王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

165:我が婚約者

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「マリー様。貴女は、殿下の御尊名を口にする事を、いつ許可頂いたのですか?」

以前にヨランダ嬢と対峙した時よりもっと、更に鋭い目つきが令嬢を射抜く。
冬を纏うオレリアから、そこはかとなく冷えた空気が漂い、背筋が震える。

「…っ…き、許可は、これから頂きます」

搾り出す様に声を発したのが、件のマリー嬢の様だが、実物を見ても、声を聞いても、やはり思い出せない。
俺を慕う者同士、オレリアと良い関係を築けると話していた宰相だが、オレリアを睨むマリー嬢に、良好な関係を築こうという気配は感じられない。

「これからと言うのであれば、この場で御尊名を口にするのは、殿下への不敬に当たります」

「…っそう仰るオレリア様は、殿下に対して随分と余所余所しいのですね?ナシェル様の時と同じ、政略だからかしら?」

「私は殿下の婚約者である前に、公爵家の令嬢です。王太子であられる殿下に、言動を謹むのは臣下として当然の事。マリー様も、立場を踏まえて、然るべき言動を取る様に」

「私に命令すると?もう正妃気取りですの?」

「同じダリアの貴族として、尊い御方に仕える臣下の心得を説いているのです」

「オレリア様が、あんなに強いなんて…」

「王妃教育は伊達じゃないな。あの高貴なオーラ…周りが霞んで見える」

ネイトとユーリも初めて目にするオレリアの姿に、驚きを隠せない様子で見入っている。
立て直したマリー嬢の度胸も中々だが、まだまだ余裕といったオレリアと、口を歪めるマリー嬢の勝負は既に着いていると言って良いだろう。
このまま終わってくれれば、後はオレリアと面会するだけ。
側妃名簿の事を話して、オレリアの不安をーー

「私は、殿下の臣下になるつもりはございません。側妃となって、殿下を癒す存在になるのです」

ーーガタタッ…

「おいっ、落ち着け!」

「とりあえず、水でも飲めよ」

一番触れて欲しくない話題に、思わず腰が浮く。ネイトとユーリに両脇から押さえられ、水を差し出されたが、その前に腕を離せ。

「側妃?ダリアの側妃は法よ?なりたいからと言って、なれるものではないわ」

「爵位、年齢、病歴、学園の成績に素行、家門に犯罪者や瑕疵はないか…厳しい審査の他にも、更に殿下との相性、そして、妃殿下となるオレリアとの相性も大いに影響するわ。全ての条件を満たした者が、名簿に名を連ねられるのよ」

「一体、何なんだ…」

側妃を法だと言い切るエレノアにも驚きだが、令嬢達の間では、側妃名簿なる物は衆知となっているのか、俺の知らない審査方法まで、細かく説明するヨランダ嬢にも驚きを隠せない。

「その様な事はっ…婚約者のいない令嬢であれば選ばれると…そう話しているのをーー」

「伯爵家令嬢のアネット様が盗み聞きだなんて…はしたないわね…」

「大きな声で話されているからっ…嫌でも耳に入るのですっ」

「嫌なら離れればいいだけの事…アネット様?貴女、興味がおありだったのでしょう?」

マリー嬢の後ろに立つ令嬢が堪らず声を上げるが、エレノアとヨランダ嬢に一蹴される。

「浅はかな…」

「恥ずかしいわ…」

祖国への思いの程度は知る由もないが、ローザの貴族であった令嬢の言動は、元々低いローザという国の評価を更に下げる結果になってしまった。
この令嬢が、どの様な将来を考えているかは知らないが、ダリアの貴族として見ても好転する事はおそらくない。
盗み聞きする様な侍女は信用に足らないと判断され、浅慮は文官に向かないと判断されるだろう。婚約している身であれば、白紙撤回もあるかもしれない。

「その審査に、殿下のお心はございませんよね?選ばれた者であっても、殿下が気に入らなければ意味がない…そうですわよね?」

「口の減らない方ね…」

「貴女のその自信はどこからくるの?」

友を庇うどころか、使えないと言う目で令嬢を下がらせるマリー嬢は、本当にあの侯爵の娘なのか?
ローザの学園で身に付けたという、蹴落とす事に尽力する姿は、見ていて気持ちのいいものではない。

「…帳を上げろ」

「行くのか?フラン」

「いや、丸腰だからな…それに、ここからの方が迫力あるだろ?」

王族の許可なく上がる事は出来ない2階は、安全地帯な上に、見上げられる方が強気でいける。
俺なりの最適解だとネイトに顔を向けると、酷く残念なものを見る目で溜め息を吐かれた。

「お前……演出に頼るのはどうかと思うぞ?」

「なら、お前が行け…そうだ!お前が行け。行って、令嬢達の心を鷲掴んで来い!」

「確かに…ネイトは、既に鷲掴んでいるからな。お前が行けば、まるっと全て解決する」

「ちょっと待て…あの場に居るのは誰の婚約者だ?お前達の婚約者だろう?自分達で何とかしろ」

至極真っ当な反論だが、出鼻を挫かれ、勢いも挫かれた今、再び立ち上がる勇気はない。
あの場に居るのは我が婚約者だが、対峙しているのは、元ローザの令嬢。

で、あれば…

「それを言うなら、あの場に居るのは、元とは言え、ローザのご令嬢達だ。ルシアン殿の出番だろう」

「ちょっと…私はオリヴィエの専属です。オリヴィエがいない場に、私が行くのは不自然でしょう?」

兄から専属護衛に成り下がったルシアン殿が、頭を手を大きく振って、椅子から立ち上がった。

「でしたら…私が行きましょうか?」

「それは駄目だよ、オリヴィエ…あの場に居るのは、血に飢えた猛獣達だ。私に、ここから君の最期を見届けろと言うのか?私を置いて逝くなんて許さない、絶対に行かせない」

「ルシアン…貴方、ものすごく失礼よ」

「いや、ルシアン殿の言う通りです。ここで皇女を行かせたら、聖皇国とローザとの間に、外交上の問題が発生します」

「フラン殿下…貴方も、ものすごく失礼ね」

「ハハッ…申し訳ありません。ですが、外交上の問題だけでなく、男しての矜持もあるので…」

「ここで尻込みしている時点で矜持などないだろ…」

「五月蝿いぞ、ネイト。早く行け、王太子命令だ」

「職権濫用で訴えるぞ」

「…あの…帳はいかが致しますか?」

つい先刻、目を輝かせて素晴らしいと褒めてくれた警備員が、少しだけ残念な目を向けて話しかけてきた。
その手には帳を上げ下げする、裁きの紐が握られている。
立て直す時間が欲しい。今はまだ、その紐を引かせるわけにはいかない。

「下の様子は?」

「…変わりありません」

紅茶や果汁は飛んでいないが、空気は剣呑さを増している。

触れれば切れる、いや、動けば切れる…

「殿下ではない人間が選んだ、名を連ねただけの紙切れに、価値はございません。側妃とは、殿下を癒し、愛を交わす存在です。名簿が全ての様な物言いをされてらっしゃいますが?絶対ではございませんよね?」

「随分と都合の良い頭をしているのね…」

「マリー様の仰る通り、殿下のお心は、何よりも優先すべき事です」

「そうですわよね?殿下のお心より、紙切れに重きを置く薄情な方とは違って、正妃となるオレリア様は、良く理解していらっしゃる様で…」

「誤解のない様、申し上げます。殿下は、殿下を思う臣下の心を蔑ろにされる方ではございません。必要とあらば、臣民を思う心で己を律し、真摯に向き合う努力をされる方です」

褒めてくれるのは嬉しいが…オレリアよ、俺はそんなに立派な人間ではない。

ネイトとユーリの視線が痛い…

我が婚約者の、思いもよらない高評価に、ますます出て行く気が失せる。











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