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剣術大会
192:剣術大会7日前〜痛み クロエ
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「クロエ様、でいらっしゃいますかしら?」
午前の授業を終えて、足早に食堂へと向かう廊下で、聞きなれない声に呼び止められた。
振り返って確認した相手に見覚えはない、私でない何処ぞのクロエさんかとも思ったけれど、相手の目は此方を向いている。
幼さの残る顔から見るに下の学年の子だろうか、誰かに似ている気もするけれど…
「ちょっと貴女、返事は?クロエ・ファン・エカルトかと聞いてるのよっ!」
鋭い声に目線を上げると、此方を睨む令嬢と遠巻きに見る生徒達の姿が目に入る。
見覚えはないけれど誰かに似ていると、同級生の顔を思い浮かべてながら思考に耽ってしまっていた私は、返事もせずに放置してしまっていたらしい。
それにしても、随分と尊大ね…
「ごめんあそばせ…?貴女の仰る通り、私の名はクロエ・ファン・エカルトで合っておりますが………貴女のお名前も窺っていいかしら?」
聞いてなかった非は認めるけれど、知りもしない相手に敵意を向けられる謂われはない。
溜め息を押し殺して、相手を見据えてニコリと微笑む。
「海でお育ちの方は、砂が耳に詰まって聞こえが悪いと姉から聞いておりましたが…本当の様ね?」
ウィール伯爵家の家名を名乗った令嬢の姉とは、同級生のカーラの事だろう。
オレリア様の妃教育に無理矢理参加したはいいけど、その厳しさに根を上げて早々に離脱したのに、側妃教育であれば問題ないと息巻いて、最近やたらと絡んでくる。
その妹となると…面倒くさいわね…
「生憎、礼儀を弁えない方のお話を聞く耳は、持ち合わせておりませんの」
「阿婆擦れが、礼儀ですって?」
「はしたない言葉がスラスラ出てくるのね?中央ではその様な言葉が流行っていらっしゃるのかしら…少々、理解に苦しみますが……中央の方々は寛容なのね?」
一体何なの?!中央だからって調子に乗ってる?
家格も同じで、経済力も大して変わらないけれど、家の歴史は此方の方が古いのよ!
「貴女の品位に合わせて差し上げたのよ?人の婚約者をたらし込んで…阿婆擦れ以外の表現がございまして?」
「貴女の品位の定義が独特だという事は理解しました……が?私は親しくしている殿方はおりませんが、貴女の婚約者様とは?」
貴族科の男子生徒とは、婚約者の有無に関わらず、節度ある節度ある距離で接しているし、顔を合わせる事が増えた騎士生達は、女生徒からの人気が高い分、特に注意を払っている。
世間話程度の交流も許せない程、カーラの妹が嫉妬深いのか、それとも、婚約者の男が軽薄なのか…何れにしても、いい迷惑だわ。
「フッ…その様に恍ける姿は滑稽ね…婚約者探しに必死なのは理解しますが?節度は守って頂かないと…」
確かに婚約者はいないけど、だからといって、自分で婚約者を探すなんて事はしない。貴族家に産まれてきた以上、結婚は義務だから。
気の合う相手がいたら遠慮せずに言えと家族は言ってくれたけれど、恋愛は小説で充分。
両親の選ぶ相手なら、間違いないだろうしね。
「必死でも困ってもおりませんが…貴女は繋ぎ止めるのに必死な様ね…?再度窺います。貴女がお相手をしてもらえないと嘆く婚約者様とは?私の存じ上げる方なのかしら?」
「エイデン・ファン・ソアデン様ですわ」
エイデン、様……?その名に、胸がチクリとなったのは気のせいか…
「エイデンの婚約者?初耳だわ」
「そうなのか?エイデン」
「どうなんだ?エイデン」
「いや、どうってーー」
「エイデン様っ!」
「ヨランダ様?!」
何故、此処に…?
野次馬の生徒達が左右に分かれて道を開いた先に居たのは、いつもの3人を護衛の如く従えたヨランダ様。
喜色満面の笑みを浮かべながらエイデン様の名前を呼ぶカーラの妹を見て、ヨランダ様は口端を上げながら私の隣に並び立つと、手にした扇をバサリと広げた。
これは…獲物を視認した猛禽類の目だわ…
「クロエ?お昼に交渉の報告を聞くと話していたでしょう?こんな所で何をしているの?」
私とカーラの…面倒だからカーラ妹でいいかしら?を交互に見遣って楽しんでいるヨランダ様はいいとして、報告の為に貴族科棟に足を運んでくれたのだろう3人は、最近になって漸く食堂のテラスで昼食を取る事に抵抗を感じなくなってきたのに、慣れない領域まで連れて来られて、居心地悪そうにしているのを見ると申し訳なくなる。
「皆さん、申し訳ありません…エイデン様の婚約者様で、カーラ様のご令妹と名乗る方に声をかけられて…お話し?を、しておりました」
残念ながら、名乗られたカーラ妹の名前を覚えていない。無礼な人の名を覚えるつもりもないけれど…
「そう…で?話は終わったのかしら?」
「これで、終わらせます……エイデン様、友人として節度ある距離を保っていたつもりでしたが、エイデン様の大切な婚約者様に、在らぬ誤解をさせてしまいました。私の所為で婚約者様を傷付ける事となり、申し訳ありません。妹さんも…ごめんなさいね?」
エイデン様とは挨拶を交わす程度で、会話をした事もない。先日の魔術科棟で、初めてまともな交流…の割には少し楽しんだけれど、人気の無い所で逢引していたわけでもないし、エスコートだってエントランスまでで、人1人分の距離を空けて歩いていた。色めいた会話だってしていない。
これは友人の範疇よね?そんなに責められる事でも…ないわよね…?
魔術科棟での仕掛け遊びで過ごした時間を思い返している内に、何故か胸がキリキリしてきた。
「クロエ嬢…?多大な誤解をされている様ですが、私の話を聞いてーー」
「漸く、ご自身の非を認められましたのね?今回は謝罪を受け入れますが、次はなくってよ?」
「いや…ちょっ、次も何もーー」
「気を付けます…ヨランダ様も皆さんも、お騒がせして申し訳ありません…重ねて、少し気分が優れないので…報告は放課後にして下さい」
次も何も…の続きは何を言おうしたのか…エイデン様の話を遮ってしまったから分からないけれど、今は何も聞きたくない。
カーラ妹に対するイライラ、エイデン様の名前に疼く胸の痛み、大事な時に足を引っ張ってしまうのではという自己嫌悪…何より、浅はかな行動をした自分が恥ずかしくて、逃げる様に場を後にしてしまった…
「…っ…ふっ……ふぇっ…」
色んな感情が混ざり合って、涙になって溢れ出る。
考えてみれば、友人同士に見えるか、それ以上の仲に見えるかなんて人によって物差しは違うし、婚約者ともなれば、そこに感情も伴って基準は厳しくなる筈。
知らなかったとはいえ、短慮が過ぎた行動だった。
放課後の報告までに気持ちを落ち着けて、皆んなにもう一度謝ろう…
学園に入学してから初めてのサボりは、冒険心のワクワクではなく、自己嫌悪の鬱々とした気分で過ごした。
午前の授業を終えて、足早に食堂へと向かう廊下で、聞きなれない声に呼び止められた。
振り返って確認した相手に見覚えはない、私でない何処ぞのクロエさんかとも思ったけれど、相手の目は此方を向いている。
幼さの残る顔から見るに下の学年の子だろうか、誰かに似ている気もするけれど…
「ちょっと貴女、返事は?クロエ・ファン・エカルトかと聞いてるのよっ!」
鋭い声に目線を上げると、此方を睨む令嬢と遠巻きに見る生徒達の姿が目に入る。
見覚えはないけれど誰かに似ていると、同級生の顔を思い浮かべてながら思考に耽ってしまっていた私は、返事もせずに放置してしまっていたらしい。
それにしても、随分と尊大ね…
「ごめんあそばせ…?貴女の仰る通り、私の名はクロエ・ファン・エカルトで合っておりますが………貴女のお名前も窺っていいかしら?」
聞いてなかった非は認めるけれど、知りもしない相手に敵意を向けられる謂われはない。
溜め息を押し殺して、相手を見据えてニコリと微笑む。
「海でお育ちの方は、砂が耳に詰まって聞こえが悪いと姉から聞いておりましたが…本当の様ね?」
ウィール伯爵家の家名を名乗った令嬢の姉とは、同級生のカーラの事だろう。
オレリア様の妃教育に無理矢理参加したはいいけど、その厳しさに根を上げて早々に離脱したのに、側妃教育であれば問題ないと息巻いて、最近やたらと絡んでくる。
その妹となると…面倒くさいわね…
「生憎、礼儀を弁えない方のお話を聞く耳は、持ち合わせておりませんの」
「阿婆擦れが、礼儀ですって?」
「はしたない言葉がスラスラ出てくるのね?中央ではその様な言葉が流行っていらっしゃるのかしら…少々、理解に苦しみますが……中央の方々は寛容なのね?」
一体何なの?!中央だからって調子に乗ってる?
家格も同じで、経済力も大して変わらないけれど、家の歴史は此方の方が古いのよ!
「貴女の品位に合わせて差し上げたのよ?人の婚約者をたらし込んで…阿婆擦れ以外の表現がございまして?」
「貴女の品位の定義が独特だという事は理解しました……が?私は親しくしている殿方はおりませんが、貴女の婚約者様とは?」
貴族科の男子生徒とは、婚約者の有無に関わらず、節度ある節度ある距離で接しているし、顔を合わせる事が増えた騎士生達は、女生徒からの人気が高い分、特に注意を払っている。
世間話程度の交流も許せない程、カーラの妹が嫉妬深いのか、それとも、婚約者の男が軽薄なのか…何れにしても、いい迷惑だわ。
「フッ…その様に恍ける姿は滑稽ね…婚約者探しに必死なのは理解しますが?節度は守って頂かないと…」
確かに婚約者はいないけど、だからといって、自分で婚約者を探すなんて事はしない。貴族家に産まれてきた以上、結婚は義務だから。
気の合う相手がいたら遠慮せずに言えと家族は言ってくれたけれど、恋愛は小説で充分。
両親の選ぶ相手なら、間違いないだろうしね。
「必死でも困ってもおりませんが…貴女は繋ぎ止めるのに必死な様ね…?再度窺います。貴女がお相手をしてもらえないと嘆く婚約者様とは?私の存じ上げる方なのかしら?」
「エイデン・ファン・ソアデン様ですわ」
エイデン、様……?その名に、胸がチクリとなったのは気のせいか…
「エイデンの婚約者?初耳だわ」
「そうなのか?エイデン」
「どうなんだ?エイデン」
「いや、どうってーー」
「エイデン様っ!」
「ヨランダ様?!」
何故、此処に…?
野次馬の生徒達が左右に分かれて道を開いた先に居たのは、いつもの3人を護衛の如く従えたヨランダ様。
喜色満面の笑みを浮かべながらエイデン様の名前を呼ぶカーラの妹を見て、ヨランダ様は口端を上げながら私の隣に並び立つと、手にした扇をバサリと広げた。
これは…獲物を視認した猛禽類の目だわ…
「クロエ?お昼に交渉の報告を聞くと話していたでしょう?こんな所で何をしているの?」
私とカーラの…面倒だからカーラ妹でいいかしら?を交互に見遣って楽しんでいるヨランダ様はいいとして、報告の為に貴族科棟に足を運んでくれたのだろう3人は、最近になって漸く食堂のテラスで昼食を取る事に抵抗を感じなくなってきたのに、慣れない領域まで連れて来られて、居心地悪そうにしているのを見ると申し訳なくなる。
「皆さん、申し訳ありません…エイデン様の婚約者様で、カーラ様のご令妹と名乗る方に声をかけられて…お話し?を、しておりました」
残念ながら、名乗られたカーラ妹の名前を覚えていない。無礼な人の名を覚えるつもりもないけれど…
「そう…で?話は終わったのかしら?」
「これで、終わらせます……エイデン様、友人として節度ある距離を保っていたつもりでしたが、エイデン様の大切な婚約者様に、在らぬ誤解をさせてしまいました。私の所為で婚約者様を傷付ける事となり、申し訳ありません。妹さんも…ごめんなさいね?」
エイデン様とは挨拶を交わす程度で、会話をした事もない。先日の魔術科棟で、初めてまともな交流…の割には少し楽しんだけれど、人気の無い所で逢引していたわけでもないし、エスコートだってエントランスまでで、人1人分の距離を空けて歩いていた。色めいた会話だってしていない。
これは友人の範疇よね?そんなに責められる事でも…ないわよね…?
魔術科棟での仕掛け遊びで過ごした時間を思い返している内に、何故か胸がキリキリしてきた。
「クロエ嬢…?多大な誤解をされている様ですが、私の話を聞いてーー」
「漸く、ご自身の非を認められましたのね?今回は謝罪を受け入れますが、次はなくってよ?」
「いや…ちょっ、次も何もーー」
「気を付けます…ヨランダ様も皆さんも、お騒がせして申し訳ありません…重ねて、少し気分が優れないので…報告は放課後にして下さい」
次も何も…の続きは何を言おうしたのか…エイデン様の話を遮ってしまったから分からないけれど、今は何も聞きたくない。
カーラ妹に対するイライラ、エイデン様の名前に疼く胸の痛み、大事な時に足を引っ張ってしまうのではという自己嫌悪…何より、浅はかな行動をした自分が恥ずかしくて、逃げる様に場を後にしてしまった…
「…っ…ふっ……ふぇっ…」
色んな感情が混ざり合って、涙になって溢れ出る。
考えてみれば、友人同士に見えるか、それ以上の仲に見えるかなんて人によって物差しは違うし、婚約者ともなれば、そこに感情も伴って基準は厳しくなる筈。
知らなかったとはいえ、短慮が過ぎた行動だった。
放課後の報告までに気持ちを落ち着けて、皆んなにもう一度謝ろう…
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