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穏やかでない日常
131:増えた仕事
しおりを挟む「殿下、朝食の支度は出来ております」
「ああ、ありがとう。それからカレン、明日の朝餐から食堂で摂ると、執事に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
今日から食堂で朝食を摂ろうと思っていたが、汗を流して戻った自室に朝食の支度がされているのを見て、カレンに伝えていなかった事を思い出した。
遠征から帰還後は、食堂ではなく自室で軽く朝食を済ませてから執務へ向かっている為、伯母上とシシーは、怪我のせいで朝餐を共に出来ないのではと心配しているらしいが、全ては増えてしまった執務のせい。
王太子の俺に割当てられたこの時期の仕事は、次の議会に向けての準備が主で、各領地から上がる報告書を精査し、魔物対策の為の予算の割り当てる事と、各庁から上がってくる、王都内の学園や病院、孤児院などの福祉の整備や、王都民の生活基盤の向上に割り当てる予算案の精査。
学生だったナシェルは、王都の予算の精査はしていなかったらしいが、俺は否応無しに任されてしまった。
そして、元近衛騎士だった縁で任された仕事がもう1つ。
「フラン様、学園から魔物補充の依頼がきています」
「豊熟の代か…ここ2年は補充に苦労しているとイアン団長も言ってたからな」
「ええ、魔術科も含めたら相当な人数ですからね、下の学年はまだ1度しか演習をしていないそうですよ」
執務室で待っていたカインが差し出した依頼書が、この度増えたもう1つの仕事。
王城や王都を通年警備する王宮騎士団と違い、王家を護衛をする近衛は、社交シーズンが繁忙期なのだが、王家の公務がほぼ無くなるこの時期も暇なわけではない。
学園では、社交シーズンを終えて騎士科の研修が一段落すると、こちらも経験値を積ませる事を目的とした、騎士科と魔術科の合同演習が始まる。
その演習では実際に魔物を討伐するのだが、その討伐対象となる魔物を王都周辺の森で捕獲し、学園の裏手にある森へ放つというのが、この時期の近衛騎士団の仕事に加えられている。
学園の森にも瘴気が発生してもおかしくないのだが、森の奥には聖域と呼ばれる聖水の材料に使われる水泉があり、それが瘴気の発生を抑えているではないかというのが学者達の見解。
だからと言って、演習の討伐対象として放たれた魔物が浄化される事はないので、どこまで泉の影響があるのかは不明。
聖域は大聖堂で厳重に管理されており、立ち入る事ができない為、この謎は永遠に解明される事はないだろう。
「剣術大会の前に、一度は行かなければならないという事か…」
「そうですね。どの森に向かうかはイアン団長にお任せという事でよろしいですか?」
「お任せと言っても、裏の森しかないがな…だが裏の森だけでは心許ないな、近くの領地も当たってみるか…?」
王都周辺の森は、スナイデル領の森の他にも、王城の裏手と、東側にはアズールへと繋がる道が通る森がる。
東の森は、遠征へ向かう前に一度近衛が入っており、スナイデルの森はオレリア達が入る事が決まっている為、今回は王城の裏の森になるだろう。
だが、裏の森だけでは数が圧倒的に足りない。
「魔物が増えて困っている領もあれば、学園では魔物不足…いっその事、最終学年は演習の遠征に向かわせては?」
「ナシェル…お前はまた簡単に言うけどな、騎士科50人、魔術科30人だぞ」
「オレリア様達をお忘れですよ。魔術科は33名です…騎士科の頭数に入れてもいいですけどね」
「3人はどちらの科でも構いませんが、最終学年の修学旅行を騎士科と魔術科は海側の領地の遠征にすれば、学生達は演習が出来る、領地は助かる、下の学年は裏の森から捕獲した魔物で間に合う。全て解決します」
「そうは言うがな…」
演習と実際の討伐は違う。演習用に捕獲する魔物は小物を選んでいるが、実際に森へ討伐へ入った時には魔物を選んでなどいられない。
アズールで戦ったサラマンダーは流石にないだろうが、魔狼や魔鳥だけでなく、俺とナシェルを襲った熊や虫の様な、瘴気に当てられて魔物化したものだっている。
演習の魔物が足りないからと遠征に向かわせて、学生達が怪我でもしたら本末転倒。
「俺達の代は強いですよ。人数が多い分、競争意識が他の学年より高いですから」
「そこまで言うなら、ナシェル。お前も参加しろ」
「はあ?!何でだよっ!」
「それは良い考えですね。騎士科51名、魔術科33名、3つに分けて28名ずつ…ぴったりですね。学園に連絡します」
「駄目だっ!てか、嫌だっ!」
「…お前が学生達と距離を置いていたのは知っている。その立場のせいで深入りする事を避けていたんだろ?心を許した相手が裏切らないとも限らない、下心を隠しているかもしれない…人を猜疑の目で見るのがしんどかったんだろうが、お前は周りに受け入れられたいとも思っていた筈だ」
「王城は華やかに見えても、欲望渦巻く伏魔殿ですからね…これからは存分に交流して下さい」
「…お前達の…そういうとこが嫌いだ…何で迷いがないんだよ…何でそうやって、簡単に俺を受け入れるんだよ…」
「俺の判断基準は国を思っているか、いないかだけだ…お前が己の命惜しさに動く人間であったなら、あの洞窟で斬ってたさ」
ナシェルに偉そうな事を言ってはみたが、俺とて騎士だった頃に、王都の民達と触れ合ってきたからこの考えに至っているだけで、普通の貴族子息して生きていたら選民意識の高い人間になっていたかもしれない。
ましてや幼い頃から王城で過ごしていたら、ナシェルの様に人と距離を置いていたかもしれない…
「私達はフラン様の判断に従うまでですが…まあ、以前の拗らせていた時はともかくとして、今のナシェル殿の事は好きですからね。ネイト殿とユーリもそうでしょう?」
「俺が好きなのはエルデだけです」
「俺も…男はちょっと…」
「………失礼しました。聞く人間を間違えてしまった様です」
「…ブハッ……ありがとう。俺も…カインも、ネイトも、ユーリも…フランも好きだよ」
「これからもその調子で素直になれ。という事で…先ずは、肩慣らしにリア達とスナイデル領へ行ってこい」
オレリアは俺と婚約を結び直す事で、ナシェルは刑に処された事で既に解決している。
だが、ナシェル自身の中では何も解決していない。
ナシェルがオレリアに謝る機会は永遠にこないが、あの頃一番近い存在だと認識していたオレリアと新しい関係を築く事で、ナシェルが後悔してきた事をやり直せる筈。
執着も、拒絶も、猜疑の必要もない関係を築ける様に…俺達だけでなく、これからも心を許せる相手が作れる様に…
「……御意」
「一段落着いたところで、伯父上の所へ行くか…」
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