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01 プロローグ 竜王の卵
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『ママ、みつけた!』
その幼い子供の声は、頭の中に響くように聞こえた。楽しそうにクスクス笑う声。そっとお腹に生まれたほのかな体温。そして、その温かい場所からグルグルと空気が回っているような違和感を感じて、私はそっと瞼を開けた。
「ふわぁ……、なんか変な声が聞こえたような……」
まだ眠気の残る頭でそう考えながら、ベッドから起き上がる。カーテンの隙間から見える外の景色は、快晴。私は勢いよく窓を開け、新鮮な空気を部屋に取り込み、深呼吸をした。
「ふう……今日も仕事頑張らなくちゃね」
こもっていた部屋には爽やかな風が通り抜け、透き通るような陽の光があちらこちらを輝かせている。両腕をぐっと上に伸ばし、夜の間に凝り固まった体をほぐしながら、キッチンのほうに向かっていった。
「朝ごはん、何にしようかな~」
『ボクも食べたい!』
「…………」
突然頭に響いてきた幼い声に、ドキリと胸が跳ね上がり、足を止める。
(い、今のなに? 幻聴……?)
その突然の声にキョロキョロと辺りを見回してみるも、誰もいない。王宮から与えられたこの部屋は一人用の個室だ。しかも三階にあるので、人が話しかけられる場所ではない。そっと窓の外をのぞき見るも、やはり誰もいなかった。
(それにすごく近くで聞こえたような……)
「ね、寝ぼけちゃったかな……?」
ぼやぼやしていると朝ごはんを食べる時間が無くなってしまう。私はもう一度だけ部屋をぐるりと見回し誰もいないのを確認すると、またキッチンのほうに向かっていった。
「えっと、卵があったから……」
パンケーキでも作ろうかと食料庫を開け卵を手にした、その時だった。ポコッとお腹の辺りが内側からありえないほど動いた。
『ここ! ママ! ここだよ!』
「ひっ……!」
(また! また聞こえた!)
ゆっくりと下腹部に視線を移すと、今まで見たことがない動きでお腹がポコポコと波打っている。まるで誰かが内側から押しているような動きで、思わず私は手にしていた卵を落とした。
カシャッと卵が床で割れた音がしたが、自分のお腹から目を離せない。私はぼうぜんと立ち尽くし、震える手を抑え込むように胸元に引き寄せた。それでもその子供の声は、容赦なく私の頭に響き続ける。
『ママったら! おどろいてないで、早くパパに会いに行ってよ! それでボクを産んで!』
今度は確かに聞こえた。はっきりと私のことを「ママ」と呼んでいる子供の声だ。男の子の声で、なにやら不穏なことをしゃべっている。
(僕を産んでって言った? 私、この世界に来て、頭がおかしくなっちゃったの?)
『ねえ、きいてる?』
「ぎ、ぎやあああ!」
不満そうに話しかけるその声に、私の頭はもうキャパオーバーだ。パニックで叫び声をあげ、腰が抜けたように床に座り込んだ。
(だ、誰か、助けて……!)
重い体をなんとか引きずり、廊下に出る扉に手を伸ばす。しかしいっこうに力が入らず、私はその場に倒れてしまった。
「リコ! どうしました? 叫び声が聞こえましたが、何かありましたか?」
ドンドンドンと私の部屋の扉を叩く音がする。どうやら先程の私の叫び声で同僚のリディアさんが駆けつけてくれたらしい。
助けに来てくれた人がいるだけで、希望が湧いてくる。私はなんとか立ち上がり、ヨロヨロと部屋の扉まで歩いて行った。しかしその間も私のお腹はポコンと中から蹴られるように動いている。さっきよりは落ち着いているけど、やはりこの異常な出来事が夢じゃないのを表していて、ものすごく怖い。
「リディアさん! た、助けてくださ……」
この状況を見ればお医者さんが診てくれるはず。ここは日本じゃないから、私の知らない病気なだけですぐに治療してくれるかもしれない。私はようやく扉までたどり着き、震える手でドアノブに手をかけた。
その時だった。私はある大事なことを思い出した。昨日聞いたあのこと。私には関係ないことだと考えていた、あの話。状況がピタリと当てはまっているように思えて、私は自分のお腹を見つめた。
(も、もしかしてこれって……)
私はそのポコポコと動き続けるお腹にそっと手を当てる。すると今まで縦横無尽に動き回っていたお腹の動きが、ピタリと止まった。
「竜王の卵……?」
そうつぶやくと、お腹が嬉しそうにポコンと跳ねた。
『そうだよ! だからママ、今からパパと結婚してよ! ボク早くお腹から出て、空を飛びたいんだ!』
「ケ、ケッコ……えっ……?」
『ママはボクが選んだパパの運命の花嫁なの! 早くパパと結婚して!』
「ウ、ウンメイノ、ハナヨメ……ケ、ケッコン……」
ドアの外からはリディアさんの「リコ! 返事をしてください!」と心配する声が聞こえる。それなのにパニック状態の私は返事することすらできない。
(どうしよう……このことがバレたら、絶対にあの男や令嬢達に殺されるわ!)
私、橘莉子は、竜王が統べるこの異世界に突然飛ばされてからというもの、人生がガラリと変わってしまった。いや、環境が変わってしまったのならまだいい。私の存在が憎く、殺したいと思っている人がいるのだ。
「な、なんで私が……地味に暮らしたいだけなのに……」
私はここに飛ばされた時からのことを走馬灯のように思い出し、そのまま前のめりに倒れていった。
その幼い子供の声は、頭の中に響くように聞こえた。楽しそうにクスクス笑う声。そっとお腹に生まれたほのかな体温。そして、その温かい場所からグルグルと空気が回っているような違和感を感じて、私はそっと瞼を開けた。
「ふわぁ……、なんか変な声が聞こえたような……」
まだ眠気の残る頭でそう考えながら、ベッドから起き上がる。カーテンの隙間から見える外の景色は、快晴。私は勢いよく窓を開け、新鮮な空気を部屋に取り込み、深呼吸をした。
「ふう……今日も仕事頑張らなくちゃね」
こもっていた部屋には爽やかな風が通り抜け、透き通るような陽の光があちらこちらを輝かせている。両腕をぐっと上に伸ばし、夜の間に凝り固まった体をほぐしながら、キッチンのほうに向かっていった。
「朝ごはん、何にしようかな~」
『ボクも食べたい!』
「…………」
突然頭に響いてきた幼い声に、ドキリと胸が跳ね上がり、足を止める。
(い、今のなに? 幻聴……?)
その突然の声にキョロキョロと辺りを見回してみるも、誰もいない。王宮から与えられたこの部屋は一人用の個室だ。しかも三階にあるので、人が話しかけられる場所ではない。そっと窓の外をのぞき見るも、やはり誰もいなかった。
(それにすごく近くで聞こえたような……)
「ね、寝ぼけちゃったかな……?」
ぼやぼやしていると朝ごはんを食べる時間が無くなってしまう。私はもう一度だけ部屋をぐるりと見回し誰もいないのを確認すると、またキッチンのほうに向かっていった。
「えっと、卵があったから……」
パンケーキでも作ろうかと食料庫を開け卵を手にした、その時だった。ポコッとお腹の辺りが内側からありえないほど動いた。
『ここ! ママ! ここだよ!』
「ひっ……!」
(また! また聞こえた!)
ゆっくりと下腹部に視線を移すと、今まで見たことがない動きでお腹がポコポコと波打っている。まるで誰かが内側から押しているような動きで、思わず私は手にしていた卵を落とした。
カシャッと卵が床で割れた音がしたが、自分のお腹から目を離せない。私はぼうぜんと立ち尽くし、震える手を抑え込むように胸元に引き寄せた。それでもその子供の声は、容赦なく私の頭に響き続ける。
『ママったら! おどろいてないで、早くパパに会いに行ってよ! それでボクを産んで!』
今度は確かに聞こえた。はっきりと私のことを「ママ」と呼んでいる子供の声だ。男の子の声で、なにやら不穏なことをしゃべっている。
(僕を産んでって言った? 私、この世界に来て、頭がおかしくなっちゃったの?)
『ねえ、きいてる?』
「ぎ、ぎやあああ!」
不満そうに話しかけるその声に、私の頭はもうキャパオーバーだ。パニックで叫び声をあげ、腰が抜けたように床に座り込んだ。
(だ、誰か、助けて……!)
重い体をなんとか引きずり、廊下に出る扉に手を伸ばす。しかしいっこうに力が入らず、私はその場に倒れてしまった。
「リコ! どうしました? 叫び声が聞こえましたが、何かありましたか?」
ドンドンドンと私の部屋の扉を叩く音がする。どうやら先程の私の叫び声で同僚のリディアさんが駆けつけてくれたらしい。
助けに来てくれた人がいるだけで、希望が湧いてくる。私はなんとか立ち上がり、ヨロヨロと部屋の扉まで歩いて行った。しかしその間も私のお腹はポコンと中から蹴られるように動いている。さっきよりは落ち着いているけど、やはりこの異常な出来事が夢じゃないのを表していて、ものすごく怖い。
「リディアさん! た、助けてくださ……」
この状況を見ればお医者さんが診てくれるはず。ここは日本じゃないから、私の知らない病気なだけですぐに治療してくれるかもしれない。私はようやく扉までたどり着き、震える手でドアノブに手をかけた。
その時だった。私はある大事なことを思い出した。昨日聞いたあのこと。私には関係ないことだと考えていた、あの話。状況がピタリと当てはまっているように思えて、私は自分のお腹を見つめた。
(も、もしかしてこれって……)
私はそのポコポコと動き続けるお腹にそっと手を当てる。すると今まで縦横無尽に動き回っていたお腹の動きが、ピタリと止まった。
「竜王の卵……?」
そうつぶやくと、お腹が嬉しそうにポコンと跳ねた。
『そうだよ! だからママ、今からパパと結婚してよ! ボク早くお腹から出て、空を飛びたいんだ!』
「ケ、ケッコ……えっ……?」
『ママはボクが選んだパパの運命の花嫁なの! 早くパパと結婚して!』
「ウ、ウンメイノ、ハナヨメ……ケ、ケッコン……」
ドアの外からはリディアさんの「リコ! 返事をしてください!」と心配する声が聞こえる。それなのにパニック状態の私は返事することすらできない。
(どうしよう……このことがバレたら、絶対にあの男や令嬢達に殺されるわ!)
私、橘莉子は、竜王が統べるこの異世界に突然飛ばされてからというもの、人生がガラリと変わってしまった。いや、環境が変わってしまったのならまだいい。私の存在が憎く、殺したいと思っている人がいるのだ。
「な、なんで私が……地味に暮らしたいだけなのに……」
私はここに飛ばされた時からのことを走馬灯のように思い出し、そのまま前のめりに倒れていった。
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