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16 アンジェラ王女と聖女の魔力①

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「王女がここに何をしに……まさか! サクラが生きていることに気づいたのか?」


 するとその問いに答えたのは、意外にもブルーノさんだった。


「それがカイル様。王女様は手紙に書いたことを確かめに来たと、おっしゃられておりました」
「手紙……ふむ。ならば、サクラさんの死体が報告されていないか、確かめに来たということか」
「サクラの死体? なんのこと?」


(そういえば、師匠は話し合いが終わってから転移してきたから、私が処刑されそうになったこと知らないんだ)


 きょとんとしているジャレドに、カイルが王宮であったことや処刑について詳しく説明している。するといつも明るい師匠の顔が、ほんの少し曇った。


「……そうか、なるほど。なら君たちは奥の部屋に隠れていればいいよ」
「ジャレド、おまえ変なことをするつもりじゃないだろうな?」


 司教様の目にも師匠の変化がわかったらしい。不安そうに見ては「おまえも奥で待っていてもいいんだぞ」と勧めている。


「大丈夫だよ~。もしかしたらサクラが教会に匿われていることに気づいてるかもしれないだろう? その時に王女がどんな強引なことをしてくるか、わからないからね。僕は奥に続く扉の近くで立ってるだけ~」


 ニコリと私たちに向かってほほ笑むと、師匠は「ほら行った行った」と私とカイルを奥の部屋に押し込んだ。パタンと扉が閉まる瞬間「君たちこそ二人っきりだからって、変なことしちゃダメだよ~」と聞こえてきた。


 師匠はいつもどおりを装っているのだろうけど、それを聞いたカイルは顔を真っ赤にしている。本当にこういった軽口が苦手なのだろう。


「俺は、そんなことはしないからな。安心してくれ」


 ドンと胸を叩いてそう言うと、私を守るように扉の前に立った。私も扉に耳を当て、これから行われる会話を聞こうと準備をする。


 そうしてしばらくたった頃、さっきまで私たちが居た応接室に誰かが入ってきた。


「まあ! 貧相な部屋ですこと。こんなところに王族であるわたくしを案内するなんて、ひどい扱いですわね」


(第一声がこれか……)


 あまり親しくなかったのでろくに話したことはなかったけど、予想以上にワガママに育てられているみたいだ。礼儀作法に厳しいカイルは怒っているのか、肩が震えている。


(すっかり忘れてたけど、カイルとアンジェラ王女は婚約してるのよね。でもこの様子じゃ、それもなにかの策略なのかもしれない。師匠に口封じの呪いを解いてもらったら、絶対にカイル本人に聞こう!)


 そう決意してまた耳を澄ますと、今度は聞き覚えのある男の人の声が聞こえてきた。


「アンジェラ王女。教会は主に寄付で成り立っている質素な団体です。王女様にはふさわしくない場所ではございますが、少しの辛抱ですよ」
「あら! ただ祈って物乞いをしているってこと? かわいそうな人たちねえ」


 今度は私が怒りで震える番だった。


(聖教会は祈ってるんじゃなくて、浄化してるの! 瘴気があったら集めて、国民が病気にならないように頑張ってるのに!)


 もちろんこの教会の人たちは、私のようにたくさんはできないし不完全な浄化らしい。でも司教様が各地に出向いて、コツコツと瘴気を見つけては取り除いているのだ。


(今なら林檎だって握りつぶせそう! 本当にこのワガママ王女、ムカムカする! それにこの男の人の声、誰だっけ……?)


 イライラしながらもその声の主を思い出そうとしていると、カイルが小声で答えてくれた。


「この声はエリックだ。アンジェラ王女の家庭教師をしているが、サクラは彼のことも覚えているか?」


(そうだった! たしか私が王宮に現れた時に、私のことを拷問しろって言った人だ!)


 私はコクコクとうなずくと、壁越しにいるであろうアンジェラ王女たちを睨んだ。それでも苛立つ私とは違い、司教様は穏やかな声で王女たちに対応している。師匠も一言も話さず、気配すら感じない。


 そして用意されたお茶に散々文句を言った頃、アンジェラ王女は本題に入った。


「それで、手紙にも書いたとおり、王宮に不法侵入した犯罪者の死体は見つかりましたの? わたくしあの女のことを考えると、怖くて眠れませんわ。しっかりとこの目で処刑が完了したか確認したいのです」


 一言一句私の心をイラつかせるけれど、なんとか堪えてじっと耳を澄ましている。すると司教様がまるで子供をなだめるように、ゆっくりと話し始めた。


「いいえ、この教会に誰かが死んだという報告もありませんし、犯罪者の行方もわかりませ――」
「それは嘘ですね」


 司教様の言葉にかぶせるように、エリックの声が聞こえてきた。彼の話し方は人を馬鹿にしてるように大げさだ。


「僕は王女の家庭教師ですが、魔術も少しわかるんですよ。ですから彼女の気配を感じることができる。さっきまでこの部屋に犯罪者である、あの女性がいたはずです」
「まあ! エリック! それは本当なの?」


(バレてる! どうすればいいの?)


 司教様はなにも答えない。するとその様子に確信をもったのか、エリックは私を匿った教会を責めるようなことを次々と言い始めた。


「聖教会は犯罪者集団」とか「教会を解体させたほうがいい」だの、聞いていられない罵詈雑言に思わず耳を塞ぎたくなったその時だった。


「しょうがないな~。ねえ、伯父さん。ちょっとお披露目には早いけど、紹介しちゃおうよ!」


(し、師匠? 急にどうしたの?)


 突然、師匠の明るい声が部屋に響いた。それは聞いている人を巻き込んでしまうような勢いがあり、誰も反応できない。


「ではご紹介しましょう! 私たち聖教会が、先日召喚した聖女です!」


 そう言って師匠は、私たちが耳をそばだてている部屋の扉を一気に開けた。
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