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10 夜の訪問者③

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「私、元いた世界では、孤児だったんです」


 竜王様の体がピクリと動いた。


「幼い頃に両親が亡くなって、施設に入ってました。母の親戚に引き取られたのですが、うまくいかなくて。その後も住む場所が何回も変わったんです」


 竜王様は前を真っすぐ見て黙って聞いていたが、急に私のほうを振り返り、ぼそりと呟いた。


『その家族に暴力をふるわれたのか?』

「いいえ! そんなことはなかったのですが、ただ、私のことを邪魔だと思っているのはわかりました。だからせめて役に立たなきゃと思って、家事を全部やってたんです」


 結局はこびを売っていたようなものだ。感謝の気持ちからというより、気に入ってもらいたくて料理や掃除を引き受けていた。今と同じ。私は善良な人間ですとアピールするために、雑用をこなしていた。


「だから私、自分が邪魔な存在っていうのに慣れてるんです」


 一緒にいるのにどこにも属していない寂しさは、一人でいるよりも孤独だった。どんなに同じ場所で楽しそうに笑う人たちがいても、私のまわりに透明な壁があるみたいで、決してそこに混ざることはできない。


「だから成長するにつれ、家族が欲しいなって思ったんです。私だけの家族が……」


 安易な考えかもしれないけど、自分の居場所がほしかった。でも今から考えると、子供のことばかりで、夫になる人のイメージがまったく無かったけど。


「それで、まず子供たちの世話ができれば、良いお母さんになれるんじゃないかな? と保育の勉強を始めたんですけど。両親が残した遺産を、伯父に使い込まれてしまって。それで学校に入るために働いていたのですが……」

『そのまま、仕事中に、この世界に飛ばされたってわけか』
「はい……」


 働いて少しはお金が貯まっていたところだったけど、あれはどうなっちゃうのかな? せっかく一生懸命働いたのにもったいない。そんなことを考えていると、竜王様が顎に小さな手を当てて「ふむ」と呟いた。


『この王宮には、保育が必要な子供や赤子がいないからな……。それに、いたとしても竜人以外に自分の子供を預けないだろう。残るは学校の教師だが……』
「うっ……せめて、字が読めれば良かったのですが」
『それが問題だろうな』


 そうだよね。この階級意識がはっきりしている貴族社会で、私が竜人の子供に関われることはないだろう。子供好きだから、保育の仕事ができないのは悲しいけど、しょうがない。


(はあ、でも落ち込むな~……)


 頭では理解できても、心がついていかない。自然と気持ちが落ち込み、うつむいてしまった。するとそんな様子を見た竜王様が、私の肩にぴょんと飛び乗ってきた。


『それでも、この国でリコがしたいことができるよう、考えていくから安心しろ』
「……いいんですか?」
『ああ、おまえはもう、この国の国民だからな。俺がやらないといけないことだ』


 この国の国民……。そっか。日本に帰れないなら、私はもうこの国の一人なんだよね。そうはっきり言われると、自分の居場所が決まったようで、心の奥がじんと温かくなった。


『大丈夫だ。きっとリコのやりたい事は見つかる』


 根拠はまったくなさそうだけど、竜王様が言うと、本当にそうなりそうな気になってくるから不思議だ。そんな私の気持ちが伝わったのか、満足そうに私のまわりをクルクル飛んでいる。


(ふふ。やっぱり竜の姿はかわいくて癒やされる!)


 ようやく張り詰めていた気持ちがラクになって、私はぬるくなってしまったお茶を一口飲んだ。


『ああ、そのお茶、気に入ったんだな』
「はい、このリュディカというお茶、大好きです!」
『ふっ……そうか。それなら良かった。今日はいろいろあって、もう眠いだろう。ゆっくりするといい』


 そう言うと、竜王様は窓に向かって飛び始めた。


「はい! じゃあ竜王様、おやすみなさい!」
『…………だ』
「え? うわっ」


 窓を開けたのだろう。突風が入ってきて、自分の髪の毛が顔にかかった。それに竜王様が何か言ったみたいだけど、風の音で聞き取れない。


「リュディカだ」
「え? お茶がどうかしましたか?」


 ボサボサになった髪をかきあげ、顔をあげる。しかしそこに、さっきまで見ていた小さな竜はいない。


 目の前に立っていたのは、人間の姿に戻った竜王様だった。
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