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穏やかでない日常
144:知らなかった事実 レイン
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「おはようございます、ナシェル殿。待ち合わせの時間に遅れますよ」
「……っだ、れだ……眠い…じゃま……す……な…」
「ハハッ…特舎の魔王殿?私は勇者です」
愚者だろ…
ユーリの馬鹿に緊張感を削がれ、待ち合わせ場所の広場では、護衛も伴わず馬に乗って現れた令嬢達の珍妙な出で立ちに脱力する。
どこで手に入れたのか、苦笑いの騎士生達と同じ騎士科の制服に身を包み、手にはお約束の扇。
腰に剣も佩いているが、出番はないだろう。
「いよいよですわね…」
少し吊り上がった萌木の瞳に、ユーリがウィンドベルと称する縦ロールは後ろで束ねられ、広げた扇で口元を隠しながら進み出たヨランダは、纏っているのがドレス姿であれば、佇まいだけで敵を威圧出来るであろう先鋒。
「あの丘に立てる日がくるなんて…生きる事を諦めずにきてよかった…」
死ぬ様な目に遭った事もないだろうに…
紅茶にミルクを混ぜた様な髪に、甘そうな蜂蜜色の瞳は飴玉の様に輝いている。
王都の流行はラスターからと言われる程に、社交界では常に注目されているエレノアは、カインを悩ませる程の機動力を持つ騎馬兵。
「レイン様、本日は宜しくお願いします」
頭上に広がる蒼穹より数段薄い白藍の瞳と、夜の海に反射する月光の様な銀髪は、夏空の下であっても涼を湛えている。
俺の隣りに立っていた頃は、彩られる夏を待つ冬と評されていた様に、主張せず静かに微笑んでいるだけだった。
俺を恐れていた事も多分にあるが、甘える事を許されない立場と、早くに母を亡くし、甘え方を知らずに育ってきたからだろう。
軍人である父と兄の不器用な愛情と、底を知らない伯父の愛情がオレリアを早熟させた。
冷静で人の機微に聡いオレリアは、戦局を見極め、場を支配する将軍。
差し詰め俺と騎士生3人は、歩兵といったところか…
「…こちらこそ、本日は宜しくお願い致します」
「ご紹介します。本日ご同行頂く、フラン殿下の専属侍従でいらっしゃる、レイン様です」
正確には侍従補佐という使い走りだがな…
「……専属の侍従?」
「騎士ではなく?」
「本日は森に入るのですが…その、失礼ですが剣の方は…?」
「殿下と一緒に近衛の訓練に参加させて頂いているので…令嬢方には敵いませんが…」
昨日の訓練場で見た光景が頭を過ぎる。
マナを制限するという魔道具の扇で、あの人数の騎士達を相手に立ち回ったと聞いて背筋が凍った。
文官の俺に漢気を見せる必要はない、なんなら手合わせの申し出を断ってくれてもよかったくらいだ。
「ハハッ…それは我々も同じです。本日は宜しくお願いします。騎士科のエイデン・ファン・ソアデンです。右隣りは、ジャン・ファン・デフラン伯爵令息と、左隣りはソーマ・ファン・デイル子爵令息です」
「レイン・ファン・ゼクトルです。失礼ですが、エイデン殿はソアデン伯爵家の?」
「傍系の子爵家です。ラヴェルとネイトとは又従兄弟になります」
このソアデンも剣だけが優秀なのだろうか…ラヴェルとネイトと同じでない事を祈りながら、エイデンの両脇に目をやる。
デフランとデイルは山側だったな…この場に居るという事は、馴染みがあるという理由からか…?気の毒だな。
「さあ、先ずはダリア農園からですわ!」
「……ダリア農園?」
「ダリア農園が、本日スナイデル領へ向かう本来の目的なのですが…殿下から聞いてませんか?剣術大会で使用する薔薇が足りないので、ダリアを代用する事になったのです」
「すみません…その話は聞いてません。薔薇が足りないとはどういう事でしょうか?」
ダリア農園の話なんて聞いてないぞ…昨日の手合わせの事といい、あいつら俺の扱いが雑過ぎるだろ…
剣術大会で使用される花は、試合を終えた騎士生達を讃えて、観覧席から賞賛の薔薇なるものが投げ込まれていたのが、いつしか婚約者や意中の相手に捧げる勝利の薔薇に変わっていったと言われており、今では騎士科の催事にも関わらず学園全体、特に貴族科の令嬢達の盛り上がりは凄まじい事になっている。
今年は豊熟の代が最終学年になる為、観覧者達に配る薔薇も含めたら例年より多くの数が必要になるのだが、薔薇が足りないなんて事になったら令嬢達の間で暴動が起きそうだな…
「3年生の勝利の薔薇は、全てナシェル様に手向けられたんですよ」
「ナシェル様がダリアを好んでいらっしゃったので、今年は勝利のダリアにしようと仲間と話し合って、令嬢方にご相談したんです」
「…まさか森に入る事になるとは、思っていませんでしたが…」
「学園の礼拝堂は薔薇で溢れておりますわ」
「王都中の薔薇が集まってますからね!」
「………っそう、なんですね…」
「…ナシェル様は、誰にもお心をお開きになられませんでした…常に行動を共にしていらっしゃった側近候補の方達にも……ミア嬢にも。私も最後までお心を知る事は…叶いませんでした。知ったからといって何か出来たとも言えませんし、何か出来たのではと考える事自体、烏滸がましいのかもしれません…ですが、お心を開かずとも、人を拒絶される方ではありませんでしたから、敬愛の心が届く様、礼拝堂へ足を運ぶ生徒は多いのです」
「孤高と言えば聞こえはいいですけれど…」
「淋しい方だったわね…」
『お前は周りに受け入れられたいとも思っていた筈だ』
『これからは存分に交流して下さい』
本当に…どいつもこいつも知りたくもない事ばかりを、俺に見せやがる…
情に流され、大局を見失なう事のない様にと、王太子だった頃は深く関わる事を避け続けるばかりで、相手を見ていなかった。
その大局も結局は何だったのか…フランは国を守る先にある、民の生活を見ている。俺は国を守る為に、揺るぎない地位と力を求めた。
そうして、自分で自分を追い詰め、最後は耐え切れずに全てを放棄した。
フラン…お前の様に、心許せる友人というものを、俺も持てるだろうか…
「はああああっ!!」
「「「「?!」」」」
「ちょっとっ!何よ!」
「ヨランダ…皆さんが驚くじゃない」
「私とした事が…忘れていましたわ…本日はネイト様の疑似体験画集の新作が出る日なのにっ!」
「?!…なんて事を…とんでもない失態だわ…急いで終わらせないと!皆さん、行きましょうっ!!」
「……レイン殿、参りましょうか…」
心許す相手は選んでもいいだろうか…
「……っだ、れだ……眠い…じゃま……す……な…」
「ハハッ…特舎の魔王殿?私は勇者です」
愚者だろ…
ユーリの馬鹿に緊張感を削がれ、待ち合わせ場所の広場では、護衛も伴わず馬に乗って現れた令嬢達の珍妙な出で立ちに脱力する。
どこで手に入れたのか、苦笑いの騎士生達と同じ騎士科の制服に身を包み、手にはお約束の扇。
腰に剣も佩いているが、出番はないだろう。
「いよいよですわね…」
少し吊り上がった萌木の瞳に、ユーリがウィンドベルと称する縦ロールは後ろで束ねられ、広げた扇で口元を隠しながら進み出たヨランダは、纏っているのがドレス姿であれば、佇まいだけで敵を威圧出来るであろう先鋒。
「あの丘に立てる日がくるなんて…生きる事を諦めずにきてよかった…」
死ぬ様な目に遭った事もないだろうに…
紅茶にミルクを混ぜた様な髪に、甘そうな蜂蜜色の瞳は飴玉の様に輝いている。
王都の流行はラスターからと言われる程に、社交界では常に注目されているエレノアは、カインを悩ませる程の機動力を持つ騎馬兵。
「レイン様、本日は宜しくお願いします」
頭上に広がる蒼穹より数段薄い白藍の瞳と、夜の海に反射する月光の様な銀髪は、夏空の下であっても涼を湛えている。
俺の隣りに立っていた頃は、彩られる夏を待つ冬と評されていた様に、主張せず静かに微笑んでいるだけだった。
俺を恐れていた事も多分にあるが、甘える事を許されない立場と、早くに母を亡くし、甘え方を知らずに育ってきたからだろう。
軍人である父と兄の不器用な愛情と、底を知らない伯父の愛情がオレリアを早熟させた。
冷静で人の機微に聡いオレリアは、戦局を見極め、場を支配する将軍。
差し詰め俺と騎士生3人は、歩兵といったところか…
「…こちらこそ、本日は宜しくお願い致します」
「ご紹介します。本日ご同行頂く、フラン殿下の専属侍従でいらっしゃる、レイン様です」
正確には侍従補佐という使い走りだがな…
「……専属の侍従?」
「騎士ではなく?」
「本日は森に入るのですが…その、失礼ですが剣の方は…?」
「殿下と一緒に近衛の訓練に参加させて頂いているので…令嬢方には敵いませんが…」
昨日の訓練場で見た光景が頭を過ぎる。
マナを制限するという魔道具の扇で、あの人数の騎士達を相手に立ち回ったと聞いて背筋が凍った。
文官の俺に漢気を見せる必要はない、なんなら手合わせの申し出を断ってくれてもよかったくらいだ。
「ハハッ…それは我々も同じです。本日は宜しくお願いします。騎士科のエイデン・ファン・ソアデンです。右隣りは、ジャン・ファン・デフラン伯爵令息と、左隣りはソーマ・ファン・デイル子爵令息です」
「レイン・ファン・ゼクトルです。失礼ですが、エイデン殿はソアデン伯爵家の?」
「傍系の子爵家です。ラヴェルとネイトとは又従兄弟になります」
このソアデンも剣だけが優秀なのだろうか…ラヴェルとネイトと同じでない事を祈りながら、エイデンの両脇に目をやる。
デフランとデイルは山側だったな…この場に居るという事は、馴染みがあるという理由からか…?気の毒だな。
「さあ、先ずはダリア農園からですわ!」
「……ダリア農園?」
「ダリア農園が、本日スナイデル領へ向かう本来の目的なのですが…殿下から聞いてませんか?剣術大会で使用する薔薇が足りないので、ダリアを代用する事になったのです」
「すみません…その話は聞いてません。薔薇が足りないとはどういう事でしょうか?」
ダリア農園の話なんて聞いてないぞ…昨日の手合わせの事といい、あいつら俺の扱いが雑過ぎるだろ…
剣術大会で使用される花は、試合を終えた騎士生達を讃えて、観覧席から賞賛の薔薇なるものが投げ込まれていたのが、いつしか婚約者や意中の相手に捧げる勝利の薔薇に変わっていったと言われており、今では騎士科の催事にも関わらず学園全体、特に貴族科の令嬢達の盛り上がりは凄まじい事になっている。
今年は豊熟の代が最終学年になる為、観覧者達に配る薔薇も含めたら例年より多くの数が必要になるのだが、薔薇が足りないなんて事になったら令嬢達の間で暴動が起きそうだな…
「3年生の勝利の薔薇は、全てナシェル様に手向けられたんですよ」
「ナシェル様がダリアを好んでいらっしゃったので、今年は勝利のダリアにしようと仲間と話し合って、令嬢方にご相談したんです」
「…まさか森に入る事になるとは、思っていませんでしたが…」
「学園の礼拝堂は薔薇で溢れておりますわ」
「王都中の薔薇が集まってますからね!」
「………っそう、なんですね…」
「…ナシェル様は、誰にもお心をお開きになられませんでした…常に行動を共にしていらっしゃった側近候補の方達にも……ミア嬢にも。私も最後までお心を知る事は…叶いませんでした。知ったからといって何か出来たとも言えませんし、何か出来たのではと考える事自体、烏滸がましいのかもしれません…ですが、お心を開かずとも、人を拒絶される方ではありませんでしたから、敬愛の心が届く様、礼拝堂へ足を運ぶ生徒は多いのです」
「孤高と言えば聞こえはいいですけれど…」
「淋しい方だったわね…」
『お前は周りに受け入れられたいとも思っていた筈だ』
『これからは存分に交流して下さい』
本当に…どいつもこいつも知りたくもない事ばかりを、俺に見せやがる…
情に流され、大局を見失なう事のない様にと、王太子だった頃は深く関わる事を避け続けるばかりで、相手を見ていなかった。
その大局も結局は何だったのか…フランは国を守る先にある、民の生活を見ている。俺は国を守る為に、揺るぎない地位と力を求めた。
そうして、自分で自分を追い詰め、最後は耐え切れずに全てを放棄した。
フラン…お前の様に、心許せる友人というものを、俺も持てるだろうか…
「はああああっ!!」
「「「「?!」」」」
「ちょっとっ!何よ!」
「ヨランダ…皆さんが驚くじゃない」
「私とした事が…忘れていましたわ…本日はネイト様の疑似体験画集の新作が出る日なのにっ!」
「?!…なんて事を…とんでもない失態だわ…急いで終わらせないと!皆さん、行きましょうっ!!」
「……レイン殿、参りましょうか…」
心許す相手は選んでもいいだろうか…
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