王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

174:画廊にない絵

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歴代の王家の肖像画が並ぶ画廊へと足を踏み入れる。
巡回警備や護衛で何度となく来たが、長く伸びる廊の両壁に、自分と同じ金髪碧眼が並ぶ画廊は、あまり気持ちの良い場所ではなく、絵に目を向ける事はなかった。

単体、夫婦、家族…様々な肖像画が並ぶ中、北の塔へ送られた王族達の肖像画に掛けられている黒布を視認し、ナシェルを連れて来たのは無神経だったかと思い至って途端に居心地が悪くなる。

「なんで俺なんだよ。カインがいるだろ」

俺はもっと男前だぞと、布を捲って不貞腐れた声を出すナシェルは、己の無神経さに眉を顰める俺を、不器用なりに気遣ってくれているのか。

「たまにはいいだろう?」

「全然よくない。フランの所為で今日の仕事も疲れた。フランと居ても楽しくない。俺の睡眠時間が足りなくなる」

王子の仮面を取り払ったナシェルは、表情は豊かになり、言葉使いは粗野になり、そして…辛辣になってしまった。

「お前…何時間寝るつもりだ?」

「成長期なんだよ…って、頭を押さえるなっ。背が伸びなくなるっ!」

「その成長期を止めてやる」

極上の笑顔に乗せて毒を吐き、掌に念を込めて頭を押さえ付ける。
それらしい事を言っているが、寝汚いナシェルを早朝訓練に連れ出す為、ネイトユーリが格闘する姿は、特舎の朝のお馴染みの光景になっている。


『何度も言いますが、良質な睡眠を取る事が大事です。あんなゴワゴワの訓練着で寝てはいけません。次は取り上げますよ』

『そうしたら新しく支給してもらう』

『……お、起こしに行きませんよ?いいんですか?』

『それは歓迎する。小言が多いネイトと、耳元で気持ち悪く囁くユーリに起こされるのは寝覚めが悪い』

『~~っだああぁっ!』

『俺の囁きでは物足りないと仰いますか…では、目覚めのキスはいかがですか?』

『ユーリ、人の話をちゃんと聞け。それと、明日からはエルデ一択だ』

『フフッ…お任せ下さい、ナシェル様』

『エルデも、訓練着も、ダメですっ!!』


ネイトは小煩く、ユーリは巫山戯過ぎ、エルデに起こしてもらうのが一番いいと言うナシェルは、自分で起きる気はあるのか…?
何時ぞやの執務室でのやり取りを思い出して、溜め息を吐いた俺を他所に、画廊の奥へ視線を投げながらナシェルが声をかけてきた。

「……で?何故、画廊に?」

「レイダ妃の肖像画を見たいと思ってな」

ナシェルと2人になる口実に画廊の同行を頼んだが、この機会にオレリアの先祖であり、デュバルの女傑の先駆者でもあるレイダ妃を目にしてみたいと思ったのも事実。
見える範囲の絵を見回しながら、白金髪に白藍の美人なのだろうと期待に胸躍らせる俺を、ナシェルの信じられない一言が斬り捨てる。

「ない」

「……ない…?何故?」

「ルスカスの死後、2人の肖像画は外された」

「弟王子を気遣ってとか?」

「敵の剣に倒れた王太子と、王命に背いた王太子妃は縁起が悪いと、貴族達から声が上がったそうだ」

「貴族達が…?不敬じゃないか」

「あの時代は戦乱極めてたからな…」

「内乱を避ける為に聞き入れたと?」

「おそらくな」

「そうか……一つ聞いていいか?」

「もう既に、幾つも聞いてるだろ…」

「ハハッ…そうケチケチするなよ。あの面会の日、最後にリアに何を言おうとした?」

「脈絡のない話を…」

「昼間に、ふと思い出してね」

嫉妬ではなく、不器用なナシェルが素直に吐き出せなかった言葉を聞きたかった。今なら聞けると思って連れて来た。

「それで…俺だけ画廊に連れて来たのかよ」

「画廊の案内も兼ねてるよ」

「………体調が悪いなら無理をするなと言えなかった。エルデの施す化粧が一番良いと言えなかった。クジラの声に振り回されていたのも多分にあったが、一番近い存在だからこそ、隙を見せてはいけないと思っていた。傷付けるのが嫌で近くに来る事を拒んだが、離れていくのも不安で執着した」

「とことん不器用で面倒くさい男だな…」

突き抜けた不器用振りに空いた口が塞がらないが、多感な時期に相手と自分を傷付けながら過ごした4年は、オレリアだけでなく、ナシェルにも長く厳しい年月だったのだと、改めて思い知らされた。

「とことんは余計だ。面倒くさいとは自分でも思うが…よく分からなかったんだよ………オレリアには、幸せになれと言いたかったんだ。その資格はないと、言うのをやめただけだ」

「そうか…」

「王に必要なのは統べる力だと、友愛、親愛、恋愛…そんな不確かな人の心は、判断を鈍らせるだけだと…最初から間違えていたんだ。ここに並ぶ器も素質も持ち合わせてはいなかった」

自身の肖像画に掛けられた黒布を一撫ですると、着いて来いと言う様にこちらに目を向け先を歩く。

「フランは、レイダ妃の事をどこまで知っている?」

「どこまでって…小説や劇で語られる内容程度だが?」

どの戦場にも、ドレスと金扇で降り立った公爵令嬢の話は、小説や劇になって国の至る所で語り継がれている。

が、何故、公爵令嬢…?

デュバル海戦では、公爵令嬢だったが、領土戦では王太子妃だった筈。
理不尽な王命に離城したが、その後も海で山で戦場に立ち続け、戦後も海でダリアを守り続けた。
亡骸はルスカスと共に霊廟にあるし、王室記録にもレイダ妃の名が載っている。

今更ながらの疑問に思考に陥りそうになる俺の耳に、ナシェルの溜め息が届く。

「……そういう意味じゃなくて……レイダではなく、レイダとも呼ばれている事を知っているか?」

ナシェルが足を止めて身体ごと向き直った壁は、絵と絵の間が不自然に広く空いており、ルスカス・ダリアとレイダ・ダリア=デュバルの名が刻まれたプレートだけが残っている。

「軍人や平民、武の家門や地方貴族は、デュバルの女傑、救国の戦女神と呼んで敬意を表しているが、中央貴族は、王命に背いた戦狂乙女と呼んで口を歪める」

外された肖像画、貴族達が呼称する元妃…

「どこまでも不敬だな。レイダ妃は離城しただけで、除籍されていない。ルスカスと2人で眠っているだろ」

「一度は除籍されてる。領土戦の記録は、デュバル公爵家令嬢と記されてた……どんな経緯があったかは知らないが、レイダ妃の死後、ルスカスの父王がレイダ妃の復籍と、ルスカスの元に亡骸を戻す事を決定したんだ。一部の貴族の反発はあったが、武の家門と地方貴族家の賛成の声と、民達の王の決定を歓迎する声が退けた……そういう経緯も、あるんだよ…」

「知らなかった…そしてナシェルは、詳しいな…」

「詳しくない……色々調べたけど、疑問が増えて終わった…」

「疑問が増えた…?」

「…デュバルは、いつ裏切るかも分からないと、狸達に吹き込まれた事があってな…」

「レイダ妃だけでなく、デュバルまで?」

「レイダ妃は復籍したのに、デュバルは国の守りに重きを置けと王命を下され、その後60年間、中央から離れていたのは事実だ…狸の言葉を鵜呑みにする事はなかったが、父に聞いても今のデュバルを見て判断しろと言われるだけで、理由は教えてくれなかった…誤解のない様言っておくが、オレリアに対する態度の原因に、デュバルの歴史は関係してないぞ」

「ナシェルはそんな事で人を判断しない…分かってるよ……戻るぞ。子供は寝る時間だ」

「もう、二度と、お前の頼みは聞かない」

怒るナシェルを宥めて戻りながら、壁へと振り返って想像する。
名前しか残されていないプレートの上に、どんな2人が飾られていたのかと。






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