上 下
35 / 54

20 忘却の呪いの解き方②

しおりを挟む
(どうしたんだろう? 疲れてるのかな?)


 私が隣でじっと見つめていてもカイルは視線に気づかない。なにか考え込んでいるようだから、そっとしておこうかな。そう思った私は再び師匠の話に耳を傾けた。


「魔法陣はすぐ作れるから、それまではいっぱいカイルに聖魔力をもらっておいて――ケホッゲホッ」


 話の途中で急に師匠が咳き込んだことで、私の視線がカイルから師匠に移った。しかも顔色も悪くて汗をかいている。私はあわててジャレドの元に駆け寄った。


「師匠! 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「……ああ。ほら、今日はみんなに責められるし、いっぱい喋ったから疲れちゃった~」


 ヘラリといつもの調子で笑っているけど、やっぱりつらそうだ。私が背中をさすると、シャツが汗で濡れている。すると司教様が師匠の肩をポンと叩き、ブルーノさんたちを呼んでくれた。


「ジャレドを客室に案内してやってくれ。今日はもうみんな疲れているだろう。昼の食事もまだだったから休憩しよう」


 そういえば今日はいきなり師匠が現れて、そのうえ王女たちまで来たからまだ昼食を食べてなかった。そのことに気づくと、とたんにお腹が空いてくる。思わず音が鳴りそうなお腹を押さえると、それを見た殿下がクスッと笑って立ち上がった。


「では私は王宮に帰ります。カイル、ケリーを貸してくれないか? アンジェラたちの対処をしたら、報告がてらまた教会に戻ってもらおうと思うのだが」
「わかりました。ケリー頼んだぞ」
「は!」


 そのまま急ぎ足で殿下とケリーさんは部屋から出て行き、師匠も客室に案内されて行った。残った私たちは司教様の計らいで、アメリさんやブルーノさんも一緒に食事を取ることになった。


「うわ~! 教会のシチューだ! 嬉しい!」
「サクラ様はシチューがお好きなんですか? 他にどんな好物がありますか? 私知っておきたいです!」


 懐かしい味を満喫していると、アメリさんとブルーノさんが興味津々の顔で私を見ていた。


(最初に召喚された時も、こうやって私の好みを知りたがってたなぁ。記憶がなくてもまたこうやって親しくなれるなら楽しい!)


「えっと、まずはこの野菜たっぷりのシチューでしょう。あとはデザートのフルーツプディング。塩味の白パンも好きだよ! あと、アメリさんも大好きな野いちごのジュースも!」


 そう言うとアメリさんは目をキラキラさせて喜んでいる。


「私の好みも覚えてくださっているんですね! 料理人も喜びます!」
「ミリアさんだよね! 彼女の作るお惣菜のパンが大好きだって伝えてほしい!」
「ふふ。わかりました!」


 今日はちょっと甘みのある黒パンだけど、もちろんこれも美味しい。焼き立てのパンを食べられるのは、日本で暮らしていた私には贅沢な食事だ。


「他にはありませんか? 私たちが以前していたことがあれば教えてください」


 今度はブルーノさんが質問してきた。基本的に身の回りの世話はアメリさんがしていたけど、私は彼からもらって大事にしていた物があった。


「あのね、ブルーノさんが作ってくれた花のポプリが欲しいの。ブルーノさんの生まれた地方に咲く花で、枕に入れるとよく眠れるからってプレゼントしてくれたんだけど……わかるかな?」


 するとブルーノさんの優しいブラウンの瞳が一気に輝き出した。


「シュリの花ですね! もちろんですとも! すぐに作ってお渡しします! うわあ……嬉しいな。サクラ様は本当に私たちと仲良くしてくれていたのですね」


 二人は顔を見合わせ、本当に幸せそうにほほ笑んでいる。私もその姿を見ているだけで、まるで昔に戻ったみたいで嬉しくなってきた。


(話せるって最高! さすがに二人の恋心については聞けないけど、記憶が戻ったら根掘り葉掘り聞いちゃうからね!)


 含み笑いをしながら隣に座るカイルを見ると、また彼の表情は落ち込んでいるように見えた。


「カイル? さっきからどうしたの? 体調が悪いの?」


 そっと服を引っ張り様子をうかがうと、カイルは心配する私を苦笑いして見つめ返した。


「……いや、そんなことはない。ただ今日はいろいろあったから情報を整理するのが大変だったんだ。そうだ、サクラ。食べ終わったようだから少し散歩しないか?」
「うん! 行きたい!」


(そうだよね。混乱してるのは私だけじゃない。いきなり犯罪者だと思ってた私が聖女で、しかも過去に一緒に過ごしてたなんて聞いたら驚いて当たり前だよ)


「中庭にでも行こうか。今の時期なら花が綺麗だと思う」
「そうだね。ちょっと外の空気を吸いたいし」


 食堂から外に出ると私たちは一階に降り、中庭に向かって歩きだした。教会は召喚されてからずっと過ごしてきた場所だ。私が迷いもせずスイスイ歩いていくので、カイルは「やっぱりサクラは聖女なんだな」と呟いている。


「懐かしいな~! あれ……あそこ」


 目に入ってきたのは、中庭とは逆方向に進む廊下だ。一度目の召喚でよく通ったその先にある場所を思い出し、胸がドクンと跳ね上がる。あそこは、あの先には。心臓がトクトクと早鐘を打ち、気づいたら私はカイルの手をつかんでいた。


「カイル! こっちに来て!」
「え? どうしたんだ急に?」


(お庭も良いけど、もっと素敵なところがあったの思い出した!)


 私は戸惑うカイルをぐいぐい引っ張り、その場所に連れて行く。その行動さえすごく懐かしくて、ほんの少し目の奥が熱くなってきた。


「ここは……?」
「ここは私が瘴気の浄化を練習してた場所なの。それとカイルとの思い出の場所!」


 初めてカイルと会った日、私が聖女だと証明するために浄化を見せた練習場。この場所はあの時とまったく変わりなく、カイルと一緒にいるとまるで時間が戻ったようにすら思える。


 私はくるりと振り返ると、少し照れくさそうに微笑むカイルに昔話をすることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

今日であなたを忘れます〜公爵様を好きになりましたが、叶わない恋でした〜

桜百合
恋愛
シークベルト公爵家に仕える侍女カリーナは、元侯爵令嬢。公爵リンドへ叶わぬ恋をしているが、リンドからは別の貴族との結婚を勧められる。それでもリンドへの想いを諦めきれないカリーナであったが、リンドの婚約話を耳にしてしまい叶わぬ恋を封印する事を決める。 ムーンライトノベルズ様にて、結末の異なるR18版を掲載しております(別タイトル) 7/8 本編完結しました。番外編更新中です。 ※ムーンライト様の方でこちらのR-18版掲載開始しました!(同タイトル)

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

偽聖女の汚名を着せられ婚約破棄された元聖女ですが、『結界魔法』がことのほか便利なので魔獣の森でもふもふスローライフ始めます!

南田 此仁
恋愛
「システィーナ、今この場をもっておまえとの婚約を破棄する!」  パーティー会場で高らかに上がった声は、数瞬前まで婚約者だった王太子のもの。  王太子は続けて言う。  システィーナの妹こそが本物の聖女であり、システィーナは聖女を騙った罪人であると。  突然婚約者と聖女の肩書きを失ったシスティーナは、国外追放を言い渡されて故郷をも失うこととなった。  馬車も従者もなく、ただ一人自分を信じてついてきてくれた護衛騎士のダーナンとともに馬に乗って城を出る。  目指すは西の隣国。  八日間の旅を経て、国境の門を出た。しかし国外に出てもなお、見届け人たちは後をついてくる。  魔獣の森を迂回しようと進路を変えた瞬間。ついに彼らは剣を手に、こちらへと向かってきた。 「まずいな、このままじゃ追いつかれる……!」  多勢に無勢。  窮地のシスティーナは叫ぶ。 「魔獣の森に入って! 私の考えが正しければ、たぶん大丈夫だから!」 ■この三連休で完結します。14000文字程度の短編です。

処理中です...