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07 竜王のもう一つの姿①
しおりを挟む「きゃあああ! シリルさん! 竜王様が! お、落ち……」
あわててバルコニーの手すりに駆け寄り、下を確認するも誰もいない。さっきまでここにいた竜王様の姿は影も形もなくなってしまった。終いにはさっきまで晴れていた空がどんよりと曇ってきて、地鳴りのような音まで辺りに響き始めている。
(竜王様、どこに行ったの? 下にはいないし……)
キョロキョロと見回すもどこにもいない。その間にもビリビリと空気を震わす振動が、手すりから伝わってきた。
「りゅ、竜王様……?」
急激に変化した周りの雰囲気に、もう怖くて泣きそうだ。心もとない気持ちで竜王様を呼ぶけど返事はなく、否が応でも不安をかき立てられた。そんな時だった。
『おい、こっちだ』
頭上からくぐもった声が聞こえてきた。
(えっ! まさか!)
信じられない思いで上を見上げると、そこにはとんでもない大きさの黒竜が浮かんでいた。大きいなんてもんじゃない。十メートルはあるだろうか。しかも私は勘違いをしていたようだ。空が曇ったんじゃない。空いっぱいに広がった翼が影を作っていたせいで、暗かったのだ。
黒竜の後ろにある空は綺麗な青空で、体が太陽の陽光でキラキラと輝いている。鱗の一つ一つが虹のように艶めき、現実の光景とはとても思えなかった。
『どうだ? カッコ良いだろう』
圧倒され言葉も出ない私に、姿を変えた竜王様は満足したようだ。自慢気にそう言うとバサリと翼をたたみ、気づいた時には、人間の姿で目の前に立っていた。それでも私はパチパチと瞬きしたくらいで、呆然として動けない。
「なんだ、竜は初めて見たのか?」
「……えっ? あ、はい! 私のいた世界では竜は空想上の生き物だったので、すごく驚きました。最初は威圧感があって怖かったですが、それよりも……」
まだ胸の鼓動が止まらない。突き抜けるような青空に黒く艷やかな竜が大きな翼を広げ、私を見ていた。あの光景が瞼から消えなくて、私は自分の胸にそっと手を当てた。
「それよりも? なんだ?」
「……とても美しかったです」
「……っ!」
本当に美しかった。ファンタジーの世界でしか見たことがない、いわゆるドラゴンと言われる生き物。アニメや漫画では見たことがあったけど、実物は研ぎ澄まされた美しさがそこにあった。
(もう少しだけ、竜の姿を見ていたかったな……)
そんな名残惜しい気持ちで竜王様をのぞき見ると、さっきまで自慢気な顔をしていたのに、今は口元を押さえ顔を赤らめていた。
「竜王様……?」
しかし様子を覗いていた私と目が合うと、すぐにいつもの自信満々な笑顔に戻ってしまった。
「……そうか、そんなに嬉しいなら、リコにはいつでも見せてやるからな!」
「駄目です!」
私の代わりに返事をしたのはシリルさんだ。鋭い目つきで竜王様をにらんでいて、どうやら怒っている。急いで駆け寄ってきて私の肩を揺さぶると、声を荒げた。
「リコ! 体調は大丈夫ですか!」
「えっ? だ、大丈夫ですけど……?」
いったいどうしたのだろう? シリルさんだけでなく、後ろにいるリディアさんも顔を真っ青にして私を見ている。
「本当に? 目はちゃんと見えてますか?」
「目? は、はい。もちろん見えてますけど……」
「……もしかして、これが迷い子様の力なのでしょうか?」
シリルさんは私の体調に変化がないことに、目を丸くして驚いている。竜王様も「そういえば、リコは平気だな」と呟き、私の顔をまじまじと見ていた。
「竜王様の竜化した姿は、平民だと威圧がすごくて体調を崩してしまうのです。リコは竜人でもないですし、そのうえ異世界から来ていますから心配しました。本当に気分は悪くないですか?」
「大丈夫です。むしろもっと見ていたかったくらいで……」
「そうですか……」
シリルさんは安心したようで、ホッと息を吐いていた。リディアさんも「良かったです」と言って、私の背中をさすっている。二人とも本当に心配してくれていたようだ。
「竜王様を前にしても平気そうでしたから、竜の気に耐性があるとは思っていたのですが。竜化した姿にも体調を崩さないどころか、もっと見ていたかっただなんて。やはり、リコは迷い子様なんでしょうね」
「そういった細かいことは、文献には書いてなかったからな。このことも何かの役に立てばいいが……」
「そうですね。しかし竜人なら、みな似たような体質ではありますし……」
ひとつ私の体質で良いところは見つかったけど、やっぱり特に役立つものじゃないみたいだ。それでも迷惑をかけないようならまだマシね。元気があれば、働けるもの!
「それにしても竜王様が姿を変えると、飼育している竜たちが怖がります! 今頃竜舎にいる子たちは怯えているでしょうし、訓練中だったらパニックになって、騎士が怪我をしているかもしれません。きっと今頃様子がおかしいと騒いでいるはずです」
シリルさんは大きなため息をついて、竜王様を睨んでいる。どうやらさっきの竜化で仕事が増えたようだ。それでも当の本人は「たるんだ士気を高めるのにちょうどいいじゃないか」と言って鼻で笑っているけど。そんな様子を呆れ返った顔で見たあと、シリルさんはこちらを振り返った。
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