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剣術大会
188:衣装
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季節を進める準備とばかりに夏と秋がせめぎ合い、ここ数日は雨が多い。
学園の木々の緑はまだ濃いが、夏の空気を冷やす雨季が過ぎる頃には、黄色や赤が主役になり、緑の芝の絨毯も落ち葉の橙に覆われるだろう。
昨日の雨は風も伴った嵐の様だったが、今日は久し振りの快晴。
露を含んだ木々と芝の緑が、陽の光を反射して眩しさを増す庭園を、選択授業の時間を終えた生徒達が談笑しながら各々の学舎を目指して歩く中、何かに追われる様に髪を乱して逆走する令嬢が1人。
「オレリア様はっ、どこ?!」
時折立ち止まっては辺りを見回し、唇を噛んで再び走り出す姿を、すれ違う生徒達がギョッとした表情で振り返る。
胸元で揺れるリボンの色が水色であると確認すると、生徒達は立ち止まって好奇の視線を向けるが、令嬢は足を止める事のないまま魔術科棟へと向かって行く。
「クロエ?何処へ行くの?」
「ちょっと、髪のリボンが解けかけてるじゃないの」
「…クロエ?何かあったの?」
「………オレリア様……うっ…ふえっ…」
クロエと呼ばれた令嬢が、呼び止められた声に弾けた様に振り返り、3人の姿を視認すると涙を流してしゃがみ込む。
「「「クロエ?!」」」
驚きながら小走りに駆け寄り、制服が露に濡れてしまわない様、オレリアはクロエに手を差し出して近くのベンチへ誘導し、ヨランダとエレノアは、野次馬達に微笑みながら扇を広げた。
これで終わりだと暗に告げられた生徒達が、顔を引き攣らせながら足を動かし戻って行くのを確認して、ヨランダとエレノアもベンチへ目を向ける。
オレリアに背中を摩られながらしゃくり上げているのは、デュバル領の中に領地を持つエカルト伯爵家の令嬢クロエ。
剣舞の舞手でもあるクロエは、この時間の選択授業はダンスを取っていた筈。
授業で何かあったのかと尋ねると、涙に濡れた顔で共に来て欲しいと訴えてきた。
「……何これ…」
「…衣装が…」
クロエの案内で足を運んだダンスホールの準備室は、窓が全開になっており、雨が吹き込んだのだろう床には水が溜り、風に飛ばされてきたのか葉っぱや小枝が落ちている。
見回した室内の中央には、トルソーに掛けられた授業で使う練習用のドレスと剣舞の衣装が無惨な姿を晒していた。
「ダンスの授業を終えて、衣装の確認に来てみたら…この状態だったのです」
「先生は何て?」
「警備員と見回りをした時には、ちゃんと窓も閉じていたと……とても驚いていらっしゃいました」
「私達の衣装は洗えば何とかなるけれど、オレリア達は…無理そうね…」
ヨランダ達の衣装のダブルブレストのロングドレスは、軍服と同じ生地を使用している為、雨曝し程度では影響のない丈夫な作りになっているが、オレリア達の流浪の踊り子を模した衣装は、生地も繊細で色使いも淡く、羽やファーも使用している為、洗濯しても元通りとはいかない状態になっている。
「あら?皆様お揃いで何を…?っまあ!?大変!剣舞の衣装がっ!!」
呆然と立ちすくむ4人の背中に、大袈裟過ぎる声がかけられた。
振り返って確認した声の主は、王都のサロン経営で成功を納めて爵位を買った男爵家の令嬢。
「ああ…酷いわ、この様な衣装を纏われたら、折角の舞も台無しになってしまいますわね…」
「水も滴ると申しますが…これでは濡れ鼠ですわね」
「濡れ鼠だなんて…フフッ…」
連れ立っているのも同じ新興貴族の令嬢達だが、貴族になって日が浅いからか品位に欠けている。
扇で口元を隠していても、目元は楽しくて堪らないと言う様に細められ、発する声と言葉は揶揄が隠し切れていない。
「っちょっと!貴女達ーー」
「クロエ」
高位貴族に挨拶もなく侮蔑の言葉までかけるなんてと、クロエが涙に濡れた赤い目を吊り上げたが、オレリアがそっと手で制した。
準備室の窓を全開にした犯人はおそらくこの令嬢達だろう。だが、証拠もない為追及する事は出来ない。
歯痒い思いで唇を噛んだクロエに、大丈夫と微笑みかけた3人が前に進み出た。
「ご機嫌様?」
「…なっ、何ですの?」
美しい笑みを浮かべて挨拶をするオレリアに、令嬢達が怯んで後退る。
「あら?貴族の挨拶はご存知ない?貴族でなくても先ずは挨拶…人として基本ではなくて?」
「マナーの授業で挨拶の仕方を習いましたでしょう?……身分が下の者から口を開く事は許されない、ともね…?」
「み、皆が平等という学園の教えに背く様な事を、堂々と仰いますのね」
「高位貴族であられる皆様は、手本となるべきでは?」
エレノアとヨランダの低い声に顔を引き攣らせながらも、言い返す度胸は認めよう。だが、平等の意味を履き違えているであれば指摘ししなければならない。
「平等と宣いながら私達に高位貴族であれと訴えるのは、矛盾しているのでは?それから意味を履き違えていらっしゃる様ですが、学園の教えである平等とは、学生に与えられる環境、時間、物が身分に左右されて学びに影響がない様にと配慮されたものであって、身分を逸脱して接していいと言う事ではありません」
オレリアの尤もな説明に顔を歪ませた令嬢達に、ヨランダとエレノアが、扇を広げて口元を隠し、とどめを差しにかかる。
「そもそも?貴女達とはクラスも違いますし?選択授業も共にした事はない…挨拶もなく気軽に会話をする様な仲でもないわよね?」
「そうね…家名は存じているけれど、貴女方のお名前は?」
「「「「…………」」」」
「名乗れない程の名前なら、気安く話しかけないで。下がりなさい」
「っ剣舞を、楽しみにしておりますわ!」
エレノアの言葉にビクリと肩を揺らした令嬢達は、悔し紛れの一言を吐いて準備室を後にした。
学園の木々の緑はまだ濃いが、夏の空気を冷やす雨季が過ぎる頃には、黄色や赤が主役になり、緑の芝の絨毯も落ち葉の橙に覆われるだろう。
昨日の雨は風も伴った嵐の様だったが、今日は久し振りの快晴。
露を含んだ木々と芝の緑が、陽の光を反射して眩しさを増す庭園を、選択授業の時間を終えた生徒達が談笑しながら各々の学舎を目指して歩く中、何かに追われる様に髪を乱して逆走する令嬢が1人。
「オレリア様はっ、どこ?!」
時折立ち止まっては辺りを見回し、唇を噛んで再び走り出す姿を、すれ違う生徒達がギョッとした表情で振り返る。
胸元で揺れるリボンの色が水色であると確認すると、生徒達は立ち止まって好奇の視線を向けるが、令嬢は足を止める事のないまま魔術科棟へと向かって行く。
「クロエ?何処へ行くの?」
「ちょっと、髪のリボンが解けかけてるじゃないの」
「…クロエ?何かあったの?」
「………オレリア様……うっ…ふえっ…」
クロエと呼ばれた令嬢が、呼び止められた声に弾けた様に振り返り、3人の姿を視認すると涙を流してしゃがみ込む。
「「「クロエ?!」」」
驚きながら小走りに駆け寄り、制服が露に濡れてしまわない様、オレリアはクロエに手を差し出して近くのベンチへ誘導し、ヨランダとエレノアは、野次馬達に微笑みながら扇を広げた。
これで終わりだと暗に告げられた生徒達が、顔を引き攣らせながら足を動かし戻って行くのを確認して、ヨランダとエレノアもベンチへ目を向ける。
オレリアに背中を摩られながらしゃくり上げているのは、デュバル領の中に領地を持つエカルト伯爵家の令嬢クロエ。
剣舞の舞手でもあるクロエは、この時間の選択授業はダンスを取っていた筈。
授業で何かあったのかと尋ねると、涙に濡れた顔で共に来て欲しいと訴えてきた。
「……何これ…」
「…衣装が…」
クロエの案内で足を運んだダンスホールの準備室は、窓が全開になっており、雨が吹き込んだのだろう床には水が溜り、風に飛ばされてきたのか葉っぱや小枝が落ちている。
見回した室内の中央には、トルソーに掛けられた授業で使う練習用のドレスと剣舞の衣装が無惨な姿を晒していた。
「ダンスの授業を終えて、衣装の確認に来てみたら…この状態だったのです」
「先生は何て?」
「警備員と見回りをした時には、ちゃんと窓も閉じていたと……とても驚いていらっしゃいました」
「私達の衣装は洗えば何とかなるけれど、オレリア達は…無理そうね…」
ヨランダ達の衣装のダブルブレストのロングドレスは、軍服と同じ生地を使用している為、雨曝し程度では影響のない丈夫な作りになっているが、オレリア達の流浪の踊り子を模した衣装は、生地も繊細で色使いも淡く、羽やファーも使用している為、洗濯しても元通りとはいかない状態になっている。
「あら?皆様お揃いで何を…?っまあ!?大変!剣舞の衣装がっ!!」
呆然と立ちすくむ4人の背中に、大袈裟過ぎる声がかけられた。
振り返って確認した声の主は、王都のサロン経営で成功を納めて爵位を買った男爵家の令嬢。
「ああ…酷いわ、この様な衣装を纏われたら、折角の舞も台無しになってしまいますわね…」
「水も滴ると申しますが…これでは濡れ鼠ですわね」
「濡れ鼠だなんて…フフッ…」
連れ立っているのも同じ新興貴族の令嬢達だが、貴族になって日が浅いからか品位に欠けている。
扇で口元を隠していても、目元は楽しくて堪らないと言う様に細められ、発する声と言葉は揶揄が隠し切れていない。
「っちょっと!貴女達ーー」
「クロエ」
高位貴族に挨拶もなく侮蔑の言葉までかけるなんてと、クロエが涙に濡れた赤い目を吊り上げたが、オレリアがそっと手で制した。
準備室の窓を全開にした犯人はおそらくこの令嬢達だろう。だが、証拠もない為追及する事は出来ない。
歯痒い思いで唇を噛んだクロエに、大丈夫と微笑みかけた3人が前に進み出た。
「ご機嫌様?」
「…なっ、何ですの?」
美しい笑みを浮かべて挨拶をするオレリアに、令嬢達が怯んで後退る。
「あら?貴族の挨拶はご存知ない?貴族でなくても先ずは挨拶…人として基本ではなくて?」
「マナーの授業で挨拶の仕方を習いましたでしょう?……身分が下の者から口を開く事は許されない、ともね…?」
「み、皆が平等という学園の教えに背く様な事を、堂々と仰いますのね」
「高位貴族であられる皆様は、手本となるべきでは?」
エレノアとヨランダの低い声に顔を引き攣らせながらも、言い返す度胸は認めよう。だが、平等の意味を履き違えているであれば指摘ししなければならない。
「平等と宣いながら私達に高位貴族であれと訴えるのは、矛盾しているのでは?それから意味を履き違えていらっしゃる様ですが、学園の教えである平等とは、学生に与えられる環境、時間、物が身分に左右されて学びに影響がない様にと配慮されたものであって、身分を逸脱して接していいと言う事ではありません」
オレリアの尤もな説明に顔を歪ませた令嬢達に、ヨランダとエレノアが、扇を広げて口元を隠し、とどめを差しにかかる。
「そもそも?貴女達とはクラスも違いますし?選択授業も共にした事はない…挨拶もなく気軽に会話をする様な仲でもないわよね?」
「そうね…家名は存じているけれど、貴女方のお名前は?」
「「「「…………」」」」
「名乗れない程の名前なら、気安く話しかけないで。下がりなさい」
「っ剣舞を、楽しみにしておりますわ!」
エレノアの言葉にビクリと肩を揺らした令嬢達は、悔し紛れの一言を吐いて準備室を後にした。
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