?
「………………」
ルカの中では怒涛のように疑問が芽生えたものの、見返すジェイクは真剣そのもので、迂闊な質問を投げ掛けることが躊躇われる。
二の句が継げずに瞳を瞬かせていると、ジェイクが柔らかく微笑んだ。優しい瞳でルカを見詰め、いつものように頭を撫でてくる。
――もしかしたら、フィンレーに「目に余る」って言われたこと、地味に根に持ってたりするのかな?
これも幼馴染みの意外な一面なのかもしれないと、ジェイクの行為に慣れてしまったルカは、ぼんやり考えた。
その直後、窓から二人の様子を見掛けたらしいユージーンが血相を変えて飛び出して来るまで、ルカは何となくジェイクに可愛がられ続けていたのだった。
第3話 END
庭に植えられた大きなポールベリーの樹は、幹の中ほどが強く湾曲しており、よじ登れば普段と違った目線で周囲の景色を楽しむことが出来る、天然の遊具だ。
小さな頃からこの場所がお気に入りだったルカは、生命力旺盛な大樹にもたれて、大空に鳥の描く軌跡を見るともなく追っていた。
祖母は町の名士からの個人的な依頼を受けて、魔法遺物の修理に当たっている。ユージーンも補佐として同席するからには、これが今日の修業であり課題ということになるのだろう。
1人手持ち無沙汰のルカは、お腹の上に雄ライオンのぬいぐるみ・レフを載せて、虫干しの真っ最中だ。大事な姉からの贈り物が日焼けで色褪せてしまわないか心配だったが、祖母が魔法での修繕を保証してくれたので、ひとまずは心置きなく屋外に連れ出している。
木々の向こうに鳥の姿が消え、ルカは何度めかの溜め息をついた。腹部が上下するのに合わせて、レフも大きく位置を変える。転げ落ちないように支える手で、そのまま触り心地の良い鬣を撫で回しながら、反省の波にどっぷりと嵌り込んでいく。
――ジェイクに嫌な態度を取ってしまった。
昨日1日を拗ねたまま過ごしたルカだったが、一晩開けたら、残っていたのは後悔だけだった。そもそもは斥候隊への加入を勧める予定だったのに、彼を怒らせてどうするというのだ。
しかも、偉そうに「話を聞いてやれ」と言いながら、自分こそ話を打ち切って帰ってきてしまった。こんなことでは、子供扱いされても仕方がない。まったく情けない話だ。
謝りに行くべきだろうか。でも。
こんな自問自答を、朝からずっと繰り返している。
「!」
不意に足音が聞こえた気がして、ルカは上半身を起こした。麓の町から続く一本道に姿を現したのは、ジェイクその人である。一瞬ドキリと心臓を高鳴らせたルカだったが、精悍な顔が気まずげな微苦笑を浮かべていることに気付き、胸を撫で下ろす。取り敢えず、怒ってはいないようだ――良かった。
「よう」といつものように挨拶を交わしてから、ジェイクは大きな身体には不釣り合いな、可愛らしくラッピングされた小さな箱を、ルカに手渡してきた。
「シェリルからだ。お見舞いのお礼だとさ」
「えっ、いいの? 何だろ」
「白桃のタルトだ」
どうやらお手製のスイーツらしい。わざわざ用意してくれるからには、怪我の方も順調に回復していると思われる。ジェイクがこうして店を空けられていることからも、シェリルは既に店番程度には復帰を果たしているのだろう。「動かないでいたら身体が鈍るわ」などと言っている姿が容易に想像できて微笑ましい。
「ありがと……」
お礼を言いながら、ルカは箱を受け取ろうとした。その腹部から、既に不安定な状態で何とか留まっていたレフが、コロリと転がり落ちる。
「!」
反応したのは、やはりジェイクが先だった。咄嗟にルカの両手の間にタルトの箱を落とし、レフの落下地点に素早く掌を差し伸べる。何という俊敏さだろう。
「……」
両手でレフを掲げ持ち、ジッと凝視するジェイクに、慌てたのはルカだ。いくら幼馴染みとはいえ、さすがに「この歳になってぬいぐるみを持ち歩いているイタいヤツ」だと思われるのは恥ずかしすぎる。
しかしジェイクは、感触を楽しむようにレフの身体をうにうにと揉み込んだだけで、何も言わずにルカの手に返してくれた。そのままいつも通り頭を撫でられながら、ルカは「ジェイクが可愛いもの好きで助かった」と冷や汗をかいていたのだが、実際のところ彼が口許を緩めていたのは、『ルカ✕レフ=可愛いもの2乗』を間近で眺めて満足したためだった。
鬣を整えたレフを、タルトの箱と共に安定の良い場所に並べて置いてから、ルカは改めてジェイクに向き直る。
「あの、昨日はごめんね」
謝罪を口にした途端、それを阻むかのように、ジェイクの大きな掌が眼前に翳された。驚いて見上げると、ジェイクが申し訳なさそうに眉根を寄せる。
「いや、俺の方こそ、悪かった――さすがに、過保護が過ぎたな」
「!」
瞳を瞬かせるルカに向かって、ジェイクはこれまでの、ルカの自主性を無視するような接し方を詫びてきた。
「俺は……まぁ、お前もわかってるとは思うが、お前のことを可愛いと思ってる。でも、だからって、必要以上に庇うのは間違ってるよな」
「………………」
確かにわかってはいたが、面と向かって言われるのは照れる。照れるし、何だか他人に聞かれると、ものすごく気まずい気もする。
――でも、ジェイクが自分を1人の男として認めてくれたような気がして、ちょっと嬉しい。
ルカの謝罪を拒んだのは翼竜の話を聞かせた時と同じでも、彼の心持ちがまったく違っているのは明らかだ。
「ジェイクはちゃんとしてるんだから、僕の分まで責任を負う必要はないんだよ」
格好をつけて偉そうに言ってみると、ジェイクはまぜっかえすかのように、ルカの頭を軽く小突いた。まったく痛くはなかったし、彼の表情はルカの心中を見通したかのように、優しく微笑んでいる。
「――全部お前の言う通りだよ」
小突いた箇所をやんわりと撫でてから、ジェイクが言葉を継いだ。
「俺は、自分の力を試してみたいとは思ってる。でも、家族や町のことを言い訳にして、挑戦することから逃げてただけだった」
「ジェイク……」
ある程度は予想していたものの、ジェイク自身の口から聞かされた本音に、ルカは胸を詰まらせた。ジェイクほどの人物であっても、知らない場所、広い世界には恐怖を覚えるものなのだ。自分の力が通用しなかった時のことを考えて、足が竦むこともあるのだろう。
力を持つ者としての義務感と、そこから逃げ出したくなる焦燥とに、ジェイクは身動きが取れなくなっていた。
――だが、きっと今は違う。自身の弱さを受け入れられた今なら、彼にとって正しい選択が出来るはずだ。
ルカの期待に応えるかのように、ジェイクは「昨日さ」と笑みを深める。
「家族に言ってみたんだよ、次に改めて魔王討伐隊の募集が掛かったら、志願したいと思ってるって」
「えっ!」
「そしたら、『いつ言ってくれるのかと思ってた』だってよ」
「……」
こっちは決死の覚悟で言い出したつもりだったんだがな、と肩を揺らすジェイクの精悍な顔は、どこまでも晴れやかだ。長年の胸の痞えが取れたのだから、それも当然なのかもしれない。
町の少年達の憧れ、強くて勇敢なジェイク。彼と出逢ったのは、ルカが9歳の時だった。こちらの世界でその頃近くにいた子供といえば、ユージーンのみ。どこまでも優しい彼に対して、子供らしく腕白でもあったジェイクと遊ぶのは、まったく別の意味でとても楽しかった。だからルカは無理をして、彼にトラウマ級のショックを植え付けてしまったけれど、後から祖母に聞いた話では、ジェイクは倒れたルカを、泣きながら背負って帰ってくれたのだそうだ。だからルカの、ジェイクに対する信頼は、一度も揺らいだことはない。
ずっとずっと、頼りになるお兄さんであり、自分よりも大人だと思い込んでいたジェイクも、ルカと同じように、悩んで、迷っていた。
何かしなければと考えあぐねていたのは、自分だけではなかったのだ。
「――ねえ、ジェイク。僕と一緒に、斥候隊に入ろうよ」
共感に突き動かされるまま、ルカは言った。ジェイクは驚いた風もなく、黙って話を聞いてくれる様子だ。
ここでルカはようやく、先日からずっと話したかったことを伝えることができた。祖母から斥候隊への加入を正式に認めてもらったこと。ただしそれには条件があって、戦う力のないルカを守ってくれる人を、3人連れて来なければならないということ。何より、この条件を満たすのは、ジェイクを置いて他には居ないと思っていること。
「……わかった」
ルカの願いを静かに聞いていたジェイクは、力強く頷いた。
その瞳には、最早一片の迷いもない。
「お前が魔王を倒す予言を受けて生まれたというなら、俺がお前を守ってやる。それが力を持って生まれた俺の義務であり、今の俺が何より望むことだ」
誠実な視線に射貫かれて、ルカは感動に身を震わせた。自信に満ちた宣言には、まるで彼こそが伝説の勇者かのような貫禄がある。
「……ジェイク……!」
――もう、カッコ良すぎるだろ!!
一番望んでいた回答を引き出せたことで、ルカは喜びを堪えきれず、思わずジェイクに抱き付いた。急に大樹から飛び降りてきたルカに驚いたジェイクは、それでもしっかりと抱き留めてくれる。
――こうしてルカは、祖母の条件の第一をクリアしたのだった。
「公子サマにも感謝しないとだな」
「フィンレー?」
ジェイクの口から思いも掛けない形で親友の名前が漏れて、ルカは小首を傾げた。
ポールベリーの幹に並んで腰掛け、ルカは祖母達よりも一足お先に、シェリルからのお返しを堪能させていただいている。彼女が魔物に襲われる遠因にもなった、元パティシエールのお婆さんから教わったレシピで作られたものだそうで、確かにとても美味しい。
小さな口でスイーツを頬張るルカの姿が小動物じみて可愛らしいとでも思っているのか、ジェイクは口許を隠すようにして、ひっそりと微笑んだ。
昨日の邂逅の顛末を聞かされ、ルカもまた顔を綻ばせる。
「そっか、フィンレーが……」
フィンレーには、まだ斥候隊結成についての詳細は報せていない。父であるボールドウィン卿から何らかの連絡は受けているかもしれないが、ベリンダの意図を知っているのは、現状ルカとユージーン、ジェイクのみだ。
事情を知らないはずのフィンレーがジェイクに苦言を呈したというなら、それは斥候隊へのスカウトに対するアシストではなく、ただ純粋にルカを想ってくれてのことに違いない。
「フィンレーって、ホント良いヤツなんだよね!」
親友の気遣いと、それを幼馴染みが認めてくれたことが嬉しくて、ルカはニコニコと笑み崩れたまま、タルトを最後まで食べきった。ユージーンもシェリルのお見舞いに行こうかと話していたところではあるし、お礼と感想を伝えるにはちょうど良い機会だ。
「……?」
ふと沈黙が気になって、ルカは顔を上げた。ジェイクはなぜか、考え込むような様子を見せている。
ルカが彼の名を呼ぶよりも、ジェイクが真っ直ぐにルカを見据える方が早かった。
「お前に変な虫が付かないように見張るのも、俺の役目だからな」
「は?」
真面目な顔で宣言された内容が理解できず、ルカはポカンと口を開けた。
変な虫ってフィンレーのこと? 普通に友達なんだけど? 男同士でも変な虫とか言うの?
――というか、さっき過保護は卒業するとか言ってなかったっけ!?
「………………」
ルカの中では怒涛のように疑問が芽生えたものの、見返すジェイクは真剣そのもので、迂闊な質問を投げ掛けることが躊躇われる。
二の句が継げずに瞳を瞬かせていると、ジェイクが柔らかく微笑んだ。優しい瞳でルカを見詰め、いつものように頭を撫でてくる。
――もしかしたら、フィンレーに「目に余る」って言われたこと、地味に根に持ってたりするのかな?
これも幼馴染みの意外な一面なのかもしれないと、ジェイクの行為に慣れてしまったルカは、ぼんやり考えた。
その直後、窓から二人の様子を見掛けたらしいユージーンが血相を変えて飛び出して来るまで、ルカは何となくジェイクに可愛がられ続けていたのだった。
第3話 END
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