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28 アンジェラ王女とエリック カイルSIDE①
しおりを挟む「おはよう! 大聖女サクラ」
「師匠……いい加減からかうのは止めてください!」
ケセラの町から王宮に戻り、もうこの会話のやり取りも何度目だろう。サクラは飽き飽きしているようで、ジャレドをジロリと睨んでいる。それでもそう呼ぶのは彼だけじゃない。むしろ今回の事件を知らない人たちほど、サクラを聖女ではなく「大聖女」と呼んでいるのだ。
「そりゃあ、魔法陣もないのにサクラ一人の力で結界を張り直したんだよ? しかも今回の結界は内側だけじゃなく外にも影響があるからね。隣国のサエラからは瘴気が減っていると感謝の手紙が来ているよ」
サクラの作ったあの虹色の結界は、この国だけじゃなく外国にも影響を与えるすごいものだった。彼女に言うつもりは全くないが、アルフレッド殿下には隣国からサクラに結婚の打診があったらしい。
(殿下と婚約していないことでサクラに相手がいないと思ったらしいが、ケセラから帰った当日に婚約して良かった……)
しかし彼女のなかでサエラ国について思うことは、結界で感謝されることよりも別のことらしい。ほんの少し顔を曇らせ、言いづらそうに話し始める。
「……サエラ国といえば、アンジェラ王女の結婚は取りやめになったのですか? エリックも今はどこに?」
あの二人に関しては、すべてジャレドが後始末をしてくれた。あの日かなり遅く合流したジャレドから聞いたところによると、すぐにアルフレッド殿下に連絡し二人は捕縛されたらしい。
その後のことも俺はもちろん知っているが、サクラは知らない。いや知らなくていいと思っている。しかしなにも説明しないままも良くなかったみたいだ。彼女はのらりくらりと質問をかわす俺ではなく、ジャレドに聞くことにしたらしい。
罪人の罰など知ってほしくない俺が眉間にシワを寄せると、ジャレドはそれを見てフッと笑い、サクラに説明し始めた。
「ああ、そりゃ気になるよね。怖がらないで聞いてほしいのだけど、アンジェラ王女たちは術返しにあったみたい。口封じの呪いは術を壊したのではなく俺が吸い取ったから良かったけど、忘却の呪いは結界が壊れたからね。魔術がそのままあの二人に返ってきたみたいだ」
それを聞いたサクラは「そうなんですか……」と呟き、さほど驚いていないようだった。ジャレドもそれに気づいたようで「驚かないの?」と聞いている。
「私の国でも諺で悪いことをしたら自分に返ってくるとか、術を使ったらそれが破られて呪ったほうが苦しむという話があるんです。もちろんこの世界みたいに本当の魔術じゃなくて、おとぎ話みたいなものですけど。なんとなく予想はしていました」
サクラはふうっとため息を吐くと、そっと俺のほうに近寄った。やはり聞いたら怖くなったのかもしれない。俺が彼女の肩を抱き寄せると、胸に頭をのせ寄りかかっている。
「でも魔術が返ったということは、二人に忘却の呪いがかかったのですか?」
「ちょっと違うかな。二人は高熱が出て、今までの記憶がないみたいだ。だから話が通じない状態でね。仕方がないから王女は王宮の離れにある塔に一生幽閉となるだろうね。エリックもここからかなり遠い場所にある牢屋で過ごすだろう」
「そうですか……」
あんな目にあったのに、サクラは二人のことを考え落ち込んでいるようだ。犯罪を犯したとはいえ、後味が悪い結果を知るのは嫌なのだろう。
慰めるように彼女の頭をなでるが、サクラはなかなか気持ちの切り替えができないようだ。暗い顔でため息を吐いている。するとそんな重い空気の部屋の扉が開き、アメリの明るい声が響いた。
「サクラ様! そろそろ結婚式のお衣装合わせですよ!」
その瞬間、サクラの顔がパッと明るくなった。そして大きく深呼吸をすると、アメリのほうを振り返る。
「そうだった! ありがとう、すぐ行くね! じゃあカイルまたね。師匠もブルーノさんもまた夕食で!」
俺の腕からスルリと抜け出すと、サクラの興味はアメリに移ってしまった。二人は「素敵なドレスがいっぱいですよ」「楽しみ!」と、きゃあきゃあ騒いで楽しそうだ。残念だが今回は俺よりも、親友との楽しい時間が彼女には良かったみたいだな。
しかし反対に暗い顔をしているのがブルーノだった。お茶の準備をしながらため息を吐き、なにか言いたそうにジャレドを見ている。もちろんその視線に彼が気づかないわけがない。
「どうしたんだい、ブルーノ。この結末は不満かい?」
ほんの少しからかいの色が混じったジャレドの言葉に、ブルーノはさらに眉間にシワを寄せる。
「だってそうでしょう? 自分たちがした行いを覚えておらず、ただ幽閉されて終わりだなんて。エリックはまだしも、王族であれば良い食事や衣服を与えられます。サクラ様にした仕打ちを考えると、私はとても許せないのです!」
ブルーノはいつも穏やかで優しい青年だ。こんな声を荒げ、怒る姿を初めて見た。ジャレドはそんな彼を見て笑っているが、その笑顔の奥には薄暗いなにかが感じられた。
「おいおいブルーノ、君も教会の者だろう? それならさっき僕がサクラに伝えたことが嘘だって見抜いてくれなきゃ」
「え……? 嘘だったのですか?」
ジャレドは湯気が立つお茶をふうふうと冷ましながら、ブルーノを見上げる。
「そうだよ~嘘も嘘。サクラの聖魔力を利用した呪いをかけたんだよ? しかも二人は自分たちの記憶を留めておくために、魔法陣を書くインクに血を混ぜていた」
「そ、それでどうなったのですか?」
ブルーノの急かすような声に、ジャレドの目がほんの少し光った。
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