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26 忘れない想い

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「サクラ! 大丈夫か!」


(えっ? この声はカイル……?)


 私の元に駆け寄ってきているのは、たしかにカイルだった。彼が助けに来てくれた? なぜ? どうやってここに来たの? いくつもの質問が頭を駆け巡り、私は返事をすることも忘れ、ただただ彼の姿を見つめていた。


「カ、カイル。私のこと、覚えてるの?」
「なんのことだ? サクラを忘れるわけないだろう?」


(忘れてない? じゃあ忘却の呪いは失敗したってこと? でも一度目のことまでは思い出してないみたい……)


 何が何だか分からないという思いで呆然としていると、カイルが素早く木とつながっている縄を切ってくれた。そして忌々しいものを見るような目で魔法陣を破り捨て、今度は私の手首の縄を切り始める。


「どうやって、ここがわかったの?」
「王女が使った転移の魔法陣を復元したんだ。しかしそれでかなりの魔力を使ったからジャレドはここには来れなかった。それに俺もかなりの魔力を――」


 そう言ってカイルが縄を切り、ほどいてくれている時だった。一瞬、彼の足の隙間に誰かの手が見えた。その青い魔力を帯びた手には魔法陣が描かれた紙があり、私はすぐさまカイルに向かって叫んだ。


「カイル! 逃げて!」
「ぐっ!」


 私の叫びもむなしく足元の魔法陣は一瞬で発動し、カイルはうめき声をあげ倒れた。倒れる寸前カイルは私の体を突き飛ばし、ケセラの町のほうを指差す。


「サ、クラ……逃げ……ろ」
「カイル! そんな……! もしかして魔力を吸われたの?」
「……ああ……やら、れた」


 さっきエリックが言っていた。魔力を一気に吸い上げると成人男性でも気絶する魔法陣だって。かなりの魔力を使ったと言いかけてたカイルは、ほとんど魔力がない状態だったのだろう。


(ただでさえ魔力が少ないのに、これ以上吸われたらカイルが死んでしまう!)


 私は落ちていたナイフを拾い、足首の縄を切り立ち上がった。体に力が入らずふらつくけど、そんなことを言ってる場合じゃない。


(魔法陣からカイルを出さなきゃ! ずっと吸われっぱなしになってしまう!)


 私はありったけの力を出し、カイルの体を引っ張り始めた。一度発動してしまうと紙は燃え、魔法陣は地面に焼き付いてしまう。もっと私が早くエリックの動きに気づいていれば、こんなことにならなかったのに!


「絶対に! 助けるから……!」


 健康な状態であっても、ぐったりとした男の人を運ぶのは困難だ。私が助けようと頑張っている間も、どんどんカイルの魔力は魔法陣に吸い取られていく。


「う……うう」
「カイル……頑張って……!」


 ようやく魔法陣から引っ張り出した時には、カイルの顔は青白く、唇が乾いて白くなっていた。唸り声すらも出せず、浅い呼吸を繰り返している。


「だ、誰か……」


(今の私には魔力がない。同じ聖魔力じゃないけれど、少しでも体に魔力が入れば助かるかもしれない!)


 しかし近くにいるのはエリックとアンジェラ王女だけ。エリックもさっきの魔術で魔力を使い果たしたようで、地面に倒れピクリとも動かない。残ったアンジェラ王女はというと、地面に尻もちをついた状態で私たちを青ざめた顔で見ていた。


(もう王女の魔力でもいい! カイルを助けなきゃ!)


「アンジェラ王女! カイルに魔力を流してください! 全部吸い取られて死にそうなんです!」


 王女だってカイルを愛しているはずだ。すぐに協力してくれるはず。それなのにアンジェラ王女は一歩後ろに下がり、首を横に振った。


「無理よ! 私だって転移の魔術で減ってるもの!」
「そんな! このままじゃカイルが死んじゃうわ! そうだわ! アルフレッド殿下に連絡する手段は持っていないのですか?」


 カイルは旅の途中でも魔術で手紙を受け取っていた。私は使ったことがないけれど、アメリさんだってその方法を使っていた。きっとアンジェラ王女だって――!


 しかしその希望も、王女は当然のような表情で打ち砕いだ。


「いやよ! こんなことになってるなんて知らせたら、お兄様は怒って私を一生塔に閉じ込めるわ! もうカイルなんていらない!」


 子供のようにそう叫ぶと、アンジェラ王女は森の奥に逃げていった。


(信じられない……あんなにカイルに執着しておきながら、結局は自分が一番大事だっていうの?)


 師匠も魔法陣の復元で魔力を使ってしまって、ここには来れない。私も魔力を全部吸い取られてしまった。もうカイルを救う手段が思いつかない……。


(どうして? 神様は私たちに聖魔力を授けたんでしょう? 私もカイルもいっぱいこの国のために頑張ったよ? それなら助けてよ……!)


「うっ……ゲホッ……」
「カイル!」


 カイルがつらそうに咳き込んでいる。首元までボタンが閉まっていて、苦しいのかもしれない。私は少しでもラクになってもらおうと、カイルのシャツのボタンを急いで外した。その時だった。


 カシャンと金属がこすれるような音がした。


「これは……」


 カイルの胸元でなにかがキラリと光っている。


「カイル……!」


 そこにあったのは、二人で贈りあったネックレスだった。細いチェーンの真ん中にお互いの魔力を入れた小瓶がついていて、私がカイルの首にかけてあげたのだ。


(ずっと持っていてくれたの? 私のことを覚えていない時もずっと……)


「カイル、待っててね。絶対に助けるから」


 私はその小瓶を握ると蓋に手をかけた。ゆっくりと慎重に。この中にある私の聖魔力を絶対に取りこぼさないよう、私はそっと瓶を開けた。
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