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15 竜人競技会①

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「初めまして、迷い人様。わたくしライラ・ロイブと申します」


 さっきまで私を冷たい瞳で見ていたその人は、奥からスッと出てきて私に挨拶をした。てっきりアビゲイル様が紹介してからと思っていたので面食らってしまったけど、今目の前にいる彼女は他の人と同じくらい、にこやかに笑っている。


(さっきのは見間違い? それにこの人、どこかで見たことがあるような……)


 でもこの世界で会ったことがある女性は、リディアさんとアビゲイル様くらいだ。きっと私の勘違いだろう。そう思い直すと私はなるべく優雅に見えるように、挨拶を返した。


「ご挨拶ありがとうございます。わたし、いえ、わたくしは、リコ・タチバナと申します。こちらの世界に来て何もわからないので、無作法なことをしてしまうかと思いますが、よろしくお願いいたします」


(少しでも貴族女性に失礼がないようにしておかなきゃ!)


 私が見よう見まねで貴族ふうに挨拶をすると、アビゲイル様が「そんなことはありませんわ。迷い人様は謙虚で素敵です」とフォローしてくれた。本当にありがたい! しかも彼女が私に優しく接してくれるせいか、その後に紹介された女性たちも皆にこやかだ。


 リディアさんが言っていたように悪い噂は消えているようで、競技場の中に入ってからも、誰も私のことを気にしていない。それでも時折、後ろから視線を感じ、私は注意深く背後に意識を向けた。


(やっぱりあのライラさんていう人、私のことを見てる気がする。確かめてみよう……)


 気のせいだと思いたい。しかし私が出し抜けに振り返ると、彼女は眉間にしわを寄せ、憎々しげに私を見ていた。目が合ったとたん、にっこりとほほ笑んでいたけれど、彼女は私にバレたことも気にしていないみたいだ。


(やっぱり許してない人もいるってことね……)


 噂が消えても王宮に住んでいるのだから、私に対してライバル意識をもったままの人がいてもおかしくない。せっかくたくさんの竜が見られると楽しみに来たけれど、水面下での戦いがあるようで気持ちが落ち込んでくる。


 するとそんなモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすような、明るい声がお腹から聞こえてきた。


『ママ! すっごいワクワクするね!』


 ポコポコと陽気に動くお腹を押さえながら辺りを見てみると、たしかに心弾むような光景が広がっていた。私が座っている場所は円形の競技場の真ん中辺り。ちょうど全体を見渡すことができる高さで、たくさんの人で会場が埋まっているのが見えた。


「すごい……」


 観客席の傾斜はそんなに急ではないけれど、のぞき込みすぎると落ちてしまいそうだ。それでもこの広い競技場で竜が試合をすると思うと、ワクワクしてくる。すると、どこからかドンドンと太鼓の音が鳴り始め、中央の扉が勢いよく開いた。


「竜騎士の入場です!」
『ママ! はじまったよ~』


 競技が始まるようで、お腹の卵くんも大喜びだ。私も竜を引き連れた騎士が会場に入ってくると、思わず前のめりになってしまった。赤、青、黄色、緑と、色とりどりの竜たち。大きさもさまざまだけど、一番大きな竜でも竜王様ほど大きくはなかった。


(そういえば卵くんは外の景色が見えてるのかな? 声は聞こえているみたいだけど)


 すると私の考えを読み取ったかのように、卵くんは疑問に答えてくれた。


『気配で感じるだけだけど、竜たちがいっぱいで楽しい~』


 なるほど。たぶん竜気というやつだろう。声やそういった気配で、わかるんだろうな。卵くんはキャッキャッと楽しそうに声をあげ、興奮している。その喜んでいる声に、なんだか私の気持ちもつられてきて、ずっと感じている背後からの視線がどうでも良くなってきた。


(リディアさんも隣にいるし、気にしたってしょうがない! 今日は竜をいっぱい見て楽しもう!)


 そう決めると、心は完全にお祭りモードだ。ワクワクした気持ちで整列している騎士を眺めていると、観客席の真ん中に竜王様が姿を現した。
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