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05 すべてを奪われた理由

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「呪われて、みんなに忘れられた気分はどう? 牢屋の居心地は良いかしら?」


 口に手を当てクスクスと笑い、面白くてしょうがないといった様子だ。私が呆然としているのを、アンジェラ王女は楽しそうに見ている。


(呪い? 私、呪われて皆に忘れられたの? どうしてそんなことに……)


「どうしてって顔ね。ふふ。それはあなたが、カイルを私から盗んだからよ。だから今度は私があなたから、聖女の力も声もカイルも、奪ってあげたの」


(私がカイルを王女から奪った? でもカイルは恋人はいたことがないって言ってたわ……)


 アンジェラ王女は私の疑う視線に気づいたのか、ジロリと睨み、鼻で笑った。


「あら、気づいてなかったの? カイルもかわいそうにね。あなたのお守りをさせられて。愛するふりをして聖女様のご機嫌を取ってあげないといけなかったのだもの」


(愛するふり? 私のご機嫌を取るために、私に好きだと言ったといいたいの? 何も知らないくせに!)


 あまりに身勝手な言動に、思わず握っていた鉄格子に力が入る。静まり返った牢屋にカタカタと鉄の棒が揺れる音が響き、私の動揺が伝わっていく。しかしその反応は、王女にとってかえって楽しいものらしく、今度はお腹を抱えて笑い始めた。


「あははは! 無様ねえ。私あなたが大嫌いだったわ! たかが瘴気を消したくらいで皆に大切にされて、いい気になってたでしょう?」


(たかが? たかが瘴気って言った? あの瘴気でどれだけの国民が苦しんでたと思うの? 結界で守られた王宮で、お茶ばかりしているこの人に、彼らの苦しさなんてわからないんだわ!)


 私がこの国に召喚された時、大勢の人たちが瘴気のせいで、病気になっていた。その場所もさまざまで、足が動かなくなる人もいれば、目が見えなくなるひともいた。大人から子どもまで、例外なく襲う瘴気の毒に、みんな怯えて暮らしていたのだ。


(あの状況を見たことない王女に、言われたくない!)


 反対にアンジェラ王女はいつも豪華なドレスを身にまとい、遊ぶだけの毎日を過ごしていた。アルフレッド殿下の困りごとの半分は、父親が彼女を甘やかして育てること。王女に注意しても、将来は他国の王族に嫁ぐのだからと、わがまま放題だった。


(絶対に彼女が聖女だっていうのは嘘だわ! 浄化は練習なしではできない。時に失敗もして、苦しむことなんてザラにあるのよ。こんな甘ったれた彼女が、浄化なんてできるはずないわ!)


 どうせ私を苦しめようとここに来たのだろうけど、聞いても無駄だ。私は彼女にくるりと背を向ける。しかし次の瞬間、首に激痛が走った。


「あら、これが報告にあったネックレスね。お互いの魔力を入れ合って持つなんて、あなたも気持ち悪いことさせるわね。本当にカイルがかわいそう」


 ブチッと力任せに鎖を引っ張られ、ネックレスを盗られてしまった。


「うう! うううう!」

(それだけは盗られたくない! 返して!)


 喉に激痛が走るとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。この人は私からどこまで奪おうとするのか。しかしそんな些細な願いも叶えられず、王女はネックレスを床に落とし踏みつけた。


 割れたチャームの小瓶から、カイルの聖魔力があふれ出す。そのキラキラした魔力は、この暗い湿った牢屋の空気に溶け込み、サラサラと消えていった。


「希望を持っているからいけないのよ。だから明日、私があなたを処刑してあげる。一番あなたが苦しむ方法でね」


 そう言ってアンジェラ王女たちは、帰って行った。牢屋に残された私は、割れた小瓶をぼんやり見ている。


(もう疲れた……)


 心の拠り所だったネックレスも壊され、ギリギリ保っていた自分の気持ちが、ポッキリと折れてしまった。勝手に大粒の涙がとめどなくあふれ、拭っても拭ってもきりがない。そのまま私は一睡もせず、朝を迎えた。



(まさか、カイルに突き落とされて死ぬとは思わなかったな。彼女も本当に残酷なことをするのね)


 次の日の朝、突然騎士が私を牢屋から出して、馬車に乗せた。そして着いた先が、崖だったのだ。今日はここで私の処刑を行うという。


「ここは聖女の崖と言われてるの。私が処刑するには、とっても良い場所でしょう?」


 そういうことか。私にだけわかる言葉で、聖女の私を処刑するのに良い場所だと言っている。本当に残酷な人だ。しかも突き落とす役は、恋人のカイル。ああ、元恋人といったほうが、気がラクだ。


 だって、彼は私に剣を突きつけて、王女の命令どおり私を崖から落とそうとしているのだから。


「悪く思わないでくれ」


 カイルの声が聞こえる。もう何も考えたくない。ただ一つ悔やむことは、あのネックレスと死ねないことだわ。


 後ろから、ジャリッと地面を踏みしめる音がした。そろそろだわ。私はゆっくり目を閉じる。そして次の瞬間。


 ドンと強い力で背中を押され、私は一人、谷底に落ちていった。







 違う。一人じゃない。私を後ろから、強く抱きしめている人がいる。カイルだ。


「目を閉じてくれ!」


 目の前には激しく流れる濁流が、そこまできている。


 そして次の瞬間、まぶしい光が私たちを襲い、目の前が真っ白になった。

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