王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

147:ボアファング レイン

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「どうせなら、インパクトのある場面を、壁に大きくドーンとーー」

ーーッドオオオンッ…

「「「……え?」」」

「「「「「?!」」」」」

大きく両手を広げたエレノアが原因ではない。

振り返った視線の先から、体を揺らす程の振動と、木々を薙ぎ倒す音がどんどん近付いてくる。
目を凝らして見た森から現れたのは、3メートルはあるだろう太い茶色の毛に覆われた巨体に、耳まで裂けた口から鋭い牙が生えた大型魔物のボアファングだった。
アズールで戦ったサラマンダーの様に火を吹く事はないが、ボアファングは木を薙ぎ倒す突進力だけでなく、巨体の割に足も早い。

何処に隠れていたのか、何故道中に現れなかったのか…それよりも、何故、王都の森には生息していない筈の大型が…?

「?!来るぞっ!!」

思考に耽る頭にコーエンの警戒を促す声が響く。
真っ赤な瞳は瞳孔が開き、口から涎を垂らしながら突進してくる猪を、ここで仕留めなければオレリア達の所に行ってしまーー

「待っていましたわ」

「2人共、丘を転がらなくて済んだわね」

「オレリア…まあ、そうね…」

剣を構えた俺達の横を走り抜けて行く影が3つ。

「待っていたって…」

「全く……」

「「「………」」」

コーエンが呆れた様な声で剣を下ろすと、エイデン達も剣を下ろして苦笑いを零した。

大蛇の様な長い尾と、女性の胴より太い牙の攻撃を躱しながら近付いた3人が、それぞれの扇で足に一撃を喰らわす。
一本の足では支え切れなくなった巨体が横倒しになると、更に仰いだ扇の強風で巨体を仰向けにして、留めはよろしくと振り返って微笑んだ。
返り血は浴びたくないと言うヨランダの制服は、残念ながら?殆ど汚れていない。

オレリア達が森の様子を見に行っている間に、男5人で返り血を浴びながら留めを刺したのだが…

「その様に血だらけでは、街を歩けないじゃないの」

「湖で洗ってどうにかなる感じ…でもないわね」

「「「すみません…」」」

理不尽過ぎる…

気の毒な3人と共に、湖で顔と手に着いた返り血を洗い流し、領地の屋敷に戻れないと肩を落とすコーエンと共に王都へ帰る事になったのだが、この巨体をこのままにはしておけない。

「王宮に連絡して、王宮騎士団員と魔術師団員を回収に寄越します」

「どの位かかる?」

「2刻程で来ると思います」

伝令鳥を飛ばし、回収部隊を待つ間にボアファングが通った道の辺りを見て回る。元からいた魔物達は、ボアファングに食われたか、逃げ出したかは定かでないが、森の中は静かだった。

「いい具合に道を作ってくれているわね」

「そうね、この倒された木でサロンのデッキやベンチも作れるんじゃない?」

「冬まで待たなくても、秋の狩猟大会に間に合うんじゃないかしら?」

真っ直ぐ突進する習性のあるボアファングが通った痕は、木々が倒され道が出来ている。辿った先は狩猟大会の拠点に繋がっており、ヨランダの言う通り人力で切り拓く必要はなくなった。
倒された木も有効に使えるとはしゃぐ2人だが、残念ながら秋の狩猟大会は無理だろう。

「2人共…気が早いわよ。それに、調査が必要になるから秋は無理だわ」

丘へ続く道を振り返りながら、オレリアが冷静に2人を諭す。
人が多く住む街の周辺には中型までが棲息しており、ボアファングやサラマンダーの様な大型、それより大きい超大型と呼ばれる魔物は山や海にしかいない。
今後も大型が現れるとなったら、民の生活に影響が出る事は間違いない為、アズールで戦ったサラマンダー含め、出所や生態系などの調査が必要になる。

ーーー

「牙に傷を着けないで下さいよ」

「この皮…良い外套が作れるな」

「牙は薬に使えますね」

「そっち、しっかり持てよ!」

「「「「「「「「「せーのっ!!!」」」」」」」」」

これだけの大きさは滅多にお目にかかれないと興奮気味に話す回収部隊が、慎重に巨体を台車に乗せていくのを眺めていると、聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。

「お疲れさん」

「「ネイト様?!」」

「ネイト…」 

「ネイト又従兄さん!」

歓喜、落胆、驚きの歓迎を受けながら、ネイトが苦笑いで近付いて来た。

「ご令嬢方のご無事な姿を見て安心しました。エイデンも皆もいい具合に汚れてるな。それと……プッ…ハハッ…コーエンも酷いな、エリスが見たら卒倒するぞ」

「笑うな。お前に言われなくてもこのまま王都へ帰るよ」

「それがいい、妊婦には衝撃が強過ぎるからな…って!ちょっ、コーエンッ!」

「?!コーエンお兄様?!」

「こ、これは…ご褒美なのかしら?」

「今日はコーエン様と…夢に見そうだわ」


興奮するヨランダとエレノアの視線の先では、コーエンがネイトに抱き着いて押し倒し、揉み合っている。
久し振りの再会にはしゃいでいる…わけではないだろう。

「コーエンッ!やめっ!お前、何をーー」

「ご令嬢方、敵軍の大将が出来上がりましたよ」

満足気に立ち上がったコーエンは、血と土でいい具合に汚れたネイトを、令嬢達の前に突き出した。
なるほど、程よく汚れた軍服を纏うネイトが湖を見下ろす丘に立つ姿は、正に敵軍の大将。

「嗚呼っ!無理だわ…素敵過ぎて直視出来ませんっ!!」

「どうして…どうしてっ!私はこんなに汚れているのっ!」

「…え?汚したかったんですよね…?」

「なんなら、自分から魔物に飛び込んでましたよね…?」

「ジャン!ソーマ!余計な事は言わないで下さる?!」

「「…すみません」」

「ヨランダ、耳元で叫ばないで…」

興奮に腰を抜かした2人の、震える手足で互いを支え合いながら立ち上がらんとする姿は、産まれたての草食動物の様にも見えるが、よく回る口のおかげで儚さは半減している。
そんな2人は、ジャンとソーマに背負われながら、絵姿以上のものを見れたと目を潤ませながら帰路に着いた。

コーエンとオレリア達を見送った後に、聖水を散布するという魔術師達と共に再度森を見て回り、回収部隊とボアファングを連れて帰城の途に着く。

「何故、ネイト殿がこちらに?」

「ボアファングと聞いた殿下と宰相閣下が、自分が行くと聞かなくてな…アズールの事もあったから仕方ないけどよ…」

コーエンの野郎…と愚痴るネイトは、コーエンにやり返したはいいが、揉み合っている内に2人で湖に落ち、俺よりも酷い状態になっている。

「怪我人はいないと書き添えましたよね」

「それでも心配なんだろ、オレリア様達も一緒だったからな。レインのその姿を見たら、また騒ぎ出しそうだな…やっぱり苦戦したか?」

いや、ネイトの方が酷いだろ…

「…全く。俺達は留めを刺しただけですから」

「………は?」























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