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02 竜王のいる異世界①
しおりを挟む「きゃあっ!」
ドスンという音とともに、私の体が床に転がった。バランスを崩して倒れたからか、頭を強く打ち、目の前がクラクラする。周囲からはたくさんの女性の叫び声や、男性の怒鳴り声が響いていて騒がしい。
「何者だ! 衛兵! 今すぐこの者を捕らえよ!」
(あれ? なにこれ? 私、普通に歩いてただけなのに、転んじゃったの? それにさっきまで人通りが少なかったのに、たくさん人がいるみたい)
「痛たたた……」
「動くな!」
痛む頭に手を当て起き上がろうとした瞬間、突然後ろから背中を突き飛ばされ、抑え込まれる。いつの間にか私の周りを取り囲むように人が立っていて、目の前にはギラリと光る剣の切っ先が見えた。少しでも動けば瞬時に切られるだろう距離にある剣に、思わず喉がひゅっと鳴った。
「ちょ、ちょっと待ってくださ――」
「喋るな! 竜王様の御前だぞ!」
「ぐっ!」
ほんの少し顔を上げ口を開いただけで、私は頭をわしづかみにされ、床に押さえつけられる。かなり乱暴にされたので、顔はジンジンと痛み、舌が少し切れてしまった。口の中に広がる血の味が、少しずつ現実で大変なことが起こっていることを実感させ始める。
(な、なんなのこれ? りゅ、りゅうおうって何?)
「一体この女はどこからやってきたのだ!」
「おまえら警備はしっかりやっていたのか!」
「しかしこの者は突然竜王様の前に現れたように見えました! 何か得体のしれない術を使ったのでは?」
「何! 魔術師だと!」
床に押さえつけられているため、誰が喋っているのかわからない。きっとここの警備の人か何かだろう。警察だったらどうしよう。そんなふうに考えていたのに。「魔術」という言葉が聞こえてきたとたん、額から嫌な汗がつうっと落ちてきた。
(もしかして、ここって日本じゃない……?)
それでも言葉は同じ日本語のように聞こえる。それに私は転ぶ前、普通に道を歩いていただけだ。バイトの買い出しの帰り、東京の人通りの多さにうんざりし、裏通りを歩いていて、そして……。
(たしかスマホが鳴って、ポケットから慌てて取り出そうとしたら、お財布が落ちたのよね。そしたら誰かぶつかってきて……。ダメだ。そこからは思い出せない。何か声が聞こえた気もするけど……なんだっけ?)
そんなことを考えていると、私を取り囲んで口論していた人たちが、いっせいに黙り始めた。
「もうよい。下がれ」
その威圧感のある声が部屋に響いた瞬間、辺りに緊迫した空気が漂い始める。さっきまでの騒がしさは気配すら無くなり、水を打ったように静かだ。そしてそんな静まり返った部屋に、今度はカツカツとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「竜王様、近づきすぎです」
「フン。こんな小娘に何ができると言うのだ」
竜王と呼ばれている人が、私に近づいてきている。それだけは理解できたけど、わかったからって状況が良くなったわけじゃない。むしろ「王」と呼ばれているこの人の機嫌を損ねたら、私は殺されてしまうのではないだろうか? 徐々に近づいてくる靴音が、まるで処刑台へのカウントダウンのように聞こえ、私の体はガタガタと震え始めた。
(ど、どうすればいいの? 私、何も悪いことしてないのに!)
カツンと大きく靴音が鳴り、私はハッと目を開いた。目の前には成人男性くらいの大きさの、豪華な刺繍がほどこしてある靴が見えた。きっとこの靴の主が「竜王」なのだろう。
「顔を上げろ」
その言葉にそろそろと上を向いた。
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