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穏やかでない日常
122:噂のお茶会 フーガ
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王城の庭園に咲く彩り鮮やかな花が、緊張のせいか霞んで見える。
俺は、ちゃんと笑えているだろうか…
「久しぶりだな、オレリア嬢。ヨランダ嬢にエレノア嬢も、会うのは夜会以来か?」
「はい。スナイデル公爵閣下には、お忙しい中、私達の為にお時間を頂きありがとうございます。コーエン様にも来て頂けるとは思っておりませんでした。兄がいつもお世話になっております。エリス様はお元気でいらっしゃいますか?」
「お陰様でエリスは順調だよ。今日は父に話を聞いて同席を願い出たんだが、君達とお茶会をしたなんて知られたら嫉妬されてしまうからね、くれぐれもアレンには内緒にしてくれ」
「…フフッ…はい」
「閣下は洒脱でいらっしゃるので、細かい父達に少々うんざりしている私達にとって、今日のお茶会はご褒美ですわ」
「こんなに早く閣下にお時間を頂けるとは思っておりませんでしたので…本日はとても楽しみにしておりました」
コーエンとフラン、2人の息子しか持たない俺にとって娘という存在は未知。
オレリアの父であるオーソンと、アリーシャ、ヨランダの2人の娘を持つウォルフからは、言葉少なくと助言されたが、イアンは事を急いするあまり出だしで挫いたと言っていた。
…ならばここは、本題に入るより麗句からだろう。
「美しい令嬢達と共に過ごす時間より優先するものはないだろう?紅茶もいつもより美味しく感じるよ」
というのは全くの嘘である…渇いた口内を潤すだけの紅茶に、最早味など感じはしない。
剣術大会で使用する薔薇が足りなくなった為、黒ダリアが大量に必要なのだと、オーソンを通じて未来の娘から頼まれた時は、二つ返事でダリア農園の訪問に了承したが、更に丘にもと言われて驚いた。
キリングの領地との間にある湖を見下ろす丘は、その眺めは最高だが令嬢が楽しめる様なものは何もない。しかも、丘へ行くには魔物の出る森を抜ける必要がある。
危険を冒してまで行く場所ではないと答えた俺に、オーソンは苦笑いを浮かべながら、娘達の夢とやらの話をしてくれたが、恋愛小説を読む事もなければ、あの丘が令嬢達の憧れの場所なのだという事も勿論知らない俺は、娘の夢を叶えて上げたいという父の思いは理解出来ても、身の危険を冒す事には賛成出来ないと反対した。
あの日は冗談で言ったまでで、令嬢達に本気で討伐をさせようなんて考えてはいない。
そんな俺の焦りを他所に、令嬢達に魔物の討伐もさせると言ってきたオーソンと、それ程の人気なら観光名所にしたらどうかという巫山戯た提案をする兄に頭を抱えながら、暴走を止めるべく、姪を溺愛するユリウスに助けを求めたが、姪の夢を叶えて上げて欲しいと、お茶会の日取りまで決められ今に至る。
俺がこの時を迎えるとは…1人で3人の相手は無理だと、本気で嫌がるコーエンを半ば攫う様にして王城まで連れては来たが、この先はどう展開していけばーー
「素敵……」
「「………は?」」
「本当に…情景が頭に浮かんで参りました…」
「今のは【愛は境界線を越える】の台詞ですわよね?」
「……ん?愛?境界線…?」
思いも寄らない令嬢達の反応に、戸惑いと共に滑り出しは上々なのではと手応えも感じたが、どうやら越えてはならない境界線に足を踏み入れてしまったらしい。
境界線うんたらとは例の小説の事だろう。【教会で破られた純潔】なら知っているが、俺と令嬢達の言っているきょうかいには大きな隔たりがあるな…
「【愛は境界線を越える】ですわ。没落寸前の貴族家の令嬢が、援助を条件に親子ほどに年の離れた侯爵家の後妻に入るのですが、嫁ぎ先の侯爵子息と恋に落ちるのです…全てを捨てて丘を越える決意をした子息が、継母となった令嬢に告げたのが、閣下の今の言葉ですわ」
「まあ、確かに…愛する人と共にする紅茶の味は格別だな」
「「「………」」」
「……父上…」
無反応の令嬢達と、隣で溜め息を吐くコーエンに己の間違いを悟ったが、時既に遅し。
「失礼ながら…閣下?閣下は、紅茶が美味しいと言われたくらいで、全てを捨てて丘を越えようと決意されるのですか?」
「…それとも、その様な陳腐な言葉で女性が落ちるでも思っていらっしゃるのですしょうか…?」
「?!あっ、いや…そんな事は微塵も思っていないよ…?」
陳腐という言葉に傷付いている場合ではない。
娘というのは容赦がないと嘆いていた兄を、アリーシャとシシーの甘えであって、愛情表現なのだろうと笑い飛ばしたが、そんなものは、俺の抱いた幻想だった事を思い知る。
言葉少なくとはこういう事なのか…何が琴線に触れるか分からない、分からないまま責められて、最適解も見出せない。
「ヨランダ、エレノア、閣下は私達の緊張を解そうとして下さったのよ?お心遣いに感謝しないと…閣下ほどのお方ともなれば、小説の一節より素敵な言葉を紡がれる筈ですもの」
「確かに…閣下、私が短慮でした。申し訳ございません…殿下の実直で素朴なお人柄と閣下を重ねてしまいましたわ」
歴史書と純潔叢書を愛読する俺に紡げるのは、名高い将の言葉と叢書のタイトルくらいだろう。そして、フランの父親である俺は、実直で素朴だ。
今も気遣う余裕もないほどに全力を出して空回っている。
コーエンよ、肩を震わせてないで何とかしてくれ…歳の近いお前なら、まだーー
「では…湖を見下ろすあの丘で、閣下はディアンヌ様にどの様な愛を告げられたのですか?」
「……え?」
「……ブハッ…ククッ…失礼。それは是非とも私もお聞きしたいですね。あの景色が霞むくらいの愛の言葉とは、どんな言葉でしょう?」
「コーエン?!お前まで一体何を…?!まさか…」
2対3だと思っていた勢力図は、いつの間にか1対4に変わっている。いや、黒い笑みを浮かべて足を組み替えたコーエンに、俺を嵌める腹積りなのだと気付いた。
「エレノアもコーエン様も無粋だわ…それは2人だけの言葉なのよ?私達に聞かせてしまっては、色褪せてしまうでしょう?」
「ハハッ…オレリアの言う通りだな。それに父親の愛の言葉なんて、聞かされたところで子供としては反応に困るしね」
「申し訳ございません、閣下…少しはしゃいでしまいました」
「いや…ハハ…」
「それでは、緊張も解れてきたところで本題に…黒ダリアですが、サイズは中輪、鉢植えにして頂ければ学園で管理します。それから魔物の討伐は、私達と補佐の騎士生、計6名で行います。瘴気の発生源はレナ様が見つけて下さるので調査は不要です」
「続いて丘についてですが、主な客層は小説を愛読する令嬢と、付き添いの夫人方。若い夫婦に、平民であれば恋人同士で訪れる事もあるでしょう。なので、景色を楽しみながらお紅茶を飲めるサロンを建ててみてはいかがでしょう」
「丘そのものに価値があるので、過度な手入れで景観を損なう事のない様お願い致します。お土産物は…そうですわね、小説の場面を絵画にした物や、小説に登場するお茶やお菓子などを販売されるといいと思います」
兄から眷属の話は聞いていたが、魔物の討伐をたった6人ですると言うのか…それだけじゃない、丘に関する計画案の下地まで作ってきている。
れだけの本気を見せられては、俺も及び腰になっている場合ではないな。
「という事で…あの丘が舞台となっている小説を準備しておりますので、お忙しいとは思いますがご一読下さい」
「……え?ご一読」
「…結構な数だね…」
「これらの本には親愛、友愛、恋愛…色々な愛が描かれております」
「純潔叢書なる本より、余程愛を学べますわ」
俺達の全てを知っていると言う様に嫣然と微笑む令嬢達に、小説を握りしめ微笑み返すのが精一杯だった。
俺は、ちゃんと笑えているだろうか…
「久しぶりだな、オレリア嬢。ヨランダ嬢にエレノア嬢も、会うのは夜会以来か?」
「はい。スナイデル公爵閣下には、お忙しい中、私達の為にお時間を頂きありがとうございます。コーエン様にも来て頂けるとは思っておりませんでした。兄がいつもお世話になっております。エリス様はお元気でいらっしゃいますか?」
「お陰様でエリスは順調だよ。今日は父に話を聞いて同席を願い出たんだが、君達とお茶会をしたなんて知られたら嫉妬されてしまうからね、くれぐれもアレンには内緒にしてくれ」
「…フフッ…はい」
「閣下は洒脱でいらっしゃるので、細かい父達に少々うんざりしている私達にとって、今日のお茶会はご褒美ですわ」
「こんなに早く閣下にお時間を頂けるとは思っておりませんでしたので…本日はとても楽しみにしておりました」
コーエンとフラン、2人の息子しか持たない俺にとって娘という存在は未知。
オレリアの父であるオーソンと、アリーシャ、ヨランダの2人の娘を持つウォルフからは、言葉少なくと助言されたが、イアンは事を急いするあまり出だしで挫いたと言っていた。
…ならばここは、本題に入るより麗句からだろう。
「美しい令嬢達と共に過ごす時間より優先するものはないだろう?紅茶もいつもより美味しく感じるよ」
というのは全くの嘘である…渇いた口内を潤すだけの紅茶に、最早味など感じはしない。
剣術大会で使用する薔薇が足りなくなった為、黒ダリアが大量に必要なのだと、オーソンを通じて未来の娘から頼まれた時は、二つ返事でダリア農園の訪問に了承したが、更に丘にもと言われて驚いた。
キリングの領地との間にある湖を見下ろす丘は、その眺めは最高だが令嬢が楽しめる様なものは何もない。しかも、丘へ行くには魔物の出る森を抜ける必要がある。
危険を冒してまで行く場所ではないと答えた俺に、オーソンは苦笑いを浮かべながら、娘達の夢とやらの話をしてくれたが、恋愛小説を読む事もなければ、あの丘が令嬢達の憧れの場所なのだという事も勿論知らない俺は、娘の夢を叶えて上げたいという父の思いは理解出来ても、身の危険を冒す事には賛成出来ないと反対した。
あの日は冗談で言ったまでで、令嬢達に本気で討伐をさせようなんて考えてはいない。
そんな俺の焦りを他所に、令嬢達に魔物の討伐もさせると言ってきたオーソンと、それ程の人気なら観光名所にしたらどうかという巫山戯た提案をする兄に頭を抱えながら、暴走を止めるべく、姪を溺愛するユリウスに助けを求めたが、姪の夢を叶えて上げて欲しいと、お茶会の日取りまで決められ今に至る。
俺がこの時を迎えるとは…1人で3人の相手は無理だと、本気で嫌がるコーエンを半ば攫う様にして王城まで連れては来たが、この先はどう展開していけばーー
「素敵……」
「「………は?」」
「本当に…情景が頭に浮かんで参りました…」
「今のは【愛は境界線を越える】の台詞ですわよね?」
「……ん?愛?境界線…?」
思いも寄らない令嬢達の反応に、戸惑いと共に滑り出しは上々なのではと手応えも感じたが、どうやら越えてはならない境界線に足を踏み入れてしまったらしい。
境界線うんたらとは例の小説の事だろう。【教会で破られた純潔】なら知っているが、俺と令嬢達の言っているきょうかいには大きな隔たりがあるな…
「【愛は境界線を越える】ですわ。没落寸前の貴族家の令嬢が、援助を条件に親子ほどに年の離れた侯爵家の後妻に入るのですが、嫁ぎ先の侯爵子息と恋に落ちるのです…全てを捨てて丘を越える決意をした子息が、継母となった令嬢に告げたのが、閣下の今の言葉ですわ」
「まあ、確かに…愛する人と共にする紅茶の味は格別だな」
「「「………」」」
「……父上…」
無反応の令嬢達と、隣で溜め息を吐くコーエンに己の間違いを悟ったが、時既に遅し。
「失礼ながら…閣下?閣下は、紅茶が美味しいと言われたくらいで、全てを捨てて丘を越えようと決意されるのですか?」
「…それとも、その様な陳腐な言葉で女性が落ちるでも思っていらっしゃるのですしょうか…?」
「?!あっ、いや…そんな事は微塵も思っていないよ…?」
陳腐という言葉に傷付いている場合ではない。
娘というのは容赦がないと嘆いていた兄を、アリーシャとシシーの甘えであって、愛情表現なのだろうと笑い飛ばしたが、そんなものは、俺の抱いた幻想だった事を思い知る。
言葉少なくとはこういう事なのか…何が琴線に触れるか分からない、分からないまま責められて、最適解も見出せない。
「ヨランダ、エレノア、閣下は私達の緊張を解そうとして下さったのよ?お心遣いに感謝しないと…閣下ほどのお方ともなれば、小説の一節より素敵な言葉を紡がれる筈ですもの」
「確かに…閣下、私が短慮でした。申し訳ございません…殿下の実直で素朴なお人柄と閣下を重ねてしまいましたわ」
歴史書と純潔叢書を愛読する俺に紡げるのは、名高い将の言葉と叢書のタイトルくらいだろう。そして、フランの父親である俺は、実直で素朴だ。
今も気遣う余裕もないほどに全力を出して空回っている。
コーエンよ、肩を震わせてないで何とかしてくれ…歳の近いお前なら、まだーー
「では…湖を見下ろすあの丘で、閣下はディアンヌ様にどの様な愛を告げられたのですか?」
「……え?」
「……ブハッ…ククッ…失礼。それは是非とも私もお聞きしたいですね。あの景色が霞むくらいの愛の言葉とは、どんな言葉でしょう?」
「コーエン?!お前まで一体何を…?!まさか…」
2対3だと思っていた勢力図は、いつの間にか1対4に変わっている。いや、黒い笑みを浮かべて足を組み替えたコーエンに、俺を嵌める腹積りなのだと気付いた。
「エレノアもコーエン様も無粋だわ…それは2人だけの言葉なのよ?私達に聞かせてしまっては、色褪せてしまうでしょう?」
「ハハッ…オレリアの言う通りだな。それに父親の愛の言葉なんて、聞かされたところで子供としては反応に困るしね」
「申し訳ございません、閣下…少しはしゃいでしまいました」
「いや…ハハ…」
「それでは、緊張も解れてきたところで本題に…黒ダリアですが、サイズは中輪、鉢植えにして頂ければ学園で管理します。それから魔物の討伐は、私達と補佐の騎士生、計6名で行います。瘴気の発生源はレナ様が見つけて下さるので調査は不要です」
「続いて丘についてですが、主な客層は小説を愛読する令嬢と、付き添いの夫人方。若い夫婦に、平民であれば恋人同士で訪れる事もあるでしょう。なので、景色を楽しみながらお紅茶を飲めるサロンを建ててみてはいかがでしょう」
「丘そのものに価値があるので、過度な手入れで景観を損なう事のない様お願い致します。お土産物は…そうですわね、小説の場面を絵画にした物や、小説に登場するお茶やお菓子などを販売されるといいと思います」
兄から眷属の話は聞いていたが、魔物の討伐をたった6人ですると言うのか…それだけじゃない、丘に関する計画案の下地まで作ってきている。
れだけの本気を見せられては、俺も及び腰になっている場合ではないな。
「という事で…あの丘が舞台となっている小説を準備しておりますので、お忙しいとは思いますがご一読下さい」
「……え?ご一読」
「…結構な数だね…」
「これらの本には親愛、友愛、恋愛…色々な愛が描かれております」
「純潔叢書なる本より、余程愛を学べますわ」
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