王国の彼是

紗華

文字の大きさ
上 下
166 / 206
デュバルの女傑

164:貴族科の昼餐

しおりを挟む
ルシアン殿の色気に当てられいる間も時間は流れる。
学園長が来るまでは、動く事は出来ないが、騒ぎを起こすわけにもいかない。

騎士科とは雲泥の差の、陽光を目一杯取り入れた硝子張りの食堂は、中は空調魔法で適温に保たれ、テラス席は張り出された庇が強い陽射しを防いでいる。

見下ろした食堂の扉から入って右側は、テーブル席と円卓が上品に配置され、テラス席へ続く硝子扉は開放されており、左側の調理場からは料理の匂いと、配膳の為のカウンターには数名の給仕係。

生徒を迎える準備を終えた食堂の扉が開くのも、もう間もなくだろう。

俺達が今居る2階席は、扉の正面奥にある左へ緩く湾曲した階段を上った、カウンターの真上辺り。
食堂やテラスで食事をする生徒を見下ろしながら優雅に食事をする、正に王皇族の為の席になっているのだが…

「誰も上がって来ない事は分かったが…見つからないとは限らないよな」

「席を移動するか?」

「移動って…横にズレるだけじゃ意味がないだろ…」

そう広くない2階席は、全ての円卓が、食堂を見下ろせる位置に配置されており、後ろは人が移動するスペースのみ。

「御歓談中のところ、失礼致します。殿下、啓上の許可を頂けますでしょうか」

壁際に立って時間をやり過ごすかと問答する俺達を見兼ねたのか、これまで気配もなく立っていた学園の警備員の1人が、緊張した面持ちで話かけてきた。

「許可する」

「ありがとうございます。殿下方の視界を少々妨げる事になりますが、帳を下ろす事は可能です」

警備員が指し示した頭上に、白いレースの帳が巻かれている。続けられた説明では、帳は魔塔で作られた特別製で、こちらから見えても、向こうからは見えない作りになってるという。

「それは助かるが…あらかさまではないか?普段は下ろしていないのだろう?」

「本日の様な陽射しの強い日は下ろしております」

壁にかけられた絵画の遜色を防ぐ為と説明され、騎士科との格差に苦笑いを漏らしながら、帳を下ろす許可を出した。

「壁に絵画か…騎士科の食堂の壁は傷が飾られていたがな」

「ハハハッ…飛ばした食器のですか?」

「拳や蹴りで入れた穴もありますよ」

「騎士科は硝子張りではなく、木張りなんです。魔術科の食堂はどの様な感じなのですか?」

「石作りの壁なの。テーブルや椅子は素朴な木製だけど、食器は…フフッ…陶製よ」

「魔塔を模した作りだそうで、仄暗い感じですが、生徒達が明るくて、笑い声が響いて賑やかですよ。一応、テラス席もありますが、ウッドデッキと言った方がいいかな…オレリア嬢達と、お茶を共にする事があるのですが…」

崇高なる方には似合わないと眉を寄せるルシアン殿だが、オレリアから見れば、皇子こそ膝を着く存在だと分かっているのだろうか。

少しの呆れと、オレリアと当たり前の様に会える学生のルシアン殿に嫉妬を感じていると、下から騒めきが聞こえてきた。
騒めきと言っても、上品な笑い声と、囁き程度の話し声で、騎士科の様な粗野な感じは微塵もない。
レースの帳は心許なく、本当に大丈夫なのかと思いながら下に目を向けると、席に着く生徒達と、配膳に並ぶ使用人の姿が見える。

「貴族の晩餐会だな…」

「これが毎日…?」

「魔術科でよかった…」

俺達も騎士科でよかった…

ルシアン殿に同意する様に、3人で大きく頷く。
俺達に出されたコース料理は特別だったらしく、トレーに乗せられた料理は肉や魚の他に、サラダやサンド、パスタも多い。
だが、学生らしいメニューに格差が縮んだとホッとしている場合ではない。
耳に届くのは、どこで演奏しているのか、優雅な背景音楽だけで、人の話し声はおろか、シルバーの音も、使用人の歩く靴音さえも聞こえない。

「これが、一刻半も続くのか…?」

「こう静かだと叫びたくなるな」

「堪えろ、ユーリ。食事の間だけだ。デザートにお茶と続けば、少しは賑やかになる筈」

声を顰めて話す俺達に、先程の警備員が苦笑いで話しかけてくる。

「あの…お声も漏れませんので、大丈夫です」

「「「そうなの?!」」」

「王皇族のお話の内容は、その…内政や、外交に関わるものが多いので…」

「そんな話は微塵もしてないですけどね…俺達」

「なら、これからするか?」

「殿下…出来ない事は仰らないで下さいよ…」

「貴族科のお昼は、いつもこの様な感じなの?」

「はい、皇女殿下」

「一刻半の間…ずっと?」

「いえ…食事の、間だけですが…」

「ん?」

「………先程、殿下方が食器が飛ぶと仰られておりましたが…こちらでは、その…時折ではありますが、デザートが出る頃になると、お茶や果汁が……飛び交う事が…」

「…プハッ……アッ、ハハッ……」

「殿下…笑い過ぎだ」

「我々も殿下方と同じく、騎士科の出身です。静かな食事の時間には、ある程度慣れましたが、令嬢方には…未だ慣れず…不甲斐なく思っております」

「不甲斐なくって…あれは無理だろ…」

「その様な事はございません。先日のルシアン殿下も素晴らしい捌きでしたし、演舞の公開練習で拝見した殿下の演説も素晴らしかったです」

「お褒めに預かり光栄だが…私は妹を連れて、逃げただけだよ…」

「あの時の殿下も、丸腰では挑めないって、俺やカイン殿を差し出そうとしましたしね…最後まで食い下がって、醜かったな…」

「黙れ、ネイト。そういう話をしてしていると、そういう事にーー」

「陽の下より、宵闇を好まれる貴女方が、テラス席に何のご用?」

なるんだ…

「この声は、愛しのベルですね」

「庇の影だけでは心許ないでしょう?いつもの席に戻られては?」

「カイン殿が居なくてよかった…」

静かな空間は、人の声がよく響く。
聞こえてきた声に、ユーリは目を輝かせ、ネイトは溜め息を吐いた。
目を向けた先には、テラス席に座るオレリア達と、その前に立つのは数人の令嬢達。
周りの生徒達の食事の手も止まり、殺伐とした雰囲気と、優雅な音楽の乖離が更に場に緊張を与えている。

「私達は、あるお方を探しているのです。貴女方に用はございません」

「殿下が来ている事、知られてますね」

「申し訳ございません…陛下から連絡が入りました故、特別警備となっております。学園長も、おそらく警備の確認に回っているかと…」

深く頭を下げる警備員に苦笑いが漏れる。
陛下から直々に王太子の訪問を告げられれば、学園長も特別警備を敷かざる負えない事は想定済。

「頭を上げてくれ、謝罪も不要だよ。私達も意図せずの訪問となったが、学園長や君達のおかげで、楽しい時間を過ごしている。乾パンではなく、美味い料理も食べられたしね」

「…殿下のお言葉…痛み入ります」

安心した様に顔を上げた警備員だが、階下の安心とはいかない状況に、顔を引き締め直した。

「人探し…それは食事の後でも出来ますわよね?埃を立ててバタバタと…マナー教育を受け直す事をお勧めしますわ」

「食事の後などと、悠長な事を言っていたら、殿下がーー」

「ルシアン殿下は魔術科ですが…?もしかして、私達に道を尋ねにいらしたの?でしたら、食事の後でご案内しますから、お席でお待ちになっていて?」

「何を惚けた事を…皆さんとて、ご存知なのでしょう?フラン様が学園にお見えになられている事はっ!」

「マリー様。貴女は、殿下の御尊名を口にする事を、いつ許可頂いたのですか?」











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

王子の逆鱗に触れ消された女の話~執着王子が見せた異常の片鱗~

犬の下僕
恋愛
美貌の王子様に一目惚れしたとある公爵令嬢が、王子の妃の座を夢見て破滅してしまうお話です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...