王国の彼是

紗華

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穏やかでない日常

135:手合わせ? レイン

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「ナシェル殿」

「……ネイトか……」

「はい、おはようございます」

「………」

「……ナシェル殿?」

「…………」

「ちょっと!早朝訓練に行きますよっ!早く支度して下さい…って、なんで練習着を着て寝ているんですか?!!」

「……ギリギリまで…寝る為に…」

「…どんだけ寝汚いんですか…」

ーーー

ユーリの指導期間はエルデが起こしに来てくれていたが、今日はネイトが来たという事はユーリも指導も終えたのか…まあ、エルデ大好きネイトは、午前中に睡眠をとると、昼からは待機番にも関わらず王城内をフラフラしているがな。

欠伸を堪えて、目尻に溜まった涙を擦りながら、寝る時は寝巻きを着ないと良い睡眠は取れないなどと、母親の様な小言言うネイトと共に訓練場へ向かい、フランと走り込みをした後は、柔軟と素振り、そしてジークにボコボコにやられて今日の訓練も終える。

王太子だった頃は、怪我を気にして存分に剣に振るう事が出来なかったが、今は擦り傷を作っても、打ち身で痣が出来ても誰にも止められる事はない。
気分は清々しく、水筒の温い水さえも美味しく感じる…が、そんな俺を頭一つ高い所から見下ろしてニヤけるフランには、ものすごく嫌な予感がする。

「……何か、私の顔に着いてますか…?」

「いや?レインの剣の腕も上がったなと思って、感心してるんだ。どうだ?一度リア達と手合わせーー」

「お断りします」

「被せてきたな…」

困った様に微笑むフランだが、オレリアと手合わせなど冗談じゃない。
俺が飲んでいる薬は魔塔で作られている特別製で、髪と瞳の色を変えられるだけでなく、使用出来るマナが平民並みに制限される。
姿に戻れば存分にマナを使用出来るが、この姿の俺は剣しか振れないんだぞ。

「レイン、殿下の厚意を断るのは不敬だぞ?」

「でしたら、ジーク副団長が手合わせしたらいいじゃないですか」

「……俺はエレノアで充分だ」

その…デュバルの女傑がどんなものか知っている故だろ…

デュバルの女傑の伝説は、100年前の防衛戦が始まりとされる。

海を挟んだ大陸で行われていた領土戦争が飛び火して、数多の船が海側に面するダリアとサルビアに攻め込んで来たのが100年前。
ダリアではデュバル海戦と伝えられている防衛戦は、海向こうの大陸の領土戦争が落ち着くまでの3年間続いた。
国を守り抜いたダリアは復興に向けて尽力していたが、それから5年後に今度はこの大陸内の領土戦争に巻き込まれ、各国入り乱れての争乱は10年にも及ぶ事になる。

その両戦争で活躍したのがデュバル公爵家の令嬢。

どの戦場にも、ドレスと金扇で降り立ったと記録されている令嬢は、防衛戦と領土戦後は、戦場を海へと変え、その最期は嵐の中で海賊と戦った海で迎えたと締め括られている。

何故、彼女が戦場に立ち続けたのかは知る由もないが、伝説の女傑に倣い、女性軍人の育成にも力を入れているデュバル公爵家は、その血を継ぐ娘達にも勿論訓練を受けさせてきているのだが、アレンと結婚したアリーシャはともかく、何故かオレリアと仲の良いエレノや、アリーシャの妹のヨランダまでもがその訓練を受けており、その実力はスナイデルの森の魔物討伐を任せられる程。

「叔父上はエレノアと手合わせしているんですか?」

「ああ、剣が振れないカインの代わりにな。カインが特舎に入ってからはエレノアも屋敷に来る事がなくなったがな」

隊舎に入らずキリングのタウンハウスの別邸から通うジークは、初夜は無事に迎えたらしいが、未だ夫人をカイエンの要塞に囲われたままで、ジークの休日に夫人が泊まりに来るという休日通い婚。
こちらの戦いはいつまで続くのかなどと、ジークの行末を心配している場合ではない。

「その手合わせは、ヨランダ嬢とエレノア嬢も参加されるのですか?」

「勿論だ」

「俺に死ねと言ってます?」

「大袈裟だな、たかが手合わせだろ」

されど手合わせだろ…
だが、アデラ島へ行くまでに強くなりたい。

「…分かりました。手合わせお願いします」

ーーー

「初めまして、デュバル公爵家が長女、オレリア・ファン・デュバルと申します」

「セイド公爵家が次女、ヨランダ・ファン・セイドと申します」

「ラスター侯爵家が長女、エレノア、ファン・ラスターと申します」

「……初めまして、フラン殿下の専属侍従補佐をしております。レイン・ファン・ゼクトルと申します…」

「レイン様、スナイデルの森へのご同行ありがとうございます。お仕事がお忙しい中ではございますが、本日の訓練宜しくお願いします」

オレリアと向かい合うのは、北の塔の面会以来。真っ直ぐ見つめてくる瞳には、当たり前だが怯えも遠慮も見当たらない。

行き場のない感情をぶつける俺と、俺に怯えるオレリアは、婚約していた頃は互いに視線すら合わせ様とはしなかった。
だからなのか、こうして真っ直ぐ見つめられるのは妙に落ち着かない。

「…こちらこそ宜しくお願いします」

早朝訓練で俺に問うたフランだったが、既に話を付けていたのだろう。制服を着た3人が登城して来たのは、午後になって直ぐだった。

早期卒業も可能な3人は、外出許可も直ぐに下りるのだろうが、スナイデルの森の同行の話をしたのはつい先日だぞ…ふと思い付いて振り返ると、フランが満足げに微笑んでいる。
まさか、帰還した日にオレリアに話を聞いた時から、俺を同行させる算段を付けていたとか…?

「あの…レイン様に贈り物があるのですが…」

「……はい…?贈り物…ですか?」

近衛の訓練場でフランと騎士達が見守る中、オレリアに脈絡のない話題を振られて気が抜ける。

「お世話になっている方に栞を贈っているのですが、レイン様は1つでは足りないだろうと思って…」

エルデが話していた栞か…

4年前に初めて貰った栞は形も歪で、貼り付けたオレンジの花は、水分を抜くのに失敗したのか、貰った時点で変色していたが、その手作り感を余計に嬉しく感じたのを覚えている。
エルデに正体がバレるきっかけとなった栞を今でも使っているのだが、この数は必要ないだろ…

「私達3人で作りましたの、受け取ってくださるかしら?」

「小説をたくさんお読みになると、マリーを通じてエルデから聞きました」

「…エルデ殿から…ですか…」

「手合わせよりも、お紅茶をご一緒したいところですが…仕方ありませんわね」

「因みに、レイン様は今は何を読んでいらっしゃるのですか?」

「…エルデ殿から勧められた【オレンジの木の下で】の下巻ですが…」

「下巻?!下巻が出ているのですか?!」

「?!…ええ…先日発売されました」

アズールで療養中に読まされた件の恋愛小説は、オレンジ畑が舞台となっている為、然程の苦もなく読み進めたのだが、上巻はオレンジの品種改良をしようというところで話が終わり、下巻が出るのを待っていた。
決して、主人公2人の行末を気にしているのではない。

「気になるわ…上巻はいいところで終わってしまったから…」

「…よろしければお貸ししますよ?」

「?!本当ですか?」

「…ええ…お持ちしましょうか…?」

「是非!今すぐにっ!」

「え?今…?…手合わせは…?」

「ご心配には及びませんわ。レイン様がお戻りになるまでに終わらせますから」

「そうね、焦らず急いで持って来て下さい」

「レイン様、一先ず栞をお受け取り下さい」

「…はい…?」

…何が、起こっている…?


































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