王国の彼是

紗華

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剣術大会

195:剣術大会6日前〜兄 オレリア

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屋敷に戻って来た父と兄は、拗ねる私と、笑い疲れた義娘を見て、自分達も楽しい時間を一緒に過ごしたかったと、的外れな事を言って微笑まれた。

暢気な2人に、知らないわと一言残して衣装室を出てきたけれど、今になって幼稚な自分に恥ずかさが込み上げる…

「星は…隠れてしまってるのね…」

屋敷の屋上に設えられた全面硝子張りのドームは、夜の海で星を頼りに航海するのに必要だからと、星を覚える為に造られた展望室。

星の勉強は勿論、辛い時や淋しい時、今日みたいに拗ねた時…展望室のカウチソファに横たわり、夜空を眺めながら心を落ち着かせてきた。

「やっぱり此処に居た……レリ?」

「…お兄様……何か、ご用でしょうか…」

「もしかして……まだ拗ねてる?」

「拗ねてないわ……もうっ…どうして笑うの?」

「素直に感情を出せる様になったレリが嬉しくてね……まだまだだけど」

微笑みながら私の横に寝転んだ兄は、両の手を後頭部に当て夜空に目を向けた。

「懐かしいな…」

兄の言葉に、最後に並んで星を眺めたのはいつだったかと思い返す。


『お母さまは、どの、お星さまなの?』

『空に浮かんでる星、全部だよ』

『うそっ!』

『嘘じゃないよ…レリが淋しくない様に、夜になると、全部の星に光りを灯してくれるんだ…こうして星に包まれてると、母上に抱かれてるみたいに暖かくなるだろう?』

『ううん…あまり、あたたかくないわ』

『プハッ…そっか……レリ、おいで…』

『ねむたくなるから、頭はなでないで』

『…本当に、朝まで頑張るのか?』

『そうよっ!朝になったら、お母さまは星の灯りを消してユノンさまの所で休まれるんでしょう?』

『そうだね…頑張って起きてないとね…』

『お兄さま……レリが、ねて…しまったら………』

『おーい…レリ?』

私を抱える兄の規則正しい心臓の音は、頭を撫でられる以上に効果があった…幼かった私は、兄の腕の中という安心感に抗う術を持っておらず、クスクス笑う兄の笑い声を遠くに聞きながら眠りに落ち、気付けば朝というのを繰り返していた。

「幼い頃にレリと眺めた星を思い出しながら、ドレスのデザインを考えたんだ…」

「…お兄様…」

「朝まで起きてるって頑張ってたよね」

「お兄様が、いつも私を寝かしつけてしまうから…夜明けの空を見る事は叶わなかったんです」

「八つ当たりか?言われた通り、頭は撫でなかっただろう?」

「………」

白々しいわね…

無性に腹が立つ時があるのよねと、遠い目をして零していた義姉の言葉を思い出す。

義姉や私の意見を尊重する振りをしながら、自分の思い通りに事を運ぶ…そういう人を腹黒って言うのよ?

口に出せない言葉を目に込めて兄を見つめ返すと、そういう顔も可愛いと言って目を細められる。

こういうところが腹立たしいのよ…

父と兄に甘えていいと言われてから、2人に対する感情の制御が難しい。
そんな私を嬉しそうに見つめる2人が…擽ったくて、恥ずかしくて、余計に素直になれなくなる。

「見せられなかったお詫びに、あのドレスを作ったんだ…」

「……どうして…今なの?」

「レリの人形遊びに付き合ってやればよかった、もっと本を読んでやればよかった、一緒に街へ出掛けてやればよかった…その中の一番の心残りがこれだったから…兄から妹へ、最後に贈るドレスは、晨星の空のドレスと決めてたんだ」

「最後…?」

「学園の卒業パーティは父上が贈るって張り切ってるし、卒業したら直ぐに結婚式だろう?王家に入ったらレリにドレスを贈る機会もなくなるからね…」

「淋しい事を言わないで……お兄様、あしたほしって…何?」

「明日が来た事を告げる、夜明け前のギリギリまで輝いてる星だよ……俺の可愛い妹の未来が輝く様に……って?!レリッ?!」

抱き着いた私に驚く兄の声と、早鐘を打つ心臓の音に溜飲を下げながら、頭をぐっと押し付ける。

「い、痛いよ…ハハッ…まだまだ子供だな」

今日も起きていられそうにないなと笑う兄に、その為に来たんじゃないと言い返したいのに…嬉しさと共に、そこはかとない淋しさが涙となって溢れ出て、声にならない。

「……っ…だから、頭をっ…撫で、ないでっ……っ…」

「プハッ…ハハハッ…」

何とか声に出した強がりに、兄は頭を撫でていた手を止めて、吹き出した。

「お兄様…っ……ありがとう…」

「お礼を言うのは、まだ早いかな…殿下からレリに、アクセサリーを預かって来てるよ」

ーーー


『アレン殿に見せてもらったドレスのデザインを参考に、パールで作らせました』


「何これ、業務連絡?」

添えられたカードを読んで目を丸くする義姉と、苦笑いで肩を竦める兄と共に箱を開ける。

内張りのビロードの上に並ぶのは、中央に大きなアクアマリンが輝く、三連のブルーパールのチョーカーと、五連のブレスレット。
取り出したイヤリングは、小粒のバロックパールのブルー達が、イヤリングの留め具から房状に下がっている。

フラン様まで巻き込んだ兄の傑作は、総じて海のデュバルが詰め込まれた仕上がりとなっているが、ブルーパールと、ドレスに散らばる螺鈿の調和は品が良く、嫌味は全く感じられない。

「ありがとうございます……お兄様、お義姉様」

幼い頃の思い出と、愛情が詰め込まれたドレスと知れば、恥ずかしいと思っていた気持ちも愛おしさに変わり、素直に感謝の言葉を伝える事が出来た。

「殿下が霞んでしまいそうで心配だわ…フフ…」

「三科合作…楽しみにしてるよ」

「私も…とても、とても楽しみよ!」

2人に抱き着いた私を、優しい手が抱き締め返してくれる。


『ーーここでは、オレリア嬢でなくていい。父上のオーリアで、俺のレリだーー』


頭を過った兄の言葉と、私を撫でる兄夫妻の手が、私に優しい魔法をかけてくれる…







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