王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

186:微笑ましい?幼少期

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中央に戻って浅かったデュバル家は、幼いオレリアをソル殿に預けて王都に向かい、カイエンや、セイド、ラスターの協力を得ながら、スナイデルやキリング等、中央に顔が利く家門とも縁を繋ぎ、後継者であるアレン殿の人脈作りに尽力していたという。

懐かしむ様に視線を遠くへ向けたオレリアが、釣り書きに書かれていなかった、自身の幼少期を語り始めた。

「私は、曾祖伯父が鬼籍に入るまでは、領地で過ごしていました。社交シーズンで両親と兄が王都にいる間は、曾祖伯父と乳母や使用人達が面倒を見てくれていたそうです」


『おおおおおおじしゃま、チラチラっ!』

『貝拾いか?今日はチラチラな貝が見つかるといいな』

『オリア、オーソン達が居なくて淋しくないか?』

『おおおおおおじしゃまは、オリアがいるから、さみしくないわ』

『……淋しくは…ない様だな…』


「デュバル公爵にも2人の話を聞いたが、本当に仲が良かったんだな。リアが産まれる前に、前公爵は亡くなられていたそうだが…前公爵夫人も?」

「はい…祖母は、私が産まれる1年前に鬼籍に入っております。なので、母は王都のカイエンの屋敷に里帰りをして私を産みました」

「産まれは王都だったのか…」

「半年程で領の屋敷に戻ったと聞いています……私自身の曾祖伯父の記憶は多くはありません。ですが、家族に話を聞いたり、日記を読んだり…宝物庫には、曾祖伯父と私の肖像画も飾られているので、思い出は沢山あります……デュバルの歴史や、曾祖伯父の生い立ちだけを見たら、不幸に思われるかもしれませんが、私達家族はとても幸せでした」

多くない記憶を、思い出の品で補いながらソル殿を偲んでいると話すオレリアは、父であるデュバル公爵と同じ言葉を紡いで微笑んだ。
ソル殿の最期の言葉も幸せだった。ならば、それが全てなのだろう。
己の物差しで測って悲観する事は、もうない。

「デュバル公爵も、リアと同じ事を言ってたよ……ハハッ…200年、300年このままでもよかったとも言ってたな」

「?!父が、その様な事を…?」

「夫人と結婚してなければ、セイドやラスター、アズールと縁を繋ぎながら、海を守っていただろうと話していたよ」

公国ではと言った時のデュバル公爵の慌て様に、無期限にも限度はあるだろうと 3人で苦笑いを漏らしたが、200年でも、300年でも快適な生活を送るつもりでいたデュバル家を他所に、ソル殿を守る為に下された王命は、事情を知らない者達から、レイダ妃の引責と捉えられ、デュバルの孤立という皮肉な結果となった。

「……こ、公国になるつもりは微塵もありませんでしたが、一時、デュバルは孤立したそうです。セイドは王命の撤回を嘆願しましたが、国王も、デュバルも、首を縦に振りませんでした…ならば息子を領婿にと、後継者だった曾祖父が婚約者として15歳の時に入領し、6年後に曾祖母と結婚したのですが……曾祖伯父と対面した曾祖父は、驚き過ぎて倒れてしまったそうです」

船の贈り物には笑みを浮かべていたが、流石に公国の話は笑えないらしい…
制服のスカートを握り締め、青ざめた顔で話すオレリアに笑いが込み上げる。

「…ッ…クッ…それは…驚いただろうな。だが、デュバルに味方がいてくれて良かった…小公爵夫妻の10年前の婚約解消の事も、想い合う2人を割く様な事はしないと、セイド公爵が首を縦に振らなかったと聞いていたが、強い恩義を感じての事でもあったんだな」

悪くなる戦況、士気の下がった軍人達、砦を破られるのではという焦り…抜き差しならない状況に降り立ったレイダ妃は、セイドの者達には女神に見えただろう。

聞き入れられなかった嘆願にめげる事なく、後継者を領婿に送った当時のセイド公爵の行動には驚きだが、その恩義は途絶える事なく、アレン殿とアリーシャ様の切れそうだった縁も繋ぎ留めた。

「はい…兄と義姉の婚約は、お2人が6歳の時に整ったのですが、当時からとても仲がよろしかったそうです。私も、義姉が来てくれる日はとても楽しみでした……そういえば…コーエンお兄様も、よく遊んで下さいました。お人形遊びや、お絵描き、かくれんぼ…兄に泣かされた時は、私を抱えて、庭を歩いて慰めても下さいました」

「……コーエン…お兄様?慰める…?…お人形?」 

心地良くて、眠ってしまった事もあると微笑むオレリアだが、俺はそんなに丁重に扱われた事はないぞ…


『兄上!一緒に遊んで下さいっ!』

『……違うな…』

『?何が違うのですか?兄上』

『フラン、どうやら俺は産まれる家を間違えたらしい……そうでなければ不公平だ』


フランの兄を務めている自分に褒美をくれと、至極失礼な理由で、妹を産んで欲しいと両親を困らせていた兄を思い出したが、まさかその真の理由が…

「?!申し訳ございません…フラン様の御令兄様に、馴れ馴れしく…」

「ああ、いや…お兄様と呼ぶ程の仲だった事に驚いただけだ。気分を害したわけでは……いや、害してるな…」

麗しい兄妹の、微笑ましい思い出の中に、ネイトだけでなく兄までいた事が非常に不愉快。
高笑いする兄の顔まで浮かんで、更に気分が下降する。

「……あの…」

「俺の知らないリアを、兄が知っているんだろう?非常に気分が悪い」

細腰に腕を回して引き寄せ、目尻に、額に、頬に…閉じた瞼に口付けながら不満を漏らすと、オレリアは小さく肩を揺らし、戸惑いがちに薄く唇を開いた。

「フラッ……んっ…」

「その顔は…誰にも見せてくれるな…」

水蜜桃より甘い唇と、仄かに香るオレンジの香りに包まれて、その後は気分良く帰城した俺だったが、執務室で迎えたカインの形相に戦慄する事になる。



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