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デュバルの女傑
163:交流
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同齢とは思えない、そこはかとなく漂う色気と、学園の食堂で繰り広げられているという不謹慎さが背徳感を増長させている。
それさえも凌駕する、ルシアン殿がオリヴィエ皇女に向ける甘い笑みは、本当に演技なのかと疑いたくなる程。
「ひどいな、オリヴィエ…全ては君の為だというのに…息を吸うのも、食事をするのも、私の行動の全ては君と共に在る為なんだよ?」
「~~っ分かったから、か、髪を返してっ!」
「本当に分かってる?君が恙無く学園生活を送れる様に、日々頑張っているんだよ?それとも妬いているのか?そうであれば嬉しいが、その心配は杞憂だ。私の全ては君のものだからね」
「が、頑張ってるって…箍が外れてるだけじゃないの。こっちは毎日ハラハラしているのよ。この間だって、あんな風に割り込んで、オレリアさん達を驚かせて…」
「オレリア…?何かあったのですか?」
「そこのテラスでお茶会をしていた妹を迎えに行った時にね…妹達と元ローザの令嬢達との悶着を見かけて仲裁に入ったんですが、元ローザの令嬢達が、私の振る舞いに腰を抜かしてしまって…」
「男色のルシアンしか知らないので、仕方ないのですが、見慣れている筈のオレリアさん達も固まってしまって…申し訳なかったわ」
「ご褒美だと喜んでいたと思いますが…元ローザの令嬢達とは?」
「メラネ侯爵家のマリー嬢ですか?」
「…メラネ侯爵のご令嬢?」
伊達眼鏡の奥の瞳が鋭くなったユーリに、ネイトが訝しげに問う。
「殿下を慕っている令嬢の1人なんだが、オレリア様への敵対心が強くてな」
「それはまた…過激な話だな。侯爵は宰相閣下の後ろで震えている印象が強いんだが?」
娘達の事となると人が変わる宰相は、オレリアの事で涙を流し、アズール姉妹の事で狭量を発揮し、オレリアの事で乱心する。
その宰相の後ろには、小さく震えるメラネ侯爵が常におり、俺達の中では気の毒な侯爵という印象が強い。
「侯爵は相変わらずの様ですね。侯爵はローザの貴族には珍しく、温厚で争い事を好まない、平和主義です。2年前の亡命の話は驚きましたが、以前に話した様に、皇都の移設が計画されています。皇都が移設されれば、人事も刷新される。家族の為の決断だったのだろうと納得もしました」
「夫人も社交より、趣味や家族との時間を好む方と聞いています。何度か挨拶を交わしただけですけど、奥ゆかしい印象の方でした…でも、そうね…マリー嬢は…ローザの貴族らしいと言えば、らしいわね…」
家族を大切にする温厚な夫妻から、苛烈な令嬢が産まれるのは何故なのか。そんな疑問が顔に出ていたのか、オリヴィエ皇女が申し訳なさそうに微笑んで、話を続けた。
「貴族科は小さな社交場と学園長が仰っていましたが、ローザも同じです。マリー嬢のローザ貴族の思考や慣習は、ローザの学園で身に付いたものでしょう…」
「そういう事でしたら、程度に違いはあっても、根本は同じでしょう。ダリアの令嬢達も中々ですよ」
「そうですね…うちの団長と副団長も尻尾を巻いて逃げる程ですから…」
「騎士も、公爵も…王弟でさえ敵いません」
「プハッ…失礼……夜会を思い出してしまって…ククッ…」
「あの日のアリーシャ様は素敵だったわ…ソアデン卿の前に立つ姿が堂々としてらして…私もあの様に背に庇われてみたいです」
「………私としては、複雑ですけどね…見た目は春の女神ですが、戦乙女ですよ。中等学園の頃は、コーエンと2人で手合わせの相手をさせられて…怪我が絶えませんでした」
「手合わせ?それは初耳だな」
「アレンとアリーシャが交流を控えていた時期があってな。アレンに頼まれて、同じクラスだった俺とコーエンがアリーシャと共に行動してたんだ。半年位の間だったけど、心身共に鍛えられたよ…」
交流を控えていた時期とは、セイド公爵家の子息が亡くなった頃の事だろう。
そして兄が、デュバルの訓練に参加したいと言い出したのも中等学園の頃だった。
夏の長期休暇は、後継者となる子息には人脈作りに重要な社交シーズンと重なる。兄を後継にと考えていた父は、社交が疎かになると渋っていたが、母は先ずは己を鍛えろと言って送り出していた。
ローザの血を引く息子が社交界で侮られない様との配慮だったのだろうが、兄にとっての最大の脅威は自分だと理解しているのだろうか…
「アリーシャ様のお話、もっとお聞きしたいわ!」
「オリヴィエ、話が逸脱している…きっかけは私だが…」
「っそうね…ごめんなさい…」
「オレリア嬢達を驚かせてしまったのは申し訳なかったのですが、私も正直必死だっので…」
踵を返したいのを堪えて行きましたと、苦笑いを漏らすルシアン殿に、こちらこそ申し訳なかったと心の中で謝罪する。
ーーカラ~ン…カラ~ン…
「午前の授業が終わった様ですね」
「ん?それは…あまり良くないのでは…?」
時間が経つのは早いなと微笑むルシアン殿の言葉に、今居る場所が何処かと考えて、冷や汗が流れる。
「ここに殿下方が居るなんて知られたら、大騒ぎです」
「話に夢中になり過ぎたわ…どうしましょう…」
「オリヴィエ…君の事は私が守るよ」
「…今は、そんな冗談を言っている場合ではないでしょう?」
「大丈夫ですよ。2階席を利用出来るのは王皇族だけですから」
「「そうなのか?」」
焦る俺とネイト、そして、焦りながらも背徳劇を続ける2人の耳に、ユーリののんびりした声が届く。
「逆に、何で2人は知らないんだ?ここに上がった時に、他の科の設備も一通りの説明は受けただろう?」
「「………」」
影故に知る事なのかと思いきや、誰でも知っている事と言われて返す言葉もない。
そんな説明はあったかと頭を振り絞る横で、ユーリの説明は続く。
「この2階席は貴族科の食堂にのみ設えられてますから、騎士科は勿論、他の科にもありません。ダリアの王族は勿論、他国から留学される王皇族も貴族科に通われますからね」
「他の科に留学してはいけないの?」
「勿論構いませんよ。ですが、殿下方もご存知の様に、他の科では貴族科の様な待遇は受けられません。使用人が付く事を許されるのも、この様に身分で席が分けられるのも貴族科のみ。他の科は身の回りの事は自分しなければなりません。高貴な方々は、使用人が付かないとなると学園生活に支障をきたしますから、貴族科を選ばれるんです」
騎士は当然の事ながら、魔塔も使用人はいない。文官も営舎付きの使用人のみで、個人に付く使用人はいない。裕福な平民は使用人を雇うが、身の回りの事は自身で出来ると聞く。
ユーリの納得の説明に、ネイトと2人で頷く向かい側で、オリヴィエ皇女も頷きながら口を開いた。
「私達は、お互いにしてきたから大丈夫だったのね…」
「そうだね。君の髪を洗うのも、ドレスを着せるのも、私がしてきたからね…」
「「「そこまで?」」」
「そう、そこまでですよ」
壮絶な色気を撒き散らし、頬を染める皇女の頭頂にキスを落とす皇子は、どこまでが演技なのか…
それさえも凌駕する、ルシアン殿がオリヴィエ皇女に向ける甘い笑みは、本当に演技なのかと疑いたくなる程。
「ひどいな、オリヴィエ…全ては君の為だというのに…息を吸うのも、食事をするのも、私の行動の全ては君と共に在る為なんだよ?」
「~~っ分かったから、か、髪を返してっ!」
「本当に分かってる?君が恙無く学園生活を送れる様に、日々頑張っているんだよ?それとも妬いているのか?そうであれば嬉しいが、その心配は杞憂だ。私の全ては君のものだからね」
「が、頑張ってるって…箍が外れてるだけじゃないの。こっちは毎日ハラハラしているのよ。この間だって、あんな風に割り込んで、オレリアさん達を驚かせて…」
「オレリア…?何かあったのですか?」
「そこのテラスでお茶会をしていた妹を迎えに行った時にね…妹達と元ローザの令嬢達との悶着を見かけて仲裁に入ったんですが、元ローザの令嬢達が、私の振る舞いに腰を抜かしてしまって…」
「男色のルシアンしか知らないので、仕方ないのですが、見慣れている筈のオレリアさん達も固まってしまって…申し訳なかったわ」
「ご褒美だと喜んでいたと思いますが…元ローザの令嬢達とは?」
「メラネ侯爵家のマリー嬢ですか?」
「…メラネ侯爵のご令嬢?」
伊達眼鏡の奥の瞳が鋭くなったユーリに、ネイトが訝しげに問う。
「殿下を慕っている令嬢の1人なんだが、オレリア様への敵対心が強くてな」
「それはまた…過激な話だな。侯爵は宰相閣下の後ろで震えている印象が強いんだが?」
娘達の事となると人が変わる宰相は、オレリアの事で涙を流し、アズール姉妹の事で狭量を発揮し、オレリアの事で乱心する。
その宰相の後ろには、小さく震えるメラネ侯爵が常におり、俺達の中では気の毒な侯爵という印象が強い。
「侯爵は相変わらずの様ですね。侯爵はローザの貴族には珍しく、温厚で争い事を好まない、平和主義です。2年前の亡命の話は驚きましたが、以前に話した様に、皇都の移設が計画されています。皇都が移設されれば、人事も刷新される。家族の為の決断だったのだろうと納得もしました」
「夫人も社交より、趣味や家族との時間を好む方と聞いています。何度か挨拶を交わしただけですけど、奥ゆかしい印象の方でした…でも、そうね…マリー嬢は…ローザの貴族らしいと言えば、らしいわね…」
家族を大切にする温厚な夫妻から、苛烈な令嬢が産まれるのは何故なのか。そんな疑問が顔に出ていたのか、オリヴィエ皇女が申し訳なさそうに微笑んで、話を続けた。
「貴族科は小さな社交場と学園長が仰っていましたが、ローザも同じです。マリー嬢のローザ貴族の思考や慣習は、ローザの学園で身に付いたものでしょう…」
「そういう事でしたら、程度に違いはあっても、根本は同じでしょう。ダリアの令嬢達も中々ですよ」
「そうですね…うちの団長と副団長も尻尾を巻いて逃げる程ですから…」
「騎士も、公爵も…王弟でさえ敵いません」
「プハッ…失礼……夜会を思い出してしまって…ククッ…」
「あの日のアリーシャ様は素敵だったわ…ソアデン卿の前に立つ姿が堂々としてらして…私もあの様に背に庇われてみたいです」
「………私としては、複雑ですけどね…見た目は春の女神ですが、戦乙女ですよ。中等学園の頃は、コーエンと2人で手合わせの相手をさせられて…怪我が絶えませんでした」
「手合わせ?それは初耳だな」
「アレンとアリーシャが交流を控えていた時期があってな。アレンに頼まれて、同じクラスだった俺とコーエンがアリーシャと共に行動してたんだ。半年位の間だったけど、心身共に鍛えられたよ…」
交流を控えていた時期とは、セイド公爵家の子息が亡くなった頃の事だろう。
そして兄が、デュバルの訓練に参加したいと言い出したのも中等学園の頃だった。
夏の長期休暇は、後継者となる子息には人脈作りに重要な社交シーズンと重なる。兄を後継にと考えていた父は、社交が疎かになると渋っていたが、母は先ずは己を鍛えろと言って送り出していた。
ローザの血を引く息子が社交界で侮られない様との配慮だったのだろうが、兄にとっての最大の脅威は自分だと理解しているのだろうか…
「アリーシャ様のお話、もっとお聞きしたいわ!」
「オリヴィエ、話が逸脱している…きっかけは私だが…」
「っそうね…ごめんなさい…」
「オレリア嬢達を驚かせてしまったのは申し訳なかったのですが、私も正直必死だっので…」
踵を返したいのを堪えて行きましたと、苦笑いを漏らすルシアン殿に、こちらこそ申し訳なかったと心の中で謝罪する。
ーーカラ~ン…カラ~ン…
「午前の授業が終わった様ですね」
「ん?それは…あまり良くないのでは…?」
時間が経つのは早いなと微笑むルシアン殿の言葉に、今居る場所が何処かと考えて、冷や汗が流れる。
「ここに殿下方が居るなんて知られたら、大騒ぎです」
「話に夢中になり過ぎたわ…どうしましょう…」
「オリヴィエ…君の事は私が守るよ」
「…今は、そんな冗談を言っている場合ではないでしょう?」
「大丈夫ですよ。2階席を利用出来るのは王皇族だけですから」
「「そうなのか?」」
焦る俺とネイト、そして、焦りながらも背徳劇を続ける2人の耳に、ユーリののんびりした声が届く。
「逆に、何で2人は知らないんだ?ここに上がった時に、他の科の設備も一通りの説明は受けただろう?」
「「………」」
影故に知る事なのかと思いきや、誰でも知っている事と言われて返す言葉もない。
そんな説明はあったかと頭を振り絞る横で、ユーリの説明は続く。
「この2階席は貴族科の食堂にのみ設えられてますから、騎士科は勿論、他の科にもありません。ダリアの王族は勿論、他国から留学される王皇族も貴族科に通われますからね」
「他の科に留学してはいけないの?」
「勿論構いませんよ。ですが、殿下方もご存知の様に、他の科では貴族科の様な待遇は受けられません。使用人が付く事を許されるのも、この様に身分で席が分けられるのも貴族科のみ。他の科は身の回りの事は自分しなければなりません。高貴な方々は、使用人が付かないとなると学園生活に支障をきたしますから、貴族科を選ばれるんです」
騎士は当然の事ながら、魔塔も使用人はいない。文官も営舎付きの使用人のみで、個人に付く使用人はいない。裕福な平民は使用人を雇うが、身の回りの事は自身で出来ると聞く。
ユーリの納得の説明に、ネイトと2人で頷く向かい側で、オリヴィエ皇女も頷きながら口を開いた。
「私達は、お互いにしてきたから大丈夫だったのね…」
「そうだね。君の髪を洗うのも、ドレスを着せるのも、私がしてきたからね…」
「「「そこまで?」」」
「そう、そこまでですよ」
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