上 下
49 / 84

22 夜の作戦会議①

しおりを挟む
 
「卵くん、ねえ、寝てるの? 起きて」


 ポンポンと軽く叩いたり、反対に今度は強めにしてみたりと、竜王の卵に向かって呼びかける。しかしやっぱり返事はなかった。それでも私は諦めることができず、何度も何度もお腹に向かって話しかける。


 そんなことをしていると、あっという間に夜だ。今夜はやたら風が強くて、窓がカタカタと揺れている。その寂しげな音がよけいに私を不安にさせ、ため息を吐いた。


 その後も、体だけでも休めようとベッドに入り横たわったけど、心はまったく休まらない。それどころか、ピクリとも動かないお腹をさすっていると、どうしても嫌な考えが浮かんできて、私はとうとうその言葉を口に出してしまった。


「もしかして、卵くん、私から出て行っちゃった……?」


 以前、彼に「私の中から出ていくことはできないの?」と聞いたことがあった。あの時卵くんは『しらない! ぼく、わかんない!』と言っていたけど、あの様子は事情を知っているみたいだった。


 そしてその答えはきっと、「出ていける」のだろう。


 もしかしたら母体である私は、試されていたのかもしれない。母親として覚悟があるのか、竜王の卵を大切にできるのか。それならばきっと、私は不合格だ。卵くんに私を勧めた神様だって、認めてはくれないだろう。


 覚悟もない。敵を作って殺されそうになる。卵くんの存在を否定するように、違う母体を勧める私なんて、見限られてもしょうがないのだ。


 それでもあの時。空中から落とされそうになったあの瞬間。


 私はお腹の卵くんと離れたくないって、心の奥で思っていた。


「今さら遅いよね……」


 両手で顔を覆っても、勝手に涙がこぼれ落ちていく。つうっと目尻から首すじに向かって、生ぬるい滴がつたっていき、シーツを濡らしていった。その時だった。


『わああああ! ママ! ママ! どうしたの?』
「えっ! た、卵くん?』


 いきなりの卵くんの大声に、ベッドから勢いよく起き上がる。


『ママ! 無事だったの? さっき何があったの?』
「さっき? もしかして、最後に叫んだ時から記憶がないの?」
『……うん。あんまりにもビックリして、眠っちゃったみたい。今おきたの』
「そ、そっかぁ……。良かったぁ~」
『よくな~い! なにがおこったの?』


 てっきり卵くんや神様にあきれられ、出ていかれたと考えていたので、彼がずっとお腹にいたことに喜びが隠しきれない。それでも卵くんにしてみれば、パニックになったところで記憶が途切れているので、私が何を喜んでいるのかわからず、プリプリ怒っている。


「ごめんごめん! とりあえず私は無事だよ。怪我もない」


 切り傷はあったけど、キールくんたちが舐めてくれたおかげか、もうすっかり治っていた。なので心配させないように、黙っておこう。それでも何があったか知りたがっている卵くんに、どこまで言うか迷うところだ。


(私が狙われたとか言ったら、きっとパニックになっちゃうよね。犯人がいることは、ぼかして伝えよう!)


 私はギーク兄妹の名前は出さずに、ざっくりと今日あったことを卵くんに話した。


「それで誰かの興奮した竜気で吹き飛ばされちゃって、地面に落ちそうになったの。でもね、下にいた竜に助けてもらったのよ。だからもう心配しなくて大丈夫!」


 すると卵くんは意外にもすんなり納得したようだ。まだ子供なので犯人がいるとかは、思いつかなかったらしい。良かった良かった。よけいな心配を増やしたくないもんね。


『はあ~それなら、よかったぁ!』
「そうでしょ? それにね、今日はとっても嬉しいことがあったの! あと、卵くんに報告したいこともあるのよ!」
『えっ! なになに? ママおしえて~』


 私にとって今日嬉しかったことは、もちろん竜の言葉がわかると知ったことだ。騎士さんたちも喜んでたし、もしかしたら何かの役に立てるかもしれない。そしてなにより、この世界でやっていく希望と自信がもてた。


(だから、思い切って卵くんに報告しよう!)


 私はドキドキする胸を落ち着かせるように、すうっと深呼吸をすると、一気に言葉を吐き出した。


「私、あなたのママになる覚悟を決めたわ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】え?王太子妃になりたい?どうぞどうぞ。

櫻野くるみ
恋愛
10名の令嬢で3年もの間、争われてーーいや、押し付け合ってきた王太子妃の座。 ここバラン王国では、とある理由によって王太子妃のなり手がいなかった。 いよいよ決定しなければならないタイムリミットが訪れ、公爵令嬢のアイリーンは父親の爵位が一番高い自分が犠牲になるべきだと覚悟を決めた。 しかし、仲間意識が芽生え、アイリーンに押し付けるのが心苦しくなった令嬢たちが「だったら自分が王太子妃に」と主張し始め、今度は取り合う事態に。 そんな中、急に現れたピンク髪の男爵令嬢ユリア。 ユリアが「じゃあ私がなります」と言い出して……? 全6話で終わる短編です。 最後が長くなりました……。 ストレスフリーに、さらっと読んでいただければ嬉しいです。 ダ◯ョウ倶楽部さんの伝統芸から思い付いた話です。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

【完結】悪役令嬢に転生!国外追放後から始まる第二章のストーリー全く知りませんけど?

大福金
恋愛
悪役令嬢アリスティアに異世界転生してしまった!! 前世の記憶を思い出したのは、断罪も終わり国外追放され途中の森で捨てられた時!何で今?!知ってるゲームのストーリー全て終わってますけど? 第二章が始まってる?ストーリー知りませんが? 森に捨てられ前世の記憶を取り戻すがここが物語の第二章のストーリーの始まりらしい。。 2章の内容が全くわからない悪役令嬢が何故か攻略対象に溺愛され悩むお話。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。 そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。 毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。 もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。 気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。 果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは? 意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。 とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

処理中です...