王国の彼是

紗華

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デュバルの女傑

159:側妃候補 オレリア

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「その唇で紡ぐのは、私の名と、私への愛だけにしてくれ…オリヴィエ…?」

「ちょっとっ…ルシアン、近過ぎよ…それに、どうして此処に?」

「遅いから迎えに来たんだよ。私をこんなに心配させて…」

「そんなに遅くないわよ…っ…擽ったいし…は、離れて…」

「フッ…君を自由にし過ぎた様だ…帰ったらお仕置きだな」

お仕置きなんて物騒な言葉を紡ぎながら、長い指の背でオリヴィエ殿下の頬を撫でるルシアン殿下の顔はこの上なく甘い。
頬を染めて俯いてしまったオリヴィエ殿下を抱き上げたルシアン殿下は、世話になったねと微笑んで、庭園へ続くテラスの階を下りて魔術科寮のある方向へと向かわれた。

残された私達は、幕が下りても劇の余韻に浸って席を立てない観客の様に、誰1人として動けない。

そうして、どの位の時間が過ぎたのか…

帰寮を促す鐘の音に我に返り、大きく深呼吸をして心を落ち着かせながら、周りをそっと窺い見る。
心臓を押さえて蹲るエレノアと、ヨランダは何故か歯を食いしばり、腰を抜かしたマリー様達は放心状態。

「帰ったらお仕置きって…」

「今日のお2人は、いつにも増して背徳感が漂っていらしたわね…」

「劇を観ている様だったわ…」

「続きが気になりますわね…」

鳴り止んだ鐘を合図に、エレノアとヨランダが恍惚とした表情で振り返って口を開いた。

「立てますか?マリー様」

未だ立ち上がる事の出来ないマリー嬢に手を差し出すと、焦点の合わない目を向けてきて…我に返ったのか、唇を噛んで手から顔を逸らした。

「…この程度の事で、公爵家のご令嬢の手を煩わせる訳には参りません…私達の事はお気になさらず」

「…帰寮の鐘も鳴りました。このままでは門限に間に合いませんが?私の手を借りるのが気に入らないと言うのであれば、警備の者を呼びましょうか?」

「~~っですからっ、お手を借りるのも、誰かを呼ぶのも結構と申しているのですっ。常々思っておりましたが…その様な済まし顔で偽善者ぶるのはやめて下さい。それとも、フラン殿下の婚約者だからと、私を見下しているのですか?」

「その様な事はーー」

「ございますでしょう?何の努力もなく、ナシェル様の婚約者だったからという理由だけで、殿下の隣りに立って…人形は愛でられるものではありますが、それが永遠に続くものではないという事を、覚えておいた方がよろしくてよ」

「ちょっとっ…貴女ーー」

前に出ようとしたエレノアと、手で制するヨランダが横目に入る。

表情のない詰まらない女では、フラン様の寵も続かない…

マリー様の言葉が突き刺さる。
それでも、感情を表に出してはならないと…そう、教育されてきた。

「気分を害されたのであれば、ごめんなさい…ですが、表情一つで人は動き、時には国が動く事もある…それは、ご理解頂けますか?」

社交の場では、顰めた眉に恐れ、許しを乞うて跪く者もいれば、歪めた口に喜び、増長する者もいる。
外交の場であれば、表情一つで国同士の関係にも影響が及ぶ。
寵を受ける為ではない、国の為、王となるフラン様の為に、感情を晒して隙を与える事はあってはならない。フラン様の立場を悪くする事があってはならない。

「…っ…立派な王妃教育ですこと…ですが、王族とて人間。相手と心を交わす事も望んでおられる筈。そうなった時は、人形では役不足ですわね…では、失礼」

私との会話で立て直したのか、制服に着いた埃を払いながら立ち上がったマリー様は、友人達を連れて、テラスを後にした。

「何なのよっ!あの女はっ…」

「エレノア、そんなに怒らないで。可愛い顔が台無しよ?それから、ヨランダ…ありがとう」

「亡命して2年も経つというのに、未だローザの貴族のまま…ダリアの生活に馴染んできていた令嬢達もマリー嬢の元に…ダリアと元ローザの構図は、新興貴族達の格好の餌よ」

「三つ巴…面倒くさいわね」

「エレノア?そう言う貴女が一番心配だわ」

「ご心配をありがとう?だけど、ヨランダ?貴女の扇…大変な事になってるわよ?」

「…フフッ…さあ、私達も帰りましょう?門限に遅れたら、それこそ笑われてしまうわ」

旧貴族と新興貴族の関係は良好とは言えない。血を重んじる旧貴族は、爵位を買って成り上がった元平民と蔑み、財力のある新興貴族は、選民意識の高い旧貴族を嫌っている。そこへ、互いを蹴落とす事に尽力する、ローザの貴族の風習が加わり、貴族科棟や女子寮の至る所で対立が起きている。
高位貴族達はそれらに加わる事もなく、また、高位貴族に口を出す者も皆無だけれど、マリー様だけは例外。
その爵位から敵対心を抱かれていると思っていたけれど、今日の話を聞いて、フラン様を慕っているのだと気付いてしまった。

「マリー様が、側妃候補に上がる可能性は…あるのかしら…」

「あるでしょうね。高位貴族で、メラネ侯爵は宰相閣下の下で働いている。文官や侍女になる気はさらさらないみたいだし?公侯爵家への輿入れを狙ってると噂もあるし、その証拠に未だ婚約者がいない。殿下の事を慕っている様だし…候補に上がらなくても、自分から手を挙げるわよ」

「…そうね」

「ナシェル様の時は、マリーは側妃候補の名簿に載っていたの?」

「…載っていたわ。学園に通う、婚約者のいない高位貴族の令嬢は全員…ナシェル様と年齢の近い、卒業生も…」

「ダリアの側妃名簿なんて、ただの備えに過ぎないのだけどね」

「それを理解している家は、ちゃんと娘を婚約させるでしょう?」

「そうして、あわよくばと欲を出した家の娘だけが、婚期を逃す…殿下が求めれば、既婚者であっても関係ないというのに…無為な時間を過ごすのね」

ヨランダとエレノアの会話を聞きながら、あの日のフラン様を思い出す。


『ーー正妃で在れとする君は、執務や公務に関しては問題ないと陛下から聞いている。だが、私生活に於いては別だ。私は王族でもあるが、人間でもある。先程も言ったが、私は安らげる場が欲しいし、私を癒してくれる存在も欲しい。それに、ではなく、も欲しいと思っている』


マリー様も言っていた、心を交わす相手…

正妃の教育は受けても、側妃の教育は受けていない。
男児を産んで、正妃としてフラン様をお支えして、他所へ心が向かない様に…けれど、どの様に癒すのか、どの様に心を交わすのか…隣りで立っているだけではいけないと分かっていても、どこまで自分を晒していいのか、加減が分からない。
息が詰まると思われたくない、鬱陶しいと思われたくない、嫌われたくない。

側妃を迎えた際の正妃の心構えも、ナシェル様の時は、教育を受けても心は拒否する事はなかったのに、今は凄く嫌。

ナシェル様の婚約者だった時は、婚約して数ヶ月経った頃に、伯父様から名簿の話を聞かされた。
フラン様の側妃名簿の話も上がっているかもしれない。

私は、冷静でいられるだろうか…

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