王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

167:俺だけに

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黒色天香、冬の妖精、氷の美姫…それらの二つ名に違わず、王城で見かける姿は常に凛として、近寄り難い美しさを纏っていた。


『王太子殿下に拝謁致します。デュバル公爵家が長女、オレリア・ファン・デュバルにございます。殿下に於かれましては、ご清栄の事とお慶び申し上げます。本日はお時間を頂きありがとうございます。お忙しい殿下の御自らのお出迎え、恐縮にございます』


押し付けがましくない甘い香り、色を載せた程度の化粧、目を合わせない様にと襟の辺りで固定された視線。
遠目には分からなかった美しさに圧倒され、これまで見てきた令嬢達と大きくかけ離れた姿に驚かされた、初めての挨拶。


『殿下に望まない結婚を強いる私に、お気遣いは無用です。殿下には憂いなくお過ごし頂ける様、身を弁え、妃の仕事を全うし、殿下を煩わせる様な事は致しません』


男色下衆野郎でも構わないと、ひたすらに正妃であろうとするオレリアに失態を晒したあの日。
ナシェルの廃太子と俺の立太子、そして、俺とオレリアの婚約が発表されたが、同時に、王家主催の夜会やお茶会は自粛とも発表され、披露目がないのは王太子の男色が原因かと、貴族達の間で囁かれた。


『無い知恵を絞った結果が城下町…?』

『お前が行きたい所なんじゃないのか?』


今は執務を最優先に、復学も控えるオレリアと会うのは最低限でと考えていた俺には、夜会も茶会もないのは好都合。
とは言え、カイン達には男色の噂を払拭するには適度な歩み寄りが必要と尻を叩かれ、エルデに主をよろしくと頭を下げられた事もあり、儀式の前に会えないかと、オレリアに手紙を認めたのだが…
城下町へ出かけると告げた俺に、気取った場所よりはいいと頷いてくれたのはウィルだけで、カインは呆れ、ネイトは鋭く突っ込んできた。


『これが…鱗?キラキラして、とても綺麗ね…』

『お家の手伝いをしてるの?すごいわね。私にも1つくれる?』

『こういう食べ方であってる?フフッ…美味しい…』


遠慮のない子供達には驚いたが、子供達に囲まれながら、見た事のない笑顔を浮かべて城下町を歩くオレリアには、更に驚いた。
切り身になる前の魚に目を丸くし、家を手伝う子供の頭を撫でて、すごいと褒める。
串に刺した肉を小さな口で齧り、口にソースを付けたまま美味しいと微笑む。
普通の貴族令嬢なら、絶対にしない行動と反応は大変好ましく、民に愛される王妃になるだろうと心強く感じた。


『ーー私のナシェル様に添う努力が足らなかった事も原因の一旦なのです…今更ではありますが、フラン様の騎士としての道を絶ってしまった私で…よろしいのですか?』


王城での凛としたオレリア、城下町で子供達に笑顔を向けるオレリア、俺の道を潰えたと涙を浮かべて、自分を責めるオレリア。

もっと、知りたい…

今思えば、この時から惹かれ始めていたのかもしれない。
適度に歩み寄り、干渉し合わない関係を築きたいと思いながらも、気付けば、護衛を下がらせ、オレリアへと手を伸ばしていた。
以降、オレリアとの手紙のやり取りが楽しみの1つになり、宰相の姪へ向ける暑苦しい愛に微笑ましさを覚え、出来上がったドレスに、オレリアの反応を心配して…
これを好きと言わずに何と言うと己に突っ込みたくなるが、義務であると頑になっていたあの頃の俺は、カインとネイトに気付かされるまで、自分の心の内に起きている変化にも、オレリアの気持ちにも、特別気にかける事をしなかった。


『人を好きになるのに時間は関係ないだろ。ふとした表情や、思いがけない言葉、その時、身を置いていた状況…要はきっかけだな』

『一目惚れも、長年の友情が恋に変わるのも瞬間の出来事だと。恋は落ちるもので、その先は想いを育むものだと…エレノアも言ってますよ』


7歳も年下の婚約者の受け売りを得意げに話すカインと、ニヤつきながらも普通の事だと説いてくれたネイトに背中を押され、チョロ過ぎる自分に開き直った俺は、オレリアの療養期間に距離を縮めるべく務めたが…


『フラン様の御心のままに』

『異存はございません』

『私より、フラン様はいかがですか?』


母親の死と、ナシェルとの婚約期間で培われた遠慮と従順さが、強固な壁となって俺に立ちはだかった。


『私の色だけを、その身に纏えと教えた筈だっ!』

『ーー今日の化粧は誰が施した?ーー』

『ナシェル様に於かれましては、ご自愛頂きます様ーー』

『オレリア』

『……はい』

『……いや、いい…行け』

『…ご自愛下さい…ナシェル様』


ここまでとは想像もしなかった2人の関係。
そして、あの時ナシェルは、オレリアに何を言おうとしていたのか…


『リア、何を読んでいるんだ?』

『っ申し訳、ございません…』

『いや…俺の方こそ、邪魔をして悪かった』

『リア、そのドレスーー』

『っ直ぐにっ!着替えて参ります。御前、失礼致します』

『……似合ってると、言いたかったんだが…』


面会以降、更に萎縮し、常に窺う様な目線を向けてくる。
心の中でナシェルに悪態を吐きながら、オレリアの甦ったトラウマを刺激しない様、付かず離れずの距離を保って声をかけ、共に過ごし、療養期間を終える頃にはオレリアも萎縮する事はなくなった。
が、それでもナシェルの影響が色濃く残るオレリアの態度に苛立ち、最後の最後で八つ当たり。


『何事も余裕のない男性は見ていて恥ずかしいですね』

『後釜殿下に男色殿下…』

『破廉恥殿下に、狭量殿下…ダリアの未来は危ういな…』

『仲直りは出来たのか?』

『ええ、殿下の誠意と愛のおかげで』

『誠意と愛のある人間は、狭量を晒す事はしないだろ…』


辛辣な側近達、面倒くさい3人、穏やかでない日々…疲れた俺を癒すのはオレリアの笑顔。

だが、人は欲深い。
もっと、もっとと手を伸ばして、乞い、強請る。
俺は義務だなんて思っていない。領分などより、自分の心を優先して、もっと我儘になっていい。俺の前ではオレリアのままでいて欲しい。


『ーー嫌なのっ!き、妃っとして…失格だと言われても…フランッ…様に……私だけだと…っ…言って…もらいたい……』


感情を爆発させた、オレリアのあの言葉は、半ば強制的に言わせたもの。
それでも、本音を聞けた事に満足した…筈だった。


『政略であっても、私はこの場にいる誰よりも、殿下を癒し、慈しみ、愛する…殿下は私の唯一の存在です。私がいる限り、その唯一は私だけのものです』


誰に強制されるでもなく、感情を爆発させるでもなく…俺を唯一だと、俺の唯一だと告白するオレリアに、まだ足りないと手を伸ばす。

人は、欲深い。その言葉は、俺だけに…






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