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シーズンⅠ-19 AZUL

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 内田紗栄子はもうすぐ産休に入る。

 予定日は九月中旬。

 マタニティ姿で銀行内を歩くのも今週末で終わる。

 戻って来るのは四ヵ月ぐらい先になる、十一月の中旬か下旬だ。

 産休に入るまでに紗栄子は、中野家と手を結ぶための筋書きをつくり父親の許可を得て既に実行に移していた。

 茂上銀行の遠藤副頭取と交渉をおこなった。

「刻文聖也は次期刻文学園理事長ですがいずれ刻文全体を動かすことになるかも知れません。私の父刻文正和がそれを確約をすることはありませんが、それだけの逸材だと見ているのも事実です。刻文が中野家と縁組することは東北中に衝撃として伝わりましょう。中野家の一人娘を嫁に出すだけでも衝撃なのに嫁ぎ先が刻文の中枢の一つである刻文学園なので同業に当たる北部学園への宣戦布告と映るはずです。刻文はそのことを東北六家に知らしめたいのです。もちろん、遠藤副頭取にとっても橋渡しが出来た後で大きな見返りを用意してあります」

「私が両家の間に立てば中野壮一氏には刻文の本気度が伝わると思います。それだけに北部銀行に勤める身にとっては中野壮一氏は相当厳しい立場に立たされる可能性が出てきます。内々で中野氏と会い本心を探った上でお引き受けするかどうか決めさせていただきたい」

 遠藤副頭取は何回か中野壮一氏と二人だけで話し合いをもったようだったが、最終的に引き受けるとの返事が来た。

 遠藤副頭取への見返りは東北みらいホールディングの第三者割当増資を刻文銀行が引き受けることで次期頭取になるための実績づくりだった。

 副頭取の席は頭取になると確約されている席ではないので実績がモノを言う。

 遠藤副頭取が籍を置く茂上銀行は上場企業だが茂上銀行で検索しても株価は出てこない。

 上場しているのは茂上銀行と安西銀行を傘下に持つ東北みらいホールディングだからだ。

 数年前から北東北にある安西銀行の業績が思わしくなく南東北の茂上銀行が救済する形でホールディング会社をつくり、その下に茂上銀行と安西銀行が並列で入っているが実権は茂上銀行が握っている。

 地方銀行の収益は年々低下している。

 ホールディング会社の自己資本比率を高めることは健全経営の証になるのでその手柄を刻文銀行は遠藤副頭取に渡す。

 次に、刻文一族への根回し。

 紗栄子は刻文一族との根回しをどの順番でするのかを決めて父親の許可をもらい慎重に進めた。

 一族には東北州の州都に北部市が内定したと伝えることで危機意識を共有してもらうところから始め、北部宗家の敵である中野家との縁組をおこなうことは最も北部宗家の打撃になると説いた。

 縁組みはタイミングを見計らって公表する。

 最終的には州都になる北部市を刻文が牛耳る。

 これで刻文一族を納得させることができたが、北部を牛耳るのに失敗した場合の紗栄子への風当たりは相当にキツいものになる。

 それを避けるためにはどこかの時点で刻文一族を巻き込み北部制圧から抜け出せないように仕向けていく、その段取りを産休の間に作り上げるつもりだ。

 中野家からの返事と刻文一族の承諾はもらったが、最後に縁組みを刻文聖也に伝えることがまだ残されている。

 刻文聖也に伝える時は、紗栄子も同席させて欲しいと父親にお願いしてあった。

 紗栄子は政略結婚をしていない。

 父親も兄の正臣も政略結婚だが、もっともそうすべきである紗栄子がしなかったことを父親は許してくれた。

 いま目の前でそれがおこなわれようとしている。

 聖也は中野塔子と会ったこともなければ、名前さえ聞いたこともないはずだ。

 支配者の器である聖也は自分で結婚相手を選ぶべきだし誰にも左右されるべきではないのは分かっていたが、すべての段取りが終わったあとで本人に伝えるという残酷な展開にならざるを得なかった。
 
 聖也の答えは「お受けします。両親には私から伝えます」というもので、顔を見る限りでは迷いとか疑問とかはまったく見せなかった。

 これで流れは決定的になった。

 この流れはいずれ東北六家をすべて巻き込んでいく。


**** 
 

 紗栄子は友人の島崎若菜に連れて行ってもらった会員制倶楽部『アズール』にあれから独りで足を運ぶようになった、気に入ったのだ。

 かと言って紗栄子が女性同士に興味を持ったわけではない。

 懐妊祝いをしてもらってから一週間後には紗栄子は独りでアズールにいた。

「あらっ、嬉しい。また来てくださったのね紗栄子さん」

 カウンター席に腰を下ろした紗栄子にアズールのママはカウンター越しに満面の笑顔で話し掛けて来た。

 ホントに嬉しそうに見える。

 ママの笑顔は仕事用だと分かっていても紗栄子も釣られて笑顔になる。

「ママ、私の名前覚えていてくれたんですね」

「もちろんよ。キャリアウーマンって大好物なの教えたでしょ」

 そうだった。

 紗栄子を狙っている感じは微塵もないがそういうことにしておこう。

「この前、楽しかったので。気分転換にいいかなって」

「妊婦さんにしてはいい心掛けだわ、きっと胎教にも良いと請け負いますわ。もうすぐお店の女性《こ》達が来るんでゆっくりしていってね」

 ママからは、ここは安心して一人で過ごせる場所だと言われた。

 お店の女性たちは服装だけ見ると全員が男役だ。

 初めて来た時から気にはなっていたが、それはママが決めたアズールのコンセプトだと出勤してきた女の子に教えられた。

 その上、実際の彼女達が攻め側なのか受け側なのかも彼女達が自分から言うことは禁止れているので本人から直接教えられることは絶対にない。

 お客側が彼女達との会話から見抜いていくしかない。

 紗栄子にはまったく判別がつかない。

 在籍している女性達は十数名もいるそうで曜日によって三、四名が交代でお店に出ている。

 女性限定で恋愛の発展場でもあるお店は東北でも刻文にしかないし数も少ない。 

 その中で最大規模がアズールだそうで料金七千円のお店だが東北中から女性たちがやってくると教えられた。
 
 紗栄子は一人なのでボックス席だとお店の子を独占してしまうのでカウンターでいろんな子の話を聞くほうを選んだ。

 お腹が目立つ前にという思いもあり三回目は同じ週にまた来てしまったが、その時にまだ若いんだけど彼女達が攻め側なのか受け側なのかを正確に見抜く凄いお客がいると聞いた。

 そのお客の席に一度着いただけで見抜かれると彼女達の誰もが言っているんだけどとママが教えてくれた。

「凄いんですね。一度お話ししてみたい気もする」

「妊婦さんは好奇心旺盛だわね。来週あたり来るかも、その子はバイトでお金が貯まったら高速バスで来るのよ」

「それもまた凄いですね。・・・でも、誰かの紹介がないとアズールは無理ですよね」
 
「うちの常連さんの紹介だったのよ、資産家の奥様だけど。奥様が来る時は車か新幹線で来る。最初に連れてきただけであとは一緒に来たことは確かなかったと思う」

「どの辺りから来てるのかしら」

「食いついてくるわね。そんなに会ってみたいのね」

「私に無いものを持っていそうな気がするってのが正直なところかな。結構、直観を信じちゃうんです」

「りょうかい。来たらメール入れてあげる」


****


 アズールのママに紹介されたそのお客は本当に若かった。

「お姉さんって妊婦さんなんだってママから聞いたけど、そんな感じしないですね」

「もうすぐ目立つようになるので夜のお遊びも控えるつもり」

「私を待っててくれたみたいだけど、会ってみてがっかりしなかったですか。名前は工藤有佳、北部市から来ました」

「がっかりだなんて、噂以上に若いんで驚いたけど。私は内田紗栄子、去年三十路になっちゃたけど」

「紗栄子さんって言うんですね。ちょうど一回り違うけどそんな感じしないです。バリバリのキャリアウーマンって感じ。とても綺麗だし素敵としか言いようがない。これ、お世辞じゃないです」

「ありがと。お世辞じゃないって最高の誉め言葉だわね、素直に嬉しいかも」

 紗栄子は工藤有佳と電話番号とメールアドレスを交換してその日は終わった。

 一か月ぐらいして工藤有佳からアズールに来る日がメールで送られてきたので、お腹が目立ち始めていたが紗栄子もお店に行き、ママに冷やかされながら再会を祝した。

 紗栄子にとって工藤有佳と話をすることがこんなにも新鮮なことだとは、そこまでは思ってもいなかった。

 女性の見方が紗栄子とは違っている。

 二人でボックス席に座り、お店の子がついた時に話す会話の上手さにも驚いた。

 さらに、お店に来ているお客さんを見た感じで次々と解説していく工藤有佳に感心した。

 当たっているかどうかではない。

 解説が的を得ているように思えるのが凄かった。

 お互いの素性はほとんど話していない。

 紗栄子が知ったのは工藤有佳が看護学生だってことだけ、紗栄子の方も銀行に勤めているとしか伝えていない。

 どちらにしてもお産が終わるまでもうアズールに行くことはない。

 スキニーパンツがこれほど似合う女性を見たことが無いと工藤有佳に言われたことがアズールに通っていて一番嬉しい出来事だった。



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