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23 アンジェラ王女の怒り ケリーSIDE①
しおりを挟む「お兄様! なぜですの? なぜ私が隣国サエラなんかに嫁がなきゃいけないのです?」
王族とその護衛をする騎士しか入れない豪華な部屋で、この国の王女であるアンジェラ様の叫び声が響いている。俺が今護衛しているその人は妹である王女の荒ぶる様子に、もう何度目なのか忘れてしまったくらいのため息を吐いた。
(おっと、アルフレッド様の後ろにいる俺のことも睨み始めたな……)
殿下の護衛として王族の話し合いの場にいるのは初めてのことだ。たいがいこういった場にはカイル団長がつくもので、俺がここにいることすらアンジェラ王女には腹立たしいのだろう。
(しかし噂では聞いていたが、陛下は王女を甘やかせすぎたな)
アルフレッド殿下の母親である王妃様は、産後の体調不良で崩御されている。そのあと数年後に側妃様からお生まれになったのがアンジェラ王女。その側妃様も王女が五歳の頃に流行り病でお隠れになってしまった。
そこからだ。陛下はことさらアンジェラ王女を甘やかし、十六歳になられた今では手が付けられないほどの我儘ぶりだ。
(王女の母親にあたる側妃様が陛下の長年の想い人だったという噂がある。それが真実なら愛する人の忘れ形見で甘やかしてしまったのだろう……。本来なら塔に幽閉するくらいの処罰が必要なのだが証拠がない)
救いはアルフレッド殿下が真面目で優秀だったこと。またその殿下を陛下が冷遇しなかったことで、水面下では陛下の退位とアルフレッド様が即位する準備が進められている。きっと王女はそういったことも知らないのだろう。
殿下が睨みつけても、陛下に強請れば願いが叶うと思っているようだ。
「サエラなんかとはなんだ! そのような見下した態度で隣国に嫁いだら大変なことになる。夫や国民に大事にされなくてもいいのか?」
「かまいませんわ! わたくしはカイルと結婚するのですから! そうでしょう? お父様!」
話を向けられた陛下はお付きの者に支えられながら紅茶で喉を潤していた。最近は表に出ることもなくなり、もっぱらアルフレッド殿下が国王の役割を担っている。
(陛下はアンジェラ様には甘いが、アルフレッド殿下のことも認めていらっしゃる。それならばきっと……)
陛下は数回咳き込むとアンジェラ王女を申し訳無さそうな顔で見つめ、ようやく口を開いた。
「いや……しかしだな。アンジェラから聞いていた話ではカイルと想い合っているというから、王命で婚約させたのだ。しかしカイルが聖女である女性を愛しているのなら話は別だ。聖女は私と同じ地位にあたる稀有な存在。それに以前からカイルの父親であるラドニー侯爵からも、婚約を考え直してほしいと言われていた」
「ま、まさかお父様……!」
王女は自分の願いが陛下に断られるとは思ってもみなかったのだろう。信じられないものを見るような目で、一歩また一歩と後ずさりしている。
「諦めろ、アンジェラ。サエラ国では第三王子と婚姻を結べる。我が国オズマンドよりは厳しい気候だが、王族でいられるのだ。アルフレッドに感謝しなさい」
「そ、そんな……! 嫌よ! 絶対にわたくしはカイル以外とは結婚しないわ! カイルがあの女を愛してるはずないもの! わたくしはそんな馬鹿げたこと信じないわ!」
(まあ、王女が言っていることもわからないではない。あの堅物で真面目が服を着たようなカイル団長が、一人の女性のために命をかけ、しかも体にベタベタとさわっているのだ。俺もこの目で見ていなかったら信じられなかっただろう)
数日前、突然王宮に現れたサクラ様。最初は何者かに操られた者か、それとも俺たちを欺こうとしている魔術師かと思っていたが。まさか聖女様だったとは。
しかも一年前、俺も一緒に瘴気を浄化する旅をしていたという。カイル団長も一緒だったことから、そうとうこの国で優遇されていたのだろう。しかもあの変人と噂の天才魔術師ジャレドが、自分の命を削ってでも助けた女性。
よく考えてみれば自分もそして殿下や司教様も、初めて会ったはずのサクラ様に対して親身になっていた気がする。団長ほどではないが彼女に好意的な気持ちがあるのだ。彼女の言うことは本当だと信じられるし、最初に団長が彼女を救うと聞いた時も受け入れることができた。
(俺も早く思い出したい……)
俺には聖女の浄化がどういうものか記憶がない。しかしジャレドいわく浄化は一度体内に瘴気を入れるため、体にかなりの負担があるらしい。
――かわいそうに。浄化の時だって高熱を出しながら、この国のために頑張ったのにね。
ジャレドが言った言葉が忘れられない。きっと俺も一緒に旅をしたから、サクラ様の頑張りを見ていたはずだ。
それなのに目の前の王女はどれだけの国民が瘴気で苦しんでいるかも見ようとせず、今も聖女の大切さをわかっていない発言を繰り返している。
「いやよ! 聖女がなんだっていうの? そうだわ! そんなに大事だって言うなら、いっそあの女を隣国に嫁がせれば――」
「いいかげんにしろ!」
身勝手な王女の言葉に、とうとう殿下が声を荒げ立ち上がった。
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