王国の彼是

紗華

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剣術大会

190:剣術大会9日前〜交渉 エイデン&クロエ

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別の場所にすればよかった…

濃紺のローブ羽織った生徒達が行き来する道に、白い軍服は目立ち過ぎると気付いた時にはもう遅い。
魔術科棟のエントランス近くにあるベンチに座り、魔術生達の不躾な視線を脚本を読むふりで躱しながら、貴族科、騎士科、魔術科の三科合作の剣舞の交渉役に任された昨日の会話を思い返す。


『俺より適任がいるだろ…令嬢方は魔術科の選択授業を取ってますよね?』

『私達は衣装の打ち合わせがあるの』

『じゃあ…』

『俺達は山と海の割り振りをしなくちゃならないからな』


尤もらしい事を言って丸投げしてきた面々を思い浮かべ、溜め息を吐いて空を仰ぐ。曇天の空が、憂鬱な己の心情を表している様で更に気が重くなり、さっきよりも大きな溜め息がついて出た。
ラヴェル又従兄さんの様な脳筋ではないが、ネイト又従兄さんの様な柔軟な頭も持っていない。
そんな俺に交渉して来いとは、無茶な事を言ってくれる。

要点を纏めてから挑もうとベンチに腰掛けたが、魔術生達の視線に気が散り、押し付けられた役目に溜め息を零すだけで時間が過ぎてしまった。

「よかったっ…間に合って…」

「…クロエ嬢…?」

「オレリア様達に…お話を、聞いて…っ急いで…来たんですっ…」

肩で息をしながら途切れ途切れに話すクロエ嬢は、走って来たのか汗をかいた首筋に髪が張り付いている。

胸に手を当てて息を整えるクロエ嬢に、ベンチの隣りを勧めると、1人分の距離を開けて腰をかけ、ありがとうございますと微笑んできた。

「…雨曝しになった衣装を見つけたのは、私なんです…あの日、泣く事しか出来なかった自分が情けなくて、少しでもお役に立ちたくて…どうか、ご一緒させて下さい」

お願いしますと頭を下げたクロエ嬢の肩から、デュバルの傍系である事を示す白金髪の髪がサラサラと零れ落ちる。
曇天の空の下で白光する髪が憂鬱だった気分を散らし、同行したいと言う言葉が、大役に怖気付く自分に勇気をくれた。

「私の方こそ、クロエ嬢が来てくれて心強いです」

「えっと…あまり期待しないで下さいね?」

心強いという言葉に眉を下げたクロエ嬢は、ヨランダ嬢やエレノア嬢の様な働きは出来ないと言いたいのだろうが、あの2人が一緒だと違う意味で精神が削られる。

「一緒にいてくれるだけでいいんです」

話を主導してくれる必要はない、居てくれるだけでも心持ちが違う。
精一杯の感謝を示して手を差し出すと、赤い顔で手を乗せてきた。

「………ネイト様の親戚…伊達じゃないわね」

何か呟いている様だが、明後日の方向を向いてしまっているので聞き取れない。
代わりに、空いてる手で扇を扇ぐクロエ嬢から爽やかな香りが漂って、頭の中がスッキリしてきた。

何だか、いける気がする…

意気揚々と足を踏み入れた魔術科棟は、天井や壁、床にまで魔法陣が書かれている不思議な空間だった。
魔法陣が発動しない様に、一箇所だけ書き換えているのだとクロエ嬢から説明を聞き、2人で書き換えられた箇所を当てっこしながら歩みを進める。

「他科の棟を訪れる機会がないので、新鮮ですね」

「遊び心があって良いですよね。魔術科棟は仕掛けもあったりして刺激的な棟だと、オレリア様達が話して下さいました」

和やかな会話で俺を解してくれたクロエ嬢は、魔術生達との交渉でも大活躍だった。

「僕達にこの規模の幻影魔法を披露しろと?!」

「簡単に言うけど、これって卒業試験の内容なのよ?」

「この説明もざっくり過ぎでしょ!海と山?後は想像にお任せって…何これ?!」

差し出した剣舞の脚本を見た魔術生達は、無茶を言うなと身を乗り出して答えてきた。

「突然現れて剣舞に参加しろなんて…それだけでも驚きなのに、とんでもない注文までしてくるんだから…」

「ハハッ…ですよね…」

苦笑いのエイデン様に、騎士科も大変だねと魔術生達が憐れみの目を向けながらも、協力は出来ないと返事をしてきたが、想定内よ。

「今回の剣舞が成功した暁には、卒業試験は免除という事で、魔術科の先生方から言質を取っています」

視覚だけでなく聴覚や触覚にも刺激を与える幻影魔法は、卒業試験に挙げられる程に難しい高等魔法と聞いたヨランダ様とエレノア様は、美味しい餌を用意していた。

「どうかしら?試験に気兼ねする事なく、卒業まで自由の身……魅力的では?」

悪魔の囁きに耳を傾けてはいけないと、頭を抱えて唸る魔術生達は、卒業試験の所為で長期休暇も修学旅行も楽しめないと、残りの学生生活を半ば諦めていた筈。

「…くっ…卑怯な手を使いやがって…」

「人の足元を見るなんて…姑息過ぎでしょ!」

「皆さんと思い出を作りたいんです…豊穣の代の集大成にピッタリじゃありません?」

「そういう青くて、甘塩っぱいの出すのズルくない?!」

「……オレリア様に…憂いなく王家に嫁いで頂きたいのです…大切な人に…幸せになって頂きたいのです…」

「…貴族科が少々騒がしいとは聞いてるよ、俺達だってオレリアには幸せになってもらいたい……やるか?」

「仕方ないな…こうなったらヤケクソだわ…やってやろうじゃないの」

「ヨランダとエレノアに貸しだと伝えといてよっ!」

「フフッ…セイドとデュバルの新卒生の派遣枠を広げておくと、伝言を承ってます」

「……餌をばら撒き過ぎじゃない?」

使える既得権益と職権は最大限に使うが信条の令嬢方ですから…?

「とはいえ、戦場の海と山…全く想像がつかない…」

「山は燃やして、海は嵐に荒れた感じでいいんじゃないか?」

「観客の女性達が倒れる様な事になったら、失敗よ?」

「卒業試験より難解じゃないか…」

「デュバルの女傑か…先ずは歴史の勉強だな…」

魔術師達も勿論、祖国を守る為に戦った。
平和になった今も、深緑や紺青のローブを纏った魔術師達が、セイドやデュバルで活躍している。
だからといって、魔術師はレイダ妃に特別な思い入れは…おそらくない。
文官の様に中立を意識して是非を判断しないわけではなく、家を離れて魔塔に入る魔術師は、権力も派閥も関係ない為、いきり立って是非を論じる機会も必要もないから。
授業で習う程度の歴史は覚えておこうよとも思うが、多くの機密を持ち、俗世から切り離される魔術師達には、政も歴史も些末事なのだ。

「通し稽古は一週間後なので…よろしくお願いしますね?」

横暴だろ!という声が聞こえた気もするけど?扉を閉めてしまえばこっちのもの。

「エイデン様、仕掛けを探しながら帰りませんか?」

「そ、そうですね…どうせなら制覇しましょう」

握り拳を作って隣のエイデン様を仰ぎ見ると、困った様な笑顔で頷き返してくれた。











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