王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

180:レイダの生涯 オーソン

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「レイダ妃がルスカス殿下と婚約したのが8歳です。その頃はまだ病弱だった殿下と、殿下の愛する国を守ると、10歳から軍事訓練に参加した事が、デュバルの女傑の始まりです」

「最初からドレスで?」

「何時如何なる時も戦えなくてはならないと…ですが、軍服姿で夜会で踊る貴族令嬢はいませんからね。ドレスで戦う術をご自身で模索しながら訓練に励んだそうです。わざわざ戦場にまでと思われるかもしれませんが、軍人である前に公爵令嬢であり、王太子妃となる者という矜持があった……私の推測ですが、戦場で軍を率いる自身レイダは、守られる者ではないのだと、皆に示す意味もあったと思います」

「ドレスに、そんな理由が…」

「その示しと導きがあったから、皆も着いて行ったんだろう」

「だからといって、初陣が14歳は…成人してると思ってたから衝撃が強い…」

劇や小説のデュバルの女傑は、成人した女性で描かれ演じられている為、その印象が強かったのだろう。
ひたすら守る人生が始まりが齢14からだった事に、歳の近いナシェル殿が眉を寄せた。

「紺青の軍団を率いる幼い貴族令嬢に、敵は驚き、怯んだそうですよ。アデラの要塞を拠点に、海で、陸で…一時期は川を上って王都にまで敵の手が伸びましたが、先回りしていたレイダ妃と王国軍が守り切りました」

「戦況を見極め、戦局まで動かしたと…?」

「軍人の命を預かる地位にいますからね…」

騎士団と王国軍が王都を守り、セイドも他国の警戒を強めていたとはいえ、齢14の少女が、己の肩に重くのし掛かる命の重さを感じながら戦場に立ち続ける心境は、正直なところ大人の自分にも計り知れない。

「レイダ妃に注目が集まりがちだが、父公爵と兄も軍師として名高い。3年もの間、デュバル軍海だけで海を守ってこれたのは、軍の強さも勿論だが、3人の采配も大きかったのは確かだろう」

「それでも、全く被害がなかったわけではありませんでしたから、予定されていた2人の結婚は延びに延びて終戦から5年後になりました」

「5年も待って、結婚生活が僅か1年て……」

その生活も殆どが戦場ですよねと、遣る瀬無いといった表情で溜め息を吐いたナシェル殿は、デュバルを信じるなと吹き込まれ、自身でレイダ妃とデュバルについて調べていたという。
否と答えて上げたいところだが、そうであればルスカス殿下は敵の剣に散る事はなく、レイダ妃も大伯父も王家の道を歩んでいただろう。

「人の手ではなく、自分の手で守りたいと…ルスカス殿下が薨去されるまでの1年半、お2人は戦場に立ち続けました。ルスカス殿下は、成人される頃にはお身体も丈夫になり、剣の腕も相当だったそうです。婚約時から仲がよろしかったお2人は、希望の塔で、街の復興を見守りながら国の未来を語り合っていたと、レイダ妃の日記に記されてました」

「…小説では、なかったのですね…」

「はい…デュバルの者が、レイダ妃に関する事を話すのは法度と教えているので…娘は、レイダ妃の日記や絵を見て、希望の塔に憧れを持ち続けてきたのです」

レイダ妃の兄公爵が描いた3人を、何時間でも眺めていた娘。
訓練で心折れそうな時は、絵の前で1人涙を流していた娘。
日記を開いて、いつか同じ景色を眺めたいと夢見ていた娘。

レイダ妃の真実に涙を流し、信念を絶やさないと、絵に誓った10歳の娘が眼裏に浮かぶ。

「娘は、レイダ妃の信念を受け継ぐ為、10歳から訓練に励みました。レイダ妃に多分に憧れているところもありますが、自身を重ねてはおりません。あの子なりの信念と夢を持って、殿下の隣りに立ちたいと…唯一でありたいと…そこは誤解のない様、ご理解願います」

「勿論です。私も、己が胸に抱いたものを…オレリア嬢とダリアを、守り、導きます」


『俺の生かされた理由は、母が己が胸に抱いたものを守る為。俺の存在理由は、俺の己が胸に抱いたもの…家族を守り、導く為だ』 


殿下の強い意志の宿る瞳が、かつての大伯父に重なって見えた。

「……ありがとうございます」

頷く殿下の横で、陛下の持つ時系列から此方へ視線を移したナシェル殿が、眉根を寄せながら重苦しく口を開いた。

「…公爵…その…レイダ妃は、子を身籠っていた事を…」

「……ご存知ありませんでした。『国より愛を選んだ事は悔いていないが、子供の事はどうするべきか』と…日記に綴られた感情は、戸惑いと苦悩、時に喜び…日によってバラバラでした」

「ルスカスの弟と後継争いになる事のない様、内紛の種になる子供をどうするか…相当悩んだのであろう…」

「確かに…正統性で言えば、ソル殿が王太子になりますからね…レイダ妃が除籍されていたとしても、担ぎ出される可能性は大いにある…それにしても、誰にも知られずに産むのは、大変だったのではないですか?」

王家の情報収集力を知る殿下からすれば、王都から離れたデュバルの地であっても隠し通すのは困難だと思うかもしれないが、当時のデュバルには大きな盾があった。

「レイダの母は王妹だ。王命に背いて離城したからといって、王家も簡単には召喚は出来ん。大戦中は影も間諜として国外に出払っていたそうだからな。情報の操作は造作もない。産める環境だけは整っていた……レイダの悩みを除いてな…」

「身籠った命を断つべきか悩むレイダ妃に、産む様に進言したのは母だった公爵夫人だそうです。子の命を断つ事はルスカス殿下に誓った愛を断つ事に等しいと、子供1人護れぬ者は国も守れないと叱咤し、励ましたそうです」

王家の色を持って産まれた子に、日影ではない、自身の太陽だとソルと名付けた。
誰にも等しく照らされる太陽の光の様に、誰をも等しく照らす人である様にと願いを込め、母として最初で最後の贈り物したレイダ妃は、半年足らずで戦線へ復帰する。

「こんなに苦しんだのに、誤解されたままなんて…」

悔し過ぎると顔を歪ませたナシェル殿に、陛下が目を伏せた。

「未来の王となる子を秘匿し、王家と国を欺いたとレイダとデュバルは責められる。王家はレイダと子に非道な人生を強いた事を責められる…打算と言われても仕方ないがな……互いに子を身籠っていた事を知らなかったとは言え、夫を喪ったばかりのレイダに弟王子の妃になれとは…酷な王命を下したものだ…」

「国の衰退が掛かっていた時期だからこそ、臣民の支持が必要だったというのも理解出来ます…レイダ妃が離城してから戦線に復帰するまでは、戦況も著しくなかった様ですしね」

「…その戦線への復帰が早過ぎませんか?事情はあれど、半年しか子供といられなかったんですか?」

「貴族は王命に背いたレイダ妃を非難し、民はレイダ妃に下した王命に非道と訴え、臣民の間に亀裂が生じたんです。戦場にいる騎士やセイド軍も、王家や貴族のルスカス殿下とレイダ妃に対する仕打ちに怒り、士気も下がってきた…レイダ妃はその事に心を痛め、戦線の復帰を早めたそうです」

誇大な賞賛と、手前勝手な非難の末に外された、歴代の王家より大きな肖像画が飾られていた画廊には、名前の書かれたプレートだけが残っている。


『己が胸に抱いたものは己が手で守れっ!!』


「それは、昨日の…デュバルの家訓…」

「『己が胸に抱いたものは己が手で守れ』…とは、戦線に復帰したレイダ妃の第一声だ。騎士やセイドの軍人達は、レイダ妃の鼓舞と、ドレス姿で戦場を舞う姿に神を見たと、戦時記録に記されておる」

「子供の事は、唯一己が手で抱いて守る事が出来ないものだと、何より護りたいものだったと…日記に記されてました」

「守り方は色々ある…とは、言ってはいかんのだろうな…」

「14歳で初陣、僅か1年半の結婚生活…子供と過ごせたのはたったの半年……無理…心が、折れる…」

ナシェル殿の言葉に陛下は立ち上がり、肖像画へと歩を進め、ナシェル殿は両手で顔を覆って俯いてしまった。
殿下も、小さく震える薄茶の頭に手を乗せて、天を仰いだ。

時代が違えば、ルスカス殿下と2人で長い時を過ごせたかもしれない。
息子だけでなく、弟や妹も産まれていたかもしれない。
時折、希望の塔に登って王都を眺めていたかもしれない。

レイダ妃の夢見た未来は、叶わない夢のまま…ひたすらに護る人生の最期は…

「……一度だけ、親子で海に出た事があるそうです。大伯父が11歳…初めての近海船上演習でした。半日にも満たない演習では、母と名乗られる事もなく、金扇ではたかれ、海に蹴り落とされたと…痛い思い出を話してくれました……レイダ妃は、その数日後、海賊の放った矢に倒れて最期を迎えました。少し掠った程度の傷でしたが、矢に…毒が塗られていたそうです」

「……ソル殿は…見送りは…?」

「レイダ妃の亡骸が王城へ向かう日…大伯父は、遠洋演習へ出たそうです…」


『金扇で叩かれて、海に蹴り落とされたくなかったからなーー』













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