王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

134:皇族と令嬢達 リディア

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目の前の御仁達は制服を身に付けているのに、此処は魔術科の教室、いわば自陣に居る筈なのに、圧倒的な存在感と厳かな空気に身が竦む。

「お久しぶりね、オレリアさん、ヨランダ嬢にエレノア嬢も会えて嬉しいわ」

「ルシアン殿下及びオリヴィエ殿下に拝謁致します。殿下方に於かれましてはご健勝の事とお慶び申し上げます」

「過分なお言葉痛み入ります。殿下方とお時間を共に出来る事、恐悦至極にございます」

「殿下方の御尊顔を再び目に出来る事、恐悦至極にございます。共に過ごす事もご容赦頂けますと幸いに存じます」

真っ直ぐに伸びる背中、垂れた首に伏せられた目、淀みなく紡がれる挨拶…最上の敬意を皇族へ払う令嬢3人は、とても美しい。

「3人共に面を上げてくれ。ここは学園で、私達は留学生としてこの場に居る。他の生徒と等しく気軽に接して欲しい」

私や生徒達と接する2人はとても気さくで、その身分も忘れがちだが、困った様に眉を下げるルシアン殿下の堂々たる態度と口調に、皇族の威厳を感じる。
心を落ち着かせ様と生徒達に目を向けると、魔術師生のくせに、魔法にかけられた様な顔をして目の前の光景に釘付けになっていた。

魔術師を志す生徒達は社交を必要としないものね…

魔術師が所属する魔塔は、表向きは国の機関とされているが、その実は国王直轄。
素性は知らないが、同じく国王直轄の影の活動にも協力している為、課せられる守秘義務は王族専属以上に厳しい。
外部との接触の機会は、魔物討伐の時くらいか…まるで引き篭もり集団の様だが、それでも、魔塔での生活とはなるが衣食住は保障され、給金も他より高く、何より魔術や魔法の研究も好きなだけ出来るというのが最高だった。

魔塔へ人材を輩出する魔術科には、純粋に魔術師を目指す者、身を立てる為に魔術師を目指す者、貴族の義務に縛られたくないと魔術師を目指す者もおり、貴族科や騎士科、文官科の生徒達とは毛色が異なる彼等は、特に貴族科の生徒達からは異質な目で見られていたが、オレリアさん達のおかげで、その視線も柔らかくなってきている。

「オレリアさん達も魔術科の授業を受けているの?」

「はい。私達は選択授業で魔術を選択させて頂いております」

「私達は魔術を習うのは初めてなの、マナを練るのはちょっと苦手なのだけど、魔道具を作るのはとても楽しくて」

「殿下方はどの様な魔道具を作られたのですか?」

「離れていてもお互いが何処に居るか分かる様に、位置情報を示す魔道具よ」

「私は髪飾りで、オリヴィエはブレスレットを作ってお互いに贈り合ったんだよ」

「位置情報…それは…とても素敵ですね!」

目を輝かせるエレノアさんに、オレリアさんとヨランダさん、そして周りの女生徒達までもが同意する様に大きく頷いているは、その理由故だろう。

位置情報を得る為の魔道具は、主に公務や遠征に向かう王族や、敵国に潜入する間諜、釈放された罪人に使われる。
ごく稀に妻や恋人にと求める貴族もいるが、勿論、贈る相手には秘密。

王侯貴族の秘密を引き受ける魔塔に属していた事に、今更ながらとんでもない所に身を置いて居たなと背筋が凍るが、とにかく位置情報を得る魔道具を贈り物にするというのは、執着にも似た愛の表れであり、彼女達が読む恋愛小説にも、内緒で贈った魔道具を頼りに、ヒーローがヒロインの危機に駆けつけるという描写が多くある。

この麗しいご兄妹の、時に男女感を匂わせるやり取りは、小説の世界を覗き見ている様な背徳感を女生徒達に齎し興奮させ、純情な男子生徒達を翻弄しているのだが、今の会話で令嬢3人も心を鷲掴みにされてしまったご様子。

私達もなどと言って盛り上がっているが、王城に居る王太子のフランと、フランに侍るカイン様とユーリより、蝶の様に飛び回る貴女達の方が必要よ。
特に、蛍の会の活動で忙しいエレノアさんとヨランダさんには、首輪を着けておきたいくらいだわ。

「オレリアさん達も魔道具を作ったのかしら?」

「私達は扇子を作りました」

「明日は手合わせがあるので、そちらで効果の程を試してみようと思っておりますわ」

「ハハッ…デュバルの女傑だね?私も訓練に参加させてもらったが、ドレスには苦労したよ…」

「?!ルシアン殿下がドレスを着たのか?」

「気持ち悪いな…」

「女装の殿下…素敵じゃない。あんた達の女装は願い下げだけど」

「あの時のオレリア達も格好良かったものね…」

「私達の所為で扇子を取り上げられたのは心苦しいけどね」

「?!ちょっと、貴方達!余計な事を言わないでちょうだい!」

「余計も何も3人の武勇伝は、殿下達は知ってるぜ?」

「俺達が話したからな」

「…その軽い口が女性を遠ざけている事に、気付かないのかしら?」

貴女の好いたユーリは、その遥か高みにいるけどね…

「何も恥じる事はない。友の為に戦った令嬢方には私もいたく感動したよ」

「本当に…お話を聞いて胸が高鳴ったわ」

「それは妬けるな…オリヴィエ?私がこうしても、君の心臓は凪いだままかな?」

「?!」

「おゔっ!…ぼぉっ…」

「………っど、どどどどどう?……」

本日の背徳劇場はまた…刺激が強いわね…

オリヴィエ殿下の手首に唇を寄せて、反対の手で腰を引き寄せるルシアン殿下に、流石のオレリアさんも目を見張り、エレノアさんの口からは、令嬢とは思えないひしゃげた声が出てきた。ヨランダさんは、どうしたとでも言いたいのかしら…?

「ルシアン?!唐突過ぎよ!」

「やっとこちらを見てくれてたね…その瞳に映されただけで、私の心臓は雷火の如く熱く焦げるのだがな…君との愛の差に愕然とするよ」

「私も愕然としておりますわ…」

「私の心の臓も焼け焦げそうです…」

「……2人共…ふ、不敬よ……」

敬愛を示す手の甲へのキス、掌へのキスは懇願、そして手首へのキスは欲求…ルシアン殿下の唇を寄せた意味を深く理解した、小説好きの令嬢3人と女生徒達は、頬を赤く染め上げながらも、その瞳は乾くのではないかと心配になる程に、瞬きも忘れて見開いている。
私も、もう少し見ていたいけれど、そろそろ終幕にしないとね。

「はい!そこまで。始業の時間よ」

「「「「「「「ええ~…」」」」」」」

「その不満は授業にぶつけてちょうだい。演習場へ行くわよ!」

明日が手合わせだという3人の、扇子の具合を確かめておこう。もう少し手を加えさせるのもいいかもしれない。
これは職権発動だと己に言い聞かせながら、始業の鐘を合図に教室を出た。










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