王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

151:ブーツと旧知と

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開放時間が延びる日の長い夏の王城の庭園には、多くの貴族達が訪れる。

「…人が増えてきたな」

休日で人出が多いのもあるが、夜会等で予備の馬車寄せとして開放される広場は、馬車の車窓からよく見えるのだろう。
庭園に訪れて来た筈の貴族達が、興味深々といった様子で此方に向かって来る。

「令嬢の姿もありますね」

「王都じゃお目にかかれない大型だからな…」

「王都でなくても貴族子女達が見る機会はないですから珍しいのでしょう…その分、刺激も強い様ですが…」

荷台から下されたボアファングと、解体作業の手順を話し合う騎士や魔術師達を眺めている貴族達だが、中には大きな巨体に失神する令嬢もいて、お付きの従者と騎士が運び出している。

「殿下だわ」

「討伐した魔物を見に来られたのか?」

「殿下がいらっしゃってるぞ」

「久し振りにお姿を拝見したわ」

「…ップ…ボアファングより殿下の方が珍しい様ですね…ククッ…」

「此処に運ばせたのは失敗だったか…」

「せっかくですから、ボアファングの横に並んでは?」

「珍獣扱いはやめろ」

首を垂れて道を開く貴族達のヒソヒソと囁く声に、ユーリが失笑し、カインが巫山戯た提案をしてくるが、猪と同列は勘弁願いたい。

「それにしても、この巨体…あの3人が狩猟大会に出たら、間違いなく優勝ですね…」

「狩猟大会か…今年は何処の領地になりますかね…」

多くの貴族が王都に集まる社交シーズンが終わると、秋から春先にかけて各領地で開かれる狩猟大会へと社交の場が変わる。

カインの言葉に頷くユーリの、溜め息と共に吐かれた言葉に、本日の会議で王族が参加する秋と冬の狩猟大会を決めると伯父上が話していたのを思い出した。
王族が参加する狩猟大会は、公平を欠く事がない様クジで決められ、一度招いた領地は3年間、クジに参加出来ない事になっている。

「去年は、ラスター侯爵領とデフラン伯爵領だったな…」

近衛騎士として同行した去年の冬の狩猟大会は山側のデフラン伯爵領。
朝から一日かけて狩りに出る殿方を待つ婦人達の警護をする為、天幕の前で立ちっぱなしだった俺達騎士は、寒さとの闘いに加え、手足の霜焼けの痛痒さに悩まされた。

「今年は冬山は勘弁してもらいたいですね…」

「身体を動かせない状況はキツいからな…」

「ボアファングでブーツを作ればいいじゃないですか」

早くしないとマントになってしまいますよと話すナシェルは、参加資格の18歳に満たない為、大会に参加した事がない。
狩猟大会で使われる魔銃には免許が必要だからだ。
銃弾の代わりに己の魔力を装填する魔銃は、マナの配分や出力調整等の特別訓練を受けた、マナの量が多い貴族しか扱えない。

勿論、普通の銃でも参加出来るが、普通の銃で参加するのは新興貴族…身も蓋もない言い方をすれば、お金で爵位を買った元平民の為、血統主義の貴族達はステータスともいえる魔銃で参加する。

こんな事で優位を示すのも如何なものかとも思うが、これは俺の代で何とかするしかないのだろうな…

思考の海から浮かび上がったところで、素材をどう使おうと話しながら解体を始めた騎士と魔術師達の姿が目に入る。

今年は参加する側で、ネイトとユーリも専属として共に森へ入るから霜焼けの心配はない。だが、あの苦しみを経験した者として、解決策があるのであれば実行しないという選択はない。

「マントは作らせない。王太子権限でブーツを作る」

「その一言で全て台無しですね…」

「小さな事で権限を振りかざすのは、恥ずかしいからやめて下さい」

「小さいだと…?警護する騎士達にとっては死活問題だ。ユーリ行くぞ」

「すっかり、冬山で決まりみたいな事になってますが?」

「何処であっても冬は寒いんだ。作っておいて損はないだろ。ついでにリア達のブーツも作るか?」

「貴族のご令嬢に猪のブーツを履かせる気ですか?本気で言ってます?趣味悪過ぎですね…」

「なんだと?……って、なんであいつが……くっそめんどくさい…」

「殿下、微笑みながら下品な言葉を吐くのはやめて下さい……って、うわっ…ほんと最悪…」

騎士の笑みで諌めるユーリの後方に視認した、此方へ向かって来る男の見覚えしかない顔に、思わず悪態が漏れる。
言葉使いが悪いと咎めたユーリも、振り返って目にした男に微かに顔を歪めた。

「この様な場で、次代の太陽となられる殿下にお会い出来るとは…社交シーズン中はお姿を拝見する機会がありませんでしたが、騎士であった殿下にはより、の方が耳に慣れていらっしゃる様ですね」

「不敬だぞ」

この様な場も何も此処王城に住んでいるんだがな…

挨拶もなく、社交も碌にしてこなかった元騎士の王太子と遠回しに揶揄する男に、ユーリが前に出て低い声で咎める。

「構わない。久し振りだな、カッシア。今日は何故此方に?見ての通り、此処には猪と、回収部隊しかいないが…?ああ…を求めて来たのか。今日の広場は庭園より華やかだからな…に誘われたか?」

広場に集まる令嬢達目当てで来たのだろうと、ぐるりと周りを見渡しながら節操無しと答えてやると、ほんの一瞬顔を歪ませた。

目の前の男は、外交長官である伯爵の後継で、学園時代から何かと因縁をつけてくる、カッシア・ファン・リープ。

建国以来、外交長官の職を担うリープ伯爵家は、動き易い伯爵位が一番いいと、陞爵を断り続けている家門で、現当主の伯爵は至極真面目な男なのだが、公侯爵位に匹敵する家門だと大口を叩き、令嬢達の間を飛び回る息子のカッシアは、残念ながら評判がよろしくない。

「ハハッ…甘い香りに誘われるのは男の性ですからね。殿下はユーリ殿とも相変わらずの仲の様で…婚約者と共に過ごすより、気の置けない友人同士で過ごす方が気が休まりますからね」

男色を仄めかす言いように、相変わらずだなと苦笑いが漏れる。

「フッ…婚約者と共に過ごすより気が休まるか…カッシアが言うと説得力があるな」

「……プッ……失礼。カッシア殿、心休まる方と縁談が纏まるといいですね」

「伯爵を安心させてやらないとな」

「お、お気遣いありがとうございます…それでは、私はここで…御前、失礼します」

学生の頃から浮気癖があり、これまで二度婚約が解消になっているカッシアは、今も婚約者がいない。
長男ではあるが、このまま結婚出来ないとなれば家督は弟に引き継がれるだろう。
言外にそう告げると、顔を引き攣らせて退がって行った。

社交という名の、嫌味の応酬は令嬢だけのものではない。
久し振りの旧知との邂逅と、貴族特有のやり取りに辟易しながら背中を見送るが、あれだけ言われたのに懲りていないのか、カッシアの足は令嬢の方へ向いている。

「蝶と言うより、羽虫ですね…って、解体が終わってる?!」

「ブーツは諦めた方がよさそうですね」

令嬢に声をかけるカッシアに溜め息を吐いたユーリが、作業現場に目を向けて上げた声に振り向くと、解体された皮、肉、骨や爪、牙が理路整然と並べられ、ご丁寧に振り分け先が書かれた紙まで貼り付けてある。

「倒した人間に優先権はないのか?!」

「殿下は倒してないでしょう…さあ、執務に戻りますよ」

冬山だったら特注でブーツを作ってカッシアに請求してやろうと、ユーリと話しながら王城を歩いていると、焦った様子のネイトが前から早足で向かって来た。

「エルデを見ませんでしたか?」

「エルデ…?一緒に居たんじゃないのか?」

「宮医の所へ行かせたんですが…来てないと言われて探してるんです」

「迷子…ですかね…」

「家出だろ。臭い男は嫌だってな」

「黙れユーリ。湯は浴びた」

「それより、何故宮医の所へ?具合が悪いのか?」

「…っ…いえ…とりあえず、見かけたら特舎に戻る様伝えて下さい」

失礼しますと踵を返して、エルデを探しに戻るネイトの背中を眺めながらユーリがほくそ笑んだ。

「何かあるな…特舎に帰るのが楽しみだ」























































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