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05 ニナの囲い込み作戦
しおりを挟む「でも解決方法はあります! 先生、私と結婚しませんか?」
「は?」
「私の結婚式で夫に逃げられたという噂は、新しい結婚の事実で塗り替えられると思うのです。だから先生、私と結婚しましょう!」
「な、何言ってんだ……」
相変わらず突拍子もないヤツだ。今まで音信不通で、数年ぶりに会ったと思ったら結婚しましょうだなんて。だいたい俺に相手がいるとは思わなかったのだろうか? まあ本当にいないけど。それに俺にだって結婚に対しては夢があるんだ!
俺はニナをビシッと指差し、反論した。
「おまえにとって結婚は誰としても同じなんだろう? でも俺は違う! 俺はちゃんと愛情をもって楽しい家庭を作りたいんだ!」
からかうのが好きなニナのことだ。最初に言っておかないと、ずっと結婚結婚とうるさく騒ぐだろう。それなのにニナはきょとんとした顔で俺を見ている。
「……? 違いますよ。先生と結婚できないなら、誰としても同じだと言ってるんです」
「えっ……?」
その言葉に年甲斐もなく胸がドクンと跳ね上がった。パクパクと間抜けに口を開くだけで、次の言葉が出てこない。
「まあいいです。私という女性をもっと知ってから、答を聞くことにしましょう。とりあえず今日はここまで移動してきて、ヘトヘトです。もう寝てもいいですか?」
「えっ? ちょ、ちょっとま――」
そう言うやいなやニナは俺のベッドに潜り込み、スウスウと寝息を立て始めた。
「……おい。寝袋かソファーはなんだったんだよ」
もちろん最初からニナを床やソファーで寝かせるつもりはない。それでもあっという間に俺のベッドで眠りについたニナを見ると、あきれ返ってため息が出てくる。
「はあ……問題は明日からだな。どうやって追い返そうか」
物置から毛布を取り出し、ソファーに寝転がる。少しほこり臭い毛布を頭までかぶり目を閉じるが、なかなか眠れそうになかった。
「クソ……やっぱり眠れなかった」
朝になっていつもの時間に起きると、眠気で頭がクラクラした。それでも午前中から常連客が来るので、店の準備をしないと。仕方なく何度も欠伸をかみ殺しながら薬を棚に並べていると、身支度を終えたニナが店に入ってきた。
「おはようございます! 私も手伝いますね!」
「……」
断りたいところだけど、正直時間がない。そしてその事情がわかっているのだろう。ニナはにんまりと笑って、俺の返事を聞く前に仕事を手伝い始めた。まあいい。開店準備だけ手伝ってもらって、あとは店の奥にいてもらおう。そう思った時、店の扉のベルが鳴った。
「アンリおはよう! ちょっと早いけど、今日の薬をもらいにきたわ……よ……女の子がいる! もしかして結婚したのかい?」
店に入ってきたのは、常連客の一人である宿屋の女将だ。しかもいつもより早くやってきて、早速ニナの存在に気づいてしまった。なんというタイミングの悪さ! 俺は彼女を隠すよう勢いよく前に出て、いつもの薬を女将に差し出した。
「違いますよ! 昔、俺、王都の魔術学園で働いてたでしょう? その時の生徒が遊びに来ただけです」
そう言うとあからさまにガッカリした様子で「あら~そうなの~」とつぶやいている。危なかった。娯楽に飢えた田舎町のかっこうのネタになるところだった。すると俺の後ろにいたはずのニナが、素早い動きでその客の手を取り話し始めた。
「昨晩からアンリ先生の家でお世話になっております。ニナです。いわゆる、押しかけ女房ってやつですね。お見知りおきを!」
「あら! ステキ!」
二人は手を取り、目をキラキラと輝かせている。
「違います! 違いますから!」
俺がどう否定しようと、もう遅かった。ニナの言葉を聞いた客は俺たちの顔を交互に見ては、ニヤニヤと笑って帰って行く。あの軽い足取りでは、他の常連客に話をしに行くのだろう。
「ニナ! 客に何を言ってるんだ! この田舎町で一度噂になったら、あっという間に山の向こうの村にまで伝わる。それくらい娯楽に飢えてるここで、変なことを言うんじゃない! やっぱりさっきのこと訂正しなくては……!」
俺があせって店を出ようとすると、ニナが上着の裾をつかんできた。
「先生、でも私が昨日の夜、泊まった事はバレてますから、すでに男女の関係だと思われてますよ?」
「あ!」
(しまった! さっきニナがそう客に話していた。にしても何がバレてますだ。バラしたんじゃないか!)
どうせ今から訂正しても「女の子を家に泊めたのでしょう? 責任取りなさい」と言われるのがオチだ。浮気や女遊びなんて無縁のこの平和な町で、そんな噂が立ったらよけいに目立つ。俺はガックリと肩を落とすと、乱暴に椅子に座った。
「クソ! これでおまえが王都に帰ったら、俺はこの村で結婚早々、若い嫁に捨てられた男と言われるじゃないか!」
一応これでも結婚願望はあるのだ。まあこんな田舎の薬師のもとに来てくれる嫁はいないが。俺が机に突っ伏して嘆いていると、ニナの手が背中をさすり始めた。
「先生! そんな事にはなりません! 元気だして!」
「おまえが俺の元気を無くしてる元凶だが?」
無神経なその言葉に顔を上げると、ニナは慈愛すら感じられる表情でほほ笑んでいた。
「先生、これが囲い込みってやつですよ。あきらめて私と結婚しましょう?」
「嬉しくない……」
「そろそろ負けを認めて、降参すればいいのに!」
「しない」
はたから見れば俺は十歳も年下のはかなげな美女に言い寄られているのだから、うらやましい状況に見えるだろう。しかしニナと関わるというのは、そんな単純なことじゃない。
「おまえと一緒にいると、大概ろくでもない事件が起こるからな。俺は田舎で平穏に生きるのが合っているんだ」
「私だって同じですよ」
不満げに頬をふくらませる姿は、学生の頃と同じだ。その変わらない仕草を見ていると、きっと別れも同じで振り返らずここを去っていくのだろう。
(気にするだけ無駄だな……)
俺は特大のため息をついたあと、また次の客を迎えるために仕事を再開した。
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