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デュバルの女傑
170:あの時の騎士様は マリー
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いつもと違う空気に食堂が包まれる。
フラン殿下が素敵だった。ネイト様が素敵だった。オリヴィエ皇女が麗しかった…
鳴り止んだ音楽の代わりに、其処彼処から興奮気味の生徒達の声が耳に届く。
本当にこの場に居たのだろうか、夢だったのではないだろうか。
生徒達も同じ夢を見ていたのではないだろうか…
見上げた2階席に、殿下方が食事をされていた席の後片付けをする使用人の姿を見つけて、やはり居たのだと納得して息を吐く。
それ程に唐突で、圧倒された時間だった。
「2人共、その様に突っ立っていないで、お座りになったら?」
「お紅茶はいかが?落ち着くわよ」
ここだけは、いつも通りの空気ね…
興奮冷めやらぬ生徒達をチラリと見て、興味がないとばかりにティーカップに口を付けた2人は、行儀悪くテーブルに肘を着いて溜め息を吐いた。
「不問とはいえ、反省文は免れないわね…本日のネイト様の感想文なら、100枚でも書けますのに…」
「たったの100枚?ヨランダのネイト様への思いも大した事ないわね…それとも、ユーリ様なら、もっと書けるのかしら?」
「勿論…と言いたいことろだけれど。残念ながら、ネイト様の後光が強過ぎて…殿下と共に霞んでましたわね…そう仰るエレノアこそ、本日はお見えになられなかったカイン様の事は?」
「愚痴なら幾らでも……それでも、10枚が限界ね…」
殿下と婚約者様に対して、不敬が過ぎるのでは?
そんな事より、この2人、全く反省していないじゃないの!
テラスに吹き抜ける風が、汗で湿った制服を冷やし、更に体温を下げていく。
震える足を悟られない様に席に着き、それでも震える手は隠し切れないままに、ティーカップを手にした私へと、エレノア様が揶揄う様な視線を向けて口を開く。
「それで?貴女のフラン殿下への思いは何枚程度なのかしら?」
「私達まで巻き込んだのだから?相当な枚数なのでしょう?」
「先程の私を見ておきながら、その様な不躾な事を…やはり、元ローザと侮ってーー」
つい今し方拒絶されたばかりの私に、屈辱的な質問を投げる2人に怒りが湧く。
質問の意図次第では、ティーカップごと投げつけてやると、指に力を入れて口を開いた私に気付いているのか、いないのか。
「侮っていたら、こんな事は聞かないわよ」
広げた扇で煽る様に、こちらへ風を送るエレノア様は、どう見ても私を侮っている様にしか見えない。
「まあ、私達のネイト様への崇高な愛とは、比べる価値もないものでしょうけど」
「崇高って…絵姿を並べて喜んでいるだけじゃないの!」
「貴女は、絵姿をお持ちでないの?」
「…っも、持ってるわ…」
「どちらの書店の?」
「え?ど、どちらとは…?」
「もしかして…ご自身で絵姿を選んでいらっしゃらないの?」
「私達は、父に…頼む事が、多いので…」
着の身着のままダリアに辿り着いた私達だが、身なりを整えるドレスよりも、書店に並ぶ絵姿に目を奪われた。
ローザで見かける絵姿は、小難しい顔をした皇族ばかり。それも下手に手に取れば、支持しているのかと勘繰られ、時に命も狙われる。
命懸けで手にしたい様な絵姿もないローザと違って、王族から舞台役者まで、様々な殿方を愛られるダリアの絵姿は非常に魅力的に映った。けれど、ローザでの経験が気軽に手を伸ばす事を躊躇わせ、父親達に頼んで学園に届けてもらっている。
「なんて…怠惰なの!貴女、それでよく殿下を慕っているなどと言えますわね!よろしくて?私達は、焼け付く様な陽射しの日も、突き刺す様な冷たい風の日も、化粧もロールも流れてしまう様な豪雨の日も!自身の目で、最高の1枚を求めて書店を巡っているのです!」
「そ、そこまで…?」
興奮した様に話すヨランダ様の金髪が、サラリと肩から滑り落ちる。
最近はとんと見かけなくなった凶器の様な縦ロールを流す雨とは、最早嵐ではないの?
「殿下への愛の程度が知れるわね…アネット嬢は?フラン殿下とネイト様、どちらがお好き?」
「私ですか…?お2人共に近くで拝見したのは、今日が初めてでしたし…畏れ多くて、目を向けられなかったので…どちらと尋ねられても…分かりません…」
「初めて…素敵な響きだわ。私が初めてネイト様をお見かけしたのは、姉の結婚式の後にデュバルの屋敷で開かれた宴の時よ。運命を感じたわ…崇高過ぎて断念しましたけれど…」
「私は、まだ浅いのよね…憧れてはいたけど、友人達と絵姿を求めて歩くのを楽しんでいた程度だったの。けれど、生身のネイト様に会って、名前を呼んでもらって、生身の手を握って…ネイト様に後光が差して見えたわ……それなのに、カイン様が…全く、腹立たしい…」
「フッ…初心者の分際で、抜け駆けなんてするからよ。それで?アネット嬢はどちら?」
「そ、そういう意味でしたら、私は…先程の、オ、オリヴィエ皇女が…眩しく、輝いて見えました」
この2人は、会話がどういうものか分かっていないのでは?
どちらでもないと答えたアネットの話を無視して思い出に浸り、どちらでもないと答えたアネットに同じ質問をするヨランダ様には呆れるが、苦笑いを零しながら答えるアネットの生真面目さにも、溜め息を吐きたくなる。
「確かに…骨の髄までダリアの者となれなんて…中々言えないわよね」
「血ではなく、人を見よと言われて…反省したわ」
「でも…一番痺れたのは…マリー様に放った言葉よね」
『発言は許可しないと言った筈よ…侮るな。口を閉じて、首を垂れよ』
「あの時は……とても怖かった…先日の比ではない程に。けれど…私だけに命じられた言葉に、心臓がキュッと絞まって……高鳴ったわ」
「正に、鷲掴みね…」
「私も、鷲掴まれましたわ…いつもの書店に、オリヴィエ皇女の絵姿をお願いしようかしら?」
「その様な事が?出来るのですか?」
「贔屓にしている書店があるのよ。勿論、長い間通っているから出来るのよ?」
「出来上がるまでに時間を要しますし、特別料金ではありますが、世界で一枚だけの絵姿を手に出来ますのよ。その為に、人に頼むのではなく、自分の足で書店を巡って、自分の目で見極めて、最高のネイト様に囲まれて過ごすのよっ!」
「フッ…フフッ…」
「な、何ですの?」
「殿下に、お父様のメラノ侯爵がいいと言われて、頭がおかしくなったとか?」
「…本っ当に…失礼極まりない……でも…そうね、貴女達と話すのが、楽しいと思える程には、頭がおかしくなっているかもしれません」
「貴女こそ失礼ね…その減らない口を閉じて頂けるかしら?」
「ヨランダ様に言われても、少しも高鳴りませんけれど?」
「それを聞いて、安心しましたわ」
失恋、なのだろうか……目を閉じ、胸に手を当てて探った己の感情は、悲しみよりも畏怖の方が強い。
嫉妬、歓喜、絶望…押し寄せる感情に支配されていたあの時は気付かなかった。
あの時の騎士様が、騎士ではなくなっていた事に…
思い出しただけで、膝を着きたくなる。
それ程に高貴で尊く、威厳に満ちていた…
フラン殿下が素敵だった。ネイト様が素敵だった。オリヴィエ皇女が麗しかった…
鳴り止んだ音楽の代わりに、其処彼処から興奮気味の生徒達の声が耳に届く。
本当にこの場に居たのだろうか、夢だったのではないだろうか。
生徒達も同じ夢を見ていたのではないだろうか…
見上げた2階席に、殿下方が食事をされていた席の後片付けをする使用人の姿を見つけて、やはり居たのだと納得して息を吐く。
それ程に唐突で、圧倒された時間だった。
「2人共、その様に突っ立っていないで、お座りになったら?」
「お紅茶はいかが?落ち着くわよ」
ここだけは、いつも通りの空気ね…
興奮冷めやらぬ生徒達をチラリと見て、興味がないとばかりにティーカップに口を付けた2人は、行儀悪くテーブルに肘を着いて溜め息を吐いた。
「不問とはいえ、反省文は免れないわね…本日のネイト様の感想文なら、100枚でも書けますのに…」
「たったの100枚?ヨランダのネイト様への思いも大した事ないわね…それとも、ユーリ様なら、もっと書けるのかしら?」
「勿論…と言いたいことろだけれど。残念ながら、ネイト様の後光が強過ぎて…殿下と共に霞んでましたわね…そう仰るエレノアこそ、本日はお見えになられなかったカイン様の事は?」
「愚痴なら幾らでも……それでも、10枚が限界ね…」
殿下と婚約者様に対して、不敬が過ぎるのでは?
そんな事より、この2人、全く反省していないじゃないの!
テラスに吹き抜ける風が、汗で湿った制服を冷やし、更に体温を下げていく。
震える足を悟られない様に席に着き、それでも震える手は隠し切れないままに、ティーカップを手にした私へと、エレノア様が揶揄う様な視線を向けて口を開く。
「それで?貴女のフラン殿下への思いは何枚程度なのかしら?」
「私達まで巻き込んだのだから?相当な枚数なのでしょう?」
「先程の私を見ておきながら、その様な不躾な事を…やはり、元ローザと侮ってーー」
つい今し方拒絶されたばかりの私に、屈辱的な質問を投げる2人に怒りが湧く。
質問の意図次第では、ティーカップごと投げつけてやると、指に力を入れて口を開いた私に気付いているのか、いないのか。
「侮っていたら、こんな事は聞かないわよ」
広げた扇で煽る様に、こちらへ風を送るエレノア様は、どう見ても私を侮っている様にしか見えない。
「まあ、私達のネイト様への崇高な愛とは、比べる価値もないものでしょうけど」
「崇高って…絵姿を並べて喜んでいるだけじゃないの!」
「貴女は、絵姿をお持ちでないの?」
「…っも、持ってるわ…」
「どちらの書店の?」
「え?ど、どちらとは…?」
「もしかして…ご自身で絵姿を選んでいらっしゃらないの?」
「私達は、父に…頼む事が、多いので…」
着の身着のままダリアに辿り着いた私達だが、身なりを整えるドレスよりも、書店に並ぶ絵姿に目を奪われた。
ローザで見かける絵姿は、小難しい顔をした皇族ばかり。それも下手に手に取れば、支持しているのかと勘繰られ、時に命も狙われる。
命懸けで手にしたい様な絵姿もないローザと違って、王族から舞台役者まで、様々な殿方を愛られるダリアの絵姿は非常に魅力的に映った。けれど、ローザでの経験が気軽に手を伸ばす事を躊躇わせ、父親達に頼んで学園に届けてもらっている。
「なんて…怠惰なの!貴女、それでよく殿下を慕っているなどと言えますわね!よろしくて?私達は、焼け付く様な陽射しの日も、突き刺す様な冷たい風の日も、化粧もロールも流れてしまう様な豪雨の日も!自身の目で、最高の1枚を求めて書店を巡っているのです!」
「そ、そこまで…?」
興奮した様に話すヨランダ様の金髪が、サラリと肩から滑り落ちる。
最近はとんと見かけなくなった凶器の様な縦ロールを流す雨とは、最早嵐ではないの?
「殿下への愛の程度が知れるわね…アネット嬢は?フラン殿下とネイト様、どちらがお好き?」
「私ですか…?お2人共に近くで拝見したのは、今日が初めてでしたし…畏れ多くて、目を向けられなかったので…どちらと尋ねられても…分かりません…」
「初めて…素敵な響きだわ。私が初めてネイト様をお見かけしたのは、姉の結婚式の後にデュバルの屋敷で開かれた宴の時よ。運命を感じたわ…崇高過ぎて断念しましたけれど…」
「私は、まだ浅いのよね…憧れてはいたけど、友人達と絵姿を求めて歩くのを楽しんでいた程度だったの。けれど、生身のネイト様に会って、名前を呼んでもらって、生身の手を握って…ネイト様に後光が差して見えたわ……それなのに、カイン様が…全く、腹立たしい…」
「フッ…初心者の分際で、抜け駆けなんてするからよ。それで?アネット嬢はどちら?」
「そ、そういう意味でしたら、私は…先程の、オ、オリヴィエ皇女が…眩しく、輝いて見えました」
この2人は、会話がどういうものか分かっていないのでは?
どちらでもないと答えたアネットの話を無視して思い出に浸り、どちらでもないと答えたアネットに同じ質問をするヨランダ様には呆れるが、苦笑いを零しながら答えるアネットの生真面目さにも、溜め息を吐きたくなる。
「確かに…骨の髄までダリアの者となれなんて…中々言えないわよね」
「血ではなく、人を見よと言われて…反省したわ」
「でも…一番痺れたのは…マリー様に放った言葉よね」
『発言は許可しないと言った筈よ…侮るな。口を閉じて、首を垂れよ』
「あの時は……とても怖かった…先日の比ではない程に。けれど…私だけに命じられた言葉に、心臓がキュッと絞まって……高鳴ったわ」
「正に、鷲掴みね…」
「私も、鷲掴まれましたわ…いつもの書店に、オリヴィエ皇女の絵姿をお願いしようかしら?」
「その様な事が?出来るのですか?」
「贔屓にしている書店があるのよ。勿論、長い間通っているから出来るのよ?」
「出来上がるまでに時間を要しますし、特別料金ではありますが、世界で一枚だけの絵姿を手に出来ますのよ。その為に、人に頼むのではなく、自分の足で書店を巡って、自分の目で見極めて、最高のネイト様に囲まれて過ごすのよっ!」
「フッ…フフッ…」
「な、何ですの?」
「殿下に、お父様のメラノ侯爵がいいと言われて、頭がおかしくなったとか?」
「…本っ当に…失礼極まりない……でも…そうね、貴女達と話すのが、楽しいと思える程には、頭がおかしくなっているかもしれません」
「貴女こそ失礼ね…その減らない口を閉じて頂けるかしら?」
「ヨランダ様に言われても、少しも高鳴りませんけれど?」
「それを聞いて、安心しましたわ」
失恋、なのだろうか……目を閉じ、胸に手を当てて探った己の感情は、悲しみよりも畏怖の方が強い。
嫉妬、歓喜、絶望…押し寄せる感情に支配されていたあの時は気付かなかった。
あの時の騎士様が、騎士ではなくなっていた事に…
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